ちょうどイヌがほしかったの
俺は大学に上がった。どういうわけか、華谷さんと大学の学部もクラスも一緒だった。だが、高校ほどつながりを持つ必要がないから、華谷さんは誰に対しても当り触りのない態度だった。
週一で会うかどうかの相手なので、もともと不明だった彼女の状況は不明だ。そのまま夏休みが到来した。
帰省した俺を待っていたのは、高校の同窓会だった。同窓会といっても三年のときのクラスの連中が集まって飯を食べるだけだ。
正直、荒井と野々宮さんを見るのが怖いから行くのは迷ったが、山田や他の友人の近況を知りたかったから行くことにした。
当日、集合場所には山田は勿論、野々宮さんと荒井もいた。少し胃が痛んだ。それどころか、華谷さんもいた。彼女の場合帰省してるかどうかも怪しかったので、驚いた。
何より俺達を驚かせたのは、華谷さんと荒井が仲良さげにしていたことだ。その上、野々宮さんは決して近寄ろうとせず、桂さんとずっと一緒だった。
店の中で何人かに分けて座ったが、誰もが華谷さんと荒井を気にしていた。そりゃそうだ、俺も気になる。
誰かが話を聞こう、ということになり、結局俺が聞くことになった。俺が一番華谷さんと仲よかったかららしい。俺にそのつもりはまったくなかったんだが、もしかしたら俺はくじ運に関しては平凡ではないのかもしれない。
「あの」
そう声をかけて華谷さんに話しかける。荒井は別の席で話していた。華谷さんが一人のタイミングを狙った。
「なあに」
高校在学中に荒井や野々宮さんに向けていた、冷徹でとげとげしい声ではなく、穏やかな声で返された。よくよく考えればこれが普通なんであって、あの冷たい声が異常なんだが、そちらに慣れていたから、わずかに違和感があった。
「ずいぶん荒井と仲いいけど、どうしたの」
おそるおそる聞いてみる。本当はもっと言葉を吟味してオブラートに何重に包んで遠回しに聞くべきなんだろうけど、俺にそんな才能はなかった。視界の端で他の奴らが「失敗した」という顔をして嘆いていた。勝手に言ってろ。
「ああ、そのことね。まあ聞かれるだろうとは思っていたから、別に話してもいいけど、長いわよ」
俺が頷くと、彼女は話始めた。
ようは荒井と華谷さんは付き合ってるというのだ。あんなに嫌いあっていたのに。嫌よ嫌よは好きのうち、とはこのことだろうか。どうにも違う気がする。
「あんなに嫌いあってたけど、いいの?」
そう聞くと、華谷さんは少し笑った。俺はおかしなことを言ったか。
「周りは結構互いに好きだと思っていたみたいだけど、お前は分かっていたのねえ」
「いや、顔見てたら嫌いだって分かるよ」
「そうねえ、お前はよく人の顔じっと見つめてたものねえ」
華谷さんは俺を見てそう言った。俺は無自覚だったんだが、そんなことをしていたのか。
「私ね」
華谷さんは俺を見たまま口を開く。癖なのだろうか、少し首を傾けた。
「ちょうどイヌがほしかったの」
うわあ。
陳腐だが、そんなこと言う人は初めてだったから、何も言うことができず、俺は固まった。
その言葉に唖然としていると、荒井が戻ってきた。嫉妬ではないだろうが、俺のことを少し見てから華谷さんの隣に座った。
華谷さんは嫌がる素振りを微塵も見せず、荒井の相手をしている。傍目から荒井が甘えているようには見えないが、よく見れば荒井の態度は大型犬が飼い主に寄り添う姿に似ている。華谷さんの目は彼氏を見ているというより、なるほどペットに対するそれに近いようだ。
どうにも狼は牙をぬかれたらしい。
家に帰ってから「変人は分からないな」と妹に言うと
「兄ちゃん達も十分変人だよ」
と辛辣な言葉を浴びせられた。
そうか類友だったのか。二十年近く生きていて初めて知った。




