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残影  作者: GUOREN
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『…………ルドか?』

『条件は伝えておいたはずだ。守られないようなら、取引はしない』

『ばかばかしい。向こうに上がって少し話をするだけじゃないか』

『そうか。なら悪いが、この話は終わりだ。話がしたいなら、中に入る事だ』

ホテルの屋外プールのジャグジーに入っていた監視対象が後からやって来た取引相手をその中に無理矢理引きずり下ろした。

水しぶきが盛大に上がる。

「お、お~。やるな、オコナーの奴」

3年来の相棒のイオンがカメラで現場を覗きつつぼそっと隣で呟く。

『くそ!服が台無しだ!』

側にあったスピーカーから、集音マイクで拾った取引相手の悪態がひとしきり聞こえてきた。

落ちた時に体を打っていてかなり痛いと思うんだが、気にするのは服なのか。まぁ、あの服は相当高そうだったが。

引き続き取引現場を監視する。

『ルールを守らない奴が悪い。これで話ができる』

オコナーが人の悪い笑みを取引相手に向けた。

『変わったやつだと聞いてはいたが、くそったれ。50ミルだ』

突然取引が始まる。

『20日かかる』

『10日!』

『2週間だ。それ以上は無理だ』

オコナーが首を左右に振る。

『ふん。いいだろう。それで手を打つ』

お互い握手をしている。取引が成立したようだ。

『シャンパンはいるか?』

『シャンパンより服代弁償しろ、この野郎』

そう言って、取引相手がジャグジーから出る。

『では、2週間後連絡する』

取引相手は返事もせず荒々しくその場を去って行った。

「相当怒ってるな、あれは。アルマーニだったし」

イオンがぼそりと呟くが……ゼニアじゃないのか?あれ。

「まぁ、あれだけ服に拘れば、怒りもするだろう。それよりイオン撮れたか?」

「勿論とも。プロ顔負けよ」

このイオンのドヤ顔が時々腹立たしい。そう言うのでカメラデータを確認してみると、イオンの言う通りいいショットだった。

女の子の水着姿の。

あぁ、もう何も言うまいよ。

現場が一応撮れていたので、一旦俺たちの仕事を終了させ本部へ帰投する。

戻ると、ガラス張りのミーティングルームで上官が見た事のない男と話をしていた。俺たちに気付いた上官がこちらに向かって手招きをしている。ミーティングルームに入ると、徐にマニラファイルを渡してきた。

ファイルの中をすぐさま確認する。幾つかの写真と文書が入っていた。

「ブライ、イオン。一旦今の仕事をケイトとピーターに引き継げ。で、お前たちには別の任務についてもらいたい。これだ」

そう言って、タブレットPCをこちらに渡してきた。

タブレット一杯に映し出されたそれを見て、思わずイオンと視線を交わす。そこに写っていたのは、自分が知っている物とはかけ離れたものになっている、Branchが映し出されていた。 

画面を見た俺は、今回の捜査で取り寄せていたゲーム雑誌を思い出した。

確か…

アタッシュケースから、件の雑誌を取り出し上官に見せた。

「もしかして、これですか?」

画面に映し出されているのと似た形のデヴァイスが雑誌に載っている。

「それはビデオゲーム用だがな。こっちは似ているが、ビジネス用等に開発された新しいモデルだ。そこでお前たちに……て……らい……」


「……ああ、夢か。ここでも夢をみるのか……」

夢を見て同僚の事が少し心配になったが、どうにも出来ないので頭を振ってその事を追いやった。

幾分眠気が治まったような気がする。最近あまり眠れていないので寝起きが良くない。心当たりはある。

任務とはいえ突然の環境の変化に頭がついていっていないのだ。

いつまでも、引きずるのは良くないな。判ってはいても頭は一向に解ってはくれない。いつからこんなに1つの事に拘るようになったのか。

ふと数ヵ月前の事を思い出す。彼女の事を。

「もっと後から紹介するつもりでいたのですが、先にご紹介いたしますわ。本日からルイ様の護衛担当になった、アンヴォイド=クォイア=ジェウェレイ=ジャミニです」

侍女のナリアッテが引き合わせてくれた彼女の顔に探し求めていた人物のそれと重なる。

やっと見つけた。

その女性は上官より探し出し、見付け次第彼女の安全を確保せよと厳命されていた人物だった。任務を受ける際に、彼女がゴーストとかいうものと何らかの関係があり、それは誰にも奪われてはならないという説明も受けていた。ゴーストというのが一体何なのか上官に問い合わせたが、それに関する一切が機密であったため詳細を知ることは叶わなかった。

