EPISODE88:狡猾なる花形
「いくぞ……って女性型のシェイド!? シェイドにも性別ってあったんだね……」
ピンク色で胸が丸く、オスのハチより細身で小柄なメスを前にしての発言。思ったことを包み隠さず正直に言っただけであり、別に健に悪意はなかった。しかし隣にいたアルヴィーは気が触れたか、むすっとした顔で彼に目を向けていた。
「……と、とにかくいくぞ!」
「ブーン!」
気を取り直して開戦。ダンスのステップを踏むようにすばやい動き、ブレが一切ない鋭い一撃――。そしてやかましい羽音。三拍子そろったハチのようなシェイドが二人を翻弄する。
「落ち着けっ! 相手の隙を突くんだ」
「わかった!」
オスのハチがしなやかに動き、身構えている健を翻弄する。空中から健に狙いを定め、勢いに乗って突きを繰り出す。
横っ飛びでかわした健がそこですかさず、横に斬って反撃。元々、身軽な相手である。攻撃と回避には秀でていたが、攻撃を受けた際のよろめき加減からして防御はさほどでもなさそうだ。ということはメスの方も――?
(あの様子じゃ意外と打たれ弱そうだ。一気に畳み掛ければ、この勝負……いけるかも)
確信を得たか健の表情が自信満々な笑みへ変わっていく。はたして根拠のないその自信はどこから来るのか? 恐らくはとにかく何とかするというその熱意から来ているのだろう――。
「キィィィー!」
黄色い奇声を上げてメスバチが弓を引き絞り矢を放つ。まばたきする暇もなく飛んできたそれがアルヴィーの紅い瞳の中に映る――。
このまま目に突き刺さるかに見えたが、険しい表情の健が駆け寄り盾で矢を弾く。動揺するメスバチの隙を突き、縦にたたっ斬る。
更に横、斜め上――と続けて斬りつけ一気に畳み掛けた。だが、安堵の息を吐くことを許さないかのようにオスバチが背後から現れる。
元々、如何にも凶暴そうな顔つきをしていたこいつだが、今回はメスバチがやられたせいか激昂しているように見えた。怪物とはいえ、大胆に言ってしまえばシェイドも生き物。思いやりなどはなくとも感情はあるのだろう。
「クォォォォ!!」
「のわっ!」
オスバチが健の肩をつかみ、右手に持った細身の剣で突き刺そうとする。直感的に危機を察知した健が振り向いたときには、既に剣を突き立てられる寸前。
やられてたまるか! と、健は長剣――エーテルセイバーで切り上げて反撃。(メスバチよりは屈強だが)華奢で軽いオスバチの体が仰向けで宙に浮かび上がる。
そこにアルヴィーが飛び蹴りで追い討ちをかけ、強い力で蹴り飛ばす。奇遇にもその先にはメスバチがおり、オスとぶつかって仲良く『共倒れ』した。
「なんだ。こいつら、思ったより弱いやつらだったのぅ」
「ぶ……ブーン!」
一息ついたアルヴィーが口元を綻ばせる。まだまだ余裕綽々な二人を見て具合が悪くなったか、今回は見逃してやる……と、言わんばかりに二匹のハチ型シェイドは空を飛んで逃亡した。
「……ふう。なんとか追い払えた」
腕で汗を拭きながら健が安堵の息を吐く。剣を仕舞い、後ろに下がらせたみゆきと花形の下にいくが――なんと、二人がいない。いつの間に? どこへ消えたのだろうか?
