EPISODE82:たんけん、ぼくの町
――近畿地方にある滋賀県・大津市。日本でも最大級の大きさを誇る琵琶湖と深い関わりをもつ街だ。
県内の南部にかけて広がり、県庁が位置している滋賀の首都というべき場所である。
京都や大阪、東京といった大都市に比べれば規模は小さいものの、それでも県内では大規模な町だった。
そしてその大津に、足を踏み入れたものがひとり。いや――三人もいた。
「っしゃあ! 帰ってきたぞ、久々の滋賀っ!」
ひとりは茶髪の外ハネヘアーが特徴的な青年で、薄手の白い上着や『あけぼの』と書かれたオレンジのTシャツを着て、下にはジーンズを穿いていた。
暑いためか袖を関節までまくっており、極力涼しくしようとクールビズを心がけているようだ。
「澄みわたるような青空だの。本日は晴天なりっ!」
ふたり目は長くきれいな白髪をなびかせた若い女性。
赤いワイシャツに黒いスカートを身につけて、空に手のひらをかざしながら体いっぱいに太陽の光を浴びている。
透き通るような肌に切れ長の赤い瞳のコントラストが美しい。
「ホントいい天気よねー♪」
三人目は藤色の髪のこれまた若い女性。腰上まである長い髪をサイドでまとめ、若草色のワンピースシャツを基調とした着ている。
下はホットパンツと紫とピンクのしましま模様が入ったニーハイソックスを穿いていた。
ウエストポーチには携帯電話や手鏡をはじめ、この年頃の女の子には欠かせないものがぎっしりと詰まっている。
「滋賀のことはあまり知らないからの。健、みゆき殿。案内よろしく頼む」
「オッケー。任せといて! この辺は僕の庭みたいなものだし」
「おいしいお店も楽しいところもいっぱいありますよ♪」
「そうと決まれば、出発進行!」
茶髪の青年――健と、藤色の髪の女性――みゆきの主導のもと、アルヴィーに大津を案内するツアーが始まった。
「駅前にあるだけあって大きいのぅ」
「でしょー? どのお店も大きくてさ、見てるだけでも楽しいよ」
「暇潰しにもちょうどいいですよ〜」
まずは駅のすぐ近くにある平和堂。滋賀県のほぼ全域に展開しているスーパーマーケットで県内でその名を知らぬものはいない。
『イトーヨーカドー』や『フレンドマート』のように、場所によって内装や名称が異なるのも特徴のひとつ。
この大津店の内部は大きめの書店にフードコート、100円ショップなどがあり、他の店舗の種類も豊富だ。時間を潰したり、誰かと待ち合わせするのにはもってこいの場所である。
「実は平和堂とこのお店は直結しているのです!」
「おお、そうか。それは便利だな!」
「ここも待ち合わせにぴったりだよ」
二人が次に案内したのは駅前の某有名ファーストフード店。
ここは平和堂の一階と繋がっており、駅前にある上にすぐ平和堂に入れるということから立地条件の良さから利用者は多い。
「ふむ――でかい建物だのぅ」
「これは滋賀会館! 中にはでっかいシネマホールがあるんだよー」
「宝塚とかに比べたらちっちゃいけどねー」
「それは言わないお約束……」
大津には二つ大きな会館がある。ひとつはいま三人がいる滋賀会館。これは県庁からまっすぐ行ったところにあり、距離もそれほど遠くはない。
よってご近所同士といえる関係だ。二階建てで中にはシネマホールがあり、上下に別れた観客席から劇や舞台を観賞することが可能。
もうひとつは大津市民会館。こちらは滋賀会館から北に行き、更に京阪島ノ関駅や京阪浜大津駅を北上した先にある。
びわ湖の湖岸に位置し、なぎさ公園や琵琶湖文化館が近くにある。大ホールがありイベントが開催される市民会館とレクリエーションを主に行う公民館にわかれている。
このように役目もキッパリと分かれているのが最大の特徴と言えよう。――ちなみに滋賀会館の方は違う場所で新しい建物が建設中で、県庁前にある古い建物は現在封鎖されている。
「ここは京阪島ノ関。石山寺や浜大津に行けるんだぜ!」
