EPISODE7:ひとつ屋根の下
「うっ……う~ん」
気絶していた健が目を覚まして大きく伸びをする。気がつくとそこは、さっきまで自分がいた大通りではなかった。見覚えがある――というか、ここは自分の部屋。いつの間に移動したんだろうか。
「健、気がついたようだな」
「わわっっ!? あ、アルヴィー!? 僕、なんでここにいるの!? あのでかいシェイドは!?」
「落ち着け。お主はあのサソリにやられて気絶した。その間に髪を茶色に染めた男がサソリを倒した」
「そっか……」
健が大声を出して驚く。もしかしてアルヴィーが自分をこの部屋まで――? 少し戸惑ったがすぐに状況を理解し、健は落ち着いた。
「……ねえ、みゆきは? みゆきは大丈夫なの?」
「あのおなごのことかの? みゆきとやらなら心配はいらんよ、親御さんにも連絡をしておいた」
「よかった。無事だったのか――僕もあいつも助かって本当によかったよ」
ホッと胸を撫で下ろす健。しかしあることに感付く。ふと辺りを見渡すと、みゆきが自分の後ろで寝ていたのだ。暖かそうな布団にくるまって。
「……え? あ……え、ええええええっ!? なんでみゆきが僕んちに!?」
何故だ? みゆきは布団にくるまっているのに、何故自分は髪や背中にゴミがついているのだ? 見たところふとんは二人分、用意してあった。恐らくアルヴィーが敷いてくれたのだろう。しかし、自分は床で雑魚寝させられていた。ということは――。
「すまんな、ご主人。みゆきは疲れておったからな……。お主からふとんをかっぱらって被せたのだ」
「ちょ、ちょい待ち。なんで僕とみゆきの待遇が同じじゃないの? 布団はもうひとつはあったはず……どうして?」
「申し訳ない。もうひとつの方は私が使わせてもらった」
「やっぱりか……」と健は腰を落とした。
「あれ……? ここ、健くんの住んでるアパート……? どうなってるの?」
「みゆき、目が覚めた? 待ってて、すぐ何か作るから!」
「あ、こらっ……無茶はよせ!」
直後にみゆきも目を覚ました。早く元気にしてあげないと! 健は怪我をしているにも関わらず、料理を作りに台所へとマッハで駆け込んだ。
「あいたた! ほッ、ホネが!」
「だからいわんこっちゃない……」
だがすぐに健の骨が軋む音が聞こえた。腰が抜けるような、健の情けないうめき声も。
「変われ。私がやる。お主は休んだ方がいい」
健をリビングへやると、いつの間にかエプロンに着替えていたアルヴィーが調理を始めた。――二人仲良くやれ、ということか。なるほど、粋な計らいをしてくれる。健はアルヴィーの粋な計らいに関心を示し、テーブルに向かい合った先にいるみゆきと話をし始めた。
「みゆき、あのバケモノにだいぶ怯えてたみたいだけど……大丈夫だったかい?」
「怖かったよー……。けど、健くんがあのお姉さんと一緒に助けに来てくれたから、安心できた」
「気絶しちゃったけどね」
そうみゆきは苦笑した。そうやって談笑しあっていると、やがてアルヴィーが料理を運んできた。ごはんと味噌汁、そして卵焼き。簡単ながらおいしい、日本人の朝の定番ともいえる組み合わせだ。
「おまちどおさま。味は保証できぬが、とりあえず……」
一同、手を合わせて。
「いただきまーす!」
その言葉を合図に朝のランチタイムがはじまった。健が卵焼きへ食らいついた。更にそのままお米をつぎ、口の中へと運ぶ。しばらく、むしゃむしゃと噛み潰したあと――
「うまい!」
キリリとした笑顔で、元気にそう叫んだ。
「ホントだ、おいしーい!」
みゆきも喜色満面の様子で感想を述べた。料理好きの彼女を唸らせたということは、それだけアルヴィーの料理は上手いということだ。彼女の見込みでは、今はまだ荒削りだが叩けば伸びる。間違いなくシェフになれる。
「そう言ってくれてありがとう。あまり自信はなかったが、とても嬉しいぞ」
「なに言ってるんですかー、こんなにおいしいのに」
みゆきがアルヴィーの頬を軽く突っつく。やったな、とアルヴィーがすかさずお返し。健も釣られて頬をツンツンする。3人とも、非常に楽しそうだった。
――だが、健にはしなければいけないことがあった。当の本人は危うく忘れかけていたが。
「……今、何時だろ?」
健がふと、壁にかけてある時計を見つめると――短い針が8を、長い針が7を指していた。つまり、現在の時刻は8時35分。普段ならもうバイトへ行かなければならない時間だ。
「やべぇ、バイト行かなきゃ! み、みゆきもファミレス行かなきゃいけないんだよな……」
