EPISODE86:悲しみと策謀
その頃、トレーラー内では――村上をはじめとした待機メンバーがみな表情を曇らせていた。悲鳴が聞こえたきり、戦闘部隊との連絡が途絶えていたのだ。
連絡がとれない以上安否を確認することができない。不安を抱いてしまうのも無理はないというものだ。地上にいるシェイドの駆逐を担当していたA〜C班は全員無事だったのだが――。
村上が目を瞑りあきらめかけた顔をしたとき、通信が入った。下水道に突入した班からのものだ。血相を変えた村上が「応答してくれ!」と宍戸に叫び、通信を受けとると――。
「なんとか生還したぜ」
「お前、不破……!」
声の主は不破だった。一同、目を丸くした。何せ敵は強大で、無事に生きて帰ってこれるかもわからなかった。
それがこうして奇跡の生還を遂げたのだ。これが喜ばずにいられるだろうか? すぐに不破をトレーラーに入れ、全員嬉々とした様子で彼を出迎える。
強化スーツを脱ぎ、首にタオルを巻いてランニングシャツと半ズボンで休憩する不破に「のど乾いてませんか」とピンク髪の要がミネラルウォーターを持っていく。
「おっ、サンキュー」
笑顔で不破が礼を言う。とはいえ、まだ戦いの傷や疲れが残っている。あまり調子がいいとはいえない状態だ。もらった水を飲む不破のもとに、要と入れ替わるように村上と宍戸がやってくる。
「それで、他のメンバーはどうした。無事なのか?」
「……いや、それが」
村上が不安げにそう訊ねた途端、不破の表情が一気に曇りうつむいた。少し気まずそうに村上が少し後ずさる。
「みんなやられちまった。生存者はオレだけだ」
「そんな……」
自分を残して戦闘部隊は全員死んでしまった――と、不破は二人にそう告げた。部下ならびに同僚の死を聞いた二人の顔が悲哀によって、暗く染まっていく。
「それに……相手を倒したっていう実感がわかない」
「え……倒したのに、ですか?」
「ああ……なぜかわからんが、とにかく嫌な予感しかしねえ。それが怖いんだ、オレは」
同時刻、どこかの岩山の切り立った崖にそびえ立つ古城。その中では会議が行われていた。厳粛な雰囲気の中、なよなよした言動の男――花形が腰をくねらせながら礼拝堂の扉を開ける。
「ねぇ聞きましたぁ? あの『クイーン』が死んだんですってよ! 子どもを殺されて憎しみに身も心も焼かれるなんて、バカな女!」
「――死んだだと? フッ……」
空気を読まずに割って入ってきた花形の発言に対し、部屋の一番奥にふんぞり返る黒髪に緑青色の瞳の男――甲斐崎が突如として高笑いを上げる。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、「なにがおかしいんです!?」と花形が怒鳴る。
「まさかお前、知らなかったのか? 『クイーン』はあの程度では死なない」
「つまり死んだ奴が生き返るとでも? そんなのありえるわけない!」
「……無知ですねぇ。フフフ」
甲斐崎が親切かつ丁寧に説明しているにも関わらず、花形は真っ向から否定し反論する。そんな彼を嘲笑うように、向かって右側にいる包帯姿の男が呟く。「た、辰巳さん……?」と、花形は彼の名を呼んだ。どうやら包帯の男は『辰巳』という名を名乗っているようだ。
「『クイーン』が死なない女であることは我々の間では常識です。それすらも知らないなんて……これだから若いのは困る」
「ふ、ふん! 知ってましたわそれぐらい!」
「騒ぐな、バカが。うっとうしい!」
ムキになってまたも反論する花形を、包帯姿の男がなじった。彼はミイラよろしく顔中に包帯を巻き付けており、更に何着ものコートやマフラーで厚着をしている。
一応目元は見えるものの素顔を伺うことはできない。声色からして比較的若そうではあったが、発言の内容から察するに長い年月を生きていそうだ。
花形よりもずっと年上なのだろう。次に「それより花形」と、礼拝堂の左側にいる神父風の身なりをした壮年の男性が花形の名を呼び掛ける。
「お前の作戦とやらは進んでいるのか?」
「え? ええ、まあ……慌てずじっくりと進めてるわ。順調そのものよ」
「やや信じがたいが……まあいい」
神父風の男が笑う。もしやさっきから、みんな自分のことをバカにしているのでは? ――と、眉をしかめながら花形は思った。とくに話すこともなくなったので礼拝堂を去ろうとする花形を止めるように甲斐崎が、「もう一度だけ言っておく」
「ったく、しつこいなぁ! 今度はなんです!?」
「これだけは肝に銘じておけ。失敗を犯したものは死あるのみ……とな」
――やはり思った通りだ。こちらを見下すような高圧的で傲慢な態度。最初から期待すらしていないような冷たい視線。見るだけでも、声を聞くだけでもアタマに来る――怒りを露にした花形は舌打ちし、扉を乱暴に開けて礼拝堂を去っていった。
「ちぇっ。どいつもこいつもバカにしやがって……辰巳さんまであんなこと言うなんて、ホント信じられないわ。あいつらにあたくしがバカじゃないってことを証明しないと」
古城から隙間を経由して花形は移動していた。向かった先は滋賀県のどこかにある森の中だ。行く宛もなくトボトボと歩いている彼の目に、あるものが飛び込んでくる。
二足歩行の牛のようなシェイドだ。全身に黒い毛を生やしており、その筋骨隆々とした頑強な姿は神話に出てくる怪物――ミノタウロスを彷彿とさせる。「イイコト思い付いちゃった」と、花形は牛のシェイドに近寄る。
「ブモ?(誰やお前)」
「ンモォー。モーモー、ンモォ〜ン」
「……モー(アホか。普通にしゃべれや)」
「はいはい分かったわよ……じゃあ言うわよ、あなたにお願いがあんのよ」
顔を牛のシェイドに近づけて「実はねー」と耳元でささやき、そのまま何かをひそひそと吹き込む。相手が言っていることを理解したのか、にやつきながら牛はうなずく。果たして、何を吹き込まれたのか。そして花形はいったい何を企んでいるというのか?
今回短めです。
ご要望があれば前の話と足してひとつにします。
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