EPISODE89:みゆきを捜せ
「や……やめて」
「強情なヤツねぇ。いったいいつんなったら泣くのかしら?」
深夜0時の旧滋賀会館――新しい滋賀会館が建つために閉鎖された、誰もいないはずの建物の放送室にて。
前髪を右に流した派手な髪型の誘拐犯こと、花形が縄で巻かれた藤色の髪の女性――みゆきをムチでひっぱたいていじめていた。机にはビデオカメラや、(花形の)水分補給用のペットボトルなどが置かれている。
「や、やめて……!」
「あはァん。いいわよそれ……その表情ヨ!」
何を思ったか傷だらけのみゆきを目にした瞬間、右手にビデオカメラを構えて食らいつくように撮影し出す。声にならない声を出すみゆきを見て、花形は心底嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべていた。
「アハハ! サイコーの瞬間だわ! あたくしはねぇ、人の笑顔を撮るのが好きだけど……人が苦しんでるところを撮るのはもっと好きなのよォん!」
「い、いや……撮らないで」
「もっと泣けやオラァ!」
悲鳴を上げるばかりでちっとも涙を流さないみゆきを蹴ってでも、花形は彼女を泣かせようとする。
「これ以上撮ってほしくないなら教えなさいよ……アンタが泣きわめく方法を!」
「……あたし、泣かない……健くんがきっと、助けに来てくれる。そしてあなたをやっつけてくれる……!」
まだ彼女の中には一片の希望が残っている。ちょっと情けないが強くてかっこよく、優しくて頼りになる青年――東條健が助けに来てくれるという希望が。
みゆきからその言葉を聞いた花形は青筋を立て、「あっそう! 他力本願なことで!」と怒りながらムチを投げ捨ててみゆきの顔をはたく。
「どうせ、その健くんとやらもあたくしの前でサヨナラしちゃうでしょうよ。せいぜい白馬の王子様が来てくれる事を期待するのね……」
――深夜0時、旧滋賀会館。昼はそうでなくても、夜の闇の中でそびえ立つその外観はまるで幽霊屋敷か廃墟のようだ。そこを訪れた人影が二人――言わずもがな、花形の魔の手からみゆきを奪還しに来た健とアルヴィーだ。
「ここだな……旧滋賀会館とかいうのは」
「そうだよ。前に案内した場所でもある」
表面上は穏やか。だが、その心中は穏やかではなく――花形へ対する怒りから煮えたぎっており、さながら敵の組にカチコミかけに来たヤーさんのように興奮していた。
カギがかかっていなかった扉を開き中へ入ると、そこはゴミやガレキが散らかっていた。ブルーシートが上からかけられたところもあり、全体的に荒れ果てていて近寄りがたい雰囲気を感じさせる。
「久々に入ったけど、ずいぶん荒れてるなぁ……」
「突然敵が出てくるかもしれん。ここから先は用心して進もうぞ」
薄暗くて明かりもない中で敵が不意討ちを仕掛けてくるかもしれない。いつ襲われてもいいように、身構えながら二人は進んでいく。
塞がれていて進めない左側ではなく、右側の階段に――。二階へ着いた瞬間、突如として窓ガラスをブチ破って何者かが現れる!
「なんだ!?」
現れたのは先日戦ったハチ型のシェイド二匹組。それだけではなく、最下級シェイド・クリーパーも物陰から数匹出現した。
「悪いけど相手してる暇はないんだ!」
「失せろッ!」
体をくねらせながら襲いかかってくるクリーパーを剣技や体術で蹴散らしていく。中には四つんばいで高速移動するものもいたが、いずれも難なくいなされた。
残るは二匹のハチだけだ! メスは弓を引き絞り矢を放ち、オスは細身の剣をすばやく振り回す。最初は手こずったが、もはや二人にとっては取るに足らない相手。隙を突いてガンガン攻撃していく。
「おりゃー!」
健は氷の剣でオスを凍結、粉砕。氷の破片が宙を舞い、思わずうっとりするほど煌めく。
「せいやぁ!」
続いてオスがやられて動揺するメスに、アルヴィーが全力でジャーマンスープレックスをかける。地面に強く叩きつけられたメスバチは霧散して闇に還った。
その後も二人は、捕らわれたみゆきとにっくき花形を探して旧滋賀会館を駆け巡った。残った場所は……大きなシネマホールのみ。
「そ……それだけはダメえええ」
「ふっふっふ……別におさわりしたっていいじゃないの。ほら、服脱ぎなさいよ」
シネマホールの奥にある控え室。ビデオカメラを持った花形の手によってみゆきのあられもない姿が晒されようとしていた、その瞬間――。
「花形ぁぁああああ!!」
「ほへ? ひぇ、ひぇ、ひぇひいいいいい!?」
扉を派手にブチ破って健とアルヴィーが現れた。花形は世紀末救世主を目にしたモヒカンのごとく奇声を上げながら狼狽し、更にビデオカメラを落としてしまう。一方でみゆきには明るい笑顔が戻った。
「よ、よく来てくれたわね。待ちくたびれてこのコいじめちゃったわ」
見苦しくも平静を装い、ビデオカメラ(ゾーシンで売ってた新品)を拾い上げようとする。しかし先にアルヴィーに拾われてしまった。ビデオカメラの画面に情けない顔の花形が映る。
「かっ、返しなさいよ! それにはあたくしが今まで録ったお宝映像が……」
「そっちがみゆき殿を返すのなら返してやる」
少々悔しいが、言われた通りにするしかなさそうだ。渋々みゆきを解放し、「返したわよ! あたくしのカメラ返して!」とメンチを切りながらアルヴィーに詰め寄る。だが、アルヴィーはビデオカメラを拳で叩き割る!