慌てて朝飯を食べ終わると、急いで朝の支度をし出す健。アルヴィーやみゆきは制止しようと呼びかけたが、当の健の耳は日曜日。恐らく戦隊モノや仮面〇イダーを見ている頃だろう。スーパーヒーロータイムはいいものだ。
だが、今日は 平 日 だ 。
休みなど な い 。
「健、さっきから言っているだろう。無理してバイトへ行くな。余計に体調が悪化するぞ」
「そうよ。向こうに連絡してお休みいただいたら? あたしもそうするから……ね?」
アルヴィーが真剣に注意したり、健が慌ててカッターシャツに着替えようとしている中、みゆきが助け舟を出した。というか、具合が悪い時はこれが当たり前なのだが。
「そ、そだね。そうする……」
健が首をタテに振った。相手の意見に同意するサインだ。
「……すみません、アルバイトの東條です。昨日の夜、外出中に大怪我をしてしまって。今日一日休みをいただけないでしょうか?」
「すみません、バイトの風月です。昨日の帰り、道でけがをしてしまって……今日一日休ませていただいてもいいでしょうか? どうかよろしくお願いします~」
バイト先へ連絡を入れる健とみゆき。健が今話している相手はチーフである大杉、みゆきが今話している相手も職場のチーフだ。結果は、どちらも『休んでOK、全力でケガ治してきてね(意訳)』だった。
「よし、二人とも。それでOKだ」
「ところでお姉さん……ツノとか尻尾とか、おっきな翼とか生えてるけど……それは何ですか?」
みゆきに痛いところを指摘されたアルヴィー。少し頬を赤らめながら、「こ、これはその……ドラゴンのコスプレ、かな」と不器用そうに言う。やや苦しい言い訳だったが、みゆきは何故か納得した。しかし健はそれを良しとしなかった。
「ねえアルヴィー。ホントのこと言っちゃっていいかな? 僕、あまり隠し事はしたくないんだよね」
「……お姉さんの隠し事って?」
「どきっ」
みゆきが健に、とても気になっている様子で訊ねた。
「バレちゃ仕方ないなぁ。実はねー、あのお姉さんは、ごにょごにょ……」
「……えっ!? 専属のホームヘルパーさんだったの!?」
「ち、ちがう! 断じてそんなんではないぞ!」
なんと戸惑うみゆきに真実を話すどころか、ありもしない大ウソをついてしまった。余計に事態がややこしくなり、健もアルヴィーも苦い顔をするハメになった。
「……さすがに呆れたぞ。お主はでまかせを喋る天才だな。事をややこしくするんじゃない。……私の方からすべて、正直に話そう。それでいいな?」
事実を話す前に、アルヴィーは健とみゆきに確認をとった。みゆきはむしろ話してほしいと懇願し、健は知らんぷりした。
「そうか、分かった。では……お言葉に甘えて」
アルヴィーは事実を洗いざらい告白した。自分が人の姿に化身したシェイドである事。シェイドに襲われていた健を助け、契約を交わしたこと。そして、健に戦う力を授けてエスパーにし、みゆきを助けたこと。
「……す、すごい」
みゆきは、驚くばかりか感心した。
「たとえコスプレする人じゃなくて怪物でも、お姉さんはいい人でした。少なくともわたしはそう思います! それに殺されかけたところを助けてもらったんだし、文句なんか言えません。とても美人でカッコいいと思います!」
もはや、みゆきはそれどころではなかった。今度はアルヴィーを同じ女性として尊敬し始めたのだ。
「お、お主は意志の強い子なのだな。だ、だが、そんなに褒めないでほしい。照れるじゃないか……もうっ」
今まで健や助けた少女に『かっこいい』『美人』だといわれてきたアルヴィーだったが、自分自身がこんなに褒められ、敬われたのは初めてだった。しかも同じ女性に、だ。強い恥じらいを感じたアルヴィーは顔を真っ赤にした挙句頭が爆発した。
「ごめん! この人、照れ屋さんでその上感激屋さんなんだよ」
「そういうとこ、かわいい……かも」
「うう、そういうことだからあまり褒めちぎらないで欲しい……はずかしい///」
そうみゆきに促し、アルヴィーは復帰した。
しばらく笑いあうと、3人でリハビリがてら買い物へ行くことにした。
その頃――スポーツジムで不破が一人、サンドバッグに何度もランスを打ち付けていた。
「食らえェ――――!!」
何度も叩かれた衝撃に遂に耐え切れず、サンドバッグが破れて中身が漏れ出した。息を荒げながら、破れたサンドバッグを見下ろす。まるで、自分と重ね合わせるように。
「ちょっとやりすぎたな……だが、まだだ。こんなんじゃ足りねえ」
ランスを床に置くと、右の拳をグッと握り締める。おのれの無力さを悔いて恥じるように――。
「こんなんじゃ、あの人の仇なんか討てやしない……!」