死線の渡り廊下
リルラ・ガンタイルVS神道寺一馬の闘いにより甲斐甲斐しく勝利した一馬は勝利と引き換えに視力を失い、皮膚は爛れあまつさえ意識はこの世にない。
右肩に刺さっていた黒剣を引き抜いたリルラはなんとか蘇生術を施しているが一向に目を覚ます気配のない骸化としている一馬。
試合の終わりの鐘が鳴り響き湧き上がる場内をよそに引き抜いた所から大量の鮮血が溢れ出しているがまるで見えていないように懸命に一馬を助けようと姿を見ていたこうがは誰よりも早く異変に気付き観客席から飛び上がり、一馬の傍に駆け寄った。
「おいっ!!!一馬しっかりしろよ!!!!聞こえてねぇのかよ!!!!おいっおいっ!!!!」
必死に呼びかけるが親友はピクリとも反応を示さなかった。ここでようやく危機迫っていることに感づいた五種族の長の一人、ドドルガムが一段高い観客席から立ち上がり叫んだ。
「おい何をしておるかっ救護班!!」
その一声により沸いていた場内が再び静寂に包まれる。それでようやく事の重大さを知った観客がざわつき始め、三人の妖精族がどこからともなく現れ一人はリルラの容態を気遣い肩にリルラを背負い、飛び立った。残った二人でその場ので一馬の意識をなんとかこの世に戻すため蘇生魔法を施す。
「いてててって痛くねぇぞ?」上体を起こし周りをみると、雷光の中にいた時よりさらに純白の世界にいた一馬は言葉が出なかった。上も床も右も左も途方もなく真っ白な世界にあるものは空気だけの虚無の世界。一馬はここが黄泉の国だと悟り、何ともいえない虚しい気持ちを抑えられなかった。一粒の雫が頬を伝わり真っ白な床に落ち、嗚咽を必死に堪えるがついに我慢できずに両目から溢れ出る涙を拭うことも止めることもでずうな垂れていた。そんな時、静寂と虚無の世界で一馬の嗚咽以外の声がすぐ目の前で発せられてしわくちゃの顔を上げた。
「どうした?」
そう言ったのは白いローブを纏い一本の杖を右手に持ち、堀の深い西洋人のような顔立ちのおよそ六十歳ぐらいの身長約百七十センチを有する老人が一馬の見下ろしていた。その魔法使いもどきの老人が少年を気遣うように続けて言った。
「良くも悪くもお主の勇気は賞賛に値する。どれ少し歩かんか?」老人は左手をスッと一馬に差し伸ばしそれに応えるように老人の左手を右手で掴み立ち上がった。老人は満足そうに口角を上げ、体を反転させ行き先のない散歩を始めた。一馬は右腕で目を擦ると老人の背中を追うように歩き老人の右側に並び、果ての向こうを見ながら問うた。
「俺死んだのか?」
老人は表情をまったく変えずに言い返した。
「死んだといえば死んでいるし死んでないといえば死んでいない、だがどちらかといえば死んでいるな」
「そうか・・・・・・じゃあここは死の世界なのか?」
「死の世界に繋がる<死線の渡り廊下>というあの世の一歩手前の空間だ。だからさっき言った通り、死んだといえば死んでいるし死んでないといえば死んでいないの意味になる」
「ってことは魂はもうあっちにはないんだな」
「そうなるのぉ、まぁそう気を落とすな少年」
「いやいや死んだって分かれば誰だって病むだろ」
「そうかすまんの」
このじじいの言ったことが事実なら今頃あっちでは騒ぎになってるだろうな・・・・・・あいつの泣きじゃくる顔を見たかったな、どうせワンワン泣きながら喚いてるに違いないな。それにしてもこうも簡単に死んでしまったのは予想外だな、実験で空より高い所から落ちても無傷だったのにこの有様だよ、いやそれだけ奴の魔法の威力が凄まじいってことだったんだろうな。
はぁそれにしてもこのやるせない気持ちはどうしたものか・・・・・・分かってはいた。簡単に夢が叶えられるなんて甘い話だったんだ。ちょっと自分が強くなったって奴にここまでボロボロにされたんだ、悪魔やら神になんて到底勝てはしなかった。証拠にヤボラに傷一つ負わすことができなかった。もしかしたらこれで良かったのかもしれない。
「なんだもう諦めたのか少年」
