冥土カフェ
いい香りだ。やはりインスタントコーヒーとは大違いだ。
今日はめったに来ない、「喫茶店」に来てみた。もっとも、近所にはメイドカフェしかないから、ここはおしゃれな高級喫茶店なんかではない。近所のそのメイドカフェだ。
店員、いや、メイドが席の近くを通りかかった。
「マスター、このコーヒーうまいね。」
周りの席のオタクたちに睨まれたが、なにが間違っているのか僕にはちっともわからない。
「アタシはマスターじゃないにゃん。メイドだにゃん。でもそのコーヒーの味がわかるなんてすごいにゃ。」
「味がわかるも何も、普通にコーヒーじゃないか。」
「コーヒーにもいろいろあるにゃ。朝専用の缶コーヒーとか、よくCMで観ないかにゃん?」
「ああ、あれね。キリッとした苦みには好感がもてるけど、後味が悪いというか。牛乳っぽさが口に残るのが嫌なんだよね。」
「あの会社に怒られてもしらないにゃよ?」
悪戯っぽく微笑むメイド。接客にはかなり慣れていると見えた。
「ああ、大丈夫だよ。僕社員だから。」
もちろん出まかせのウソである。
「じゃあクビにゃね。お疲れ様にゃん。」
きついツッコミをする奴だな…
「まぁ冗談だけどね。でもこんな毒舌メイドがいるのによく潰れていないね、この店。」
「最近オープンしたからにゃ。どんな悪いサービスしてもあと半年くらいは、物珍しさで来るご主人様もたくさんいると思うにゃ。」
リピーターは期待しないってか。とんだ経営戦略だ。ちょっと引いたぞ。
とんでもないことを言った後ではあるのだが、メイドは可愛らしく小さく笑って、
「ま、とにかく人生山あり谷あり。だにゃん。」
「いきなり変なことを言うね。どういう意味だい?なにかの演歌の一節みたいだ。」
「谷は落ちると危ないにゃよ~」
コーヒーが口からこぼれた。それにしても変わったメイドだ。
「アタシはツンキャラだから、口は拭いてあげないのにゃん。ささ、ご注文は何かにゃん?」
デレはないのかよ、と思ったが、せっかくなのでなにか注文することにした。
「じゃあ、メイド特製味噌ラーメンで。」
「それはまずいからおすすめしないにゃん。それにコーヒーとラーメンの組み合わせはあり得ないにゃん。」
………きてます、きてます。頭に、きてます。ってさっきからか。ところで何を注文しよう。
うーん、といいながらメニュー表をパラパラっと軽く見る。
ま、コーヒーときたら無難にトーストでも食うか。昼だけど。足りなかったらパフェでも食べるとしよう。
「じゃあ、トーストを。」
「ご主人様の朝食はなんだったにゃん?」
「食パンだけど…あっ!」
危うく朝昼連続で食パンを食うところだった。これで俺の注文は2回もチョイスをミスったことになる。
ここはメイドのおすすめメニューを聞いてみることにした。
「オムライスだにゃん。イベント付きオムライス。」
「イベント付きか…高そうだな。普通のオムライスでいいよ。」
「いや、どっちも値段は変わらないにゃん。イベント付きにしてみたらどうかにゃん?」
「まぁ、そういうことなら。」
イベント付きオムライスを一つ注文した。
「まいど~、にゃん。」
しかし両方とも同じ値段なら、イベント無しのほうはぼったくってるんじゃ…とセコイことを考えかけてかけて、やめた。
それまで点いていなかったTVが点いたからだ。
TVにはこう映っている。「イベントのはじまりにゃ~ん」
痛々しすぎる…。TVから目線を戻すと、目の前にはさっきのメイドがいた。
「おっと。注文を言いに行ってくれたんじゃなかったのかい。」
「もうオムライスはできたにゃよ。ほら、にゃん。」
僕はオムライスに気付かないほどTV画面に集中していたのだろうか。というか、そんな長い時間同じ画面を凝視していたのか。変な気分だ。
目の前には確かにオムライスがある。うまそうな普通のオムライスだ。
腹も減ってるとこだし、さっそく食ってみることにした。スプーンを手に取り、それでオムライスの山から一口分削ろうとしたとき、
「ちょっと、聞いてほしいことがあるにゃん。」
「何?そういうのは担任の先生に頼むよ。ついでに次のテストの答えも教えてもらうといい。」
そういって、スプーンにオムライスのかけらをのせ、それを口に運ぼうとしたのだが、
「ちょっと聞いてほしいことがあるの。」
語尾の“にゃん”をつけず、深刻な声で言ってきた。告白でもしてくるんだろうか。ちょっとした期待を抱きつつ、メイドのほうを向いた。
「コーヒーを飲んでほしいにゃん。」
ちょっと悲しそうにメイドは言った。見ると、テーブルにはいつの間にかコーヒーが3カップ分置かれていた。
「僕が3人いるように見えるんだったら、早退して、病院に行ったほうがいい。」
ちょっと言い過ぎてしまった。言った後すぐそう思った。でも僕は早く食べたいんだ。頼んでもいないコーヒーで邪魔されても困る。
でもさっきの深刻な物言い。悲しそうな表情が思い出される。空気が読めないのは僕の悪い癖だ。
それに、メイドがコーヒーを3カップもいきなり持ってきて、さらに何か様子が変なのには何か理由があるのかもしれない。
……何か理由…?