素朴だが深刻な疑問を抱く二人の安息を引き裂くように、体が背中からしびれるような感覚が健を襲う。
地面に伏して苦悶を浮かべながら後ろを向くと――そこにはスタンガン片手に邪悪な笑みを浮かべる派手な髪型の男の姿があった。すぐ隣には口にガムテープを貼られたみゆきの姿も……。
「んふふ、おバカさんねぇ」
「は、花形さん……!? これは、いったい……」
「寝てなボウヤ!」
しびれがとれない健の腹を蹴って転がす。「待て!」と厳しい口調で呼びかけるアルヴィーを気にも留めず、花形はみゆきを連れたまま跳び跳ねながら去っていった。
「お主……大丈夫か?」
アルヴィーの手を借りて健が立ち上がる。スタンガンによるしびれは既に消えていたが、一瞬とはいえ全身に走ったあの激痛は耐え難いものだった。
「な、なんとか……。そっちは?」
「私は何ともないぞ。ただ、みゆき殿が心配だの」
二人とも険しい表情で、花形が逃げていった方向を見つめる。その瞳には奴のどす黒い本性を見抜けなかった悔しさと、見るからに怪しかったあの男を疑わなかった自分たちへの怒り、そしてみゆきを守れなかった後悔――それらが混じった複雑な感情が宿っていた。
「……悔しい。僕がもっとしっかりしておけばこんなことには……」
「私も油断しておった。あやつから――花形から感じた邪悪な気配は勘違いではなかった」
「今はこうやってくよくよしてる場合じゃないよな……ひとまず僕んちに戻ろう」
嘆いている場合ではない、ひとまず気を落ち着かせよう。考えるのはそれからだ――と考えながら、二人は家に戻った。
少しくつろいでから二階へ上がり、ふかふかのベッドで体を休める。窓辺から外を眺めながらたそがれていると、「手紙きたで〜!」と下から母のさとみが彼を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ? て、手紙?」
「うん。まだ読んでへんけど……嫌な感じしかしいひん」
おっとりした口調は変わらず。いつも通りの母だ。ただ、何かあったのか表情が少し曇っていた。暗い顔をしたまま、さとみは健に件の手紙を渡す。折り畳まれて封筒に入っていたその手紙を開くと、健もアルヴィーも目を丸くした――。
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『お前の大切な友達を預かった。花形』
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「――ふざけとる……!」
「た、健……?」
歯ぎしりしながら怒りを露にした健が脅迫状を両手でクシャクシャにしてゴミ箱へと放り込む。
「どないしたん……?」
「いま、捨てたけど……さっきのアレ脅迫状や!」
「えっ、せやったん? でも誰かのイタズラとちゃうか〜……」
「いや、イタズラにしても悪質や! 僕な、心当たりあんねん……誰がこんなもん書いたんか!」
くすぶる怒りが抑えられない健が脇目もふらず階段を上がろうとする。しかしそんな彼にさとみが、「待って!」
「こういうときこそ冷静にならなあかんよ。お茶でも飲んで落ち着きなさいな〜」
「う、うん。そうする」
「切り替え早いのぅ……」
母に言われた通り、健は茶を飲んで気を落ち着かせた。今は緊急事態だ。だからといって冷静さを失い、取り乱していては元も子もない。こんなときだからこそ冷静な判断が必要となってくるのだ。息を大きく吸って吐き出し、健は先程起きた出来事を整理する。
「あの……お母さん」
「あれ、白石さんどないした〜?」
「今日は、健のお姉さんいないんですか?」
「綾子なら今日は仕事行ってますよ〜。あの子毎日大変やからか、帰ってきた時はたいてい機嫌悪くしてるんよ」
「そうなんですか。あの明るいお姉さんが――」
「こっちまで不機嫌になってまいそうです〜」
真面目に物事を考察している健のそばで、さとみとアルヴィー(※念のため言っておくがここでは白石さん)がさりげなく世間話をはじめていた。
顔をあわせてからまだ数日しか経っていないのに、まるで何ヵ月以上も前から知り合っているような馴染み具合だ。
案外この二人はお互い似た者同士で気が合うのかもしれない。さりげなく健の幼少時代の恥ずかしいエピソードが語られたような気もするが、気のせいだろう。たぶん。
「ところで、お母さんは何かお仕事はなさっていられますか?」
「パートやってるで〜。毎日楽しくやらせてもうてます〜♪」
(関係ない話してるし! けど、和むなあ)
整理もついて他愛のない世間話を聞いてくつろぎはじめた、そのときだった――携帯電話が振動してランプを点滅、やかましい音を鳴らし始めたのは。
「健、電話鳴ってるで〜」
「ほいほい、出るわ」
携帯を手に取り電話に出る。相手は非通知――普通なら出ない相手だ。だが、このタイミングで電話がかかってきたということは相手はみゆきをさらったアイツという可能性もある。根拠はないが、ここは出るしかない。
「……もしもし」
「東條 健ダナ?」
緊張感漂うなか、携帯電話から聞こえる不気味な声。機械で合成されたそれはまるで、報道番組で取り上げられた殺人犯のようだった。
「そうですけど……?」
「デハ、手紙ハ モウ読ンデイタダケタカナ? 今夜12時、旧滋賀会館ヘ 来イ。オマエノ 大事ナ人ト一緒ニ 待ッテイルゾ」
誘拐犯――おそらく花形からの電話が切れた。まるで挑戦状でも叩きつけるような口ぶりだった。
「……誰からやった?」
「悪いヤツから。呼び出し食らってもうた、深夜0時に来いって言うてた」
「夜中の0時か〜……場所はどこなん?」
「旧滋賀会館やって」
「行くんか?」
さとみが心配そうにしながら健に訊ねる。ちょっと心配だが、0時までには姉さんは帰ってくるはず。なら、答えはひとつしか考えられない。
「行ってくる!」
「私も行きます。お母さん!」