地獄の業火を放つドラゴン
種族総合闘技大会まで後二日。
俺は自分の力に多少の疑念を抱きつつそれを取り払うため鍛練という名の無茶をし、昨日は結局一歩もベッドから降りることはなく無駄に一日を過ごした。
疑念というのも最初、自分の力の一端を解放し巨大な岩石の怪物を吹っ飛ばしたあの時から自分に何故あのような力が備わっているのか全く理解できなかった。それは俺がギガバイトすなわち現実世界にいた頃はこれといって誰かより秀でている特技もなくテストで高得点を取ったこともないからだ。だが小さい時、それもまだ思ったように感情を言葉にできずただ泣いて伝えていた赤子の時代から一緒に育ってきた親友の煌牙と組手をしその疑念は風のように去っていった。
絶対な力や大勢の人間を動かすことのできる金など、人間は底知れぬ欲望と嫉妬で生きている。そしてそれを求めた者は堕落し社会から退けられ哀れな末路を迎える。俺も今、まさに欲している。何人にも負けない絶対的な《力》を・・・
旋風に巻き込まれ吹き上がる木の葉を窓の内側から眺め、煌牙がベッドに寝転がり現実世界でよく歌っていた曲を口笛で演奏していた。煌牙が吹いている曲はもちろん俺もよく知る曲でカラオケに行けば必ず歌う恥ずかしいながらも言うが俺達にとって友情の証なのだ。そんな友情の証を演奏中に忍びないなと思いながらも話しかける。
「さて、そろそろ行くか」
煌牙はグッと腹筋を使い上体を起こして髪をゴシゴシと掻きながら言った。
「にしても笑ったよな、思えば龍人族の村に俺ら人間サイズの服があるわけがないからな、次に会うのは大会の日だなって言ったのにこんなにも早く会うとはな」
そう煌牙が言ったとおり俺たちは一つ勘違いをしていた。それは龍人族の村にある衣装屋には龍人サイズしかないことだ。そんな単純な事を忘れていたからクレアにはまた大会の日にと言ったが大会前に会うのは少し気恥ずかしいものだ。だがあの時はまさか煌牙と組手をして衣類がボロボロになるなんて考えてもいなかったからなんとも言えない。
俺は「そうだな」と言いながら苦笑いしおもむろに頬をポリポリと人差し指で掻く。
煌牙はベッドからそろりと降り右手をブンッと上に振り出掛ける合図を出す。俺はフッと笑い煌牙と共に部屋を後にし不本意ながらも妖精族の村フラシームに衣服の調達に行く。ちなみに衣服を買うための資金は妖精族の村長のガンタイルに貰ったのを使わせもらう。
宿を出、飲食店に商店や雑貨屋などが客で賑わっているさなか不動だった身体を慣らすためその場でピョンピョンと軽く飛び手足をブラブラと振る。フラストレーションが溜まりまくった昨日から解放され完治した体を使い二人は妖精族の村フラシームに進路を定め飛び立った。
ボロボロになった服は穴が空き不穏な雰囲気を出す服の切れ端はかえって風力に逆らわず飛びやすいのは嬉しい誤算だった。しかしどうしても見た目が貧乏くさいボロボロの服は我慢できない。この世界に来てから一度も洗濯などもしておらず汗を吸いまくり雑菌などと融合した汗の臭いは着ている自分でもわかるぐらい耐え難いものだ。そんな服の臭いを確かめるため左腕を鼻に近づけてすぐさま左腕を元の位置に直しながら隣で翔んでいる相棒に話しかける。
「どんな顔して入ればいいんだろうな!」風を切る音でほぼ会話できる状況ではないがおしゃべりな性分の俺は煌牙と距離を近づけた。
「さぁな!こっそり入ってスタコラサッサと帰ればいいだろ!」
「どうだろうな!」
蒼穹はどこまでも広がり有翼の怪鳥が群をなしチェーンソーのような奇声を発しながら飛んでいる。
現実世界では害鳥と言われている黒く不吉な存在のカラスや朝の声と言っていいほどのスズメなどの有翼鳥も色々な声を発していた。だが聞き慣れていたから不思議に思わなかったかもしれないがカラスやスズメなどの声も奇声なのだろう。
俺はどんどん近づいてくる妖精族の村フラシームを目を細め見ているとある異変に気がついた。
それは昼間だというのに妖精族の村が明るくなっておりメラメラと赤い炎が村全体を覆い尽くしていた。煌牙も同様に異変に気付きスピードを上げる。妖精族の村の入り口の門が木っ端微塵に破壊され畑や家などが燃えてる様はまるで空襲にあったようだった。妖精達は氷結魔法を駆使して鎮火を始めていた。だが炎はそれを無視するようにさらに威力を増し村を焼き尽くしている。
