EPISODE87:アバレ牛とカメラ小僧
ところ変わって、翌日の東條家。健はアルヴィー(※ここでは白石と名乗っている)と共に、久々に訪れた我が家でのんびりと休暇を過ごしていた。
いつも汗水垂らして働いているのだ、たまにはこうして家で寝転がってもおつりが来るはず……と思いながら、健はケータイ片手に部屋でゴロゴロしていた。
データフォルダに保存した画像を見たり友人とメールでやりとりしたりなどして、ケータイをいじくっていた。『にへら』と少し淫らな笑みを浮かべており、その実ずいぶんと嬉しそうである。
何を見てにやついているかは――何となくわかるはずだ。職場では明るく真面目な人間でも、自宅ではそうでもない――というのは実際によくあるパターンである。
何も不自然なことではない。アルヴィーも健と同じく、部屋でくつろいでいる。彼女はベッドの上で膝を前に出しながら座り、窓から外の景色を見ていた。頬杖を突いて見つめるその姿もまた、流麗だ。
「のどかだの〜」
うっとりしたような表情でそう呟く。この昼時、外は日本晴れで眩しいほどに日光が注いでいる。明るいその陽射しを浴びれば途端に体は気持ち良くなり、眠気を誘う。
そしてそのまま昼寝をする――というのもよくあるパターンだ。事実、先程までニヤニヤしながらケータイをいじっていた健も既に眠っていた。
このまま二人で夢の世界に旅立つのもいい――と思い始めた瞬間、アルヴィーの頭の中に閃光がほとばしる! 持ち前の超人的な感覚で何らかの気配を感じ取ったのだ。
「――健、シェイドだ!」
「え!?」
アルヴィーにそう言われて叩き起こされた健は、彼女につられるまま家を飛び出そうとする。
「健、おやつ食べへんか〜?」
「ごめん! 急用が!」
「ちょっと、あんたどこ行くん!?」
一階に降りた彼は母のさとみと姉の綾子に一言だけそう告げると、慌ててサンダルを履きアルヴィーと共に家を出発。行き先は――シェイドが出現した場所。
「……白石さんと行ってもうた」
「二人のぶん、残しときましょ」
シェイドの反応を辿りながら、家を出た二人は出現した場所を目指して疾走する。やがて反応が出た場所に辿り着くと――そこは商店街だった。
悲鳴を聞いた二人は襲われた人々を放っておけなくなり、商店街のアーケードへと突入していく。そこには牛の獣人のような怪物と、シェイドを前に狼狽し恐怖する人々がいた。
「ここは危険です! みんな逃げて!」
動揺する人々に避難を呼びかける。アーケード街から逃げる人混みをかき分けながら、健とアルヴィーは暴れているシェイドを止めに向かう。
その近くには逃げ遅れて怯えているものがいた。それは女性で、髪は薄紫色で瞳は赤紫色。健もアルヴィーもよく見慣れた相手――
「みゆきッ!」
健がその名を叫び駆け寄る。鼻息を荒くして角を突き出そうとした牛のシェイドの寸前で盾を構えて攻撃を防ぐ。
姿勢をそのまま顔をみゆきに振り向いた健は「もう大丈夫だ」と呟き、恐怖にひきつっていたみゆきが笑顔に戻る。すぐに表情険しく、健は牛のシェイドを切り払って引き離す。
「アルヴィー、みゆきを!」
「承知した!」
今はシェイドの相手をすることで手一杯だ。みゆきをアルヴィーに託し、怒りで興奮する牛のシェイドに立ち向かう。
攻撃をしかけるも、このシェイドはその屈強な見た目通りパワーが強く、力押しで攻撃を弾いてしまう。拳を地面に叩きつければ表面が割れて周囲に衝撃波が発生する。
幸い盾で防ぎきれるレベルの威力だったが、もしその豪腕で直接殴れていたらさすがの彼も――大打撃を受けることは確実。
その大きく猛々しいツノも心臓を簡単に貫くか、あるいは人の体など余裕で突き飛ばしてしまうだろう。どちらにせよこれだけは断言できよう――こいつは手強い相手であると。
「ブモォォォー!!」
牛が唸り声を上げる。猛烈な勢いで繰り出された突進をとっさに転がってかわし、方向を変えて再び突進する牛を避けてすぐに切り上げ反撃。浮き上がった巨体が地面に重々しく叩きつけられる。
「とんだヘビー級だな……こいつッ!」
しかし相手はまだまだやる気だ。あの程度の攻撃では倒せない。パワーだけでなく、その耐久力もかなりのものだった。しかしゲーム的に考えて、攻撃力と防御力が高いということは……。
「健、そやつはその辺のシェイドより頑丈だ! 剣がそのままでは力負けしてしまうぞ!」
「そのままじゃダメか……」
今戦っているあの雄牛のシェイドは、ゲームで例えるならば攻撃と防御に秀でた典型的なパワータイプ。こちらはパワー強めとはいえどもバランス型。
力でごり押しされたら攻撃を防ぎきれる自信はない。しかし、オーブで属性を変えたとしよう。ますますゲーム的な発想になるが、それで相手に属性攻撃に対する耐性がなければ――いける!
