幕開け
「どうだ一馬、煌牙」
ついに当日になってしまった種族総合闘技大会。
イタリアはローマにある闘技場コロッセオを思わせるような形をした舞台に踏み入れた一馬と煌牙。
それを横目で見ていた龍人族代表の一人であり二人の友であるアッシュがニヤッと笑いながら言った。
もうすでに観客席は満員状態でまだ大会が始まってもいないのに場内はヒートアップしている。
龍人、獣人、妖精、機械、最後に二人だけの種族の人間の五種族が縦に五人ずつ並び、闘技場の観客席より上にある席に座る五種族の長と真正面になるよう歩き五種族の選手の前を引率していた機械族の人型ロボットがあるところでピタッと止まりそれと同時に今まで歓声を上げていた観客も静かになる。
しばらくして五種族の長の一人である妖精族のガンタイルが高らかに宣言した。
「ただいまより、種族総合闘技大会を開催する!」
ガンタイルの宣言が終わると再び静かになっていた場内が歓声により熱くなる。
人間は一番右の列でその左隣が龍人族、さらにその隣が獣人、妖精、機械族と並んでおり一馬は獣人族の一人に注目していた。その獣人は一見他の四人の獣人とはたいして変わった様子はないが動作ひとつとってもどことなく他とは違い、目には見えない異様な雰囲気を出す。
じっとその獣人を見つめていた一馬の視線に気づいたのかその獣人がギロっと目を動かし目が合う。まるで怪物にでも食べらるような感覚に陥りすぐに目線をそらした。
なんだあいつ……あんな化け物みたいな野郎がいたなんてな、いよいよ気合い入れて本気でぶつからないとこっちがやられそうだ。にしても機械族は面白そうなのがいるな。
一馬が言うのも無理がない。先頭から道化師のような格好をしたヒョロ長い機械族を始め、人型なのだが顔がライオンのような顔でカチャカチャと口を動かしたながら腕組みをしている機械族の一人には何より興味を引いた。理由は人型ライオンの体の周りを人間の握り拳ぐらいの大きさの鉄球が六つ四方八方に飛び回っていたからだ。一体何のために体の周りを飛んでいるのか、その鉄球にどのような能力があるのか全てが謎の人型ライオンにはとても威厳があり、一馬は密かに強敵だと思った。
一馬の前にいる煌牙は緊張のひとかけらもなくみすぼらしく鼻をほじっては指についた汚物をピンッと弾いて飛ばしていた。
それを見ていた一馬は腰に携えついる剣の柄を掴んでは感触を確かめいた。
ガンタイルの開会宣言が終わりまだ鳴り止まない歓声の中、五種族の選手を率いていた先頭の機械族の一人が歩きだしその後をついていき最初闘技場に入ってきた反対側から出て行く。
観客の声援を背に薄暗い幅六メートルぐらいの廊下をしばらく歩くとドーム型になった大きな空間が現れた。さらにそのドーム型の空間の中に五つ木で作られた扉があり直接その扉に種族名が彫られており皆がぞくぞくとその扉に入っていく。それを見ていた煌牙も扉を開けてその部屋の内部を確認するように室内をキョロキョロみながらそろそろ入っていく。
部屋は長方形になっており備え付けの鉄のベンチと部屋の隅の角に四本ロウソクがあり既にユラユラと煌めいている。
「もうこの世界に来てから一週間たっちまったんだな」
ベンチにドスッと腰掛けた煌牙が感慨そうに言った。
確かに現実世界の俺たちなら今頃は学校に行って気ダルい授業を受けている時間帯だろう。思えばこの世界に来て到底常識では考えられない出来事ばかりだった。
雑居ビルの裏口から異世界のリッシュコズモに入り初めて買ったゲームのように右も左も分からない状況の最中に龍人族のアッシュに闘いを挑まれ勝利し、種族総合闘技大会に出場することが決まり、魂の悪魔ことヤボラと闘い決着はしなかったが気持ちでは負け、さらに悪魔に操られたドラゴンと闘い今に至る。
言葉ではサラッと言えるが細部を言っていけば何時間かかることか……
物思いにふけている相棒の隣に座り足を組みながら背もたれに寄りかかる。
何も考えずいえば瞑想中で沈黙の中、木の扉が叩かれる音がし「どうぞ」と言う前に扉が開かれ先ほど選手を率いていた機械族が一枚の紙を脇に挟み、扉を開けてすぐにその紙を脇から手に持ち替え表彰式のように綺麗に両手で無言で差し出した。
