EPISODE97:まさかのアイツと黒服の男たち
「お邪魔しましたー!」
「どういたしまして! また3日後ねー♪」
とばりに別れのあいさつをすると、健とアルヴィーはとばりの家をあとにした。彼らはとばりに長剣――エーテルセイバーと、龍頭を模した盾・ヘッダーシールドを託し、ある約束を彼女と交わしていた。
この武具と伝承に載っていた天を昇る黄金の龍、そして世界を支配する資格があるものだけが持つことを許されるという『帝王の剣』――とばりに武器を3日間預けて、それらについて調べてもらうのだ。
もう半年近く戦ってきた健だが、未だに自分の武器については分からない点が多かった。もともと所持していたアルヴィーにさえもわからないことがあったのだ。なにせ、剣も盾も何千年以上も前に作られた古代の遺物。
それを所持していたアルヴィーには、その武具が使われていた時代の記憶がない。長い年月を生きてきた中で、どういうわけかそのときの記憶だけが抜け落ちているのだという。そこで協力を申し出たのがとばりだ。
彼女もひとりの研究者として、そして困っている二人のために伝承の時代について調べてみようと考えていた。彼女の好意をしかと受け取った二人はそれを承諾。そして今に至る――、というわけだ。
「あ、暑い……」
「ホント暑いの……」
二人は今、自宅アパートへの帰路についていた。歩けばいい運動になるが、今は夏。とてつもなく暑い季節だ。
日の光を浴びるのはいいことではあるが、あまりに気温が高いために少し歩くだけで汗が身体中から流れ出る。家に着く頃には汗びっしょりだったということは珍しくもなんともない。
「うぅ。このままだと服を脱いでしまいそうだ……」
「え? なんだって?」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら健が言う。アルヴィーが暑いから服を脱ぎそうだというものだから、真面目だが実は好色な彼はついいけない妄想をしてしまったのだ。
現に彼の脳裏には、服を脱いであられもない姿になったアルヴィーが浮かび上がっていた――。まったくもって度しがたい男である。
「い、いや。あまりに暑くて焼けそうだ」
「まーまー、そう言わずに」
「やめんか恥ずかしいッ!」
「ぐええぇぇぇ!!」
彼女の豊満な胸を揉んでやろうと近づく健に制裁がくだされた。その鉄拳は顔面へめりこみ、見事にノックアウトされた健はその場に倒れ込んだ。どうやら効果は抜群だったらしい……。
「まったく、お主は度しがたいな……」
「ず、ずびばぜんでじだ……ぴくぴく」
このとき、アルヴィーは羞恥心から顔を赤くしていた。その抜群なプロポーションは、人前では晒せないのだろう。案外恥ずかしがり屋なのだろうか? 健とふたりきりならばそうでもなさそうではあるが――。
「しっかし、暑いの……どこも日焼けサロンみたいだ」
「日焼けしたアルヴィーもきっと美人だと思うよ」
「そうかー? そう言われるとちょっと嬉しいの」
夏場は陽射しが強い。外出するときも家にいるときも半袖を着ることが多くなってくる。故に肌が日光に晒されやすく、自然と焼けて小麦色になっていく。
肌が小麦色になるまで日焼けした男子や女子はいつもよりかっこよく、または美しく見えるため、夏場は彼らの独壇場だ。
ただし、すべての男子や女子がモテるわけではない。所謂イケメンや美女だけがモテるのだ。世の中残酷なものである――。
「それよりアイス食べない?」
「アイスか! 賛成だ!」
「今ならバリバリ君がウマいよ」
「え? 私は○ーゲンダッツがいいんだが」
「それは高いからダメだよぅ……」
「じゃあ、サー○ィワンは?」
「あれは毎日食べるもんじゃないよ! たまに食べるぐらいがちょうどいいんだ」
「レ○ィー○ーデンは?」
「……えーと……あれは、一人占めしたら高カロリーだし、多分ごはんいらなくなるよ」