なおも向こうを見ながら話す老人が一馬の考えを読んでいるように、いや読んで期待はずれだと言わんばかりに言った。それを否定するように一馬が返した。
「諦めたとか今更どうでもいい、どうしようもない事態に陥っているこの状況を一体俺はどうやって諦めずに収拾すればいいんだよ」
老人は杖を床に三回叩くと、波紋が床を叩いた回数と同じ回数揺れその刹那に真っ白な空間から一転し緑豊かな草原に縦横無断に走り回る鹿に似た動物が三匹とその鹿を見守るように丘の上から眺める一匹の純白の鱗が体を覆い怪しく光る真紅の眼を有する白龍が犬がお座りしている格好と同じ体制でジッとしている幻想的な空間に変わった。
あまりに突然すぎた変化に動揺した一馬は息をするのも忘れ、桃源郷を瞳の奥に刻み込んでいた。
「ここはの死んだ動物が住むいえばひとつの楽園だ。彼らを見てみろ、まるでこの死の世界を楽しんでいるようだろ?」
確かにあの動物たちは死んだことを忘れているかのように遊んでいるのは分かる。でもーー「あの龍は?」
「あの子は一族にのけ者にされ自ら命を絶ったまだ幼い飛竜なんじゃ」
一馬は哀れそうな顔で丘の上に座る龍を見つめていると老人が一歩前行き振り返り言った。
「あの子と話してみるかえ?」
俺は小さく頷くと老人が杖を空に掲げ大きく二回振るとそれに気付いた白龍が翼を羽ばたかせこっちに向かって飛んできて頭上で一回旋回し、翼を大きく羽ばたかせながら徐々に高度を下げ、その羽ばたき一回一回で砂埃が舞い右腕で顔を覆い隠し早く降りてこいと強く願った。
ゆっくり足を地に着けた白龍はクルルルと鳴きながら老人に擦り寄りそれに応じるように老人は白龍の首をゴシゴシと撫でた。
一馬は右腕をのけ眼前にいる白龍とのファーストコンタクトをとるべく少し近づいたがギュルルルと威嚇のような鳴き声を発した。すると老人がまた首を撫でながら言った。
「これこれ、心配するなこやつはお前をいじめたりしないぞ」その一声で威嚇していた白龍はおとなしくなり一馬にも長い首を摺り寄せてきて優しく撫でてあげるとクルルルと甘えた声を出した。
「冷たいな」
俺がそう言った意味はそのままの意味だ。白龍から体温が感じられなかったのだ。まるで冷ました鉄のように堅くとても生きているとは言い難い、もしかしたら俺もそうなっているのかと思い撫でれいる右手の逆の左手で自分の頬を触ると白龍と同じように冷たくなっており背筋のあたりがゾクッとした。それを悟られないように老人に聞いた。
「でもなんでこの龍は一族に忌々しく思われていたんだ?」
その問いに老人は顔に影を落としながら答えた。「お主の世界でも色々な人種が生きているだろう?白人と黒人とお主のような黄人に○○系○○人のようにひとくくりに人間といっても様々に枝分かれした人種が存在し、それは当然この世界でも同じことなんじゃ。この白龍は見ての通り白いじゃろ?ほとんどの龍は黒と赤と褐色なんじゃが突然変異によって今まで生まれたことのない白龍がこの世界に生誕したことにより一族ではこの子をまるで自分達の一族ではないように忌み嫌ったのだ。そして耐えかねたこの子は火山の中に落ち自ら命を絶ったのだ。」言い終えた老人になんと声をかければいいのかわからず黙っていると老人の方から聞いてきた。
「生きるも死ぬもお主の意思しだい、まだやり残したことがあるんじゃろ?」
「いや、もう死んだんだ。いまさらあがいても恥ずかしいだけだ」
老人は呆れたように顔をしかめて一馬の言葉を否定した。
「あほうが、わしの話しを聞いておったのか?お主は死んでいるようで死んでいない存在じゃ今なら還ることもできるんじゃぞ。それにお主を待っている者もいるじゃろ。この子を見てみろ、生きたくても自らあの世から去ったんじゃ、だがお前はまだ選択肢あるんじゃのだからそう頑固になる必要はないんだぞ?」
「別に頑固になってるわけじゃない。俺はただ受け入れただけだ」
「それを頑固と呼ぶんじゃよ」
一馬がこうも頑なに嫌がるのは性格によるものなのだ。受け入れているとは言っているが実際は今すぐにでも還りたいと強く願っているのが事実なのだが<還りたい>と言えない。
