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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第2章 異国の花祭り
11/43

【6】









 今、ベレンガリウスの前で柔らかな茶髪をした青年が微笑んでいる。やや眦は下がり、優しげな印象の青い瞳をしている。なかなか整った顔立ちの青年だった。


「余計な手出しをしたかな?」


 飄々とそんなことを言う青年に、ベレンガリウスは笑みを浮かべた。


「いえ。助かりました。私はフェランディス王国第二王子、ベレンガリウス・グラシアン・フェランディスと申します」


「私はダリモア王国王太子、ギルバート・オブ・ダリモアです。貴君らがご無事でよかった」


 どうやら、島国ダリモアの王太子も花祭りに招待され、ベレンガリウスと同じように海路で帝国を目指していたらしい。ダリモアからだと船で海峡を渡り、その後陸路の方が半島を回り込むより早い気がするが、ダリモアから陸路で帝国へ行くには、ロワリエ王国を通る必要がある。ダリモアとロワリエは仲が悪いため、それを避けたのだろう。

 ダリモア王太子ギルバートはベレンガリウスより三つ年下の二十三歳。フットワークが軽いのか、自分から『ビクトリア号』に乗り込んできた。乗船許可を出したのはベレンガリウスである。


「いや~。旗に見覚えがないのでどこの船かと思えば、噂に名高いフェランディスの第二王子殿下がおられるとは!」

「フェランディスの国旗を掲げては、狙ってくださいと言っているようなものですからね。私は海戦の経験がないので、できれば避けたいですし」


 単純に偽造船だったからと言うのもあるのだが、それは伏せておいた。


「しかし、名高いとは。悪名高いの間違いですよ」


 ギルバートの言葉を苦笑気味に訂正した。ベレンガリウスは短気かつ冷酷無慈悲と恐れられているところがある。実際はそこまで短気ではないし、言うほど冷酷でも情がないわけでもないのだが、この御仁の表面だけ見ていれば、そう思ってしまうのも仕方がない。

 だが、ギルバートはからりと笑ってベレンガリウスの言葉に異を唱えた。


「いやいや、御謙遜。ベレンガリウス殿はご自分の評価に興味がないと思われる」


 まあ、興味があれば国王に向かって啖呵を切ったり、自室で暴れたりはしないだろう。

「知らないのですか? フェランディスを訪れたならば、まず第二王子ベレンガリウス殿下に会え。彼の御仁がフェランディスの国政を取り仕切っておられる、と言うのが諸外国の所見なのですが」

「……まあ、あながち間違いではありませんが」

 ベレンガリウスとてしたくて実質的に国政を取り仕切っているわけではない。国王がやらないから、代わりにやっているだけだ。それでも最高決定権は国王にあり、法案や政策が通らずにベレンガリウスがぶちぎれることも多い。こんな国沈め! と何度思ったことか。

「話が分かる人として、ベレンガリウス殿は諸国で評判がいいんですよ。まあ、めったに国の外に出てこられないし、ご存じないのかもしれませんが」

 褒めちぎられてベレンガリウスも何となく居心地が悪い。国内……というか、国王と対立しているので、ベレンガリウスもフェランディス内での評判は良くないのだが、一歩国の外に出ると違うようだ。


「まあ……おほめに預かり光栄、とでも答えればよいのでしょうかね」


 あまりほめられ慣れないベレンガリウスの返答はどこか皮肉気だ。ギルバートも怒らなかった。温厚な王太子だ。


「それと、よろしければ私のことはベガとお呼びください」


 ベレンガリウスと言うのはダリモアでも通じる名前であるが、なんと言っても長い。今のところ、ベレンガリウスを『ベガ』と呼ぶ人間はフアニートを含めて数人であるが、別に愛称で呼ばれるのが嫌なわけではない。みんな、呼ばないだけである。


「ベガ、ですね。それでは私のこともギルとお呼びください。愛称です」


 にこりとギルバートが笑って言った。ベレンガリウスも微笑む。何となく、話していると毒気が抜かれる相手だ。

「このまま酒でも飲んで語り明かしたいくらいですが、それは陸地に到着してからの楽しみとしておきましょう」

 ギルバートの提案に、ベレンガリウスも同意を示した。

「そうですね。ですが一つ。私は酒が飲めませんので、それでも良ければおつきあいいたします」

「……意外ですね。何となく酒豪っぽいと思ったのですが」

 ベレンガリウスの顔立ちや性格を見て、そう思うものは多い。だが、印象と実情は別物であるのだ。

「全く飲めないわけではないのですけどね。飲める人間をお探しなら、そこのヒセラとアミルカルをお貸しいたしますが」

 この二人は酒豪である。ギルバートはアミルカルを見て眉をひそめた。

「……ベガ。彼は大丈夫なんですか」

「大丈夫です。ただの船酔いですので」

「……そうですか」

 容赦のないベレンガリウスであった。
















 ギルバートは自分の船に戻ったが、『ビクトリア号』と並走していたので、その後は海賊に襲われるなどと言うことはなく、無事に帝国側の港デーニッツに到着した。

 港町であるデーニッツは栄えた街だった。しかし、帝都アーレンスを目指すベレンガリウスたちにとっては通過点に過ぎない。

 デーニッツで待っていた帝国側の使者と合流し、そこからは馬車で帝都に向かう。ここでもアミルカルは馬車酔いしていた。


「……もういいから、アミルは騎馬で行きなよ」


 呆れたベレンガリウスがそう言って帝国の使者と交渉したので、そこからアミルカルは馬上の人となった。

 初めて訪れたハインツェル帝国帝都アーレンスはにぎわった街だった。円状に帝都が築かれているようで、その中心に宮殿がある。帝都に入るには関所を通らなければならないのだが、ベレンガリウスたちは南の関所から帝都に入った。


