変人共とランデブー
「………えー、あの、初めまして。転入生の伏見昴です。よろしくお願いします。」
何とか思考を再起動し、挨拶を済ませる。
「おー、委員長の仮面みて直ぐに復帰したよ。やるねー。」
「おお、イケメン…上の下、いや上の中か…?」
「ほう、あの体付き…鍛えているな。まぁ俺ほどではないが。」
「いやボディビル部のあんたと比べるんなよ。」
「うずうず」
「おい誰か龍宮押さえとけ。うずうずしてんぞ。」
「王手、飛車取り。ふふっ、序盤の速攻が仇となったな。」
「ぬっ…しまった…」
「くそぅ…男かよ…ッ!低身長の女子じゃないのかよ…ッ!」
「黙ロン。」
「ふぅ…さて替え玉替え玉」
「まだ食うのかよっていうかどっから麺だしてんの!?」
クラス中からの好奇の眼。
落ち着いて見れば、目の前の仮面だけでなく色々とおかしい。
眼を輝かせてうずうずとしているポニーテール。(おそらく先ほどの大声の主だろう)
「うずうず。うずうず。」
というか口で言っている。
こいつは馬鹿だと一目でわかる。
空気が馬鹿丸出しである。
まぁそれはいい。
問題はその隣の男子生徒。
一番目につくのは、白。
髪が真っ白の男子生徒。
しかも眼が真っ赤である。
そして机の上には野菜スティック。無論人参である。
(多分こいつがウサミン、じゃなくて宇佐だな。)
そして、席を付け合って将棋を打ってる男女。
男子のほうは丸刈り、筋肉の引き締まった男。
女子のほうはセミロング、黄色のカチューシャ。
こちらを見向きもせずに打ち合っている。
「ズゾゾーッ!」
そしてラーメンを食う男。
これ以上に形容しようがない。
ただラーメンを食っている。
後はまぁ、普通だ。
筋肉ダルマがいたりするが、普通だ。
制服の上から黒のフードを被ってる奴もいるが、普通だ。
頷きながら「淫欲の団地妻2~海辺の情事編」という背表紙の本を堂々と読んでる奴もいるが、普通だ。
こちらを見て「なんでロリっ子じゃないんだよ…ッ!」とか言ってる奴もいるが、普通だ。
普通なんだ…ッ!
昴は無意識にではあるが、今回の仕事を楽しみにしていた。
他の同年代の子供と同じように普通の学生として振る舞う事に憧れがあった。
なので、必死に自分に言い聞かせる。
(大丈夫だ、全然普通だ。そうこれが今の高校生のスタンダードなんだ。落ち着け。)
「伏見君は、心臓の病気で長期入院していました。今は大丈夫ですが、念のため皆さん気を付けてあげてくださいね。」
「はーい!はいはいはーい!質問がありまーす!」
ポニーテールの馬鹿、龍宮が勢いよく挙手する。
それに応じてちらほらと、質問の手が上がる。
「まぁ待て。急に捲し立てては答えようにも答えられんだろう。」
それを制するように立ち上がる仮面の女生徒。
手慣れた様子で教壇に上がり、クラスを掌握する。
「質問は一人一回。質問前に軽い自己紹介をする事。それ以上は追々だ。これで宜しいですか先生。」
「ええ。それじゃあ後は朱音さんに任せますね。」
そして振り向き、昴と眼を合わせる。
いや、昴からは眼は見えないのだが。
「さて、僭越ながら仕切らせてもらう。2-B委員長の朱音香だ。よろしくな伏見。」
「ど、どうも…」
むしろこっちが質問したい。
その仮面はなんだと小一時間問い詰めたい。
だが今はその空気ではない。
「はーい!はいはいはいはいはーい!」
「はいは一回でいい、じゃあまず龍宮。」
指されたポニーテールが勢いよく立ち上がり、椅子がガタガタと音を立てる。
「どうも!龍宮竜子でっす!空手部所属です!よろしく!」
そう言って空で正拳突きを放つ。
「天知る地知る私知る!空を引き裂く龍の咆哮!邪悪を滅する龍の息吹!数多の世界を駆けまわり!弱きを助ける正義の使者!人呼んでドラゴン・ガール!」
「人呼んでねぇよ。自称だろ。」
隣の白髪の突っ込みを無視し、続ける。
「すばるんって呼んでもいいですか!?」
(質問じゃねぇ…ッ!)
