EPISODE94:ゴーカイな秘密兵器
「ただいまぁ〜……もうフラフラだぁ」
帰宅後、健は荷物を置いて洗面所へ向かう。彼は手洗いとうがいは毎日欠かさないのだ。
外から帰ってくると手にバイ菌がついている可能性があるし、うがいをサボると風邪をひいてしまう可能性がある。
とくにこの時期にひく危険性がある夏風邪はタチが悪く、なかなか治らないので手洗い・うがいは尚更重要になってくる。
ただ、手荒れが気になる場合は無理に石鹸で洗わず水だけでしっかり洗うといい。雑菌を殺してくれる頼もしい石鹸も、使いすぎれば肌を荒らしてしまうからだ。洗いすぎには注意されたし。
「おう、早かったの。それでどうだった?」
「間に合わなかった。お陰で部長から大目玉食らっちゃったよぅ」
机でぐったりとしながら健が語る。膝まで伸びた長い白髪に紅い瞳の女性――アルヴィーは、どこかパッとしない顔で彼の話を聞いていた。
「はぁ……。バイトってのは大変だのぉ〜」
「ははッ! まあ、そう落ち込むでない。生きていればそういうこともある」
「そ、そうだよね! こんなしょーもない事で落ち込んでる場合じゃなかった」
アルヴィーから励ましの言葉を送られ、健は奮発。思わず目を丸くしてしまうような速さで夕飯を作り上げていく。
使用した食材は、昨日の残りである冷やごはん。これを使って何を作ったのかというと――アツアツのチャーハンだ。本人曰く、母や中華料理屋のシェフほどではないがおいしく作れる――のだそうだ。信憑性はあまりないのだが。
「おっし! 完成!」
勝ち誇った笑顔……いわゆる『ドヤ顔』で健が言う。チャーハン二人分に加えてスーパーで買った千切りキャベツや野菜ジュースを持っていき、それらを机に置く。
それから箸置きにハシを補充し、机に持っていく。あとはチャーハンを食べるための蓮華だけだ。この蓮華というのは、ラーメン屋や中華料理店などで見られるいわゆるチャイナスプーンであり、同名の花とは何も関係はない。
「おまちどおさま。今夜はチャーハンだよ!」
「おお、チャーハンか! うまそうだの……もう食べてもいいか?」
「もちろん! 僕も食べたいよ」
「では、お言葉に甘えて……」
もう空腹を我慢できない。箸置きからハシをとってチャーハンを食べようとしたアルヴィーを、健が「ちょい待ち!」と叫んで制止する。
「な、なんだ?」
「お箸じゃ食べづらいぞー。スプーンかレンゲだったら食べやすいけど、どっちがいい?」
「うーん、と……レンゲで」
そう聞いて健が嬉しそうに笑う。何を隠そう、彼はその言葉を待っていたのだ。
金がなくて中華料理屋には滅多にいけない、だから気分だけでもと思いレンゲでチャーハンを食べようと思っていた。
まあ、その気になれば食べに行けないこともないのだが――、細かいことはあまり気にしなくてもいいものだ。
「いっただっきまーす!」
黄金色に輝くチャーハン。散りばめられたネギやハムが、黄金色の丘のようなそれを彩る。このチャーハンというのはハシで食べるのはもちろん、スプーンやレンゲで食べるとより食べやすくなり、よりおいしく感じるようになる。
作る際は、お米は固めるよりパラパラさせた方がいいだろう。他にもこのチャーハンは、冷やごはんを炒めて作る光景が由来してか焼き飯と呼ばれることもある。どちらにせよ美味であることに変わりはない。このままでも十分おいしいが、五目チャーハンやエビチャーハンにすればよりおいしくなるだろう。
「ふぅー、食った食った……」