「さすがは帝国。整備された街並みに洗練された文化。どこぞの戦いしかしならない国とは違うね」


 さりげなく自国を非難するベレンガリウスである。長期にわたり国を離れるのは不安だが、今は考えても仕方がない。父や兄と対立しなくても良いという現実を存分に満喫しよう。何故か自国にいる時より心安らぐベレンガリウスであった。

 柔らかなカナリア色の城壁をもつアーレンス宮殿に到着したとき、ベレンガリウスたちを出迎えたのは帝国の宰相、フォーゲル公爵だった。


「このたびは我が国の祭典へご参加下さり、ありがとうございます。お二人とも、ご無事で何よりでございます」


 四十歳を少し過ぎたほどの年齢に見えるフォーゲル公爵の言葉に、ベレンガリウスと、結局道中一緒だったギルバートがそれぞれうなずく。

「デーニッツの港町に使者を送ってくれて助かった。何分、この国を訪ねるのは初めてなもので」

 ベレンガリウスが微笑んでそう言うと、フォーゲル公爵も微笑んで「それはようございました」と応える。

 この二人を見ていた者は、思っただろう。こいつら、食えない。

 花祭り本番までまだ時間がある。遅れてはなんだと早めに出てきたためだ。陸路だろうか海路だろうが、道中何があるかわからないのだ。


 案内された部屋はエグナー調の調度品で統一されていた。そもそもこの宮殿自体がエグナー様式の建物なので、それに合わせたのだろう。

 案内の女官が出ていってすぐ、ベレンガリウスは上着を脱いで椅子に掛けた。ソファに腰かけぐっと伸びをする。

「ああ……慣れない移動は疲れるね」

「全くです」

 同意を示したのはアミルカルである。船、馬車とどっちも酔っていたから。ヒセラは微笑んだが、すぐに言い聞かせるように言った。

「ですが殿下。ここは異国です。くれぐれも、フェランディスの王族として恥じない行動をお願いします」

「わかってるって」

 さすがにベレンガリウスもその辺はわきまえている。基本的に短気な人だが、主にキレるのは父や兄に対してだ。その二人がいない今、荒れる要素がない。この二人が関わらなければ、どちらかと言うと気の長い方なのかもしれない。


 ヒセラがお茶を入れる。ベレンガリウスがいつもそう言うので、ヒセラははじめから自分たちの分のお茶も淹れた。

 フォーゲル公爵には侍従か女官を貸そうかと言われたが、ベレンガリウスは断っていた。大体のことは自分でできるし、どうしても無理ならアミルカルやヒセラがいる。問題ない。

 花祭りは五日後であるが、すでに半数近くの国の王族、もしくは国王代理の貴族が集まっている。そのため、彼らを楽しませるために花祭り本番までの間、いくつかの催しが開かれる。晩餐会、昼食会、舞踏会、演奏会、観劇などなど。そして、明日はお茶会が開かれるらしい。主に未婚の王族が対象で、他国との交流を行うための、まあ、お見合いみたいなものだ。


「と言うことなんですけど、参加されます?」


 予定を聞いてきたのはヒセラだ。一応、ベレンガリウスも事前に日程は聞いていたが、変更はなかったらしい。ベレンガリウスは未婚の王族なので、一応参加資格はある。


「そうだね……お茶会は午後から? 午前中に皇帝陛下に謁見が叶ったら参加しようかな」


 お見合いと言うのを抜きにしても、他国との交流は重要だ。ここはハインツェル帝国なので、ハインツェル語を話せば通じる。こうして三人だけの時はフェランディス語を話しているが。

 アミルカルはやや怪しいが、三人ともハインツェル語を話せる。ベレンガリウスに至っては、フェランディスを訪れる外交官や商人と話をすることも多く、多数の言語を操ることができた。内政に関わっているので法律書を開くことも多く、古代の書物を読むために古代語まで学んだしだいである。

 そのため、言語面に関しては問題ない。習慣も、さほど違いがないだろう。だから問題は、ベレンガリウスの振る舞いだけである。ヒセラはそう指摘したが、ベレンガリウスもそう思っていた。


「ま、なるようになるさ?」

「殿下」


 しれっと言って紅茶をすするベレンガリウスをヒセラが批判的に睨んだが、彼女の主君は取り合わずに果物などつまんでいた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


やっと帝国に着きました~。にしても、アミルカル、船酔いに馬車酔いって、護衛的に大丈夫なんでしょうか。

と言うか私、いま、予言シリーズしか連載していませんね……。



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