全く状況が理解できずにただ立ち尽くしていた二人はその光景を見ているしか出来なかった。
そして目を疑ったのは炎の向こうに長い尻尾と広げたら20mになろうぐらいの翼のシルエットが見えた。そのシルエットは怪鳥のように奇声を発しながら天に向け炎を吐き暴れていた。
俺はそのシルエット、炎で大体の正体は分かった。
妖精の危機だと思った二人はシルエットに向かって飛びちょうどシルエットの怪物の真正面に降り立った。
その正体はそう《ドラゴン》だった。さっき見た有翼の怪鳥をゆうに超える体長と龍人のゴツゴツした肌が柔らかく見えるほどの厚さを有する岩肌のような鱗は血のように真っ赤で頭のてっぺんからは黒い角が伸び口からは炎が少しづつ漏れ出している。
そのドラゴンと対面した二人は不謹慎ながらもかっこいいと思ってしまった。
ドラゴンは一馬と煌牙を見ると鼓膜 が破れそうなほどの轟音で威嚇し地面が揺れる。
そしてすぐさまドラゴンは二人に向かって炎を吐き二人は左右に散らばったがドラゴンは首を振り炎を吐き続けたまま身体をぐるっと回し尻尾をムチのように使い炎と尻尾の二重攻撃を仕掛けた。
「あちっ!」
煌牙は上に飛んだが足に炎が当たり既にボロボロだったズボンが燃えその炎は足のスネの皮膚を焼いた。
「大丈夫か煌牙⁉︎」
「あ⁉︎こんなもんどうってことねーよ!!」
ドラゴンは一馬と煌牙を休まさないように頭上にいる一馬に向けて炎を吐いた。すると炎は一馬に当たる前に氷結魔法で消えた。
氷結魔法がきた左方向を見ると羽をバタつかせながらホバリングしているクレアがいた。
クレアは一馬に近づき眉間にシワを寄せながら言う。
「どうして一馬がここに⁉︎」
「ちょっとな!てかなんでドラゴンがいるんだよ⁉︎」
「早くに目覚めた龍がお腹を空かせ農作物を荒らしていたらしいんです!」
「おはよう早々食いしん坊な野郎だな!」
「来ますっ!」
ドラゴンは再び一馬達に向け灼熱の業火を吐きクレアが氷結魔法で炎を収めている間に一馬と煌牙が同時に攻撃を仕掛けた。
一馬はドラゴンの頭上から煌牙はドラゴンの腹部の下から大体の動物の急所になる所を狙った。
最初に煌牙がドラゴンの腹部にアッパーを食らわしその一瞬後で一馬がドラゴンの眉間を膝落としドラゴンの頭は地面に叩きつけられ下半身は空中に上がり妙な格好になる。
当たりどころがよくドラゴンはヨロヨロとおぼつかない足どりで頭を振った。おそらく脳震盪で思った通りに身体が動かないのだろう。
するとうめき声を上げながらボソボソと何か喋っているようだった。まさかとは思ったがそのまさかだった。ドラゴンは目を瞑り脳震盪を治すため頭を振りながら言った。
「ぐぉぉ〜、頭がクラクラするわ」
サブウーファーから音が出ているような重低音のドラゴンの声は頭まで響いてき、続けてドラゴンは独り言を言い出した。
「あの、忌々しい悪魔どもめ次会ったら丸々呑み込んで喰ろうてやるわ」
その場にいた妖精達と一馬と煌牙はドラゴンが喋ったことに驚きドラゴンの独り言を黙って聞いていた。
「くそっ、ここは祭りでもしておるのか熱くてたまらん」
耐えかねた一馬は隣に降りたクレアの耳に顔を近づけコソコソと聞いた。
「なぁクレア、何であいつ喋ってんだ?」
次は逆に顔を離した一馬の耳元に顔を近づけクレアが答えた。
「いえ、全く分かりません、龍が喋ったなど聞いたこともありませんし」
また逆に顔を離したクレアの耳元に顔を近づけ一馬が聞く。
「じゃあいつ、ここは祭りでもしておるのか熱くてたまらんって言ってるけど自分がやった記憶がないのか?」
コソコソするのがめんどくさくなったクレアは顔を近づけるのをやめ普通に話出した。
「そうなんじゃないですか?」
ドラゴンは言っていた。《あの、忌々しい悪魔どもめ次会ったら丸々呑み込んで喰ろうてやるわ》と、つまり悪魔に無理やり起こされ何らかの催眠術か洗脳を使いこのドラゴンは無意識に暴れていたと推測できた。
だが何故再び妖精族の村を襲ったのかは分からない。わざわざドラゴンを無理やり目覚めさせ代わりに襲わせるなら悪魔達自身でやった方が明らかに早く確実なはずなのだがそんな回りくどいやり方をするのが悪魔なのか?
