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女王と狼  作者: 狗山黒
3/6

二度と視界に入らないでちょうだいね

 俺達は二年生になった。荒井は純理クラスに行き、和田さんも別のクラス、俺と華谷さんは同じ純文クラスになった。変人は華谷さんだけだった。

華谷さんは理系だと思っていたが、噂によれば「高級官僚になって税金をせしめたい」らしい。それは別に理系でもいいと思う。

荒井、和田、華谷の三人がそれぞれ違うクラスになったのだから、あの恐怖の三角関係を見ることもないだろう。ほんの少し懐かしい、と平民達で安堵していた。

しかし、世の中は上手くいかないようにできていた。

荒井は弓道部に入っていて、それなりに強いらしい。その弓道部の部長と俺達は同じクラスだ。ここまで言えば分かるだろう、荒井と華谷さんはよく鉢合う。

荒井は華谷さんを見掛けるたびに絡む。言葉には出さなくても、すれ違うだけで舌打ちする。すると華谷さんの方が蔑むような視線を荒井に向けるので、そうなると罵詈雑言の応酬だ。

頻繁に罵り合うため、彼らは完全に両片思いだと勘違いされている。喧嘩が起きるたび周囲――ただし去年の惨劇を見た者は除く――は「また痴話喧嘩か」と生温い視線を投げかける。弓道部の部長なんかは、華谷さんに言い負かされた荒井を慰めたりする。ちなみに罵り合いは荒井から始まることが多いため、荒井が好きになったという説が優勢だ。

しかし、一度華谷さんが呟くのを聞いたことがある。

「あんな頭蓋骨に毛玉つめこんだネジのない腑抜けた男に好かれてるなんて死ぬほど迷惑だわ。あんなのに好かれるくらいなら白井と脳みそ交換した方がまだましよ」

完璧超人でそれを誇りに思ってる華谷さんが万年赤点で運動音痴の白井と脳みそを取り換えるというのだから相当である。

荒井の方も華谷さんを好きだとか好かれてるだとかの噂は迷惑なようだ。

「あんな高飛車で高慢な女好きになる奴がいるかよ。あんなの好きになるくらいなら白井に脳みそやった方がましだ」

そう言ってるのを聞いた。いくらなんでも、こんなところで引き合いに出される白井が可哀相だ。

あれは確か、修学旅行が終わり、中間試験が済んだ頃だった。

いつも通り荒井が弓道部部長のところに来た。

その日、華谷さんは珍しく苛立っていた。普段上機嫌な人なのかは別として、機嫌の悪さを表面化させる華谷さんを見るのは稀だった。

テスト後なため席は番号順で、華谷さんは弓道部部長、寺岡の隣に座っていた。必然荒井は華谷さんに近づくことになる。戦争勃発である。

「あの華谷麗香(うららか)がどうしたんだよ、テストで失敗したのか」

字面だけなら心配しているように聞こえるが、実際は嘲笑を浮かべ馬鹿にした口調で言う。これで心配されてると思う人の頭の中はお花畑だ。

通路を挟んで寺岡の斜め後ろの俺からは光景がよく見える。華谷さんは軋む音が聞こえるような速度で首を回して荒井を睨んだ。

「テストで失敗? 私がお前と同レベルの人間だとでも? 一緒にしないでくださる、不快だわ」

この言葉を聞いた瞬間寺岡が口を挟もうとした。荒井はやればできる奴だから、馬鹿じゃない。多分そういう旨の発言をしようとしたのだろうけど、相手は華谷さんだから止めたようだ。

「一緒にされて不快なのはこっちの方だっつうんだよ」

 荒井は舌打ちと共に言う。

 二人は睨み合っている。寺岡は迷惑そう、というか苦笑を浮かべているが、その他は微笑ましいものを見る目をしている。なぜ気付かないんだろう、これはそんなお可愛らしいものではないと。あの二人のゴミを見るような目を見れば分かるのに。

 「荒井も好きだねえ」

 去年のあれを見てない他クラスの生徒だろう、誰かが不要な発言を投げ込んだ。

 風をきるような速さで荒井はそっちを見た。華谷さんも荒井から視線を外し、そちらを睨んでいる。あ、死んだな。俺はそう思った。

 「誰が、好きだと?」

 「お前のその目玉はアクセサリーなのかしら。取り外し可能だと言うのなら、くりぬいて徹底的に洗って差し上げましょうか?」

 聞いたことない低い声で二人は言った。発言の主は顔を真っ青にして硬直していた。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだった。

 「こいつを好きになるくらいならコンクリ詰めにされて日本海に沈められた方がましだ」

 「それはこちらの台詞よ。お前を好きになるくらいなら高校退学の方が心が休まるわ」

 相手のことをどれくらい嫌いか、互いに主張する。声音と表情から彼らが如何に本気か窺えたのだろう、周囲の人間から笑みが消えた。

 華谷さんは凍っているそいつを一瞥して鼻で笑ったあと、再び荒井に視線を移した。

 「お前がやたらと突っかかってくるから勘違いされたのよ。それくらい考えつかないの、この無能。お前が悪いのよ」

 荒井も視線を華谷さんに戻す。

 「なら俺に文句言われないようにしたらいいだろ」

「私が悪いと言うのね。わざわざここにくるお前に非はないと。私がここにいると分かってここにくるお前は悪くないと」

 「俺がここにくるのが分かってるなら、てめえがどっかいけばいいだろ」

 「どうして私が移動してあげないといけないの? 私のこと見たくないというなら見なければいいじゃない。目玉潰してあげましょうか」

 「ふざけんなよ、こっちだってお前のこと視界になんていれたくねえ。目が腐るわ」

 「腐ってるのは目だけじゃなくて頭もでなくて。蛆虫でも湧いてるんじゃないかしら、気持ち悪い」

 心底気分が悪いです、という風に華谷さんは言った。機嫌が悪いだけあって、罵倒も絶好調だ。

 「これ以上お前と話すと、口が腐るわ」

 「ほお、珍しく意見が合うなあ。どうも嫌な臭いがすると思ったら腐り始めてたか」

 「意見が合うなんて反吐が出るわ、ああ嫌だ。早く消えてくださらない、目障りだわ」

 「お前がどっか行けよ。俺は寺岡に用があるんだよ」

 「それなら外でやってくださらない、吐き気がするの」

「なんでこっちが遠慮しなきゃならないんだよ、ふざけんなよ」

 「冗談は顔だけにしてくださる? おかげで本当に気分が悪くなってきたわ」

 そう言うと華谷さんは立ち上がった。

 「二度と視界に入らないでちょうだいね」

 華谷さんはそう言葉を残すと教室を後にした。その日は戻ってこなかった。

 視界に入らないなんて無理な話で、それ以降も彼らは鉢合わせになっていた。しかし以前と違い、言葉を発することなく視線と舌打ちだけで冷戦を繰り広げていた。忍術の一つに矢羽音というのがあって、一般人には気付かない音で話をしていたらしいが、彼らにもそれができるのではないか。それくらい饒舌な気配を放っていた。二人がいるとモーゼの如く道が開くくらいには、恐ろしい雰囲気だった。ただの一般市民の俺はそれを避けるのに忙しかった。

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