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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第5章 闇組織の暗躍
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EPISODE90:激情のナルキッソス

 みゆきを安全なところに下がらせ、花形との勝負に挑む。既ににらみ合いで負けたにも関わらず虚勢を張る花形が、腕からゴワゴワとした蔓を伸ばす。

 ある時はムチのようにしなり、ある時は獲物を捕らえる縄のように。難なくかわして反撃を加える健であったが、連続で攻撃している最中に逃げられてしまう。振り返っても誰もいない――。不審に思った瞬間、彼の首筋を蔦が締め付けた。


「くっ……」

「こっちだバカめ!」


 苦悶の表情を浮かべながら、健は蔦を振りほどこうとする。だが、もがけばもがくほど蔦が強く締め付けられていく。


「ホホッ、美しくないわねぇ! そのまま窒息なさい!」


 このままではあのオカマに負ける! ――だが、よく考えればまだ勝機はあるのではないか? 首はこの通り締め付けられているものの、腕や足は蔦が絡まっていない。

 ということは――上手く行くかは分からないが、やるしかない。そう思い立った健は、剣を蔦に当ててそのまま切り落とす。


「チィッ!」

「でやっ!!」


 舌打ちする花形。その隙を突いて懐へ潜り込み、健は一気に斬りつけ宙へと打ち上げる。浮き上がった花形の体にエーテルセイバーを突き立て、そのまま勢いよく降下。

 衝撃波が吹き上がり、周囲の地面がめり込んで亀裂が入った。起き上がった花形から一旦距離を置き、相手の出方を伺う。


「食らえぇぇぇぇ」


 花形が急に頭を健へ下げた――と思いきや、そこから黄土色に光る花粉が飛び出す。完全に不意討ちだ、かわしきれずに直撃してしまう。浴びてしまった健の体がビリビリとしびれ出す。


「か、体が……うっ!」

「ヘェーッヘッヘッへ! そいつはシビレ粉! 一度浴びればすぐには治らないわよ! オホホホ!!」


 体がしびれて上手く動けない。健の動きがにぶったのを良いことに、花形は蔦でビシバシ叩き始める! まるで拷問のようなこの状況をひたすら耐えるしか、今の健には出来なかった。


「これでもか、これでもか! これでもかァァァァ!! ヒィーッヒッヒッヒッヒ!!」

「くっ……貴様ッ!」


 攻撃が途切れた隙を突いて斬りかかるが、寸前で避けられてしまう。しびれがまだまだ抜けず、息を荒くする健めがけて花形は花びらを丸いノコギリ状にして飛ばす。


「死ねやクソガキャアアアァ!!」


 花びらのカッターが健の肩を切り裂いた。血がブシュウウウ!! と吹き出し、歯ぎしりしながらその激痛を耐えしのぐ。切れ味は中々のものだったが、一発だけなら大丈夫そうだ。



 そう、それが一発『だけ』だったのなら。



「まだだ、もういっちょ!」


 現実は甘くはない。花びらカッターはもう一発飛んできていたのだ。立ち上がって盾を構えようにも、体のしびれはまだとれていない。

 仮に避けられたところで、自分は回避できても後ろにいるみゆきに当たる可能性は高い。いったいどうすれば――?

 そうだ。一番近くに頼れるパートナーがいるではないか。彼女になんとかしてもらえば――。だが、花びらカッターがもう眼前まで迫ってきている。彼女を、アルヴィーを呼び出す時間は無い! このまま八つ裂きになるしかないのか――?


「も、もうダメだ……」

「た……健くん!? 健くんっ!!」


 泣きそうな顔で必死に自分の名前を呼ぶみゆきの声。邪悪な笑みを浮かべるスイセンの怪人。そして殺されるかもしれない自分自身――。

 花形の狙いはこれだったのか? みゆきの目の前で自分を惨殺して絶望させようとしていたのか? 感づくも時既に遅し。

 ノコギリ状の花びらが健の首をはねようと迫っていた――。あわや八つ裂きにされようとしていた刹那、どこからともなく放たれたエネルギー弾が花びらを破壊。それだけではなしに――


