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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第6章 ロリータ女王と捨てられぬ矜持
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EPISODE93:不吉な前兆

 あろうことか、寝坊して遅刻。一応「少し遅れます」と事前に連絡して無事に辿り着けたとはいえ、遅刻は良くないことである。

 上司のひとりからお叱りを受け、「次からは気を付けます」と健は誓った。しかし、二度あることは三度あるのがこの世の定理。またヘマをして遅れてしまうかもしれない――と、健は内心おびえていた。


「ほえ~。極楽、極楽~」


 それはさておき――昼休み。職場における楽しみのひとつだ。というのも昼休みは、勤務時間中で唯一何をして過ごしてもいい時間なのである。更に今日から冷房が入ったのでより一層ゆったりできるというもの。至れり尽くせりである。

 昼寝をしようがゲームやケータイ電話で遊ぼうが、ネットを楽しもうが、お昼のおやつを食べようが……昼休みだけならこんなことをしても許されるのだ。それ以外でやるのは論外だが。ただ、職場によってはおやつは許されるかもしれない。


「東條くーん、おひさー!」

「おお、浅田さん! ご無沙汰してます!」

「久々だから疲れてんじゃない? お昼ぐらいゆっくりしなよー」


 陽気に振る舞う茶髪の女性――浅田のうしろには、金髪碧眼で青い服を着た女性や控えめな雰囲気を漂わせるメガネの女性もいた。ジェシーと今井だ。二人ともとくに変化はなく、元気そうだった。にんまり微笑む健の耳元に浅田が顔を寄せて、


「……ところでおみやげある?」

「わっ……忘れましたっ!」


 浅田が目を丸くする。うしろの二人も密かに期待していたのか、残念そうな表情を浮かべる。それなら仕方ないからまだ今度にしよう、と、健の席から去ろうとしたその時。


「ウソでーす! ちゃんとありますよー」

「マジ!? 持ってきてくれたんだ! うれしー!」

「はい、こんなこともあろうかと前日からカバンに入れてあったのです!」


 歓喜する浅田。今度こそ期待に答えるべく、健はロッカーへ直行してカバンからおみやげを取り出し、それを持ってオフィスへ戻る。


「じゃじゃーん! おせんべい買ってきました。皆さんどうぞお食べください♪」

「何これ、おいしそうじゃん! わざわざありがとねーっ!」

「ホントだ、おいしそう! さっそく食べてもいいですか?」

「あぁっ、この形! ゴワゴワした表面! こういうのを食べてみたかったの〜♪」


 その後、健から「どうぞ召し上がれ」と笑顔で言われ、お言葉に甘えて土産のせんべいを食べる。三人ともそれぞれ違った反応を示したが、一番嬉しそうなのは意外にもジェシーだった。

 目をキラキラ輝かせ恍惚の表情を浮かべながら、市販のせんべい(しょうゆ味)を見つめる姿は少々ズレてはいるが、ある意味ではかわいらしい。


「……もしかして、おせんべいは初めてだったりします?」

「いえ、自立する前にちょっと高級なところから取り寄せたものは食べたことあるんですけど……こういう市販のおせんべいを食べるのははじめてだったの。本当にありがとうございます〜♪」

(さ、さすがは元お嬢様だ……とてもじゃないが、僕たちじゃかなわないーッ!)

(うっ! 眩しくてなんにも見えない……)

(メガネが、メガネが割れちゃううううう)


 ジェシー(※念のため言っておくが、海外の某ホームドラマに出てくるジェシーおいたんではない)を除く一同に衝撃が走る。今では独立しているものの、もともとの彼女はとある資産家の娘。

 大富豪の中でも上の上に当たる存在だ。よって粗相のないようにしなければならない。もっとも、ジェシー本人はそこまで気にしていないのだが――どっちにしても、健たち庶民からすれば雲の上の存在であることに変わりは無い。


「キーッ! ナゼだ、ナゼ東條サンばかりOLにモテる! ウラヤマシイにも程があるネ! あいつ年下のクセに生意気だゾ! ここがアメリカだったらミーの方がモテモテなのに、ウキーッ!!」


 そんな彼らのうしろで唸っている英語の先生のような雰囲気の男は、係長のケニー藤野。日本通(※ただし自称)で日米を問わず城が大好きな日系人だ。

 とくに大阪城とノイシュヴァンシュタイン城が好きらしいが、実は大阪城が割れて中から金ピカの大阪城が出てくると思い込んでいるらしい。

 もちろんそのようなことなどないのだが、何故そう思い込んでいるのだろうか? まったくもってバカバカしい話である。



 同時刻――どこかの岩山の切り立った崖にそびえ立つ古城。機械仕掛けで半分が機械化されたその城の中で、緑青色の瞳を持った黒装束の男――甲斐崎は己の部屋でふんぞり返っていた。動植物を模したエンブレムが刻まれたカードを手にしながら。


「三谷は死に、花形は散った。次に死ぬのはどいつだろうなぁ……」


 彼が手にしていたカードにはイカや狼、蜘蛛や三つ首の蛇などを模したエンブレムが刻まれている。そのうちカメレオンとスイセンのカードには赤い斜線が入れられ、机の上に置かれていた。

