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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第6章 ロリータ女王と捨てられぬ矜持
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EPISODE96:知りたいけれども知りたくない

 それは先日の夜中のことである。彼はセンチネルズの本部から共に脱出して以来何かと世話になっている女性科学者、白峯(しらみね)とばりから「また武器を貸して欲しい」と頼まれていた。彼女が言うには、暇なときにまた来てほしいとのことだったが――?

 彼にとって暇な時間というのはなんだろうか。月曜日と水曜日はバイトに行く日で、暇どころかかなり忙しい。金が配給される以上仕事も手を抜く事はできない。

 だが、逆に言ってしまえばそれ以外の日はどれも時間が空いている。バイトに行かない日はおもにアパートで過ごしたり、筋トレなどをして体を鍛えたり、のんきにおやつを食べたりしている。

 ――そう、時間はたっぷりあったのだ。幸い今日は木曜日、バイトは昨日行った。だからとばりの下へ行っても何も問題はない。


「ふあ~っ。良く寝た……」


 彼はいつもより遅めの八時半に起床した。たっぷりと睡眠もとれてさぞや元気なことだろう。ただ、寝すぎでかえって眠たくなることもある。

 現に学生時代、バスなどでうっかり寝過ごしてしまうことも多かった。今もたまにあるのだが、昔に比べればだいぶマシになった方だ。

 爽やかな朝を迎えて気持ちが良さそうな健だが、一方でその隣のふとんで寝ているアルヴィーは目が半開きでまだまだ眠たそうだ。隙あらばまた寝てしまいそうな様子だった。


「ん~? いま何時だ……たけるぅ~」

「八時過ぎだよ。もうちょいで九時になっちゃう」

「そうかぁ……少し、寝すぎたかの」

「いいんじゃない? 僕も今日バイトないし」


 健が笑いながら言う。湯飲みに茶を淹れ、アルヴィーに渡す。寝起きの為か、髪のあちこちがあさっての方向に向かって跳ねていた。まるで爆発に巻き込まれてチリチリになったような雰囲気だ。黒コゲのアフロヘアー、というわけではないが。


「朝ごはんと支度終わったら、とばりさん家に行くよ」

「確か剣と盾を渡すんだったか。また、面白いものを作ってもらえそうだの」

「そうだね♪」


 朝食をすませ支度も終えると、二人はアパートを出た。どちらもよそ行きの服装だ。健は青いベストとその下に格子柄のシャツと、ベージュのズボン。靴はいつも通りのベージュだ。

 アルヴィーはワイシャツに爽やかな印象を与える青いミニスカートと、同じく青いしましま模様のニーハイソックスを身につけていた。ちなみにブーツは黒かった。下着は――まあ、つけていることを祈ろう。果たして下に穿いているのは細い紐のパンツか、それとも安全性のあるスパッツか? 真相は神のみぞ知る――。



「ごめんくださ~い!」


 昼前、西大路の白峯家前にて。健がインターホンを鳴らし、とばりを呼び出す。


「あっ、東條くんにアルヴィーさん! 来てくれたのね!」

「こんにちは~」

「ご無沙汰してます」

「ウフフ。久々に見たけど、相変わらず元気そうね」


 ペコリ、と少し頭を下げる。こうやって会うのも、雷のオーブを受け取りに来たとき以来だ。更にその間に滋賀に帰省していた。

 その時は知り合いのみゆきも健たちに同行していたゆえ、彼女にも会えなかった。きっと寂しい思いをしていたに違いない。

 それだけに今日、こうやって対面できたのが嬉しかったのだろう。大人の女性ながら――とばりは屈託のない子供のような、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「ところで今日はみゆきちゃんと一緒じゃないの?」