とりあえず長きにわたり不明だった彼女をようやく見つけることが出来た事実に、あの時は心底ほっとした。

それから毎日彼女の護衛として張り付いた。早朝に走り込みをする彼女は、男顔負けに走りこなす。当初鈍っていたこの体は、彼女に追い付くのがやっとだった。

初日に「20年は伊達ではないのですね」と嫌みを溢してしまった自分の小ささに、思い出しては未だに自己嫌悪に陥る。

あの時は何て失礼なことを言ったんだろう。ああ、忘れてくれていればいいが……

「うわぁ」

思わず掛け布団を頭まで被った。少し落ち着く。

「顔、洗うか……」

洗面台に備え付けられている鏡に映った自分の顔は予想通り酷い。自分で言うのも何だが陰気臭い。只でさえどんなに鍛えてもガッチリ体型にならないのに、その上今のこの顔が加わるとなると何とも言えない……

「はぁ、厚みが欲しい。こう腕とか胸筋とか、後数インチでいい……。くそ。あの時から欠かさず筋トレしてるってのに、何故体型が変わらない」

そう、筋トレはあのマラソン初日から始めた。悔しかったからだ、それなりに。だけどその事を彼女にだけは知られたくない。

イオンのヤツこの事漏らしたりしてないだろな?言っていたらあいつのコレクション芝刈機で全部粉々に刈ってやる。

いかん、思考がネガティブだ。

水で顔を濡らす。少しさっぱりした。

今日の予定は、来賓中の何と言ったかチュ……チュイ、なんだっけ、ああ、チュジーンだチュジーンとかいう国の太子の護衛か。彼の行動範囲は狭く、宛がわれた部屋かロイミオ殿下の所へしか行かないからな。非常に楽ではあるが退屈な任務だ。

「さて、仕事へと向かいますか」

王太子殿下の部屋の前にいる2人の近衛の内、片方と交代する。もう一人はまだ来ていないようだ。

「交代だ。異常は?」

「特にありません」

申し送りもなく交代する。程なくしてもう一人の交代要員も配置に付いた。そこから数時間、ただただ立っているだけの仕事だ。勿論無駄話もほとんどしない。まあ、余りにも暇すぎて、少し位の無駄話はあるにはあるが。

はあ、それにしてもなぜ俺はこんなことをしてるんだろう。なぜ、今彼女の側にいない?

くそ。

いつもならこの時間は早朝マラソンを共にしていたのに。前を行く彼女の艶やかな茶色い髪を見ながらいつも走っていた。振り返る度に覗く髪と同じ琥珀の瞳に時を忘れた。ほんのり色づいたあの唇から名前を呼ばれるだけで、幸せになれる気がする。

なのに、今側にいるのは別の男だ。

解っている。この感情が何を起因としているのか。今はまだ落ち着いているこの感情も、このまま会えずにいるとどうなるか判らない。なぜか接触を禁じられ、もどかしい程の想いが澱のように奥底に積もる。

彼女はどうなのだろうか?少しでもこちらを見てくれていただろうか?

いや、それはないな。彼女のプロファイルには護衛も経験しているとあった。だったら俺の事を個人としては見てはいないだろう。護られることも護ることも知り尽くしている人だから。

