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女王と狼  作者: 狗山黒
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穢らわしい

 高校最後の年にして、悪夢の再来。荒井、俺、華谷さんが同じクラスになった。俺は不登校になろうか、本気で悩んだ。

 今年初めての席替えで俺は前に華谷さん、隣に荒井という最恐の布陣に放り込まれた。

俺は斜め前の山田と共に泣く泣く日々を送った。こうして鍛えられた不屈の精神なら何事も乗り越えられる気がした。事実山田はカツアゲに合わなくなったし、俺も両親からのプレッシャーに屈せずまあまあな成績をとり続けた。

これが俺の個人的二大事件の一つだ。

もう一つは卒業式の一ヶ月前くらいに起きた。

荒井はその面倒見のよさからか、夏休み明けに彼女ができていた。同じクラスの野々宮きいちごさんだ。ちなみに去年俺達と同じクラスだった。

野々宮さんは、顔はまあ可愛いが、引っ込み思案でいわゆる小動物系だ。彼女のことが好きだった某生徒からの情報によれば、懐くと表情がよく変わり、鈍感で天然で、感情がよく顔に出るそうだ。両親は死んでいて、それでいて正義感があり健気に生きてる姿が大変可愛いらしい。よく分からないが妹に聞いたところ、同性に嫌われるタイプなようだ。

同性に嫌われるのは事実なようで、女子と絡んでるところを見るのは少なかった。そもそも人と一緒にいなかった気がする。

華谷さんは嫌いだろう、と一昨年の経験から判断すると、それは見事に当たった。華谷さんは野々宮さんを見るとき、必ず宇宙の塵でも見るかのようだった。液体窒素の如き冷たさだった。

野々宮さんも彼女を苦手としていたらしい。常に怯えていて、華谷さんと対峙すると目線を泳がせ、どもっていた。それが余計華谷さんの苛立ちを助長させていたのに。

野々宮さんの彼氏の荒井は、華谷さんが野々宮さんに何かしていて、だから野々宮さんが怖がっていると考えたらしい。実際はそんなことはないのだが、恋は盲目なのだろうか。それとも本当に目が腐ったのだろうか。

昼休み、それぞれが昼食を食べている最中だった。俺は、あれ以来親しくしている山田と弁当をつついていた。

どういうわけか、野々宮さんから華谷さんに話しかけていた。ちなみに華谷さんの席は、今回も俺の近くだ。なぜだろう。

「あ、あの」

野々宮さんは、おどおどと上目使いできりだす。十五センチは差があるだろうその身長では上目使いも仕方ないだろうが、華谷さんは目に見えて苛々している。

「えっと」

「なあに、腹が立つわ。言いたいことがあるなら、とっとと言ってくださる。お前のために割く時間がもったいないわ」

「あ、あ、ごめんなさい。あの、もう最後だし、一緒にお昼どうかな、と思って」

野々宮さんは、つっかえながらもそう言った。彼女は知らないのだろうか、華谷さんはお昼を食べないことを。正確には誰も食べているところを見たことがないのを。

野々宮さんの後ろの方で、彼女の友人である桂さんがこちらを見つめていた。野々宮さんと華谷さんを観察しているようだ。

「あら、お誘いはありがたいけど、私お前とは食べたくないの」

他にオブラートに包んだ言い方があったろうに、こういうときは直接言ってしまう華谷さんは、それはそれですごいと思う。

「ちょっと、そんな言い方ないじゃない」

桂さんが声を上げた。見た感じでは、野々宮さんのお姉さんポジションらしい。

「私は、今野々宮さんとお話しているの。よそから口を出さないでちょうだい」

口角は上がっているが、冷ややかな目線をしている。通常運行だな、三年も一緒だと特に何も思わない。

「大体、どうして今更お前と昼食を一緒にとらないといけないの? 理解に苦しむわ」

「だって、高校最後だし、嫌われたままなんて……」

「あら、嫌われてる自覚はあったのね。てっきりお前の頭蓋骨の中にはお花畑が広がってるとばかり。ところで、お前と仲よくすると何か利益があるの?」

「利益って……!」

「黙ってろ、と言ったはずよ」

華谷さんは、そう桂さんに言葉を向けた。刃のように鋭利だ。

「利益なんて……でも、私、仲よくしたいの」

「だから、それの理由を聞いてるのよ。ご理解いただけないのかしら。それとも私、とても難しい言葉を使ってる?」

華谷さんがそう聞いてきたから、俺は首を横に振った。実際に思っていようが思っていなかろうが従順にしておけば、それなりに扱ってもらえることは経験済みだ。

「ね、難しくないのよ。それとも私が阿呆でお前達の言葉が理解できないのかしら。もっと分かりいいように言ってくださる?」

「え……」

「いいのよ、本音を言ってくださって。私が一人で可哀相とか、お友達のいない私を憐れんでとか」

華谷さんはそう意地悪く笑う。本音はまあそんなとこだろうけど、そんなこと目の前の人にはっきり言うのは華谷さんくらいだ。

「そんなこと思ってないけど……」

「けど、なあに? 言いたいことがあるならはっきり言ってくださらないと、私阿呆だから分からないの」

野々宮さんはこんな風に言われたことがないのだろう(誰だってないだろうが)、目に涙をためて肩を震わせ始めた。

その姿に和田さんを思い出す。彼女と違ってすぐに泣かないけど、その分いじめ甲斐があるとか華谷さんは思ってそうだ。

「ねえ、あまり怯えないでくださる。私お前の彼氏だかと違ってそういう態度に好意を抱かないの。お分かり? 苛々すると言ってるのよ。私がお前を好きでないのだって、それのせいなのよ。もっとしゃんとできないの」