呆れかけるが表情には出さない。
ここで無下に拒否したらクラスの立場が危うくなりこれからの仕事に支障をきたす恐れがある。
それにあだ名というのは悪くない。親しみやすさが増す。
「ああ、好きに呼んでくれ。」
そう言うと、龍宮は眼を輝かせる。
「優しい…!十蔵はウサミンって言ったら激おこなのに!」
「ぶっ飛ばすぞ龍宮ァ…!」
「お礼に私の事もタツミンって呼んでもいいよ!」
「あ、ああ。考えておく。」
龍宮は満足そうに座る。
「…因みに、私の事もアカネンと呼んでくれても構わないぞ。」
「遠慮します。」
隣の言う事は流そう。
そうしないと仮面に意識が持っていかれる。
「そうか。残念だ。では次、東。」
「はい。東吉良です。漫画研究部所属です。どうぞよろしく。」
次の女生徒は普通そうだ。
ショートカットで青眼鏡。落ち着いた雰囲気。
(漫画研究部か、問題ない。最近流行りの漫画は一通り予習済みだ。)
少女漫画を筆頭にスポーツ、バトル、料理、推理、麻雀、四コマ。
高校生に人気のジャンルは網羅している。
どのような漫画でも対応でき―――
「質問です。巨乳か貧乳、どっちが好きですか?」
(ええー…)
「またその質問か吉良。目についた男子全員に聞いてないか?」
朱音が溜息。
東は眼を輝かせて捲し立てる。
「いやぁ、ニーズを知るのは大事じゃないですか。今のところ8:2で巨乳有利ですが、答えてくれる男子が少なくていまいち信憑性に欠けるんですよ。」
「だろうな…」
「今のうちにリサーチしておかないと夏に間に合わないんですよ!ネタもまだ全然だし!」
「そうか、頑張れ…」
「やっぱおっぱいは大きいほうがいいよな。」
「だよな。大は小を兼ねるからな。」
「何言ってるんだよ!ちっぱいは正義だろ!」
「お前はロリコンなだけだろ足利」
「うるせぇエロ本読んでるお前が言うな篠原!」
「エロ本じゃない官能小説だ!」
「一緒みたいなもんだろ…」
「男ってやーねー、こんな脂肪の事でグチグチと。」
「身も蓋もない事を…」
途端に騒がしくなる。
何かある度これか…
「それで、伏見君はどっち!さぁお答えください!」
「そういうプライベートな質問にはお答えできません。」
「むぅ……残念。じゃあせめて何フェチかだけでも!」
「ハードル上がってるよ吉良……そのくらいにしとこう。」
「ぐむむ……紗理奈が言うなら仕方ない……」
悔しそうに座る東。
後ろの席のロングカットの女生徒が宥めている。
脳内で感謝した。
「さて次、足利。」
当てられて勢いよく立ち上がる男子生徒。
先ほどからロリコンめいた言動を繰り返していた奴だ。
正直嫌な予感しかしない。
「足利武志、帰宅部だ。よろしくな!何か分からないことが有ったら力になるぜ!」
「お、おう……」
爽やかな笑顔で挨拶する足利。
その胸には男子高校生には似つかわしくない、銀の懐中時計。
「それで質問なんだが!妹さんはいますか!」
「いない。」
いたとしてもこいつには教えたくない。
「くっ……じゃあ親戚に年下の女の子はいますか!」
「いない。」
「ジーザス……ッ!イケメンの血族ならばさぞかしカワイイな美少女だったろうに……ッ!」
「そこまでにしておけよ足利。」
「いい加減にしろよロリコンの足利。」
「自重しろ足利。」
「黙ロン。」
「黙ロン。」
「黙ロン。」
一斉に罵声を浴びる足利。
いつもの事のようで特に堪えた様子もない。
「勘違いするなよ伏見!俺はロリコンだが犯罪者ではない!あくまで脳内で楽しんでるだけだ!一ミリたりとも幼女に触れたりはしない!そこのところは分かってほしい!」
「お、おう……」
謎の気迫に気圧される昴。
(まぁ、実際に金の力で手を出す下種と比べれば立派だな。)