ああ、そうかだから入団を考えたんだな。他の職ではなく。一番馴染みのある職へ。

「私レイ=タダノ=オカシズキー=ド=ジャポンは、王国騎士団への入団を希望いたしたく存じます」

ふと、副団長に入団希望を突然言い出した時の事を思い出した。

正直あの時は戦慄した。

入団は見送ってほしい、別の安全な職に就いて欲しいとなぜか願う自分がいた。

そう、あの時はまだ何も解っちゃいなかった。その考えが一体どこから来るものか。

問題が起きるのをただ防ぎたいだけだとあの時は思いこんでいたのだ。

彼女が入団試験のために来る日も来る日も必死に文字を覚え、鍛練している様を側で見ていると、応援をしたくなる自分がいた。

どこかで見たことのある不思議な型を淀みなくする姿は、まるでバレエか何かを踊っているような軽やかさと美しさがあり、雲の切れ間から射す日の光がスポットライトの役割を担っているようで……

幻想的だった。

ああ、そうか、決定的になったのはこの時か。

「おい、急に笑うな、アンヴォイド。びっくりするではないか」

もう一人の太子付きの護衛担当に指摘されて初めて自分がニヤついていた事に気付いた。

「いや、すまん。思い出し笑いだ。気にしないでくれ」

「お前でも笑うことがあるんだな」

失礼なヤツだな。どれだけ笑わないと思われてるんだ。ここ数日の事を思い出した。

ああ、確かに笑ってないな。そう言われれば。

「まあな」

愛想笑いを浮かべて答えてやった。すると相手が口を開けて固まり動かなくなった。

「おい、口閉じろ。埃入るぞ」

一応注意しておく。

「あ、ああ」

そう、自覚したのはあの時で。

そこから、仕事とは関係なく彼女から目が離せなくなった。

偽りの自分を見せるのが嫌で、入団試験を期に髪の色を本来のくすんだ金髪に、髪型も耳にかからない程度の長さに戻したんだっけ。

「で?ここで何をしてるの?」

入団試験当日、髪型が変わっても彼女はすぐに俺だと気付いてくれた。そのことに何よりも嬉しく感じた。

「貴方の護衛に」

「変装してまで?」

低くも高くもない彼女の声音に、酔いしれたい欲求を圧し殺すのにあの時は苦労した。いやそれは今もか。

声が、聞きたい。

本来の姿を初めて彼女にさらしたから、逆にそれが変装しているように見えたようだ。

これが本来の自分ですと言えたら、この熱も少しは楽になるんだろうか?

「…。ええ、まぁ」

絞り出したような声になってしまったが、変に思われていなかったか?

ああ、過去を振り返ると取り消したい自分の行動が色々見えてきて嫌だ。

穴があったら入りたい……

なのに思い出す事を止められない。

「そう。だけどもう必要ないと思うんだけど……」

この彼女の言葉に動揺して、一瞬頭が真っ白になったのを覚えている。

「い……いえ、まだ解任されていませんので」

要らないと言ってくれるな。

思わず出そうになったその言葉を別の言葉に咄嗟に言い換えたこの時の自分を誉めてやりたい。

「そうなの?そっか」

ふわりと笑う彼女の笑顔が不意打ちすぎて、自分の顔がその時赤くなっていなかったことを切に願う。

「その髪型いいね。惚れそうだよ」

さりげない彼女の誉め言葉の後に続けられたフレーズに、思わず本気になりそうな自分に対してストップをかけた。

あれは違う。彼女のことだ、無意識の言葉で本気じゃない。あれは本気じゃない。彼女なりのジョークなんだ。

くっ、なぜこんなこと思い出したんだ。

「ふぅ」

思わず溜め息をついたら、隣から視線を感じた。やたら神妙な顔つきでこちらを見続けている。

なんだ?

「おい、アンヴォイド、今日の君は変だ。その、悩みとかあるのであれば相談に乗るぞ?とりあえず、その無駄な色気は引っ込めて欲しい。落ち着かないんだ、色々と。それに先程から侍女やら女官やらがあてられている」

「いや、彼女たちが去らないのはお前のせいでは?」

俺には関係のない話だが、近衛は顔のいい連中がわんさかいる。こいつもその一人だ。女官たちの目当ては十中八九こいつだろう。

「はあ?アンヴォイド、君は意外と鈍いのか?どうみても、君目当てだろうに」

鈍感なのはこいつの方だと思う。

「いや、あの子とあの子、それにあの子は、お前と仕事しているときだけ見かける。別の誰かと組んでる時にはいない」

「そうなのか?君よく見てるな」

いやいや、あれだけ見つめられてなぜ気付かないんだ?見られることが当たり前すぎるから感度が弱くなってるだけか?