 これはエンブレムに描かれた動植物に該当するものが死んだことを意味する。まず『カメレオン』の三谷ことキャモレオンはしつこく東條健に襲いかかったが雷のオーブの力にかなわず、盛大に爆死。

 『スイセン』の花形こと、ナルキッソスは戦いのあとで弱っていたところを不運にも糸居まり子に見つかり、彼女によって自分が他者にしてきたようにいたぶられた挙句彼女の『養分』となった。

 畏敬の念を込めて女王(クイーン)と呼ばれる彼女の生け贄となれたのだから、ある意味ではきれいな死を遂げたと言えるだろう。

 もっともその時の本人からすれば、たまったものではなかったかもしれなかったが――。カードを見てひとり物思いに耽る甲斐崎だったが、部屋の扉を乱暴に叩く音が聞こえた為不機嫌そうに扉を開けに向かう。「誰だ……」と呟きながら扉を開けると、


「甲斐崎さん遅いですよ! さっきから何度もお呼びしてるじゃないですか!」

「辰巳か……そう騒ぐな。話なら中で聞いてやるから、な?」


 そこには顔を包帯でぐるぐる巻きにして、その上でコートやマントなどで過剰なまでに厚着をした男がいた。辰巳(たつみ)と呼ばれた包帯男は、己の要求をのんだ甲斐崎に連れられて部屋の中へと入っていく。


「……で、用件は?」

「あれからあのクモ女について調べていました。あらゆる文献を読み漁りましたよ。いやぁ、苦労した。ですが、東京で一番デカい図書館にも、この城の図書室にも参考になる文献は何もなかったのです! 一生懸命調べたのにですよ! 徹夜でね!!」


 辰巳が次々に、なかなか知りたいことを知れないことへの不満を捌け出す。表情は読み取れないが、恐らくは包帯の下で目をカッと開いて鼻息を荒くして、歯ぎしりしているのだろう。彼は冷静沈着かつ知的なようで、意外と直情的である。


「……まあ、そんなわけでして……何一つ情報は得られず。せっかくあの女が持つ不死の力の秘密が明らかになるかもしれなかったのに……苦労が水の泡だ」

「お前はよく舌が回るな……出来ればおしゃべりは控えた方がいいぞ。それで他にはないのか?」


 饒舌に――というか、少ししゃべりすぎている辰巳に甲斐崎が苦言を呈する。これには『余計な情報が漏れるから控えろ』という意味と、ただ単に『うるさいから少し静かにしろ』という二つの意味が込められていた。


「申し訳ない。ですが……代わりにひとつだけ知ったことがありますよ!」

「ほう、それはなんだ? 言ってみろ」

「ふふふ。そう慌てなさらず……」


 クモ女こと糸居まり子と、彼女が持つ不死の力については何も知ることが出来なかった。だがズタズタにされた己の知的好奇心をそのままほったらかしには出来ず、彼はその代わりになる何かを調べていたのだ。それは――。


「あなたはもうご存知かもしれませんが……」

「いや、俺でも知らないことはたくさんある。ぜひとも聞かせてほしい」

「では、あなたもご存知ではないことを」


 そこで辰巳はいったん言葉を切った。表面上は礼儀正しく振る舞っていたものの、内心では密かに企んでいたのだ。甲斐崎を出し抜いてやろう、少し驚かせてやろう――などと。


「ズバリ、『帝王の剣』です。一部ではエンペラーソードとも呼ばれてますね」

「フッ。『帝王の剣』か。世界を支配する資格を持つものだけが、手にすることを許されたという……」


 鼻で笑いながら、あたかも最初から知っているような口で甲斐崎が語る。冷酷な知将のような笑みをたたえたその瞳は、鋭く冷たい刃のように輝いていた。


「ハッハッハッハ! ご存知でしたか。これは失敬!」

「ったく、にぎやかだな。お前は……」

「余計なお世話です!」


 腹が立ったか、辰巳が冷笑している甲斐崎をなじる。


「ところで気になることが……」

「またか。今度はなんだ?」


 少し苛立った態度で甲斐崎が辰巳に訊ねる。流石に辰巳の長話を延々といつまでも聞いてやれるほど、甲斐崎は人がよくなかった。口には出さなかったが早くひとりにして欲しいと、彼は辰巳に対して少しばかり不満を抱いていた。


「例の東條(たける)って青年が持っているあの剣――、文献に載っていたエンペラーソードと似ていたような気がしてならないんです」

「まさか。見間違いじゃないのか?」

「だといいんですが――」


 そう首を傾げた直後、「では失礼しました」と言って辰巳は甲斐崎の部屋から出ていった。彼がいなくなってから、甲斐崎は椅子に腰かけたまま、頬杖を突いてうしろの大きな窓から景色を見つめる。

 見渡す限り暗雲に覆われていて、その下には岩山だけ。その岩山の下も雲で覆われていて何も見えない。なんとも味気がない光景で見ていて面白くなかった。


(東條健が持つアレは恐らく帝王の剣を真似た粗悪品(まがいもの)だ。仮に帝王の剣だったとしても――奴にそれを握る『資格』があるとは思えない)


 見ていて代わり映えもないつまらない景色を見ながら、甲斐崎はひとり考察する。やがて城の外で、雷を伴う激しい雨が降りだした。まるで、これから起きようとしている波乱の前兆のようだった――。


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