EPISODE85:女王蜘蛛
巨大グモの背中に飛び乗り何度もランスの穂先を突き刺す。だが、弾かれてばかりでまったく効いていない。背中がダメならどこを狙えばいい?
確か弱点があったはずである。殻に守られていない頭か、もしくは腹部を狙えと――会議のときに村上は言っていた。そこを集中して狙えば……!
確信を得た不破は戦法を変えて弱点を狙うことにする。だが、腹部に潜ろうにも大きな足に守られているし、頭を狙おうにも前足で防がれる。今はただ、走って相手の攻撃をかわすしかなかった。
「あれだけの巨体だ。こうやってかく乱すれば……」
――と、思った矢先。自分が走ろうとした方向に巨大グモが先回りしていたのだ。見た目によらない身軽な動きで。
足を上げたクモはそのまま地面に勢いよく叩きつけ、不破を吹き飛ばす。地面に落ちた際に強い衝撃が全身に走り、身動きが取れなくなった。
何とかして上半身だけでも起こした不破の瞳に映っていたのは――向こう側で体を立ち上げて何か吐き出そうとしている巨大グモの姿。
未だ残る激痛のせいで片目を瞑っていながらも、その目にしっかりと捉えていた。敵はさっき戦闘部隊の仲間をそうやって蹂躙したように、また毒液でも吐こうとしているのか?
しかし今は距離が離れている。自分には届きそうにないが――。直後、不破のその予想は大きく覆された。吐き出されたのは――強力な火炎。
「うおっ!」
激痛できしむ体を無理矢理にでも起こし、間一髪横に転がって回避する。凄まじい熱量だった、近くにいるだけも相当な熱さを感じる。
かすっただけでも大ダメージはまぬがれなかっただろう。これが仮に直撃したら――この防御性に優れた強化スーツでも防ぎきれなかったはず。
「くそっ、どうすればいい?」
弱点を狙おうにもなかなか敵の腹の下には潜れないし、そもそも足が邪魔をする。敵は弱点を見せもしてくれない。具体策はない――ならば、今出来ることをやるしか他はない。戦いが激しさを増す中、「待てよ」と何かを思い立った不破はランスをかざして放電。
「こうやって気をそらせば……!」
動揺したか相手が立ち上がる。――やはり思った通りだった。道中で戦ってきたクモのシェイドと同じように腹部は無防備。
不破はすかさずそこへ潜り込み、武器を激しく振り回し叩きつける。その末に渾身の一撃を命中させひっくり返す。
「よし、これでしばらくは起き上がれないな……ぬんっ!」
ひっくり返ってもがく巨大グモの腹の上に飛び乗り、何度も槍を突き刺す。飛び降りたかと思えば何度も切りつける。紫の返り血が不破の強化スーツに少しずつ――やがてびっしりとこびりついていく。
「仲間のカタキ――とらせてもらうぞッ!!」
高く跳躍し、ランスの穂先に電気をまとってそのまま急降下。巨大グモの腹にまっすぐ突き刺さり、そこから全身に電撃がほとばしる。そして巨大グモは――死んだように動きを止めた。
「……やったか?」
動かなくなった巨大グモを見て不破が呟く。だが、彼ともあろうものがうっかりそんなことを言ってしまったのがいけなかったのか――……、ピクリと巨大グモが動き出し立ち上がる。「なんだと……?」と目を丸くした不破は、危険を察知したかすぐさま離れる。
「傷が再生したのか!? ……うっ!!」
だが逃げている途中で体に糸が絡まり、地面に倒された状態で引きずられていく。振りほどこうにも向こうもかなり強い力で引っ張っており、抜け出すのは容易ではない。だからといって黙ってこのまま食われる筋合いは彼にはなかった。
「ぬおおおおおぉー!!」
食われる寸前で雄叫びを上げて気合いで糸をほどき、離脱! 空中で体を捻るように回りながら着地し、再び走り出す。
一瞬の隙を突いて腹の下に潜り込んで打ち上げるが、今度は先程のようにはうまく行かなかった。何せ相手は巨体の持ち主だ、その体積と同じくらいの自重があった。
うまく浮かせてひっくり返すことができず、巨大グモにのしかかられてしまう。このままでは食われる! まだ死ぬわけにはいかない――何とかしてわずかな隙間をくぐり抜けた不破は反撃を開始――しようとした瞬間、巨大グモにまたも飛びかかられる。
眼前には巨大グモの禍々しくおぞましい顔が迫っていた。その鋭い前足を突きつけられた彼は負けじとランスで押し返そうとするが、予想以上に相手の力は強く――。