「……あっ! そういえば、あいつのこと忘れてた……」


 うっかりしてみゆきを誘うのを忘れていた。そんな健に「おいおい」と、白峯とアルヴィーがツッこむ。


「まあ、でも……あの子最近気張って働いてるみたいだしね。無理に呼ぶ必要もないんじゃないかしら」

「そ、そうですよね。かえって迷惑かけちゃいそうだし……」

「人生そんなときもあるわよ。さ、立ち話も難だから――どうぞ上がって」


 彼女の言葉に甘えて家へ上がり、応接室のソファーにくつろぐように座り込む。相変わらずソファーというのは座り心地がいいものだと、健とアルヴィーは心の中で思った。

 白峯とばり――彼女が住んでいるこの家は研究所も兼ねているためか非常に大きく、地上二階に地下一階とその規模は健が住んでいる安い物件のアパートとは段違いだ。

 更に広々とした庭までついており、もはや豪邸の域である。彼女によれば、研究用の機材や書斎を設けるために大きな家が欲しかったのだとか。

 結果として地下に発明品の実験フロアやラックを作ったり、ゆったりとしたスペースに書斎を築くことが出来たため、この豪華なマイホームを建てて得をしたのだそうだ。


「お茶淹れたわよ~。コーヒーもあるから、好きなほうを選んでね」

「それじゃあ、お茶で」

「私は眠たいからコーヒーを……」


 それぞれが飲みたいものを手に取り、少しだけ飲んでいく。ちなみにとばりはまろやかなコーヒーを選び、のびのびと味わっていた。


「……さて、と。今日あなたたちを呼んだのは他でもないの。この資料を見てもらえる?」


 コーヒー入りのカップをいったん置いて、とばりが二人に何らかの資料を手渡す。表紙をめくると、そこには――何やら神々しくも禍々しい、とにかく覇気を感じさせる剣の絵図が描かれていた。

 その背後には、同じく覇気のある装飾が施された盾と、昇竜が描かれていた。その体色は――金色。まばゆいほどの輝きを放つ、まがう事なき黄金色。


「……これは……?」

「あれから更にサーチをかけてみた結果がこの資料に記されているわ。かつて世界を救った戦士が使っていたとされる剣――それが今あなたの使っている剣なのは覚えてる?」

「はい」

「その剣だけど、今渡した資料に書かれたやつと――どういうわけか似てたのよ」

「えっ?」


 お茶を飲みながら資料を見ていた健の手が止まる。その横でアルヴィーは真摯に、資料に描かれた絵図をみつめていた。


「このなんか凄そうな剣とですか?」

「うん。なんでもそれは『帝王の剣』っていう名前で呼ばれていたそうなの」

「帝王の……剣……」


 呆気にとられた顔で健が呟く。隣にいるアルヴィーは資料に描かれたその『帝王の剣』の絵図から、何かをひしひしと感じ取っていた。


(……不思議だな。この剣も、盾も、そしてこの黄金の龍も――まるで昔から知っているような……そんな感じがする)


 自分が生まれてからもう何年生きているのか。なぜ今より何千年以上も前の記憶が無いのか、その時代には既に産み落とされていたはずなのに、なぜその時の記憶だけが抜け落ちているのか――。

 彼女にはそれが分からなかった。思い出せなかった。長く生きすぎたゆえに記憶が耄碌としているのか? トシのせいでボケがはじまったのか? 自分でもその理由がよく分からない。