「……よしわかった! バーベキューにしてやるっ!」
作戦はこうだ。まず氷のオーブを装填し、敵を冷気で氷漬けにする。次に炎のオーブを装填して焼き尽くす。
きつね色になったところで雷のオーブを装填し、最後は黒焦げにする。――少々危ないが、なにもしないよりはマシだと健は思っていた。
「ブモー!!」
そうはさせまいと牛のシェイドがどこからともなくハンマーを取り出し、力任せにそれを叩きつける。
地面に強い衝撃が走るほどの威力だ。直撃すれば致命傷はまぬがれない。隙を見て氷のオーブを装填し、牛のシェイドに斬りかかる。
「凍りつけっ」
体が冷えてよろめいたところで掌から冷気を放ち、瞬く間に暴れ牛を凍結させる。冷凍したままでは牛肉はおいしく味わえない――。
「燃えろ!」
今度は炎のオーブと入れ換える。烈火をまとう剣で何度も斬りつけ、地面に叩きつけて炎を噴き上げ敵を宙に浮かせる。これで解凍ができた。
身震いするほどの冷たさと焦げてしまいそうなほどの熱さが間髪入れずに襲ってきて、牛のシェイドはしっちゃかめっちゃかだ。
しかもこれから電撃ビリビリの刑に処せられようというのだから、とてもじゃないが彼からすればたまったものではない。
「仕上げだ……でりゃあああ!」
空中で雷のオーブと炎のオーブを入れ換え、電気を帯びた剣を叩きつけて牛を地べたに落とす。はじめは全身に電気ショックが走って悶絶したものの、今や己の体の一部がごとく使いこなしている。
我ながら成長したものだと、健は目頭が熱くなっていた。戦闘中にも関わらず、だ。よほど体に堪えたか、牛のシェイドはぎこちなく起き上がる。
「モォー……グググ」
「とどめだ!」
全身に力をみなぎらせ跳躍。地上にいる標的に狙いを定め――剣にたまったパワーを思い切りぶつける。稲妻をまとった刃に切り裂かれ今度こそ雄牛のシェイド――バイソンハンマーは爆散した。
剣からオーブを外したあと、クルクルと一回転させてから仕舞う。少しカッコつけた仕舞い方だ。うまく決められるとちょっと嬉しい。
「さ、これで大丈夫……」
「うっ」
戦いが終わるまでアルヴィーに守られていたみゆきが、苦痛を訴えるような顔でうめく。
「みゆき殿、どこか怪我でもしたのか!?」
「いや、そうじゃないの」
「え!?」
「おなか空いちゃって……」
このとき健もアルヴィーも本気でみゆきのことを心配していたのだが、思っていたほど深刻な事態には陥っていなかった為呆気にとられた。要するに心配して損したのだ。
「ハハハ、そうだったのか。なら、体の心配はいらなかったな」
竹を割ったようにさっぱりとアルヴィーが笑う。ちょうど腹が減ってきたので近くにある店に食べに行くことにする。彼らが過ぎ去ったのと時を同じくして、商店街の物陰に潜んでいた何者かが姿を現す。
「チッ、しくじりやがって……。まあいいわ、まだ他に手はある」
「肉まんうめぇ!」
「コンビニも捨てたもんではないな。メロンパンうまい」
「チキンちゃんおいしーっ!」
最初はどこかの定食屋やJUSCOのフードコートで食べようと考えていたが、よくよく考えればそんなことをしてしまうと食事代がかさばる。
そこで今回は募る気持ちを抑えて所謂『コンビニ飯』で済ませたのだ。我ながらいいアイディアじゃないか? ――と、健は思っていた。
右手に肉まん、左手に野菜ジュースを持ちながら。他にもニワトリを模したかわいらしい紙パックに入った唐揚げやメロンパン、おにぎりを購入してみんなで食べていた。
おにぎりの味は、健が鮭でアルヴィーはツナマヨ、みゆきがおかかだった。三人ともおいしそうに食べていた。
「おなか膨れた?」