そして、完食。そう言って水を飲むと、「げぷ」と健がゲップをする。この行為が正しいかはともかく、おいしく食べられたことに変わりはない。
「結構ハラふくれたのぅ」
「でしょ? ところで……」
「なんだ、健?」
「中華料理店のシェフか、僕か! どっちのチャーハンのがおいしい?」
ドン! と、重々しい音が聞こえた――気がした。健がアルヴィーに質問を投げ掛けると同時に、急に張り詰めた空気が漂う。
経験を積んだプロが作った味か、それとも素人なりに頑張って作った味か? どちらにするかすぐには選べない、難しい質問だった。だが、アルヴィーは選んだ。どれにも当てはまらない選択肢を――。
「……そうだな。どちらも作り手の心がこもっていてウマい!」
「すばらしいッ! さすがアルヴィーだ! 僕たちにできないことを平然とやってのけるッ そこにシビレる、あこがれるゥ!」
こんな感じで盛り上がりながら、夕食を終えた。少し休憩したあと食器を洗い、すべて洗い終えると、健はテレビを見ながらひと休み。
先にアルヴィーを風呂に入らせ、自分はあとから入るという算段だ。どうせ何もせずに待っておくよりは、彼女が入浴中に食器を洗ってしまった方が後々ラクになる。なにもしないよりは断然こっちのほうがイイというものだ。
「あはは、おもしれーっ。その発想はなかった!」
ちなみに彼がいま見ているのは、ありふれたお笑いバラエティー番組。しかも二時間SPだ。他に見るものはあったが、お笑い好きの彼にとってはこれほど面白いものはない。
もう何度目かもわからないくらい、腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。そうしているうちに、アルヴィーが風呂場から上がってきた。
バスタオル一枚で、パンツははいているがブラジャーはつけていない。水気をおびた白い髪と、隠しきれていない胸の谷間がなんとも色っぽかった。健が鼻の下を伸ばしてにやつき、鼻血を出すのは時間の問題だ。
「は、はうっ! いつも思うけど……美しい!」
「胸がかの? まあ確かにデカいし、形もきれいだが……」
「ブハッ! ち、違うよ。他にも髪とかお肌とか……ブフッ!!」
興奮を抑えられぬまま、鼻血を吹いて健が昏倒。これが日頃から真面目なそぶりを見せているが、その裏では性欲を持て余しているスケベな男の真の姿である。
別居中ならともかく、もし家族と一緒に住んでいるのなら、こういうみだらな姿を見られないように細心の注意を払うことだ。
その後、健はアルヴィーと入れ替わりで入浴。職場で流した汗を十分に洗い流し、体にたまった疲れを癒した。
「よーし……寝るぞー」
そして消灯。「神は言っている……まだクーラーを点けるべきではないと」と唱える彼は窓を開けて、外からの風を体に浴びる。
その上で扇風機を部屋中に回せば涼しくなること間違いなし。扇風機も扇風機で電気を使ってしまうが、クーラーよりは少なくて済む。エネルギーの無駄遣いはやめたほうがいいのだ。気持ち良さそうに寝る二人。
――だが、悲しいことに寝かせてもらえそうにはなかった。アルヴィーの頭の中を閃光が走り、目を覚ましたのだ。気配を感じ取ったのだ、怪物の気配を。
「健、シェイドだ! 早く準備せい!」
「え!? わ、わかった!」
飛び上がった健は慌てて準備を済ませ、アルヴィーと共にアパートを飛び出す。まだ京都に戻ってから一日も経っていない、できればゆっくりしたかった。だが、いまは緊急事態だ。ゆっくりしているヒマはない。急がねば!