 ただ、彼女には確固たる決意があった。今まで生きて来た途中で抜け落ちた記憶を取り戻したいという、密かな願望が。


「……のう、とばり殿」

「なあに?」

「この絵に描かれた黄金の龍――どこか私と似ているような気がするのだが」

「不思議よね、私もそう思ってた! 色は違うけど、見た目はアルヴィーさんの本来の姿に似てたわ」

「ホントだ、確かに似てる!」


 空を昇る黄金の龍。神々しいその姿はアルヴィーの本来の姿である白い東洋の龍のようなシェイド――アルビノドラグーンとよく似ていた。

 絵を見た限りでは、体や眼の色が違うだけであとはほとんどそっくりだ。ちなみにその眼というのは、吸い込まれそうな碧色だった。

 ちなみにこの黄金龍――中国では神の化身、否、神そのものとされており、その強さは獅子や虎をも凌駕し、震え上がらせるほどだとか。


「もしやこの絵……私の失われた記憶と関係があるかもしれない」

「その可能性は(おお)いにありうるわ。もしかしたら健くんの武器とも関係があるかも……」

「ゴクッ……(す、スケールがどんどんでかくなっていく……どうしてッ!? だけど……知っておかなきゃ損する気もする)」


 もしかしたら自分たちは、触れてはならないものに手を出してしまったのではないか? と――健は不安になっていた。

 だが、アルヴィーの記憶を何とかして取り戻してやりたいのも事実。それに帝王の剣と今使っている剣――エーテルセイバーの関係についても知りたい。悩んだ末に、健がくだした決断はひとつ。


「とばりさんッ」


 彼はソファーから立ち上がり、とばりに頭を下げた。誰かにものを頼み込む合図だ。更に彼は、アルヴィーから剣と盾を受け取ってそれをとばりに差し出す。


「ひょっとすれば僕たちは、パンドラの箱みたいに触ってはいけないものに触ろうとしているのかもしれない。無事じゃすまないような事をしようとしているのかもしれない――それでも、知りたいことがあるんです。お願いしますっ!」

「東條くん……」


 ――感じた。彼女は健から感じ取っていた。胸にこみ上げてくる思いと、絶対に曲がらない強い意志を。ときにお人好しと揶揄されるほどのやさしさと、まっすぐな熱意を――。


「……わかりました。あなたのその武器を、責任を持って今一度お預かりします!」

「ありがとうございますっ! それでお時間はどのくらい……」

「そうね……三日くらい待ってもらえないかしら? 私もできるだけ詳しく調べてみるから」

「わかりました! 気長にお待ちしております」

「これにて交渉成立ね!」


 とばり、健、そしてアルヴィー……その場にいる全員に明るい空気が戻る。条件は整った、交渉も成立した。あとは気長に待つだけだ。

 何事も――急いではことを仕損じる。こういうときこそ『急がば回れ』だ。急いでいる時ほど冷静になって、近道をせずにあえて遠回りをすると言う、そういった意味のことわざだ。


「さて、お茶しましょ♪」

「ハイ! よろこんで!」

「コーヒーおかわり! 今度は砂糖なしで頼む」



 その頃、例の雷雲轟く岩山にそびえ立つ古城では――。薄暗い部屋の中で誰かがコンピュータをいじくって調べ物をしていた。包帯を巻き異常なまでの厚着をした男――辰巳だ。


「違う、これじゃない。これでもない……いったいどこにあるというのだ? あ、でも……保存しとこ」


 彼は驚くべきで速さでキーボードを打ちながら、何かを探しているようだ。だが、彼が求めるものは見つからない。ただ、「見つからない」と嘆く一方で、情報を検索する過程で見つけた画像(おもにグラビア雑誌)を保存するようなことはしているようだ。


「ふっ、こうして見てみると人間の女というのもなかなか……いやいや、今はそれどころじゃない! なんとしてでも見つけ出さなければ……」


 性欲をもてあまし、エッチな画像に見とれつつも検索に没頭する辰巳。そんな彼の背後に、ひとつの影が忍び寄る――


「おい、辰巳。こんなところで何をしている」

「!? しゃ、社長……ッ」

「てっきりナイショでオンラインゲームでもやっているのかと思ったが、どうやら見当違いだったらしい」


 甲斐崎と呼ばれた、その黒装束の男性は狼狽する辰巳の頭をどけてモニターを覗き込む。辰巳が個人的に保存した画像を見て、「フン、いい趣味をしているな」


「ち、違います。これは……」

「……だが、好色も度が過ぎると危険だ。ほどほどにしておくんだな」

「うっ……ですが」

「それに知りたいことがあるならここで調べる必要はないぞ? 俺に聞けば大抵の事はわかるから、な」

「は、はいっ!」



 楽しみを邪魔されたことに不満を抱きながら、辰巳は甲斐崎のあとをついて、いつも集合して会議を開いている礼拝堂――ではなく、玉座の間へと向かう。玉座の手前で辰巳は膝を突き、甲斐崎は支配者だけが座ることを許される王の椅子に座る。


