天使の使い
ブンッ!ブンッ!ブンッ!
人の気配もなく、ただあるのは雑草と木々の深い森の中で空気を切り裂いていたのは赤い剣の主、一馬だった。
煌牙が目覚める感じがしなかった一馬は剣を手に取り素振りをするため誰もいない樹海に潜り込みひたすら剣の感触を確かめていた。
剣の全長はおよそ一mと少し、日本刀より一回り長い太刀は赤色が大体を占める割合で所々黒色の縦線があり柄の部分は握りやすいように手形がついているが元々人間用に造られたのではなく龍人のサブの武器であるためただゴツゴツした柄でしかない。一見どこにでもありそうなその剣の銘は《ドルガルト・サルマティック》という善悪の審判と意味深な名前だ。おそらくこの世界にも中二病患者が居て、たまたまその中二病の鍛冶屋が鍛えてなんとなくかっこいい名前をつけただけかもしれないが一馬にとっては《善悪の審判》という名前はいささかツボにはまったのだろう。
「ふぅ〜、初めて剣を振ってみたけど中々軽いな」
一馬は右足を前に出し、左足をやや後ろにズラしながら縦に横に縦横無尽に剣を振るう。
色々な斬り方を試してしまいには雷速を使い森を駆け回って木々に斬り込みをつけてみたりした。
雷速を使用しながら赤い剣を持っていると赤い剣の残像が色濃く残りユラユラと一本の赤い線が空中を漂うさまはまるで赤い風のようだった。
しばらくして一馬はいよいよ飽き始め斬り込みを入れた木のそばで寝転んだ。天に顔を向けながら右手に持っている剣を天に掲げ、まじまじと赤い剣を眺めていた。
初めて手にしたその一振りに魅せられ衝動買いをしてしまったが全く後悔はしていないようだった。一馬は掲げていた剣を見ながらフッと笑い右手の力を抜き地面にゆっくり下ろし大の字になりながら目をつぶる。
聞こえるのは風により木々が揺れる音だけでそれ以外の雑音は皆無だった。しかしパキッと地面に落ちている折木が踏まれ、割れる音が聞こえて一馬は剣を握りしめ起き上がり音がした方向を見るが居たのは目がクリクリし、体毛が真っ直ぐ綺麗なリスのような小動物だった。それを見た一馬は口から溜め込んでいた空気を吐き出し肩の力を抜いた。
「こっちこっち」
肩の力を抜いた瞬間背後で囁き声が聞こえなんとも言えない恐怖を感じながらも右手に持っている剣を振り向きざまに声の主を仕留めようとした。しかし当たるはずの剣身はなにも当たらず空気を斬っただけだった。
剣を宙をかすめながら後ろを振り返った一馬の視線にあるのは斬りつけていた木々と落ち葉などさっきと変わらぬ風景だった。
咄嗟に周りを見渡し正体を探ろうとするがどこにも何も無く焦燥する。
すると上の方からガサッと葉っぱが揺れる音が聞こえ、剣を構えながらバッと見た。そこには木の太い枝に座り足をぶらぶらさせている小学生ぐらいの少年がニコニコしながら一馬を見下ろしていた。
一馬はすぐさまその少年を睨みつけながら話しかけた。
「だれだ」
低くドスの効いた声で威圧感を出したが少年は全く動じない素振りで剣を構える一馬に言った。
「恐いなぁ〜、そんな顔してると友達できないよぉ〜?」
「質問に答えろ」
「ふふっ、僕はね、そーだなー」
と言い少年は人差し指を顎に当てながらイタズラを考えている子供のような顔で続けて言った。
「やっぱ教えな〜い!」
一馬は少年の人を小馬鹿にしたような態度に多少イラつきながらも冷静に対応した。
「じゃあ、ここで何してる」
「お兄さんが剣持って遊んでるからイタズラしてやろうかなってね」
少年は満面の笑みをやめることはせず終始続け、一馬の返答を面白がっているようだった。