ない。まず2つの物事の関連性が全くない。コーヒーを3つ持ってきて、深刻になる理由がわからない。しかしここはとりあえず、コーヒーをもらおうと思った。
「あ…あぁ、ありがとう。その、あれだよね、おかわりを頼む手間を省くために3つまとめて持ってきてくれた、とかそんなとこかい?」
深刻な様子と、さっききつく言ってしまったこともあって、距離感を置いた、気を使った口調になった。
「まぁ、そういうことにするにゃん。」
僕がコーヒーに興味を持つと、メイドは急に元気になったように感じた。
深刻になったり、元気になったり。やはりこのメイドはちょっと変わってる。
それにしても、“そういうことにする”っていったいどういう意味だ…?
とりあえず、せっかくいれてくれたわけだし、腹は減ってるけど、オムライスの前にコーヒーを一口飲むことにした。
いい香りだ。やはりインスタントコーヒーとは大違いだ。ってこれさっきも思ったことだな。
つまらんツッコミを自分にいれつつ、コーヒーを口に入れた。
コーヒーを口に入れた直後、なんとなく感傷的な表情をメイドがしたような気がしたが、気にしないことにした。
それにしても、やれやれだ。コーヒーを3つも持ってくるし、急にメイドが深刻な雰囲気出すしでオムライスがかなり後回しになってしまった。早く食わないと冷めそうだ。いっただっきまーす。
「ちょっと聞いてほしいことが…」
僕は溜め息をついた。
「あるにゃん。角砂糖はいらないかにゃん?」
僕をあの、“死のノート”にでてくるキャラクター扱いしてるのかチミは。…と思った。
が、あえて口には出さない。
著作権的な問題があるとヤバイからな。
「それならいらないよ。僕、ブラックで飲む派なんだ。」
だが、返ってきた答えは、
「にゃはは、冗談きついにゃんよ~。」
それはお前だ。と、直後の言葉を聞いてそう思った。
「角砂糖を食べてほしいにゃん。」
「パーティの罰ゲームかなんかか。それとも僕は何か悪い事でもしたのかい。」
「いや、なんとなく、にゃ。」
……何か隠してるな。
理由を聞いて、「なんとなく」っていうときほど深い理由があったりするものだ。
それに、断ったらまた悲しそうな顔をするに決まってる。
「わかった。いいよ。一つちょうだい。」
これまたいつの間にか置かれていた、角砂糖の入った箱から一つつまんで一口で食べた。
甘い。……甘ったるい…。
「濃厚…な甘さだね。おいしいよ。」
若干ぎこちなく僕はそう言った。
「甘ったるいんだから濃厚に決まってるにゃん。」
やはりムカつくメイドだ。
「ところでご主人様、耳かきサービスはいかがかにゃん?」
今度はオムライスに手をつけようとする間もなく、メイドは言ってきた。
「持ち合わせがないんだ。またにするよ。」
早くオムライスが食べたかった。
「いまなら無料でやるにゃん。」
いちおう値段ぐらいは聞いておこう。
「普段はいくらとってる。」
「5万にゃ。」
「捕まるぞ。」
「まあ大丈夫にゃ。さぁ、ご主人様、どうするにゃん?」
無料か…確かに魅力的だ。それにこのメイド、なかなかの美人だ。こういう喫茶店の店員にしてはかなり清潔感がある美人。ここはメイドというより、
異性として耳かきを…っていうか僕と付き合ってほしいぐらいだ。付き合えなくても、こんな美人とデートできたらどんなに楽しいだろう。
話が飛躍しすぎかもしれないが、そう考えると緊張してきたぞ。特に、耳のあたりが熱い感じがする。
