02
男らが店から出ていったあと、僕は腹を押さえながらヨロヨロと立ち上がった。片手で口許の血を拭い、壁によりかかる。
横目で店内を見てみれば他の客の視線が向いていたが、僕の視線を感じて目をそらした。
コイツらも僕と同じだ。
自分が生きるのに精一杯で、他の誰かが困っていても助けない、人間以下の人間。
だから、僕はコイツらを責めたり「何で助けてくれないんだ」という思いは、必然とない。僕も他人に対して同じように接しているのだから何も言えないし、はなから言おうとも思わない。
此処では自分の身は自分で守るのが当たり前だ。
そうでなければ簡単に死ぬ。誰も助けてはくれやしない。
僕は改めて思い直すと、カウンターにコインを置いて、店を後にした。
さて、先程の税というのはナベリウスで定められている住民・・・但し王族を除く住民に課せられる国に捧げる金のことだ。しかし僕にとって敵国に払う金などありはしない。
此れがロノウェで暮らしていた僕の最後の誇りだ。
思い出される国旗。白と青が美しかったロノウェの翠華。気高き星と広き海を表した翠華は今はもう、掲げられていない。一度、その場で立ち止まり振り向いてみれば中央の柱には赤い鳥の描かれたナベリウスの国旗が風に揺れている。
あんな旗、今すぐにでも破り、落としたかった。
此処はロノウェだ。長い伝統と美しい自然を持つ・・・持っていたロノウェだ。
殺戮の血の色をしたナベリウスの国旗など穢らわしい、僕は怒り心頭になって瓦礫を蹴った。
―――虚しさだけが心に残る。
この村に鉄何て、握れる剣一本だって無い。僕らは抗えない。失われた国を取り返すことは不可能だろう。
そんなこと誰にだって分かっている。
皆、諦めているのだ。
僕だって、無理だって知っているけれど、どこかまだ希望を見出だしていた。
僕の希望は何処から来るのか。
それはロノウェに残る『伝統』を信じているからだ。
今となっては、というか僕が生きている16年の間以前にも確認されていないがロノウェにはとある神話があって信じているのは僕くらいなのだろうけれど、僕は強く信じる。
それしか最早この国を再建する術はないだろう。
―――『神話』。
神なんてこんな事態になってしまっては、存在の有無が問われるが、昔母から聞いた。戦争で死んだ母が、亡くなる寸前に辞世の句の様な形で教えてくれたのだ。
『神の住む塔・・・ロノウェから遠く、けれど繋がる絶望の里に救いはあるわ・・・嗚呼、父さんが見える・・・』
そう言って目を閉じた母。
彼女は僕に救いを、この国の希望を託した。断片的な神話を残して、逝ってしまった。
何故、そんなことを知っていたのかなんて知らないし、絶望に救いがあるなど矛盾している。大体、絶望の里って何処にあるんだ?
だから全く解せないので結局動けず仕舞いで今に至るという訳なのだが、あの男たちが『あと一週間』だけ待つと言っていた。一週間経てば金を払わねばならない。そんなこと断じてしたくはないが、払わねば殺される。敵国の手で僕は、敵国の中で僕は死ぬ?
「・・・旅に出よう。」
僕は小さく呟いた。自分の血で汚れた手を見ながら。
奴らに見つかる前に旅に出よう。絶望の里を探して、その、神のいる塔へ行くのだ。
そして国を取り戻す為に協力・・・多分協力してもらう。
「でも、なぁ?」
決心したにも関わらず僕は腕を組んで、歩く足を止めた。胸に誇りっぽい灰色の疑問が浮かび上がる。
空を見上げれば今日も快晴だった。不似合いな。
「父さんって誰なんだよ・・・母さん」