受け取ればいいんだよな、と思いながら紙を受け取ると無機質な機械の声で「大会のルールと対戦相手が記されています。試合時間五分前になればまた伺いますので、では失礼しました。」
そう言うとロボットは扉を素早く閉めて去って行った。
「ちょっと見せてみろよ」
隣に座っている煌牙がロボットから手渡された紙を覗き見ようとし自分も見やすいように一緒に書かれている内容を確認した。
内容はいたって簡単だった。
一、対戦時間は無制限により審判に続行不可能と判断された場合と辞退した場合のみ勝敗が決定する。
二、武具の使用は認めるが明らかな殺意による感情で使用した場合は即刻退場とする。
三、観客の安全を脅かすような技の使用は禁止とする。
四、第三者の妨害があった場合は試合を中断し両者が万全に闘える状況になりしだい試合を再開する。
五、全力で闘うこと。
この五つのルールが記されており一番最後の《全力で闘うこと》を見た瞬間煌牙が「当たり前だ」と呟いた。
試合はトーナメント方式で最初の試合は機械族と妖精族からで一馬が出場するのは最初の試合が終わってから二試合後になっていた。一馬の対戦相手は妖精族のリルラ・ガンタイルという名前の相手だった。
ガンタイル。この文字を見た一馬はもしやと思った。それは煌牙も同じようで二人は顔を見合わせながら瞳で語りあった。
煌牙の最初の試合は一馬より更に二試合後で対戦相手はアドラル・ナーボイドという名前の獣人族だ。
「ふぅ〜、アッシュと当たらなくてよかったな」
「俺は誰が相手でも手抜きなしでいくつもりだからアッシュでも情けなしで本気でいく」
用紙に書いてある内容を全て見終わった煌牙は再びベンチの背もたれに身を預け天井をみながら言った。
もちろん煌牙が言ったことと俺の気持ちは一緒だ。アッシュが例え相手でも本気で闘うつもりだ。
「さて時間もあるし体力温存のため仮眠でもしとくか」
「まぁ確かに時間あるしな、無駄に動いてもあれだし寝るか」
煌牙は顔を天井に向けながらダラーとしながら目を瞑り一馬は足に肘を置き頬杖をついた。
コンコン、コンコン、コンコン
三回扉を叩く音が聞こえ仮眠といいながら熟睡していた二人が同時に目を覚ます。
呻き声を出しながら煌牙が扉を開くと試合表を持ってきた機械族が直立していた。
「一馬様、時間になりました。」
ロボットは扉を開けたまま一馬か部屋から出てくるのを待っており、なぜか急かされた一馬は顔を二発叩いた。
「じゃ行ってくるぜ」
「負けんなよな」
煌牙が一馬に向けて右拳を突き出し一馬も右拳で煌牙の右拳と重ねる。
部屋を出てドーム型の空間も抜けて薄暗い廊下をしばらく歩くとこの廊下に最初入ってきた入り口の前に対戦相手の妖精族代表リルラ・ガンタイルが一馬を待っていた。
ここまで一馬を連れてきたロボットが一馬とリルラの身体の隅々を凝視し何かを確認しているようだった。
確認をし終えたのか簡単に諸注意を伝えた。
「ルールは表記されていた通りです。制限時間はありませんので精一杯闘ってください」
俺は軽く頷き、開会式と同じように騒々しい向こう側に体を向けて腰に携えている剣の柄頭を手のひらで撫でた。
いざ始まると思うと見た目は冷静を装っているが内心ではあたふたしているのが事実だ。対戦相手のリルラは服の身だしなみを整えている様を見ているとあまり緊張していないように見えたが実際はどうなのだろうか……
ロボットが手を会場の方に向けやや頭を下げながらじっとしている。
行動からして行ってくださいと促しているのを察し太陽の光がさす晴れ舞台に向けて一馬とリルラは並行に歩いた。
少しづつ歓声の音量が上がると同時に緊張の度合いも増していく。
薄暗い廊下から一気に太陽の光と観客の歓声が体を刺激し、緊張がいつのまにか消え去っていった。
試合会場の真ん中に二本、白線が引かれており察するに対戦相手と向かいあって試合が開始されるようだ。
リルラが先に白線の手前に立ちやや遅れて俺も白線手前に立ち初めてしっかりとリルラ・ガンタイルの顔を見た。なんというか、妖精族の村長と顔立ちが似すぎていてつい笑いそうだったのを必死に我慢しながら試合開始のゴングを待った。
するとリルラがボソッと何かを言ったが観客の歓声によりかき消され聞き直すひまもなく試合開始のゴングの甲高い音が鳴り響いた。