得体の知れない少年は太い枝からジャンプし一馬の目の前に着地した後、顔をグイッと近づけたり遠ざけたり一馬の体を舐め回すように凝視した。
そして少年が一馬の真正面に来た瞬間、一馬が少年の頭を上から掴みググッと力を入れた。すると少年は力が抜けそうな喘ぎ声を出しながら掴んでいる一馬の手を払おうとしたが一馬はさらに力を入れ、逃がさないようにした。
「いててててっ!痛いってば!あぁあぁぁあ〜あぁ」
一馬は眉間にシワを寄せながら言った。
「おい小僧、何がしたい」
さらに力を入れた一馬を見ながら涙目で必死に答えた。
「ぐわぁぁ!許してください!手を離してくれたらちゃんと話ますから!」
「本当か?」
「はいっ‼︎誠心誠意真心込めてお話しますからぁ‼︎」
そろそろ本当に泣き出しそうな顔を見た一馬はパッと頭を掴んでいた手を離して早くしろという顔で少年を見つめる。
「いてて、全く力入れすぎなんだよな……」と言った少年の顔にグイッと一馬は顔を近づけ「あ?」と真顔で言うと少年は声にならないような悲鳴を上げ、後ずさりしながら言った。
「えぇ〜と、僕はアリナム様に使えるホルルと言います。はい。」
一馬は右拳に力を入れながら殴るモーションをし、少年ホルルを見ると少年は慌てながらさらに言った。
「ヒィィ!ごめんなさい!ちゃんと答えます!えと、アリナム様が下界に降臨した人間の観察をしてこいって言って森に人間のお兄さん一人だけいたから観察してたんだよ!ホントホント!だからその手を下ろしてよ!」
そうとう焦っていた少年ホルルは早口で言い終え一馬の拳を下ろして欲しいと促した。
この焦りから見て嘘を考える時間はないだろうと思った一馬は力を入れていた右拳の力を抜きスルッと下ろした。それを見ていたホルルは一気に口から空気を吐き出しながら胸に手を置き安堵した。だが休ませることをしない一馬はさらに質問した。
「おい、アリナムって誰だよ?」
胸に手を置いていたホルルは何言ってんだこいつという顔で小さい唇を動かした。
「アリナム様は天界に君臨する天使の中でも最高位のお方だよ」
天使。俺はそのワードが大好きだ。
天使は人間よりも優れた知恵と能力を持った、肉体を持たない“霊”であるとされている。天使長はミカエルそのほかにセラピム、ケルビム、一般的な御使いがいる。キリスト教では悪魔は堕落した天使であり、もともと神によって善きものとして造られたが神に逆らって地獄に堕ち、人間に悪を行うことを薦めるようになったとされるのが堕天使だ。
ユダヤの伝承では、天使サンダルフォンやメタトロンなどが存在する。サンダルフォンなどは背の高さが世界の大きさの半分に達するなど天使てしては他に類を見ない。
そんな天使大好きな俺はぜひそのアリナム様とやらに会いたいと強く願った。今までは本やネットだけ、しかも古い絵だから天使の全体像などは見たこともなく生で天使を見られる機会を逃すまいとホルルに言い寄った。
「なぁ、そのアリナムって天使に会わせてくれないか?」
それを聞いたホルルはまた何言ってんだこいつという顔で言った。
「アリナム様に会おうなんて不可能だよ、だって神様と悪魔と天使以外はまず天使を見ることさえできないんだから」
「その見ることさえできないってのは視覚として認識できないってことか?」
「うん、そうだよ」
「でもお前、アリナムに会ったんだろ?」
「うん。だって僕もまだ使いっ走りだけど天使だからね」
「お前さっき、神と悪魔と天使以外は見れないって言ったよな?」
ホルルはキョトンとしながら言った。
「言ったけど、それが?」
「じゃあなんで見れないはずの天使を今俺は見てるんだ?」