「な……なにッ!? うぎゃぁっ!!」


 最後に放たれた極大なビームが花形に直撃し、爆発するッ――! いったい誰が、と周囲が騒然とする中、銃撃主が姿を現す。

 建物の屋上から颯爽と飛び降りて華麗に着地したその人物は、青髪青眼。黒いベストに青いジーパンとブラウンのブーツを履き、メタリックブルーをした大型の銃――ブロックバスターを持った若い男性だった。そのつり上がった瞳は、たぎる闘志と揺るがない自信に満ちている。


「カリは返したでぇ、東條はん!」

「……市村さん! どうしてここに……?」

「話はあとや! 今はこいつを殺ることに集中せぇ!」


 歯ぎしりする花形へ銃口を向け、そのままビームを連射。ひるんだ隙を突いて健が跳躍しながら唐竹割りをお見舞いする。

 だが、彼は先程しびれ粉を食らったはずである。ここまできびきび動いて大丈夫なのか? 答えは簡単だ、そんな心配はいらない。何故なら――既に体のしびれは消えたからだ。


「うりゃあああああ!!」

「デェヤアアアアア!!」


 絶え間なき銃撃と強力な斬撃、その二つが花形へ容赦なく襲いかかる。花形も負けじと蔓をしならせ花びらのカッターを飛ばすが、二人の猛攻を前にことごとくいなされ、状況は彼にとって悪いものへとシフトしていく。


「ちょ……ナニすんのよ! 2vs1なんて卑怯じゃない!」

「うっさいわボケェ! ワレみたいなクサレ外道が何をぬかすかァァァァァ!!」


 口答えに耳も貸さず市村は銃を乱射。いったん弾をリロードするとこれまた凄まじい速さで乱射し、花形に反撃どころか息をする暇すらも与えない。銃撃が終わったと同時に怯えて逃げ出そうとしたが――。


「今やで東條はん!」

「はいっ!」


 そうはさせない。氷のオーブを装填し、健は手のひらから冷気を放ち花形を凍結させる。身動きひとつとれぬ氷像と化した花形を斬って、斬って、斬りまくる!

 とどめに跳躍しながらの必殺の一撃を繰り出し――粉砕。花形は情けない叫び声を上げながら爆発した。爆発が収まった場所には、満身創痍で横たわる無様な男の姿がそこにあった。言うまでもなく花形の人間体だ。


「みんな、ありがとう……本当に死ぬかと思った」

「もう大丈夫だ。ケガとかない?」

「うん、なんとか」

「それは良かったのぅ」


 何はともあれ助かった。市村も加わり、お互い安堵の表情を浮かべて笑い合う。みんな爽やかに笑っていた。あの短気でチンピラ的な性分の市村さえも、だ。


「それより……こやつ、どうしてくれようか」

「ひ、ヒィーーッ!」


 人の姿に戻ったアルヴィーがそう言うとともに、全員が鬼のような形相で振り向いて花形を睨み付ける。逃げようとする花形。しかし、頭を踏みつけられ無様にも再び地べたへ這いつくばる。


「お主や三谷(みたに)に命令を下していたのは誰だ? 答えろ!」

「し、知らねぇよ! 第一それを教えてオレに何のメリットがあるって言うんだ!?」

「そうか、教えられぬか……」


 足をどけて花形から少し距離を置く。安堵する花形だったが、すぐアルヴィーに体を起こされ顔面に鉄拳を浴びせられた。紫の鼻血を流しながら歯が欠けた花形がみたび横たわった。


「情報もらえなかったね……いったい何なんだろう、あいつらがいた組織って」

「さあな。教えなかったということは、それだけ上司に首をはねられるのが怖いということなのかもしれぬ」


 何をしてもされても、花形は(かたく)なに口を割らなかった。しかしながら彼らは分からないなりに推測し、この件は保留することにする。やっと落ち着けると思われたが――、あきらめの悪い花形は懐からナイフを取りだし健に襲いかかるッ!


