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無手、受領する。

光り輝く繁華街。

昼間の眠気を吹き飛ばすように活動を始めるネオン看板。

仕事帰りの会社員、家出中の少年少女、娼婦、薬密売人、外国人労働者、ヤクザ。

ありとあらゆる人種を誘蛾灯のように引き付ける。



「ハッ……ッ!クソ、不味い不味いッ!」



その光の届かぬ路地。

片隅の街のその更に片隅となれば、法の光すら欠片も見えぬ。

浮浪者がゴミを漁りつつ、片目でその男を見送る。



紫のスーツ、金のネクタイ。

血と汗と泥に塗れたそれは、かつては男の地位と財力の象徴だった。

ネクタイだけでも、浮浪者の食事二月分にはなるだろう。

だが、今は男の動きを阻害する邪魔な布きれでしかない。

小太りの男は、その体格からは意外なほどの走りを見せていた。



「チィ、とにかく外に…ッ!人通りのある場所に、」



男が毒づく、まさにその瞬間に。



「ヅァアッ!?ち、畜生ッ!?」



何かが男の右腿に飛来、肉を抉りつつ突き刺さる!

堪らず男は転倒!もう立ち上がることはできなかった。


確認するまでもない。さっきから何度も食らっている物。

それは、握り拳大のガラス片だった。



「クソ、誰かッ!助けろ!金ならいくらでも出すッ!誰かッ!」



男は声を張り上げ周囲を見渡す。

遠目に見ていた浮浪者はそそくさと逃げ出す。


彼らは当然弁えている。

こういう時は手出し無用。



「おい待てッ!俺を誰だと思ってるッ!覚えてろいつか必ず後悔させて、」



「そのいつかは、もう来ないな。残念だが。」



その声は、男の鼓膜と心を握り潰す。

ゆっくりと歩いてくる、その少年。


そう、少年である。



「すいませんね皆さん。直ぐに終わらせますんで。安心して漁っててくださいッと!」



少年は言うと同時に、手のガラス片を投擲する。

それは一直線に男の背中に突き刺さり脊髄を破壊!


「アア゛ッ!?」


「ったく、楽に死なせたいんだがな。まぁ抵抗するなとは言えないが。」



言いながら少年は男のそばに屈み、ガラス片を男の首筋に当てる。



「六島建設社長、六島道萬ろくじまどうまん。最後になにか遺言はあるか。」



これは少年の規則(ルール)だ。

本来なら全く必要ない無駄な工程、むしろ支障をきたす程。


だが少年は続ける。最初の仕事から欠かさず続ける。


身勝手は承知である。



「く、鞍馬組くらまぐみの犬が…ッ!地獄に落ちろッ!」



耳に刻む。怨嗟の声を。



「言われなくても、そうなるだろうよ。」



そして少年は、ガラス片を引いた。


迸る鮮血を遮ることなく、少年は被った。



――――――――――



「ご苦労だったな、「無手エンプティ」。」



鞍馬組フロント企業、「スカイドッグカンパニー」社長室。

デスクに掛け、少年を労うのは鞍馬組組長。

伏見天汰ふしみあまた。39歳。



「…やめて下さい組長。それクソ恥ずかしいんですから。」



少年は露骨に嫌な顔をした。


この二つ名は少年に付けられた、所謂キャッチコピーだ。

彼は殺人術を叩き込まれ、この鞍馬組に買われた商品である。


彼の育った組織では、孤児をこういった裏稼業向けに出荷するための教育を専門にしている。

その事について、少年に不満はない。逆に、性的な方面へ出荷されなくて良かったと思う。



「お前こそここで組長は止めろやすばる。社長だ社長。」



呵々と笑いながら、天汰は隣に控える秘書に目配せをする。

秘書は頷き、茶封筒を昴に差し出す。



「今回の報酬です。どうぞ。」



…いつもよりも分厚い。縦にすれば立つ程に見える。



「ああ、今回は少々色を付けさせてもらった。あの道萬のハゲを存分に苦しませて殺ってくれたようだからな。」


「…元々はそんなつもりは無かったんですがね。」



昴の想定よりも六島道萬はしぶとかった。

ホテル帰りで護衛もなし、闇討ちで楽に片付くと思っていたが…



「思ったよりも肉が厚くて。ガラスでは少々通りが悪かったですね。」



それを聞くと、天汰は吹き出した。



「ははッ!成る程、そいつは災難だったな!ともかく、これで六島の土地は鞍馬の物だ。お前にはいつも助かってるよ。」



デスクの上の数枚の書類、土地の権利書を弄びながら天汰は葉巻を咥える。

そして間断無く、秘書がライターで点火。

紫雲を満足そうに吐き出す。



「勿体ない言葉です。俺は鞍馬組に買われた身、本来ならこの報酬も必要は」


「馬ァ鹿が。無給で殺しなんてさせたら俺の面子が立たんだろ。」


「…使い道が思いつかないので全く手が着いてないんですが。」


「あァ?マジで言ってんのか!?お前、外車が買える程度は渡したぞ!」



天汰は大きく嘆息。


まぁ分からんでもない。

こいつの青春は、自らを殺人機械にする為に費やされてきた。

同年代の連中がサッカーしたり恋愛したりする間に、昴は銃器の扱いや人体の壊し方を学んだ。

服だったり靴だったり本だったり、そういう物を買う発想が無いんだろう。



(こりゃ、やっぱりあの仕事回したほうがいいな。)



天汰は秘書に目配せ。

再び、秘書は懐から取り出したものを昴に手渡す。



「これは…」



「帰ってきて早々だが、次の仕事だ。おそらく長期に渡るだろう。」



それは、写真だった。

昴と同年代だろうか、制服を着て仄かな微笑を浮かべる少女。


(可愛い。)


ストレートにそう思った。顔には出さないが。

幾ら殺人の事ばかり教え込まれたからと言って、感情が無くなるわけではないのだ。



標的ターゲットはその女、お前と同い年の17歳。名前は比佐鷺柚葉ひささぎゆずは。」



それを聞いて昴の心は軋んだ。


思えば女性を、そして子供を殺したことは無かった。

だがそれは仕事に無かったからだ。別段避けているわけでもない。

俺は躊躇いなく殺すだろう。


昴は一呼吸おいて、写真の少女と眼を合わせる。



「…彼女を、殺せばいいんですね。」



「いや、落とせ。」



「えっ」



「お前に惚れさせろ。あと2年で。」



「」




かくして。


暗殺者の少年のジゴロ任務が幕を開けるのであった。





【鞍馬組】

中部地方周辺を活動拠点とするヤクザ。

スカイドッグカンパニーをフロント企業とし、勢力拡大を続ける。

麻薬や銃器の密輸。

違法カジノ、違法風俗の経営。

多重債務者を対象にした臓器取引等々。

ひたすら利益を追求する手腕は同業者からも畏怖されている。



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