「ふう……ここが一番落ち着くな」


 玉座にふんぞり返り、一息吐くと、「聞きたいことがあるんだったな? ひとつだけ聞いてやろう」と辰巳に告げる。


「それでは――伝承に載っていた黄金龍について教えてください!」

「黄金龍か……そんなことまで調べていたとはな。侮れんヤツ……」

「伝承の龍と、あの白龍(アルビノドラグーン)はなにか関係あるんですか!?」


 辰巳が大声でまくし立てる。知識欲が強い彼は、一度知りたいと思ったことはどうしても知らなければ気がすまない一面も持っていた。一度狙った獲物にいつまでも執着する蛇のごとく――。


「教えてやろう。あの女と黄金龍の関係は……」


 いったん言葉を区切る甲斐崎。その間は長く、顔に巻いた包帯の下で辰巳は待ちくたびれて眉をしかめていた。気が短いものは長くは待てない。

 最初は我慢できても、そのうち苛立って待ちきれなくなる。辰巳はその気が短いものであるため、待つのは極めて苦手だった。彼の中で焦燥と苛立ちがだんだん募り始めていく。


「……俺も知りたい!」


 ところがあれだけ待たされたにも関わらず――甲斐崎は辰巳に彼が知りたがっていた『黄金龍』と白龍の関係について教えるどころか、適当にはぐらかした。

 単なる嫌がらせか、それとも焦らしていくつもりなのか? どちらにしても期待はずれな返答をされて、辰巳が憤慨することに変わりはない。


「ふざけないでください! ホントは知っているくせに! ごまかしても無駄ですよ!?」

「いや、本当だ。俺もまだまだ勉強が足りなくてな……」

「ならいいです。帰らせてもらう!」


 しらばっくれる甲斐崎に憤る辰巳。いたたまれなくなった彼は口汚く吐き捨てると、玉座をあとにしてどこかへと去っていく。


「ま、本当は知っていたんだがな」


 甲斐崎が冷たい笑みを浮かべる。本人もそう述べているように本当は知っていたのだが、あえて辰巳には教えなかった。

 何度も焦らされた末にようやく事を知ったときの達成感を彼に味わわせるためだ。彼が短気で我慢弱い性格なのはもちろん把握した上でそうしている。

 まるで明智光秀にあえてつらく当たり、傍若無人に振る舞っていた織田信長のようだ。そのうち本能寺の変でも起こされて首を討ち取られるかもしれない。


「……本当にいいんですか? 何も教えなくて」


 辰巳が去ってからすぐ、玉座の後ろから声が聞こえた。それは若い男性のものだったが、声の主は姿を見せなかった。というのも、物陰に潜んでいて姿が見えなかったからだ。


「フッ。お前だって推理小説や映画の結末をいきなりネタばらしされたら嫌だろう?」


 甲斐崎が玉座のうしろに視線を向ける。


「ネタバレ……ですか? 確かにあまりいい気分には……」

「それと同じことだ」


 語りかけるときの口調から、声の主と甲斐崎は親しい仲か、或いは上司と忠実な部下の関係と思われる。現に声の主は面従腹背な辰巳とは違い、従順で誠実な雰囲気を漂わせていた。


「しかし、辰巳さんがご執心なさっている『クイーン』……あのお美しい姿をもう一度拝見したいものだ」

「確かに、早く見てみたいものだな」

「私は美人には目がありませんからね。この前からずっとウズウズしてて待ちきれないんですよ。では、失礼しました――」


 甲斐崎と話していた若い男性が去っていく。一人きりになった甲斐崎は、うっとりするようにため息をついて天井を見上げた。


「『クイーン』も、黄金龍も、帝王の剣も――」


 独り言を呟きだしたかと思えば、彼はグッ!  と右手を握りしめる。まるで世界をつかみとるかのように。


「すべて俺の手中に納める! そして俺は――世界の支配者となるッ!!」


 そして宣戦布告をしかけ、蜂起したかのように――甲斐崎は雄叫びを上げた。

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