「あかん、東條はん!」

「健くんあぶないッ!!」

「オレ様の美しい顔を汚しやがってェェェェ!!」


 しかし健は自分に突き刺さろうとした凶刃の存在に気付き、振り向きざまに剣の腹を花形に叩きつける。続けて花形の喉元に柄の先端を突き付け押し倒す。

 このとき弾き飛ばされたナイフは壁に突き刺さり、花形は恐怖にひきつった顔をして後ずさりしていた。そんなみじめな花形に切っ先を向け威嚇する。


「失せろ小悪党! 二度と僕たちの前に現れるなッ!!」

「お……おたすけぇ〜〜〜〜!!」


 もはや万策尽きた。何をしてもこいつらには勝てっこない――。完全に戦意を喪失し、花形は全速力で逃走した。「おムコにいけなーい!」などと悲痛な叫びを上げていた気もしたが、恐らくは気のせいだろう。


「逃げよったか……ま、エエわ。あんなん倒しても東條はんの名が汚されるだけやしな」

「まったくです。ホントやなヤツだった!」

「うんうん。わたしなんか昼からずっとアイツに捕まってて、何も食べさせてもらえなかったんですよ。もうおなかペコペコ!」

「まあ、愚痴っておっても仕方なかろうて。そろそろ帰るとするかのぅ」


 アルヴィーが適当なところで相づちを打つ。みんな答えは同じだった、あとはそれぞれが帰るべき場所へ帰るだけだ。



 その頃、新宿・歌舞伎町では――。


「ハァ……ハァ……なんなのよあいつら!? 聞いてたよりずっと強かったじゃない……!」


 例の剣を持った小僧やアルビノドラグーンに顔を傷つけられた。それだけではない、短い時間で幾度となく味わわされた辱しめと苦痛に喘ぎながら、右に向かって流れた前髪が特徴的な男――花形清志(はながたきよし)は逃げ延びていた。

 そこは歌舞伎町のとある路地裏にある薄暗い区画で、灯りはわずかしかなく非常に視界が悪かった。幸い今夜は満月で、暗い夜にしては明るかったのが幸いか。歩き疲れた花形は壁にもたれ、右手を壁に伸ばしたままの姿勢で休息をとった。


「けど、ここまで来れば……あら?」


 ふと彼の目に、この暗い路地をさまよう一人の幼い少女の姿が飛び込んだ。身長はだいたい120センチで自分より小さく、黒いワンピースを着ている。もしや道に迷ったのだろうか?

 可哀想だから家に帰れるように道案内をしてやろう――と見せかけて、誰にも見つからない場所でいじめてやろう。

 ちょうど耳をつんざくほどの悲鳴が聴いてみたかったところだ――。腹の底にどす黒い思惑を抱えながら、花形はオロオロしている少女にゆっくりと近寄っていく。


「あれー? お嬢ちゃん、こんなところで何してるのかなぁ」

「ママと……はぐれちゃったの……ぐすん」

「そっか。じゃあ、お兄ちゃんにママがいた場所教えてもらえないかな? 教えてくれたらそこまで送ってくからさ」

「うん!」

(っていうのはウソだけどね! ヌフフッ!!)

「?」


 表面上は年上の親切なお兄さんを装い、少女に一片の希望を抱かせる。母親のところに連れていくと見せかけ――途中でいじめて悲鳴を上げさせる。

 見たところ彼女は純真無垢で、人を疑うことなど知らないように見える。それなら尚更、痛め付ける甲斐があるというものだ。

 叩けば叩くほど、きっと極上の悲鳴を上げるだろう! ああ、痛め付けたくてたまらない。我慢なんかしていられない――。

 笑顔の裏でそう悪巧みをしながら、花形は幼い少女と一緒に彼女の母親を探してやることにする。そんな花形に少女は感謝を示したか、明るく笑っていた。

 花形の笑みは悪意をはらんだ表面上だけのものだったとはいえ、少女は彼の好意によほど感謝しているのだろう。

 ――本当にそうならば、花形が見ていないところで見せる小悪魔のように妖しく、冷たい微笑みは何なのか……という話だが。


「ねぇ、君のお母さんどこにいるのよ? さっきから探してるけど全然見つからないよ」

「あれれー。さっきまでこの辺にいたんだけどなぁ」

「(チッ、手間かけさせやがって!)お兄さんも暇じゃないの。早く本当の居場所教えなさいよぉ」


 こんな感じのやりとりが、もう何度も繰り返されていた。

 あまり我慢強くない花形にとってはストレスがたまる一方で、今度少女の方から何か言えばすぐにでも憤慨して彼女を襲いかねないほどに溜まっていた。

 そして、とある団地に辿り着く。住民はみんな寝静まっており、部屋の電気はほとんど点いておらず真っ暗闇に包まれていた。


「ちがう〜。このマンションじゃないよぉ」

「えーっ……じゃあどこに住んでるの。教えなさいよ」

「うーん、どこだっけ。あっちのほうかなあ」

(このクソガキぃぃぃぃぃぃ!! この俺をおちょくってんのか!?)