「むしろ気付かない方が仕事上問題だろう」

「いや、まあ、その、ごほん。それはともかく、何か悩む事があれば聞くが、どうだ?今夜」

何かを飲む仕草をする。

「いや、やめておくよ。最近眠れていないから。早く休みたい」

「そうか。それでは仕方がないな。眠れるといいな」

「ああ」

悪いヤツではないが、その気になれない。それにあまり人に話したくない。こういう悩みは特に。

今日の王太子は特に何も行事予定がない。引き続き部屋の前で次の交代まで待機だ。それまでまだたっぷりと時間があった。

待機中色々と考えが過るが、最終的には彼女の事に行き着く。

入団試験のマラソンは俺にとってトラウマになった。彼女が試験で本気を出したら、自分が置いていかれそうになった件だ。

結局その時のショックを次の日まで引きずり、いつもの朝のジョギング中の会話もその日は上の空だった。

実技試験の事について走りながら話していて、まるで勝ちに行くような彼女の発言に、浮わついていた心が一気に現実に引き戻された。

「勝つ……おつもりですか?」

俺の言葉に立ち止まり、振り向いた彼女の瞳の中には負ける意思など全くなかった。

「全力は尽くす」

彼女がフワりと笑顔になる。

時間が止まった。

これは……ヤバイ。

体の血という血が顔に集まったのではないかという位に、あの時は火照っていたと思う。彼女にも気付かれてしまったかもしれない。抱き締めたくなる衝動にかられたが、それを必死にこらえた。

彼女のこの時の笑顔を思い出し、胸の辺りがずきりと疼いた。思わず胸を叩く。

「お、おい。本当に大丈夫なのか?アンヴォイド」

「ああ、気にしないでくれ。支障はない」

「本当か?体調が悪いのなら、この後休みとるといい。隊長には報告しておくが」

「いや、大丈夫だ。心配かけてすまん」

「そうか?だが無理はするなよ?」

これは、病気じゃないからな……

むしろ、何もする事がないから逆に色々思い出して、胸が締め付けられる。

例えば、実技試験の時とか。

あの試合は今でも目に焼き付いている。初めて本格的に闘う姿を目にしたからかもしれないが、忘れられない。

彼女は初めての試合にも関わらず堂にいっていた。まるで長年剣を振り続けてきたかのように。

試合開始の合図があり、探るためなのか団長の動きに合わせて、幾合かしている内に唐突に彼女の動きが変わった。

彼女が毎日やっていたあの不思議なストレッチは、きちんとした体術の動きだったのだ。その動きから来るあの剣捌きは、まるで舞だ。団長のリズムもいつのまにか彼女のものとシンクロし、どこからともなく音楽でも流れてきそうだった。あの場では団長でさえ彼女の為の舞手にすぎなかった。

独特のリズムで流れるように動き、軽やかにしなやかにまるで重力など無いかのように。誘い誘われ時に躱わし時に交わす。

その様は蠱惑的で魅惑的で誘惑的で背徳的だった。まさしくあれは彼女の舞台だ。

このシーンを思い出す度に体の中が疼くような熱く心地のよい痺れがいつも走る。それと同時に嫉妬の様なものも。

「仕事に集中出来ないのはよく解った。せめてその妙な色気を振り撒くのだけは止めてくれ。王太子を起こしに来た者が先程からかなり離れた所でもじもじしている」

入団試験の場面から急に現実に引き戻される。

先程は深く突っ込まなかったが、色気ってなんだ?もじもじ?誰が?って、え?男だろ?おいなぜそこで赤くなる。

「そこの、入るならすまないが早めにお願いする」

「はははははい。も、申し訳ございません」

素早くノックして、中の返事も待たずに入っていった。中の住人は夢の中だからノック位では気付かないだろうが。

「惚れられたな」

真面目な顔して、怖いことを言うな!今も昔も女性一筋だ。

「冗談でもやめてくれ」

思わず顔を手で覆う。

「もしかして初めてではない?」

うるさい。

人の古傷を抉るな。

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