老人は白龍の鼻を右一指し指で撫でながら一馬のその一言を待つが一向に言う気配が感じられない。仕方なく老人は唐突に昔話を話始めた。
「かつてこの世には神と悪魔が幾度も大戦し数多くの傷跡を残した。もちろんそれと同様に多くの尊い命が消え去った。緑豊かな新緑は焼け野原となり、様々な種族が住むう街、村は壊滅し、営みと呼べることなど何年もなかったそんな時に救世主の如く現れた種族がいた。漆黒の髪を有しこの世界と同じ言語で話す<人間>と名乗った新たな種族だ。彼らはそうまさに無双の如き進撃で神と悪魔から世界を護った。彼らは伝説となりそれ以来姿を見せたことはなかったがある時、どこからともなく大量の人間がこの世界に召喚され三百年の間下界で様々な種族と共に生活を営んでいた。だがまたしてもいままでいた人間は突然姿を消した。それ以来何百年も人間は現れなかった・・・・・・そして今こうしてお主 がこの世界に現れた。お主はこの世界に必要とされ、それにお主は応えなければならない。なんせお主は・・・・・・・」ここで老人は言葉を詰まらせ次の言葉が出なかった。そして一馬はその話を聞いた後、青々としている空間の空を仰ぎ瞳を閉じて何か考えているような、何かを思い出しているようなそんな表情を見せ同時に一馬の背中を押すように柔らかい風が漆黒の髪をなびかせた。
一馬は瞳を開けると老人に言った。
「俺はそんな使命を請け負った記憶はないが、なんの理由もなしに俺が選ばれたってわけでもないだろう。それは薄々だけど感じていた・・・・・・仕方ねぇな還るか・・・・・・」
老人はその言葉を聞き満足そうな笑みを見せて杖を三回地面に叩いた。するとまたあの純白の世界に戻ってきて、眼前に大きな白と金を基調にした神々しい大門が聳立っており、首が痛くなるほど上をみたがその大門の頂点は見えないほど高い。
老人は続けて杖を一回地面に叩き、ゆっくりと大門が地響きに近い音を出しながら開いた。
「この先はお主一人で行くんじゃ」そう言い老人は一馬の背中をドンと押した。
言われた後に押され一馬は小さく頷きながら扉の向こうに歩を進めた。そして扉の一歩手前で振り返り最後に質問した。
「・・・・・・っで結局あんたは誰なんだ?」
老人は杖を離しそのまま杖が床に倒れるとピカッと一瞬輝き次の瞬間その杖がバラバラになっていき形を変えながら老人の背後に回り赤と金と白を基調とした玉座に変わり老人がその玉座にドスッと腰を下ろし微笑みながら言った。
「わしは、いや私は天界の頂点にて最高神のホーネルだ」そう言いながらどんどん老人の顔の皺がみるみる無くなっていきやせ細った腕も丸太のようになり白いローブは黄金の鎧に変わり、一馬は驚愕した。そして老人から逞しい体に変わったホーネルは玉座の肘置きに右肘を置き、頬杖をつきながら一馬を見送っていた。
一馬は鼻で笑い、やられたよと言いながら扉の向こうに消えていった。
「くそっ、まだ目が覚めないのか!?」
「はいっ・・・・・・一応処置は施していますけどあの雷の中に生身で入ったんです。おそらく失明は免れないでしょう。それに最悪の場合このまま意識が戻らない可能性も・・・・・・」といい終え涙を流すのはクレアのものだった。その涙はベッドに寝かされいる一馬の頬に滴り落ち、一馬の頬を伝いベッドの敷布団に吸い込まれる。
「あの時俺があんなこと言わなければこいつはこんな姿になんてならなかったのに・・・・・・くそ」
こうがは右拳を思いっきり握り締め自分のしたことをすごく悔やんでいた。そう、一馬がこうなった原因のひとつはこうが言った叫びだった。
だがこうが悔しがろうとクレアが涙を流そうと一馬は目覚めず、医療室はシンとなる。その時。
「うっ・・・・・あぁあ・・・・・」
部屋の中に響く呻き声の出所を二人は瞬時に判断した。
「おい一馬!!」「一馬っ!」
こうがはすぐに駆け寄ってきクレアも一馬の顔を覗き込む。一馬は薄く瞼を開け親友と友人の顔を見て言った。
「へへっ、ただいま」