そこは路上のど真ん中――アイスキャンディー、またはアイスクリームについて二人が熱い議論を交わしていた。
しばし言い争った結果、安価でおいしい『バリバリ君』を食べることに決まり二人は近くのコンビニへ直行。ソーダ味とレモンスカッシュ味をとってすぐレジへと急ぐ。
「120円になりまーす♪」
「はーい♪」
ニッコリと微笑む店員に商品を手渡すと値段を告げられた。この店員は長身の若い男性で、髪の毛は緑色。長いので後ろで髪を束ねていた。
一見優男だが、その赤い瞳からは力強い視線を感じ取れる。彼が浮かべている笑顔は営業スマイルか、それとも心からのスマイルか。真相は神の味噌汁――いや、神のみぞ知る。
「ん? お客さん……お二人ともどこかで見たことがあるよーな、ないよーな……」
「え? どういうことですか?」
「いや、待てよ……あんたたち、よく見たら……」
戸惑う健とアルヴィー。緑髪の男性店員は、彼らの顔を懸命に覗きこむと、急に何かを思い出したかのように赤い瞳をカッと開く。
「あーっ!」
そして二人を指差し、「あんた、東條健とこの前の白い髪のネエさんだな!」
「そういうあんたは……センチネルズの緑川!?」
「お主、たしか奈良県警に出頭したんではなかったのか!?」
驚くのも無理はない。何を隠そう彼は、かつてエネルギー研究機関・センチネルズの代表取締役――浪岡に仕えていた副官の緑川和人だったからだ。
彼は浪岡の右腕として、組織に反抗するものや裏切ろうとしたもの達を闇に葬ってきた。背筋がゾッと冷酷な男だったのだが、浪岡との最終決戦の際にアルヴィーに敗れた。
その後改心し、奈良県警に出頭してセンチネルズが裏でしてきたことを洗いざらいすべて供述した。今は刑務所に服役しているはずなのだが――そんな彼が何故、こうやってコンビニで働いているのだろうか?
「あんたは今警察のお世話になってるはずだ! それがなんで……」
「……釈放されたんだ」
「そうかお主、釈放されたのか……って」
「え〜〜〜〜っ!?」
なんと緑川は釈放されていた。二人ともそろって大声を上げ、驚愕する。
「しーっ、声がでかいぞ!」
「いったいどういうことだ!? あれだけ悪いことしてたのに!」
とくに健は激しく動揺していた。彼を落ち着かせると、緑川は
「それは外で話す。店長! しばらく空けます!」
店長(未だに童貞)にカウンターを任せ、二人を連れてコンビニを出た。ちなみに代金はちゃんともらっている。
先程買った『バリバリ君』を食べながら、健とアルヴィーは緑川の話を聞いていた。なぜ彼がセンチネルズに入ったのか、なぜ釈放されたのか――彼はすべてを快く打ち明けた。
どうやら彼はもともと真面目な人間だったらしいが、大学を出て社会に出てからというもの、自分は何をすべきかわからなくなっていたのだという。
路頭に迷い、ヤケになっていた彼は偶然浪岡が人を焼き殺している場面に出くわし、浪岡が自分に視線を向けたときは殺されるかと思ったそうだ。だが、彼は緑川を殺そうとするどころかやさしい言葉を投げ掛けた――。
「――お前、いい目をしているな……私の右腕になれ。共に理想郷を築こう!」
「はいっ!」
彼は浪岡からカリスマ性を感じ取り、喜んでついていった。それからどうしたかは健やアルヴィーが知る通りである。
話の途中で、緑川は「いま思えばとても褒められるような仕事じゃなかったな」と後悔するように洩らしていた。
「そういえば……あんた、センチネルズにいたときの白峯さんとはどういう関係だったんだ?」
「ん……白峯さんとはあまり顔をあわせてなかったぞ。というか、相手の方から俺を避けてた。そうなって当然なことをしちまったからなぁ……」