「あーっ! なんてことしてくれんのよ! この前ゾーシンで買ったばっかだったのに!」
「知るか。電気屋のオヤジさんにでも直してもらえ!」
険しい表情で花形が歯ぎしりする。唸り声を上げながらアルヴィーに殴りかかろうとするが、腹に鉄拳が炸裂。腹を押さえながら後ずさる。
「そもそもお主との約束を守る気など毛頭ござんせん」
「そうだそうだ! みゆき、早くここから逃げよう」
「うんっ!」
もはや呆れて相手する気も起きなかった。みゆきを取り返した健とアルヴィーは、シネマホールの控え室を抜けようとしたが、その瞬間――耳をつんざくような怒鳴り声とともにしなった蔦が飛んできた。
「テメェらタダで逃げられると思ってんじゃねぇぞ! まとめて血祭りにあげてやる!!」
先程までのなよなよした所謂オネエキャラから一転、花形の口調や態度が粗野で凶暴なものへ変わった。
「オレの美しすぎるほど怖い真の姿を見ろッ! ぬぅおおおお〜!!」
怒り狂う花形が両手を広げ、少し気合いを入れて叫ぶ。すると黄色と白のモヤに包まれて、花形が異形の姿へと変貌を遂げた。花びらが髪の毛がわりに頭に咲いた植物の精のような、邪悪な道化師のような異様な姿だった。
「……なんだ? この前戦った三谷と似たような感じがする……」
以前健が戦った上級のシェイド――三谷。カメレオンの姿をしたそいつは変幻自在かつ神出鬼没で、今はもういないもののとてもしつこい上に卑劣な相手であった。その三谷を連想させる嫌な気配を感じ取った健は、より一層警戒心を強める。
「あ゛ァん? 三谷だぁ? あんなハエ以下のヤツと一緒にしないでくれるゥ? あいつはあたくし達の中では最弱! 足元、いや花びら一枚にも及ばないわ」
「ほう……やはりな」
三谷程度と一緒にするな――と見栄を張って粋がる花形の言葉を聞いて、アルヴィーが笑った。まるで何かに気づいたような雰囲気だ。
「何がおかしいんだクソババア!!」
「いや……前から思っておったのだ。お主や三谷のような小物が一人でこんな行動を起こすとは考えられんとな」
自分が気づいたことをアルヴィーは語る。それを聞いた健とみゆきは「なるほど!」と合点が行ったような顔をした。
確かに三谷は卑怯でズル賢い相手だったが、頭はあまり回るほうではなかった。今対面している花形は三谷より賢いが、彼も一人だけで行動を起こせるとは考えがたい。
ひょっとしたらシェイドで構成された何らかの組織に身を置いていて、上からの指示で動いていたのでは? ――そう彼女は推測していたのだ。
「ところで私がババアならお主はガキだな。それとも若造のほうが良かったか?」
「うぐぐ……なめんじゃねえ!」
花形の蔓の腕がムチのようにしなり、一同を壁を突き破るほどの力で吹き飛ばす。追い討ちをかけようとまた蔓が襲いかかるが、とっさに健が剣で鶴を切り落とす。
「気をつけて健くん! そいつかなり強そうよ!」
「そうみたいだね……行くよアルヴィー!」
「ああ。早いとこケリをつけようぞ!」
力強く呼応したアルヴィーが一度白い影に姿を変え、そこから白龍の姿へと体を変化させていく。スイセンの怪人のような姿の花形とにらみ合い、見事に打ち勝つ。
「醜いやつらね! 滅びておしまい!!」
苦虫を噛み潰したような顔で花形が怒号を上げた。さあ、戦いだ!