「因みに、黙ロンというのは「黙れロリコン」の略だ。何度も言わされるので自然に略された。」
朱音がどうでもいい解説を入れた。
「アクセントは「マカロン」と同じだ。」
どうでもいい解説にどうでもいい補足が付いた……
――――――――――
その後もしばらく質問が続いた。
「自分の最も自信のある筋肉はどこだ?」
「…腹筋?」
「好きな官能小説作家は。」
「いや…読んだことないからわからん…」
「将棋は好きか?」
「ルールくらいなら。」
「野球は好きか?」
「……ルールくらいなら。」
「みかんの白い筋とる?」
「とらない。」
「自慰は週何回ペース?」
「黙秘する。」
「好きな両生類は何ですか?」
「…カエル。」
(碌な質問が無い…ッ!)
おかしい…もっとこう、普通の質問はないのか。
趣味とか。好きな食べ物とか。テレビどんなの見るのとか。好みの女のタイプとか。
転入生に対してはそういう質問が飛び交うのではないのか…ッ!?
やはり、漫画が情報源では色々と齟齬が出るものなのか。
昴が脳内のデータベースの精査をしようとした、その時。
「…そろそろ時間も押している、次で最後だな。では、比佐鷺。」
その名前は、昴の脳をダイレクトに叩いた。
(なんてことだ…ッ!今の今まで標的の事を完全に失念していたとは…ッ!)
そこまでこのクラスの空気に呑まれていたことに戦慄する。
朱音に指され、規律する女生徒。
やや童顔な黒のボブカット。小柄で、しかし病弱さは感じさせない体躯。
纏う空気は穏やか、理性的。
その髪には白の髪留め。近くで見れば鷺のレリーフが刻まれているのがわかるだろう。
彼女が、昴の標的。イグレットグループ企業令嬢。
「比佐鷺柚葉、吹奏楽部です。よろしくお願いします。」
言って、柚葉は微笑む。
「その、伏見君には何か趣味とかはありますか?」
その言葉に。微笑みに。
昴は咄嗟に反応できなかった。
これまでの異次元めいた質問から、いきなり普通。
しかも相手は惚れさせるべき標的である。
そして無意識では好みの顔だと思っている女子。
「あ、えっと…」
これまで、一応淀みなく回答し続けてきた転入生。
その彼に生まれた狼狽は、当然察する。
皆が。
「…惚れた?」
「惚れたか。」
「ほう…ロリ系が好みか…メモメモ」
「ロリ!?ロリって言った誰か!?」
「黙ロン」
「転校初日で惚れさせるとはな…」
「柚葉ちゃんマジ魔性。」
「え、なになに何の話?ラヴ?ラヴ話?」
「落ち着け。お前にはまだ早い。」
「なにおう十蔵の癖に!」
「ほう…飛車を捨てるか。思い切ったな。」
「お前に勝つには死球も止む無し、だ。」
「ズゾゾーッ!ズゾゾーッ!」
当然のように喧噪。
当然のようにそれを鎮める朱音。
「静粛に。伏見、答えが出ないなら別に構わんぞ。」
「ああいや、大丈夫。いきなり普通の質問で脳が止まっただけだ。」
咄嗟に言い繕い、用意していた答えを引き出す。
「しばらく入院してたから、運動はできなくてな。他にこれといった趣味も無かったし、病室で本を読むのが唯一の楽しみだった。だからまぁ、読書かな。といっても漫画が大部分だが。」
「そうなんだ…私は漫画はそんなに知らないので、何か面白いものが有ったら教えてくださいね?」
「ああ、ぜひとも。」
好感触だ。内心でガッツポーズ。
どうなることかと思ったが、滑り出しは順調といえる。
……周囲の出歯亀めいた視線は無視する。
「よし、では席は…そうだな、比佐鷺の隣でいいだろう。スペースも空いているしな。誰か頼む。」
朱音の指示により、席が用意される。
(良いぞ、環境はこれ以上ないほど整った。あとは俺の腕次第だが…)
席に向かいながらシミュレーション。
ここから更に攻めるべきか?