健の素朴な疑問に答えてからも、彼は話を続けた。はじめは心から喜んで浪岡に仕えていたが、次第に彼を恐れるようになっていったことや、彼のもとで殺し屋のような仕事をするのがだんだん辛くなってきたことも話し、そのうち話題は出頭してから釈放されるまでのことにシフトしていった。
「刑期が終わるまでずっとムショで臭いメシを食うつもりだった。死にたいって思いたくなるくらい後悔もしてた……」
「そこで釈放の知らせが……」
「ああ。そんなところだ」
「なんで釈放されたのか、今でも不思議に思う」と彼は続けた。
それから彼は社会復帰を望んで、アルバイトをしながら各地を転々としたのだそうだ。そして現在に至るのだという――。長話を終えたところで、緑川はふと左腕の腕時計を見つめる。
「やっべ! もうこんな時間だ。店長に怒られる!」
「えっ!? じゃあ僕たち、そろそろ……」
「じゃ、じゃあ、お二人さん……お達者で!」
超高速で緑川は店内へ戻る。すぐに店長らしき中年オヤジが怒鳴る声と緑川が必死に謝る声が聞こえてきた。真面目に働いている様子が見えて何よりである。
彼が社会に復帰できることを祈りながら、アイスの棒をゴミ箱に捨てた二人はコンビニをあとにした。
それから帰路についた健とアルヴィーは、アパートへ帰るために駅を目指した。いまは昼時、いちばん暑い時間帯である。
だが、そろそろ夕方も近づいている。できるだけ早めに帰ろう――と思った矢先、二人の前に黒いスーツの男たちが現れた。思わず避けたくなるような、おびただしい数だ。
「……ど、どちら様でいらっしゃいますか? もしかしてMIBの方ですか? 僕たちエイリアンじゃないですよー」
「……健、どうやら冗談を言っている場合じゃなさそうだぞ」
「エッ……?」
「こいつらから邪悪な気配がする……しかも私たちを殺る気だ」
アルヴィーが緊迫した様子で健へ語りかける。彼女が指差した方向を見てみると――黒スーツの集団は拳をバキバキと鳴らしていた。
その中でも身なりが立派なリーダー格らしき男が、二人に詰め寄る。男は黒人で、スキンヘッドに鋭い眼光と屈強な肉体が威圧感を放っていた。要するにこいつは、見た目が怖い黒人のハゲのオッサンだ。恐らくブラジルかアフリカ系だろう。
「我々はさるお方の命令で動いている……悪いが、おとなしくしてもらうぞ」
「へぇ、おサルさんの命令で動いてるんですね。面白っ!」
「違うわい! そーゆー意味じゃない!」
この状況でボケた健に動揺したか、即座にリーダーらしき男がツッこむ。クスクス笑いながらアルヴィーが、「ではどういう意味だ? 私たちはあまり利口でなくての〜」と挑発。
「『さるお方』というのはだな、誰かの名前を言いたくないときに使う言葉だ。そんなことも知らんのか! さては貴様ら、国語1だな? 違うか!?」
「うっそー♪ ホントはどーゆー意味か知ってました」
実は言葉の意味を知っていた健がそういうと同時に、黒スーツの男たちがずっこけた。だがすぐに立ち上がり体勢を整える。
「気を取り直して……お主ら、誰の命令で動いておる?」
「お前らが知る必要はない……」
嘲笑うように呟きながらリーダーらしき男は健を掴みあげ――頭突きをお見舞いして突き飛ばす。信じられないほどの激痛が健を襲った。
「いきなり何するんだ……このっ!」
健が立ち上がり、リーダーらしき男に殴りかかる。だがあっけなく受け止められ、健は唖然とする。
「ほう、俺に素手で挑むつもりか? 面白い!」
拳を離して飛び退くと、男は少し気合いを入れてその正体を露にする。鎧のようにゴツゴツして堅そうな体をもった、サイのような姿だ。体格もかなり大きく、とくに自慢の角で突かれたり体当たりでもされたりしたらただではすまなそうだ。
「俺に勝てたら教えてやろう。行くぞ、小僧!」
周りは黒いスーツの男たちに囲まれたまま。しかも健は素手だ。アルヴィーの助けがあるとはいえ、少々不利な戦いになるだろう。
さあ、戦いだ!