シェイドが発生した場所はどこかの廃倉庫。建物はガタが来ており、いつ取り壊されてもおかしくない状態だ。
だが、こういう近寄りがたい雰囲気を漂わせる場所を、シェイド達は好んで住み処にしていることが多い。何も知らずに建物に近付いてくる、うっかり者の人間を襲うにはちょうどいいからだ。
「くっそー! キリがあらへん……何匹出てくるつもりや!」
そこでは健が来るより先に戦っている人物がいた。大型の銃を手にした青い髪の男――市村正史だ。
「市村さん!」
「おう、東條はん! エエとこ来てくれたな!」
「シェイド反応がしたものですから、やっつけなきゃって思って……」
「ほうか! エエこっちゃ!」
廃倉庫の中で大量発生し、ところ狭しと暴れまわる怪物ども。倒しても倒しても、次々にわいてくる彼らを前に市村は少しばかり憤怒を感じていた。口調がやや乱暴そうだったのは恐らくそのせいだろう。
「せやけどな、東條はん。あいにく、今日はあんたと勝負しとるヒマはあらへん。先にこいつらしばいたらなあかんのや!」
「それならお手伝いしますよ!」
少し冗談もまじえた余裕のあるやりとりを交わす二人に、最下級シェイド――クリーパーが体をくねらせながら襲いかかる。
だが、健はひとふりでクリーパーを霧散させる。最下級の不名誉なその名が示すように、見た目が不気味なだけで彼らクリーパーは非常に弱い。
数だけが取り柄だ。しかし、いくら弱い相手でも数が多いと簡単には対処できない。言わずもがなこの二人の猛者にとっては烏合の衆のようなものだが、果たして全滅できるだろうか――。
「まとめて面倒みてやる!」
「引っ込んどれェ!!」
飛び交う光弾と斬撃。それらに撃ち抜かれ、或いは切り裂かれたものは皆闇に溶けて消えていく。戦いが始まってからしばらくし、だいぶ数を減らしたが――まだまだ途絶えそうにはない。
「くそ、質より量ってか……このままじゃジリ貧だ!」
「まだぎょうさんおるやんけ……どないせいっちゅーねん!!」
質より量。一匹でダメなら大勢でかかれ――という、数の暴力。このままではラチがあかない。いったいどうすればこの逆境を切り抜けられるのだろう――と悩んだ矢先、市村が何かをひらめく。
「しゃぁないな……こうなったらアレを使うしかないで!」
「アレって?」
「秘密兵器に決まっとるやないかーい! 悪いけど、時間稼ぎしといてくれや」
そう言われてその『秘密兵器』が作動するまでの間、健は時間稼ぎの為にクリーパーの群れの相手をすることに。
疲弊しきっている以上油断はできない。やれるところまで精一杯やり遂げなければ、この戦況からは抜け出せない。
うめき声を上げながらゆっくりと歩み寄り、時に四つんばいでこっちにやってくる怪物どもを健は斬り伏せていく。
白龍の姿をしたパートナー……アルヴィーも青い炎を吐いたり吹雪を吐いたりして、彼を徹底的にサポートした。
「準備完了や! あんたら、避難した方がエエよー!」
「はいっ、そうしますッ!」
「承知した!」
そして、いよいよ――市村の『秘密兵器』が動き出すッ――! 地面の陰から競り出すように現れたそれは見上げるような巨体を誇り、全身がメタリックブルーに染まったイセエビのシェイドだった。
もっとも頑丈な装甲に覆われ、重火器をいくつも搭載したその姿は――どこからどう見てもイセエビ型の巨大メカにしか見えなかった。
ヘタなSF作品の機動兵器よりよっぽど迫力があったし、何より強そうだ。特撮ヒーロー番組よろしく、乗って動かしてみたいという欲望をそそられる。
こういう巨大メカは、健や市村のようなロボ好きの特撮好きな日本男児なら一度は憧れるものだ。これでオモチャが発売されていれば、買いたくなること間違いなし。
「こいつを見てくれや。どう思う?」
「すごく……大きくて強そうです!」
「よーし、ほないっちょブッぱなしたろかァー!!」
市村がバック宙でイセエビメカのしっぽへと回り込み、しっぽの付近にある差し込み口に大型の銃を差し込む。彼が引き金を引くと同時に、イセエビメカこと――ブルークラスターのハサミや背中、そして額。
全身のあらゆる場所からおびただしい数のビームやミサイルが放たれ、その驚異の弾幕を前に怪物どもは逃げ惑う。
だが、必死の抵抗むなしく――クリーパーの群れはついに逃げ切れず、すべてにビームやミサイルが命中し大爆発を起こす。
撃ち尽くされた弾薬のシャワーの範囲は広く、シェイドの群れ――だけでは飽き足らず、倉庫の壁さえもきれいに吹き飛ばしていた。
「どや! スカッとしたやろ!!」
「た、確かにこれは……スカッとしますね!」
真正面から月明かりに照らされながら、市村が勝ち誇るように笑う。ガレキが散乱する内部や、崩れた壁から見える美しい夜景を見て――健は苦笑いを浮かべた。