宣戦布告(遺伝子組み換えでない)
周囲の生徒たちが騒めく。
「おい、何で生徒会長が……?」
「特進科だろあの人……なんでこっちに。」
「美しい……」
「知的……」
「ビューティフォー……」
朝と同様に、空気を支配する。
返事を待たずに、早鷹の隣に座る。
(……おい、どういう状況なんだこれは。)
隣の足利とアイコンタクト。
(俺も何がなんやら。)
無言で肩を竦め、お手上げのポーズ。
そのまま神宮寺は、麻婆豆腐を食べ始める。無言で。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
机の4人が無言で見つめる中、蓮華で麻婆豆腐を食べ続ける神宮寺。
湯気からしてかなり熱そうだが、汗一つかかず食べる。食べる。食べる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………………」
水を一飲み。
蓮華を置き、手を合わせる。完食である。
(おいなんだこの人!?マジで飯食いに来ただけ!?)
足利が困惑した眼で昴を見る。
見られても困る。こっちも訳が分からない。
周囲のギャラリーも何時の間にか散っていた。
(ねぇココロ、貴女心当たりあるんじゃないの?わざわざ隣に座るって事は。)
西神が早鷹に耳打ちする。
早鷹の表情が歪む。
(……とうとう正面から来るようになったのね……)
(あ、今のは別にココロと心当たりを掛けたわけじゃなくてね?)
「んなこと分かってるわ!………はっ」
思わず声を挙げる早鷹。
「………えー、あの。生徒会長さん。俺たちに何の用です?別にそんな怒られるようなことはしてないつもりなんですけど。」
おずおずと、足利は訊いた。
「僕が来たのは個人的事情によるものだ。生徒会の関係する話ではない。それは安心してほしい。」
にこやかとは言えないが、それでも空気に似合わず穏やかな口調で神宮寺は答えた。
「それこそ分かりませんね。神宮寺家次男ともあろう方が、私達のような下々の者に個人的事情ですか?一体どんな案件なのか想像も付きませんわ。」
西神がニヤつきながらも油断ならぬ眼光で射抜く。
片目で神宮寺を。もう片目で早鷹を。
その視線に睨み返しながら、早鷹も口火を切る。
「……例のお話でしたら、はっきりお断りしたはずですけど。」
「例の、というと。比佐鷺柚葉を口説くのに協力しろ、という話か?」
昴の息が止まる。
聞き逃せぬ台詞。何と言ったこの男は?
想定していた事態ではある。控えめに見ても、柚葉は美少女である。
接近する男子がいるのも理解していた。
だが、それが生徒会長とは。
それとも、もしくはこちらの事情と同じか?
西神の口調では神宮寺はそれなりの格の名家だと推察できる。
イグレット目当てである可能性は十分にある。
昴の心中は焦り、動揺、切迫で揺れていた。
「……ッ!、伏見、あんた……」
早鷹がまた朝のようにこちらの胸の辺りを見て眼を見張った。
「その話についてはもういい。一度断られた事を何度も蒸し返すのは主義ではない。今日来たのは、いわゆる宣言の為だ。」
神宮寺は、徐々にプレッシャーを強める。
圧力が増す。重力が倍になったかのような錯覚。
「宣言……?」
「そう、宣言だ。比佐鷺柚葉は僕が頂く。他の誰にも渡さない。」
その声は、小さな声であった。
喧噪に湧く食堂内では埋もれてしまう程度。
しかし、同席の4人の鼓膜には、その言葉が鮮烈に叩き込まれた。
「………」
「……ふぅん……」
「………おいおいおいおいなんだよそれ……」
「あらー面白くなって来たわね。」
昴の脳内は、作戦スケジュールの変更に追われていた。
(不味いぞ……悠長に構えている場合じゃない。1か月ほどで距離を詰める予定だったが駄目だ。明日、いやもうこの後すぐからでも……)
「………ふっ、ふふふ。無理ですね、生徒会長。」
笑い出した早鷹に、他の3人はギョッとする。
神宮寺は動じず、早鷹を見据える。その視線を真っ向から受け、早鷹はなお笑う。哂う。
「あなたの様な、逃げてる人間には無理ですよ。」
「ほう?僕が何から逃げていると?」
「それは自分の胸に聞いたらどうです。それに、もしあなたが真に柚葉に恋していたとしても。」
早鷹は笑顔で。朗々と。微塵も揺るがず。
「柚葉があなたに応えることは無いですよ。絶対に。」
宣言した。
「……そうかな。やってみなければ分からないだろう?」
「人と魚の恋が実りますか?」
「奇跡が起これば有り得る話だ。魔女の薬でも、悪魔の術でも。」
「はっ、ならその奇跡に縋って精々努力してください。」
「ああそのつもりだとも。応援感謝する。」
無表情に若干の微笑を浮かべ、神宮寺は立ち上がり膳を持つ。
そのまましめやかに去る、前に振り向き言った。
「ああ、君は今日転入してきたんだったか。名前は……伏見昴、で合っているか?」
「え、あ、はい。」
「天宮学園へようこそ。この神宮寺明が全生徒を代表して歓迎する。よろしく頼む。」
そう言って、今度こそ神宮寺は去って行った。
しばらく静寂に包まれる机上。
数十秒後、足利が口を開く。
「……しかしあれだな。生徒会長ともなると、転入生の顔も把握してるもんなんだな。」
「あ、ああ。そうだな。」
「タケシったら、今話すのはそこじゃないでしょう?」
西神は早鷹を見やり、促す。
にこやかに。されど有無を言わさず。
「さぁ、説明しなさいココロ。とぼけるのは無しよ。」
「…………………ど」
「「「ど?」」」
早鷹は顔を上げた。
その顔は歪み、眼尻にはわずかに涙。
「どうしよう………………」
三人全員、コントのようにずっこけた。
【神宮寺明】
特進科3年、生徒会長。
神宮寺家次男。
文武両道、眉目秀麗。当然モテる。
だがこれまで一切浮いた話が無かった為ホモ疑惑も上がっていた。
辛党だが、辛い獅子唐に当たるとキレる。