EPISODE91:ひとまずの別れと女王と波乱の予感
みゆきを花形から奪還し、家に帰った健は何が起こったかを話した。母と姉に心配をかけすぎない程度に。
だが正直にすべて話したわけではなく、少し捏造が入っていた。自分が戦ったのではなく、たまたま通りかかったエスパーに助けてもらったという捏造が――。
心配性な母を想っての事とはいえ、健は家族にウソをついてしまったことを悔やんでいた。そして――夜が明けた。
「行くんやね?」
「うん。そろそろバイト先の皆さんに顔見せにいかなアカンしな」
「また何かあったら連絡ちょうだいや。京都とは近いんやから、いつでも帰っておいで」
「オッケー!」
健が満面の笑みでサムズアップ。不思議なことにその場にいる全員が彼の笑顔につられて明るく笑った。
「それから白石さんも! また健と一緒に来てくださいな」
「はい! こちらこそ!」
「ほな、そろそろ行くわ。また今度な~!」
二人とも手を振って家族に別れを告げ、自宅アパートがある京都へと戻っていった。そんな彼らを見下ろす太陽は今日も青空に浮かび、明るい光で広大な地上を照らしていた。
一方、例の暗雲立ち込める切り立った岩山にそびえ立つ古城では――。黒装束の男とその同志達がレクリエーションに興じながら花形が帰還してくるのを待っていた。彼らが楽しんでやっているのはトランプで出来るゲームの一種――ポーカーだ。
テーブルを囲むよう時計回りの順番で、バンダナをしたワイルドな風貌の男、包帯で顔を隠した厚着の男・辰巳、神父風の格好をした壮年の男性、そして彼らのリーダーである黒装束の男――甲斐崎が座っていた。
「そろそろ花形のヤロウ帰ってこないかなぁ。ツーペア!」
「彼のおびえた顔を見るのが楽しみで仕方ありませんねえ。フルハウス!」
「よし、フラッシュだ! しかしこんなにも暇潰しにちょうどいいモノを考案するとは、案外人間もバカにできませんなあ」
「確かにな。だが、優れているのはやつらではない。あくまで我々だ……なっ、ワンペアだと!?」
花形が帰ってくるまでの間、ひたすらカードゲームに興じて盛り上がる4人。他にも定番の七並べやババ抜き、神経衰弱なども行った。そうしているとやがて、礼拝堂のドアを花形――思われる誰かが開く。
「オッ! やっと帰ってきたか、花が……た……?」
しかしそれは、花形ではなく――身長約120cmほどで華奢な体格の幼い少女だった。その場にいる全員が衝撃を受け、唖然とした表情でその少女をみつめる。
「だ……誰だお前!? どっから入って来た!」
「入口あいてたよ。ちゃんと閉めなきゃダメじゃない」
「ここはお前みたいなガキが来るトコじゃない。さっさと帰んな、お嬢ちゃ……ん!?」
ビビった顔を見て笑ってやろうと思っていたら違う奴が出てきたではないか。これはいったいどういうことだ? 状況が把握できないバンダナの男は、目の前にいる少女を強引につまみ出そうとする。が、体が勝手に宙に浮き上がり壁へ叩きつけられてしまう。
「い、今のはなんだ? あの子供の体が独りでに動いた……」
「アレは……念力だ。だが、ただの念力じゃない。その中でも飛びぬけて強いチカラ……念動力!!」
「なっ……念動力!? そんなバカな。それの使用者は今ではごくわずかしか存在しないはずですよ。それを何故こんな子供が……!」
摩訶不思議な謎の力で気絶させられたバンダナの男。その謎の力を操ったのは、突然現れた幼い少女。わけのわからない状況に陥った周囲の者たちは騒然とする。
「人間の子供か? いや、違う。感じるぞ……我々と同じ気配を、シェイドの気配を」
甲斐崎が歩いてくるのを見た包帯男と神父風の男が道を作るようにそこをどく。これで甲斐崎と謎の少女が対面できるというわけだ。礼拝堂、いや古城全体におびただしいほどの緊張感が漂い始める。