「ちょっと! それ以上言うと」

「なあに、どうするの? お前が私に勝てるとでも?」

桂さんは押し黙る。

「お分かりなのね。次、口を挟んだら、そちらこそどうなるか分かってるわね?」

華谷さんはそう言って、首を傾げ深い笑みを浮かべて言う。

野々宮さんの目から涙がこぼれ始めた。本人は泣くつもりはないようで、必死に拭っているが、追いつかない。そこに蝶が花に寄せられるように、荒井が野々宮さんに近づいた。野々宮さんはそちらを向くと、少しの安堵と救済を求める表情を浮かべた。

華谷さんは顔をしかめ、舌打ちをする。彼女はその口調に合わせて上品な人だから、舌打ちなんてしないに等しい。短気な人だが年に一回も聞けない。

荒井は泣いてる自分の彼女を見て、目を見張った。即座に華谷さんに目を移し、睨みつけた。

「てめえが泣かせたのか」

華谷さんは、しかめた顔に笑みを取り戻し、鼻で笑ってから、見下げるように顎を浮かせた。

「私が泣かせた? お前の目は本当に節穴ね。そちらが勝手に泣き出しただけじゃない」

「今の言い方じゃ誰だって」

桂さんはそう口を開いたが、華谷さんに睨まれると黙った。華谷さんに対抗してあげく転校になったとある生徒のことを知っているのだろう。

「誰だって? 悪いけど私の兄弟達はこれしきじゃ泣かないわ」

ずいぶんメンタルの強い兄弟だと思うが、生まれたときからこれなら慣れるだろう。

「てめえはそうやって、また人を泣かせて」

「私は何もしてないわ、ちょっとお喋りしてただけじゃない。ねえ野々宮さん」

野々宮さんは突然話をふられたことに驚き、うなずくことも否定することもできないでいた。

「え、えっと、あの……」

「無理すんな、悪いのはこいつなんだから」

「まあ、やだわ。何かあれば悪いのはいつも私。一年生のときもそうだったわね。お前達の目玉は曇ってるのかしらねえ」

「ああ? 今のもあのときも悪いのはお前だろ。言っていいことと悪いことがあるって分からないのかよ。天才の華谷様がよお」

「ばかばかしくて溜息も出ないわ。その結果が、こんな鈍くさい子をうむのよ。一体どんな脳みそしてらっしゃるのかしら」

華谷さんと荒井は、二年のあれ以来、こうして喧嘩することはなかった。懐かしいやら怖いやらと思いながら俺は食事を進めた。山田はあっちに釘づけで箸が止まっていた。

「け、喧嘩はだめだよ」

涙声で野々宮さんは間に入ろうとする。つくづく空気が読めないというか勇敢な人だと思う。

「よそから口を出されるのは嫌いだと今までので分からなかったの? だから愚図なのよ、お前は」

「だって、でも、私のせいだから」

「よく分かってるじゃない。この腑抜けたお前の忠犬よりは使える頭をお持ちのようね。分かっているなら早く駄犬を回収してくださらない。飼い主ならちゃんとしつけてくださらないかしら」

瞬間、荒井は華谷さんの胸倉を掴んだ。

「飼い主だと」

地を這うどころか、地下を掘り進むような低い声が教室に響いた。今や教室の全員がこちらを見ていた。

「私、何か間違えたかしら。飼い主が困ってるとすぐにとんでくる駄犬。私にはそうとしか見えなくてよ」

「俺は別にいい。だがなあ、きいちごを馬鹿にするような真似は許さねえ」

「お前に許される必要があるのかしら」

「てっめ」

「それとも飼い主はお前なの? だったらなおのこと手綱はしっかり握っておくことね」

荒井が空いてる側で拳を握った。野々宮さんは目ざとくそれを見つけ、荒井の拳を握って

「だめ、だめだよ、殴ったりしちゃ」

と言った。普段より大きい声で、叫ぶようだった。

荒井が拳を開くと華谷さんも開いた、その口を。

「あら、そんな風にはっきり話せるのに、どうして普段はしないのかしら。この阿呆に守ってもらうため? ずいぶん計算高いのね」

華谷さんは今にも高笑いをしそうな表情で、高らかに言い放った。胸倉を掴まれ、つま先しか地に着いてないが、顎を浮かせて野々宮さんを見下ろしていた。

荒井は開いた手で、華谷さんの頬を打った。小気味いい音に、野々宮さんは小さく悲鳴をあげた。桂さんも、打たれたわけじゃないのに痛そうに顔を歪める。山田は驚きのあまり箸を落とした。

華谷さんはしばらく顔をそむけたままだった。教室内には静寂が広がり、誰かが息を呑む音が木霊した。

ゆっくりと、華谷さんの顔が戻ってくる。無表情で、顔が整っているだけに人形のようで怖い。

 しかしその表情は瞬く間に怒りへ変わり、今度は華谷さんが荒井の頬を打った。女子が男子を打ったにしては、強い音だった。

 「手を放しなさい」

 強い命令口調だった。華谷さんはまさに女王らしく振る舞ってきたけど、こんな風に命令するのは初めて見た。今までのは女王様のふりをして遊んでいたにすぎない。これが、本物の、女王。

 声を上げて泣き出した野々宮さんに気を使ったのか、荒井はすぐに手を放した。目は華谷さんを睨んだままで、獲物を逃がした獣のような名残惜しそうな顔をしていた。

 「穢らわしい」

 華谷さんは荒井だけでなく野々宮さんにもそう吐き捨てて、鞄を持って出ていった。

 取り残された野々宮さんは

「私が余計なことしたから」

 と泣きながらこぼした。荒井は野々宮さんの肩を抱き

「お前は悪くない」

 と呟いていた。独り言のようで、頼りない口調だった。

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