「ほう、そうなのか。それは便利だの」
「更に浜大津から京都やひらパーにも行けますよ」
――こんな感じで、二人はアルヴィーに(自分たちが独断と偏見で選んだ)観光名所を紹介して回る。
他にはさまざまな場所に通じるアーケード街や市役所、歴史博物館といったそうそうたる場所をアルヴィーに案内していた。
そのときの三人とくればまるで修学旅行中の学生さながらにはしゃぎまくっており、実に楽しそうなことこの上ない。
「ふーっ。楽しかったの」
「ありがとう! そう言ってもらえて嬉しい」
「わたしも楽しかったよー」
ひととおり案内が終わったところで三人は休憩。ジュースや水でも飲みながら、次はどこを案内しようか相談することにしていた。
「次はどこを案内してくれるんだ?」
「そうだね――うーん。あらかた紹介し終わったけど、次はどこにしようかに」
「かにかに どこかに……」
冗談も交えて話し合っていた三人だったが、いざ話にキリをつけようとしたところで腹の虫が鳴る。
「……ごはん食べない?」
「確かに――、いっぱい歩き回って腹も減ったからのぅ」
「どこで食べますー?」
腹が減っては戦はできぬ。ついでに散策もできぬ。
健の脳裏には一瞬、『コンビニ飯で済ませよう』というアイディアが浮かんだがすぐに却下された。
さんざん悩んだ末、健はいい考えを編み出す。
「――僕にいい考えがある!」
「いい考え、か。その言葉は人事以外ではろくなことが起きないというジンクスがあったはずだが」
――いい考えがある。最初にその言葉を口にしたのは、正義の変形ロボットたちで構成された軍の司令官だ。
しかしながら、その司令官がよく口にしていた『私にいい考えがある!』という台詞は実はアテにならず、かえって失敗やピンチを招いてしまう結果となることが多かった。
しかしながら人事に関しての『いい考え』は結構うまく行くため、あながち悪いとは言い切れないことがあるのも事実。
他にも正義の味方らしからぬ物騒な言葉を吐いたり崖からよく転げ落ちたりなど悪い点はあったが、そういったところも踏まえて、彼は良き司令官として皆から尊敬を集めていたのである。
「まあ、それはおいといて。どんな考えなんだ?」
「簡単さ。僕んちでごはん食べよう!」
「えっ?」
「うそ、健くんちで!?」
ふたりとも、彼のこの発言には驚きを隠せなかった(いい意味で)。舌の根も乾かぬうちに「やったー!」と大喜びしていたことから、内心それを望んでいたような節も見られた。
みゆきにとっては久々に幼馴染みの家にお邪魔するわけだし、アルヴィーに至ってははじめての訪問だ。
とくに後者は以前のパートナーである明雄にも案内してもらったことがなかったため、嬉しい気持ちになるのは当然だった。
二人の様子を見た健は「そうと決まれば早速!」と言い、肩にかけたカバンのポケットからケータイを取り出す。
そしてアドレス帳から手早く『お母さん』と書かれた項目を選び、電話をかける。
「……もしもし、お母さんいる?」
「健? 今どこにおるん?」
「浜大津や! みゆきちゃんも一緒やで」
「ほうか〜。みゆきちゃんも一緒なんや。もうお昼やけどなんか食べた?」
「なんも食べてへんよ。おなかペコペコやぁ」
「そっか。ほなごはん作っとくし、家に帰っておいで。浜大津やったら近いやろ」
「わかった! ありがとう!」
「気をつけて帰っといでや〜」
母との通話を終え、健は携帯電話をカバンに仕舞った。久々に家族と話ができたからか通話中の彼はすこぶる嬉しそうで、そのときの笑顔は純粋そのもの。たとえるならば屈託のない子供のようだった。
「よっしゃ! 僕んち行こうぜみんな!」
「うむ、賛成だ!」
「わたしもおなか空いちゃった!」
神の思し召しか、それとも日頃の行いが良いからか?
健が自分の母に電話をしてみたところ、昼食を作ってもらえることとなった。
こうして三人は、昼ごはんと健の家を目指して再び出発するのであった。