 団地のマンションにも少女の母親はいなかった。怒りを通り越して呆れさえ覚えつつも、花形は少女が言っていた場所に連れていってやることにする。

 今度は人気(ひとけ)のまったくない倉庫だった。こんなところに母親がいるとは到底思えない――もはや花形には怒る気力すら残っていなかった。


「あのねぇ。もしかしておね……、お兄さんをからかってるの?」


 ううん、と、少女が首を横に振った。真意がつかめない気まぐれな態度に、花形が眉をしかめて苛立ちを露にする。


「チッ! 言っとくけどさ、ここに住んでるのは作業員のお兄さんとおじさんぐらいよ。それも昼だけだから。こんな夜中に来たって誰もいないよ?」

「うん、それは知ってるよー」

「ギギギ……」


 イライラが爆発し怒髪天を貫きそうな段階までたまった花形を逆撫でするような一言を、少女は一切の容赦なしに浴びせた。

 妖精を彷彿させる可憐な容姿の中に潜んだ鬼畜で冷酷な一面を、このとき花形はうっすらと感じ取った。もっとも、この少女がそのような悪意をはらんでいるとはまだ確定できなかったが――。


「このクソガキィィィイイ!!」


 顔に青筋を立て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらついに憤慨。怒鳴り声を上げながら少女を手にかけようとする――。


「がっ……!?」


 が、その瞬間に体が独りでに宙に浮き上がり壁に叩きつけられてしまう。壁がくぼみ、そこから亀裂が入るほどの力だった。それが何度も繰り返され、花形の体はより一層ボロボロになっていく。


(これは……さ、念動力(サイコキネシス)? こんなレアな能力をなんでこのメスブタちゃんが……!?)


 いったい誰がこのような力を発揮したというのか――? その答えは一目瞭然だった。何を隠そう念動力(サイコキネシス)を操り花形を痛めつけたのは、彼の隣にいた幼い少女だったのだ。

 念動力(サイコキネシス)とは、いわゆる超能力の一種にしてもっとも代表的なもののひとつ。強い念力で精神的にダメージを与えたり、人や物体を相手の意思とは関係なく動かしたりすることが可能だ。しかしながら、強すぎる力ゆえに使用できるものはあまり多くないと言われている。


「て、テメェ……ただのガキじゃねえな、何者だ!?」

「あれー? もしかしてただの女の子だって思ってた?」


 幼い少女が清々しい笑顔を浮かべながら、ゆっくりと花形に近寄る。純真無垢なゆえの残酷さが、その声や口調からあふれ出ていた。


「わたしも落ちちゃったわね~。あなたとは面識があると思ったんだけど~」

「な、何を言ってやがる。お前みたいなガキとは会ったことなんかないぞ!」


 一歩、また一歩――。少女が自分に近寄れば近寄るほど、恐怖心が未曾有なまでに膨れ上がっていく。そのまま全身が恐怖心に食われて、最終的に破裂してしまいそうだ。額から流れる冷や汗と恐怖にひきつった顔が、今の花形の心情を痛々しいくらい物語っていた。

 少女がまたもその左手をかざすと、糸が手首から飛び出してあっという間に花形に絡み付いた。そのままヨーヨーで遊ぶような要領で壁や地面に叩きつけ花形を痛め付けると、苦痛に悶える花形に追い討ちをかけるように笑顔のまま近付いていく。