「な、なんてパワーだ……ぐぬぬぬぬぬ!!」
「キシャアアアアアァ!!」
「なにっ……!?」
攻防の末、不破にとって一番厄介なことが起きた。あまりに強すぎる圧力に耐えきれなくなったランスにヒビが入り、へし折れて砕けちってしまったのだ。
「まずい!」と本格的に危機感を感じた不破は、この場を切り抜けようとまず巨大グモの顔を殴って怯ませる。
相手はとても強い再生能力を持っている。その強さときたらその辺のシェイドとは比べ物にならない。パワーもスピードも――、何もかもが桁違いだ。経歴の長い彼もこれほどまでの体験はしたことがなかった。
敵の圧倒的な強さを前に仲間は全滅、残されたのは自分だけ――初めてだった。彼が本能的に『恐怖』という感情を感じ取ったのは。更に不破は、この絶望的な状況をどうやって切り抜けたらいいのかという不安も抱えていた。
一応ランスの他にバックラーや手榴弾、サブマシンガンを持ってはいた。――奴を倒すには、これだけで何とかするしかない。
必要とあらば先に倒されてしまった仲間から装備を拝借することも考えてはいた。懐にしまっていた手榴弾とサブマシンガンを見て、ふと不破は村上が会議のとき言っていた言葉を――彼の持論を思い出す。
(今は手段を選んでる場合じゃない。そう言ったよな、村上……?)
不破は「こうなればヤケだ!」と叫び、サブマシンガンの引き金を引く。一発、また一発。秒間に何発もの弾丸が銃口から放たれ、ことごとく巨大グモの体に命中していく。
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるッ!」
銃撃しながら不破が唸った。しかし込められていた弾丸をありったけ命中させても、まだまだ相手が倒れる様子はない。
幾度とない銃撃を受けても巨大グモが宙へ飛び上がり、大きく体を広げる。狙いはもちろん、不破。弱った相手をこのまま押し潰してしまおうという算段だと思われる。
だがひとつ誤算があった。それは他でもない、不破にとっては嬉しい誤算――そう、腹部がガラ空きなのだ!
「当たれ!!」
これをまたとない好機と見た不破はすかさず、手榴弾を空中にいる巨大グモへ投げる。腹部にあたったそれは大爆発を起こし、真っ黒焦げになった巨大グモが地面に落っこちた。
「今度こそ……」と不破は思ったが、敵はまだピクリと動いている。とはいえ相手はもうボロボロ、つまりは虫の息だ。
強い再生能力を持っているといえども、恐らくは先程の爆発によるダメージが響いてうまく傷を再生できなかったのだろう。
「こいつ……! いい加減にしろっ!!」
とどめを刺すべくサブマシンガンの弾を腹に向けて連射。途中で弾をこめ、更に撃ち続ける。やがて巨大グモは金切り声を上げ――体から黒い霧を吹き出しながら体が崩壊していった。
苦痛に喘ぎながら怪物の最期を、勇敢な戦闘部隊メンバーの最期を見届けた不破はこの空洞をあとにする。自分がしっかりしなかったせいで仲間たちを死に追いやってしまったことへの悔恨と、未だに去らぬ恐怖を胸中に抱いたまま――。
これですべて終わった。――はずだった。
黒くて小さいクモのようなものが巨大グモの亡骸だったものに集まったかと思えば、それは骸と混じりあって次第に形を成していき――紫色に発光する液体に覆われたそれは人の形に、否、人そのものとなった。これが意味することはひとつしかない――。『恐怖』も『絶望』もまだ終わっていないと、そういうことだ。
◆アラクネア
クモのシェイド。体長約1~2メートルほどで、口から強い粘着性を持つ糸を吐く。
身軽で硬い甲殻に覆われており、倒すには唯一殻に守られていない柔軟な腹部を狙うしか方法は無い。
◆アラクネアクイーン
ジョロウグモのシェイド。上級のシェイドで通常の個体の2倍以上はある巨体を誇り、見た目相応の自重があるにも関わらず機敏に動く。
それに加えシェイド対策課が着用する強化スーツの装甲も溶かしてしまう毒液や強力な炎を口から吐く、受けた傷を数十秒もかからないうちに回復してしまう高い再生能力を持つなど通常のシェイドとは比べ物にならない強敵。
また、念動力の一種と思われる謎の力で相手に精神的なダメージを与える、テレパシーで相手の心に直接語りかけるなど謎が多い。