「うん!」
「よし、では行くとしよう」
これにて完食。食後の運動と言わんばかりに三人は散歩する。街路樹のそばや湖岸沿いの道路を歩き、気持ちいい風や日の光を両手いっぱいに浴びていく。
清々しい気分で道を歩いていると、唐突にカメラのシャッターを切った音が響く。前方からデジタルカメラを持った男が駆け寄ってきた。途中で一度つまずいても大して気にせずに。
「いいわねーその笑顔! 気に入ったわぁ。ほら、もっと笑って!」
「誰だ? お主は……」
「あたくしは花形! 花形清志よ。キヨちゃんって呼んで♪」
突然現れてそんなことを言われても困る。眉をしかめてあからさまに怪しい男を疑うアルヴィーだったが、眼前でフラッシュを焚き付けられて眩しくなってしまう。
「そんなしかめっ面しないの。ささ、笑って笑って」
「は、はい」
怪しいカメラマン――花形の妙なテンションの高さに他の二人も困惑ぎみだ。正直引くが、ここはとりあえず笑っておくか、と三人は思った。
一方であれだけ人に笑え笑えと指図をしていた怪しげなカメラマンは、額から汗をかきながら不気味な笑いを浮かべている。何か良からぬことでも企んでいるのだろうか――。
「はい、チーズ!」
パシャッ! とフラッシュを炊いてシャッターが切られた。カメラのレンズにはぎこちなく笑う三人の姿が写し出されている……。「うーん」と怪しいカメラマンが微妙な表情を浮かべる。
「イマイチぱっとしないわねー。もうちょい何とかなんない?」
「そんなこと言われても困ります。だいたい、あなたは誰なんですか?」
さすがの健も機嫌を悪くしたか、初対面なのにやけに図々しい上に馴れ馴れしい態度をとるカメラマンに対して怒りはじめていた。そんな彼や初めから自分を警戒しているアルヴィーを見た彼は、「え? あ、あーっと……」
「……ほぉー、まだシラを切ろうというのか」
アルヴィーが何かを察したような態度をとる。見られた方が思わず悪寒が走るような、鋭く冷血な視線をカメラマンに浴びせていた。
「失礼ね! あたくしはただのフリーのカメラマンだってば。シラなんて切ってないわよ」
「本当にそうか? ならいいんだが……」
ひょっとしたら勘違いだったかもしれないが、どちらにしても怪しい。この花形という男は警戒したほうが良さそうだ――と、アルヴィーは思った。そこに再び、頭の中で閃光が走る――まるでタイミングを見計らったかのように。
「また出た!?」
「くっ!」
健とみゆきが目を丸くして空を見上げている先には、ハチのような姿のシェイドが1匹。いや、2匹。片方はオレンジ色で、もう片方はピンク色――オレンジの方が若干大柄で凶暴そうな風貌をしていた。突然飛来した2匹のハチが地上に降り立ち、花形を含んだ4人を取り囲む。
「ひえええええ! なによこいつら! あんた達の知り合い!?」
「同じ大学のルームメイトだ。仲は悪かったがな!」
細身の剣とボウガンが突きつけられる。二匹を健ひとりで相手できるだろうか――? しかし、相手はそこらの三下とは違う戦い慣れているような空気を漂わせている。少し心配だ、助けてやらねば――と思ったアルヴィーが、剣をまっすぐに構えた健の隣へ躍り出る。
「二人とも下がって!」
「こいつらは私らで倒す!」
さあ、戦いだ――!
◆バイソンハンマー
雄牛のシェイド。屈強な肉体の持ち主で怪力無双を誇り、防御力と突進力もかなりのもの。
大きなハンマーを軽く振り回す豪腕による一撃を受ければ、どんな防具も役立たずと化すだろう。
そのパワーと耐久力で一度は健を圧倒するが、氷・炎・雷の3つのオーブを総動員した攻撃の前に敗北する。