俺は悪魔の行動の裏になにがあるか全く読めずドラゴンを見つめる。
そしてついに足どりがおぼつかないドラゴンは地面に座り込み身体を休ますようとしだした。
もうドラゴンがこれ以上暴れることもないだろうと妖精達は焼け野原の鎮火に励んだ。
俺は、というかおそらく現実世界の人間なら一度はドラゴンと会ったり話してみたいと思ったことがあるだろう。落ち着いている時ならイケると思いドラゴンの顔の近くにソロソロと近づいた。右を見ると煌牙も同じ格好でドラゴンに近寄っていてやっぱり考えていることは一緒なんだなぁと感心してしまった。
すると地面に顔を置いていたドラゴンは顔を上げ近づいていた一馬と煌牙と目が合う。
だるまさんが転んだ!のようにピタッと動くのをやめた二人に顔をグイッと近づけながら鼻から生ぬるい鼻息を出し再び顔を上げ、ドラゴンが言った。
「ほう、人間か久しいの」
一馬と煌牙は互いに顔を見合わせ大丈夫と思い二人も地面に座った。
ドラゴンが言ったことが魂の悪魔ヤボラと同じでその意味を聞くため煌牙が顔を見上げてドラゴンに尋ねた。
「やっぱ人間ってこの世界にいたのか?」
ドラゴンは口からタバコの煙のように炎をメラメラと出しながら言った。
「いたさ、何万人もな。だがある日突然消えた」
「理由はわからないのか?」
「我は神ではない。人間が消えた理由などわからん」
ドラゴンは前足の位置を変えながら尻尾を振っていた。
「じゃ神なら分かるのか?」
「あぁ、神は常に地上界を見ているからな人間が消えた理由も分かろう」
「そうか、てかドラゴンって喋れんの?」
ドラゴンは目を見開きながら確かにと言いたそうな顔をしていた。
「そういえば我は何故喋っているのだ?」
「いや、俺が知るわけねーだろ」
「喋ったことはないのか?」
俺はドラゴンのキョトンとした顔を見兼ねて理由を探ろうとした。
「喋ったことなど一度もない。今こうしてお前ら話しているのが初めてだ」
「悪魔になんかされたとかは?」
「可能性がないわけではないがおそらく違うだろう」
「う〜む、分かんないな」
色々な可能性を探してみたが何せリッシュコズモに来て間もないこともあり俺の頭では思案することはできるが原因解明することは出来ない。
煌牙も目を細め、原因を探してみているが頭を掻き毟りながら地面に寝転んでしまった。それをみたドラゴンはガッハッハッハッと笑い声を轟かせ消火をしている妖精達も何事だ?という顔で消火をしながらこっちを振り向いた。
「お前らを見ていると昔闘いあった人間のようだ」
俺はドラゴンに向いたまま慎重に聞いた。
「そんな昔からいたのか?」
ドラゴンはゆっくり大きな鼻で空気を吸い込み、一言一言丁寧に言葉を重ねる。
「遥か太古に人間がどこからか突然現れた。それも一人二人ではなく数え切れないほどの群衆だった。人間が現れ数年経ったある日我らの種族が目覚め、地上界を進撃した時二人の人間が多種族を圧倒する力で我らの進撃を阻止した。その進撃した時の我々の頭首はその人間の二人に瞬殺されたな、そうちょうどお前らと同じような瞳をしていた、他の追随を許さないそんな瞳を有したあやつらは風のようにしなやかに雷の如く速く我らを退けた。その時我はそのうちの一人に脳天を叩きつけられ意識を失って目覚めた時は既に終戦していて今こうしてここにいる。」
ドラゴンは話終えると口から微量の炎を吐きながら翼を少し動かした。
ドラゴンの話を聞いていて一つ気になったのは《遥か太古》という言葉だ。ドラゴンの言う遥か太古が果たして何百年前を意味しているのかは分からないが見た感じ大昔から生きているに違いないドラゴンが遥か太古というのだ、完全な独断なのだが奈良時代や安土桃山時代ぐらいの年号に起きたのではないだろうか?
周りを見渡すと焼け野原だった光景は焚き火のような多少の火を残し大体は鎮火していた。