好きな子の前で赤くなる小学生か、と自分に悪態をついてみてもまったくおもしろくないし、状況が変わらない。
状況が変わらないのは腹も例外ではない。彼女はとても魅力的だが、今はそれに近いぐらいオムライスも別の意味で魅力的だ。
さっきのコーヒーの一件でちょっと冷めていそうな気はするけど、関係ない。
頭の中で、メイド、オムライス、耳かき無料、メイド、オムライス…と頭の中でごちゃごちゃになっている。
無意識のうちに、僕はオムライスに手を付けていた。どこまで食いしん坊なんだ僕は。
「なるほど、立派な選択にゃ。ご主人様。今後ともよろしくにゃ。」
は?立派な選択?どういう意味だ?今後ともよろしくだと?
待て待て、まだオムライスを食べきっていないぞ…
………カビ臭いな。と思った瞬間、途端に空しくなった。
どうやら僕は、便座に座った状態で居眠りしていたようだ。ということは、さっきまでの出来事はすべて夢だったことになる。
だから知らぬ間にオムライスが出来上がってたりしたんだ、と一人納得する僕。
そのあと、用を足してトイレから出て、洗面所で手を洗い、なんとなく暗い気分で自分の部屋に戻った。
テレビをつけっぱなしにしてトイレにいった覚えはないのだが、というかトイレに行ったことすら記憶にはないのだが、とにかくテレビがついていた。
テレビではニュースがやっていた。
「今日の午後12時35分頃、都内の廃墟で事件がありました。死者は10名、死因はコーヒーに混ぜられた毒物、および耳の傷口からの大量出血と考えられています。え~、現場の天田さん、そちらはどのような状況でしょうか…」
都内で、周囲の風景が一致する事から考えると、天田というアナウンサーがいるのは僕の家の近所だ。
あれ?なんとなくその場所へ行ったことがあるような気がするんだけど、その時は廃墟じゃなかったんだが…
なんとなく、ぞっとした。
その日の夜、インターホンが鳴った。僕は夕食を食べて、少し眠くなったから居眠りをしていたところだ。
いきなり起こされた僕は、少し不機嫌で、つい玄関のドアを乱暴に開けてしまって…
ドアを開けた瞬間、しまった、と思った。客が誰かを確認していない。もし強盗とかだったら……
おそるおそる見上げると、目の前にはきれいな女性が立っていた。
「こんばんは。」
いきなり挨拶をしてきた。だが、僕はこの美女を知らない。
実は僕は浪人生である。とはいっても、予備校に行くでもなく、家で猛勉強しているわけでもない。
どちらかというと、ニートに近い。しかも僕の住むマンションの一階はコンビニだから、外出なんてほとんど皆無である。
つまり、こんな美女にあうフラグがどのようにして立ったのか僕にもわからないのである。
とはいっても、こんな物思いはまたいつでもできる。まずはどんな用件かを聞くのが先だ。
そこでひとまず、こんばんは、と返事をしようと、口の形を「こ」に変えたところで女性はこう言った。
「ああ、語尾ににゃんをつけるのを忘れちゃった。改めて、こんばんは、にゃん。ご主人様。」
どうでしたか?ラストにどうなったかは想像にお任せします。
果たして主人公はメイドに殺されてしまったのか?それともメイドと付き合い始めたのか?…など、いろんな解釈ができるようにしています。
気が向けば、続編を考えて連載していこうとも思っています。
今後とも、ジークフリードチキンをよろしくお願いします。