「どうしたの? ねえ、もっと泣いてよ。もっとあなたの泣き声を聞いてみたいの……」

「ば、バケモノ……! 俺に近寄るなぁぁぁ!!」

「バケモノぉ? なに言ってるのよー」


 にっこりと笑いながら少女はそう答えた。嘲笑うような笑みではなく――あくまであどけない、年齢相応の笑顔。

 だが、それにはおぞましいほどの冷酷さも潜んでいた。無垢な見た目に不釣り合いなほど冷静で達観したような態度もまた――腹の底が見えない不気味さを醸し出していた。


「それはあなたも同じじゃない……そうでしょぉ? 何が違うのぉ? よくわかんないから教えてよ~」

「ひゃ……ひゃめろぉ、来るなぁ!」


 端正な顔は恐怖に崩れ落ち、もはや原型を留めていない。ただでさえ上昇していた心拍数が更に上がっていく。

 膨れ上がった恐怖心が体を蝕んでいく――。立ち上がって逃げようとしたが、体がべったりと何かにくっついて離れない。

 背筋に伝わる悪寒を辿り振り向くと――そこには大きな蜘蛛の巣があった。ちょうどヒト一人ふらいなら余裕で捕まえられる、手頃なサイズの蜘蛛の巣が。奇声を上げて花形が暴れだすが、しかし――いくら暴れてももがいても、体が離れない。


「そんなに暴れちゃダメぇ。お兄さんもっと苦しくなっちゃうよ?」

「や、やめろ、やめろ。やめろ!」


 気付けばもう、少女の顔が近くにあった。少女の髪の毛が突然伸びて触手のようにうねるとそれは鋭い爪を生やした巨大な蜘蛛の脚に変わり、目にも留まらぬ早さで花形の肩に突き刺さる。紫の血が刺された箇所からどくどくと溢れ出す。しかもそれだけではなく、蜘蛛の脚は肩を貫通して壁にそのまま刺さっている。少女の目付きは、ギョロっとした恐怖感を煽るものへと変わっていた。まるで捕食者が獲物でも見るような――。


「そうだ、名前まだいってなかった。せっかくだし教えてあげるねー」

「あ……あっ……?」

「わたしはあなたの事を知っている。あなたもわたしの事を知っている。けれど、あなたはわたしの名前を思い出せていない。だから教えてあげる」


 花形からすれば、少女が言っていることはわけがわからない。この状況で言われたらなおさら理解不能だ。ゆえに――怖いのだ。少女の存在そのものが。


「あ……? あ……?? や、やめろ。聞きたくもない……は、離れろ、離れろぉぉぉ」

「やだなぁ。いつから忘れっぽくなったの? わたしは……」


 ラベンダーを彷彿させる美しい青紫の髪。覗くと思わず吸い込まれてしまいそうな緑色の瞳。そして黒いワンピース――毒々しくも美しい容姿をした少女が、嬉々とした表情で名前を言い始めた。最初の一文字を口にした瞬間、どこかで誰かが苦痛の叫びを上げた。もしかしたら誰か死んだかもしれない。




「――糸居(いとい)まり子」




 黒い服の少女が名前を言い終わったそのとき、あれだけ身震いしていた花形の動きが凍るように一瞬ピタッと止まった。おびえていた小悪党の体はすぐに活動を再開し声にならないうめきを上げた。少女はついに隠していた本性を現したのだ。目元には暗い影が落とされている――。


「う、ウソだありえない! 死んだはずのやつが生き返るわけがないんだ!」

「また寝ぼけちゃって……私が『不死』だってことも忘れたの? それとも『全然知らない』って言った方がよかったかなぁ」

「や、やめろ……やめろおおおおオオオオヲヲヲォ!!」


 少女はもはや怯えることしかできなくなった哀れな男の首筋に、抱き付いた状態で顔を近付け――大きく噛み付いた。

 花形がどんなにわめこうが、苦しもうが、ジッと抱き付いたまま離そうとしない。気持ちよくなった少女は顔を上げると、ようやく花形を苦痛から解放した。

 ――その命も一緒に。体液を吸われ、代わりに猛毒を体内に注入された花形の肉体を毒が蝕み、毒によって枯れ果てた肉体は崩壊していく。


「ごちそうさま」


 花形清志はもはやそこには存在していなかった。いじめて泣かせようと思っていた相手にもてあそばれ――『養分』にされるという皮肉な最期を遂げたからだ。うっとりしたような妖艶な笑みを浮かべながら、少女は花形だった灰をあとにした。


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