「え?どこ?どこに天使がいるの⁉︎」
「いや、だからお前が天使なんだろ?」
ホルルは自分が天使であることを忘れていたのかただ天然なのか分からないが口をぱかっと開けながら一馬を指差した。
「な、な、なんでお兄さん僕がみえるの⁉︎」
「俺が知るか、てか何で今まで気づかなかったんだよ!」
「だって普通に話てたから違和感がなかったんだよ!」
「にしても普通気づくだろ!」
と言い合いをしていると後ろの方角からパキッとまた枝が折れる音がし、ホルルと一馬は同時にその方角を見た。
「おぉ〜い、一馬そこでなにしてんだよ〜」
遠目で認識できたのは身長は一馬と同じぐらいで真新しい服を着た青年だった。その青年がどんどん近づいて来てようやく誰か分かった時には一馬は肩の力を抜いていた。
「やっと起きたか煌牙」
まだ少し眠たそうにしていると煌牙は頭をポリポリと掻きながら来た。
「あぁ〜よく寝た、でそれ誰?」
煌牙は一馬の隣にいたホルルを指を差しながら言った。
「こいつ?こいつはホルルって言って天使だってよ」
今まで眠たそうにしていた煌牙は一気に眠気が飛びホルルの肩を掴み前に後ろに揺さぶりながら興奮していた。
「おお!マジか!天使⁉︎スゲー!」
ホルルは頭がブランブラン揺れ意識が飛びそうになるのを我慢した。
それを見兼ねた一馬は興奮している煌牙の手からホルルを奪いとり煌牙はようやく冷静になった。
体に力が入らないホルルを抱きかかえながら一馬は容態を確認した。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……です」
「すまないすまない、つい興奮してしまった」
体に力を入れ自立したホルルは煌牙を見ながら驚いた。
「あれ⁉︎お兄さんも僕が見えるの⁉︎」
「は?当たり前だろ、俺は視力はいつも褒められるぐらいいいぞ」
一馬は一応説明しておこうと思い割って入った。
「天使ってのは神と悪魔と天使以外は見れないらしいけど何故か俺たちはこうして天使と話ができるし見えるんだよな」
「へーそうなのかー」
あっさり受け入れた煌牙に驚きつつもとりあえず手に持っている剣を鞘にしまう。
「あれ?一馬そんな剣持ってたのか?」
「あぁ、煌牙が寝てる間に買いに行った」
「んじゃあ俺も後で行こうかな」
「いい剣が色々あったぞ」
「なに!よしなら今すぐ行こう!」
「今からか⁉︎急だなおい」
一馬と煌牙が話に夢中になっている間、ホルルはただ見ていただけで退屈になり一言小さい声で言った。
「あ、あの〜じゃあ僕は帰らせていただきます」
だが一馬と煌牙はホルルの言ったことを全く聞いておらず呆れたホルルは風のようにフワッと消えたがそれにも二人は気づかなかった。ホルルが消えた事に気づいたのはなんと一馬と煌牙が武器屋にいって手頃な剣を買い、また森に戻って二人で剣の試し切りをし終えた後、宿に戻って明日はついに種族総合闘技大会だと言い、寝ようとベッドに寝転がって二人は同時に「あっ!そういえばあの天使のこと忘れてた!」と言いケラケラ笑いながらだった。
果たしてこんな調子で二人は優勝することができるのかは全くわからない。まだ二人は獣人族と機械族と話たことはなく一体どのような攻撃をしてくるか検討もつかないがアッシュが言っていた通りなら中々厄介になるだろう。だがゴーレムの時やヤボラとの対戦の時のように臨機応変に対応していけばなんとかなるかもしれない。
ともあれ明日は種族総合闘技大会初戦。
優勝し種族の中で最高位の称号をもらい龍討伐の指揮をとるため負けは許されない。