「――ハッ! その紫の髪に緑の瞳……心当たりがあるぞ。まさか……」
一見すればあどけない表情をしたごく普通の女の子。だが、その内面には無邪気ゆえの冷酷さと背筋が凍りつくほどの鬼畜さをはらんでいた。つまりただの少女ではないと、そういうことだ。
「まさかお前……『クイーン』か!?」
「フフッ。そうよ、そのまさか」
起き上がったバンダナの男、甲斐崎の近くにいる神父風の男、同じく近くにいる包帯の男、そして甲斐崎。少女以外の全員に衝撃と戦慄が走った。彼女こそが以前少しだけ話題に挙がっていた『クイーン』という女だった。
「『クイーン』!? この子どもがですか!? そんなはずはない。私が知る『クイーン』は大人の女性だった! 甲斐崎さん、今のはあなたの勘違いなんじゃないんですか!?」
やや納得がいかなそうな様子で辰巳が大声でまくし立てる。包帯の下に隠れているため表情は読み取れないが、少なくとも鼻息を荒くして興奮状態になっていることだけは確かだ。
「どうなんですか! なんとか言ってくださいよ!」
「静かにしろ! ……勘違いなどではない」
「え……どういうことです?」
「お前はそれしか言うことが無いのか? この子どもは確かに〝クイーン〟だ。姿は違えど、気配は同じ……」
騒ぎ立てる辰巳を制止した甲斐崎が語る。淡々とした語り口ではあったが、実のところ彼も内心では信じられずにいた。しかし、事実であることが発覚した以上否定することはできない。
「それより花形は……何故『クイーン』がいるのに奴はいない? 一緒ではなかったのか――?」
横槍を入れるように神父風の男が疑問を抱く。それを聞いた〝クイーン〟はニタァと口元を釣り上げ小悪魔的な笑顔を浮かべる――。
「――花形さん? あぁ、あの人もういないわよ。私が殺しちゃった」
「なに!?」
確かに私が殺したと――彼女はそう言った。さりげなく、そう、さりげなく。悪びれる様子もなければ言うことをためらうことも無しに、あくまでさりげなく答えた。まるで虫の手足をちぎったり、砂場で山を作ったりして遊ぶ子どものようだ。
「ちょうどおなかも減ってたの。いいところで会えてよかったわ~」
「なんだと貴様ァ……!」
恍惚を帯びた表情で少女が言う。その態度を快く思わなかった辰巳が激しく憤り、口調や態度が紳士的なものから乱暴なものへと変わっていく。
「この魔女め! なんてことをしたくれたんだッ! 適当な人間を襲えば済んだ話だったのに、何故我らが同胞を!」
「同胞? フフッ!」
激昂する包帯の男を見て〝クイーン〟こと――糸居まり子が微笑む。バカにされたと思い込んだ辰巳は怒号を上げるが、すぐ仲間に取り押さえられた。
「いいじゃない、おいしかったら何でも。それに人間は食べない主義なの。ま、血とか体液はたまに吸いに行くけどね」
「でも同じシェイドを食らうことはないでしょう……こんなの間違っている!」
「……おかしいのはあなたの方でしょ?」
取り押さえられてもなお、抗議を続ける辰巳を見下ろしてまり子がそう言った。
「花形のこと、バカにしてたくせに。なんで今頃になって仲の良かった友達みたいな言い方するの?」
「うっ!」
「……ハァ、疲れちゃった」
ほとほと呆れがついたようにまり子はため息をつく。少しだけ後ろを見ながら、まり子は礼拝堂の扉を向いた。もう帰ろうというのだろうか?
「今日は顔見せにきただけだから。それじゃ♪」
「ま、待て! どこへ行く!」
「私の勝手よ。フフッ」
甲斐崎の制止など聞かず、まり子は礼拝堂を去っていく。彼女の姿が消える頃には、あれだけ唸っていた辰巳もようやくクールダウンしていた。少し散らかった部屋を片付けた後、何事もなかったかのように中央へ集まる。
「……いいか、お前たち。肝に銘じておけ。あの女にはヘタにケンカをふっかけないことだ……おもちゃにされても知らないからな」