(否。今日はここまで。)
ファーストコンタクトは上々。なれば下手に動く必要はない。
隣の席になったからには、これから幾らでも機会はある。
今日下手にがっついて警戒されては元も子もないのだ。
「お隣さんですね。よろしくお願いします、伏見君。」
「ああ、よろしく。」
隣の比佐鷺に改めて挨拶。着席。
「…んー?おいおい転入生。お隣とのラヴメンテナンスもよろしいが、前席との交流も重要じゃないかね?んんー?」
もったいぶって振り返る男子。
謎のドヤ顔。
昴は内心うんざりした。
(よりによってこいつか…)
「ああ、悪いな足利。よろしく。」
「うむ、よろしく。時に幼女は好きか?」
「別に。」
昴の前席は足利武志。
特に目立つ特徴もない。背丈も恰幅も平々凡々。敢えて上げるなら胸元の銀時計か。
閉じられており、蓋には「12」と薄く刻まれている。
「さて。名前と苗字、どちらで呼べばいい?」
と、昴が観察しているとそんなことを聞いてきた。
(……この苗字にはそんなに思い入れないしな……つい最近付いたものだし)
「好きなほうでいいが、できれば名前で呼んでほしいな。」
「おう、じゃあそうさせてもらうぜ昴。俺の事も武志と呼ぶがいい。」
やたらと格好付けて言った後、にへへと笑う。
それにつられて、昴もつい笑った。
笑った後に、気づいた。
こうやって自然に笑ったのはいつぶりだろうか?
「おお…なんか足利と親睦深めてるよ。」
「まさかあいつもロリコン…?」
「なんてことだ…ッ!犯罪者予備軍が増えてしまう…ッ!」
「待て、ホモの可能性は無いだろうか。」
「真面目な顔で何言ってんの吉良…」
「いやそういう需要もあるという事よ。」
「ないです」
「ロリコンでホモとかもう意味わかんねぇな」
「これで詰みだ。まぁよくやったほうだな。野球部の頭脳でここまで出来れば大したものだ。」
「くそッ…後でもう一回だ。」
「ふぅ…ごちそうさまでした。」
「結局10玉かよ…何この人…」
あちこちから聞こえる雑音は無視。
ようやくこのクラスに慣れてきた。適度に耳を閉じる必要がある。
「くくく、気持ちは分かるよ。賑やかすぎてうんざりするくらいだろ?」
「…顔に出てたか?」
「いや?まぁあれよ空気みたいな。「なんだこのクラス…」みたいな空気出してるから。」
「ふふ、そのうち慣れます。私も最近まで慣れなかったけど。」
微笑む比佐鷺を悟られぬように見つめる。
これから2年までに、彼女の心をこじ開ける。
何の為に?仕事の為だ。
良心の呵責は、ある。
昴はこの良心というものを重んじてきた。
人を殺すのに、何の躊躇いなく殺せる奴はつまり良心が無いのだ。
良心を無くした人間は人間ではない。獣だ。
『大いに悩め、少年!悩みながら殺すが良い!悩み続ける限り、お前は人だ!』
いつものリフレイン。昴が刻んだ、最初の言葉。
(殺しも恋愛も変わらない、なら今回もいつも通り。大いに悩んでやるよ。)
そして昴は再び決意を新たにする。
今日この時より、彼の仕事が始まる―――