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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第4章 夢のジャムセッション
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EPISODE80:関西熱狂

「いつも思うんだが、デカイところだのぅ」

「でしょ〜? 僕も今でもビックリしちゃうぐらいさ」


 京都駅についた二人は階段を登り、券売機で切符を買う。一応健は通勤用に定期券を買っていたものの、それによって無料になるのはあくまでバイト先までの範囲のみ。

 守備範囲外では意味がない。だから切符を買った。だが、これだけでは大阪城には辿り着けない。地下鉄やバスにも乗る必要があった。

 先のことを視野に入れて少し考えを巡らせながら、二人は改札を抜けた。外から気持ちいい風が吹き、その身に受けたものを心地よい気分にしてくれた。

 曇りの日や雨の日では味わえない感触だ。天気に恵まれた日にしか、この心地よく涼しい風を浴びることはできない。


「いつも人多いからねー。それに加えて今日はアルペジオのライヴあるから、今日も電車が混んでる可能性は十分にありうるよ」

「みな考えていることは同じ、ということか。……ふふっ」


 くすりとアルヴィーが微笑んだ。


「どうしたの」

「いや、何でもないぞ」


 アルヴィーがそう言い終わったとき、駅の構内にアナウンスが入った。おっとりとした優しげな口調の女性の声だ。

 アナウンスが終わってしばらくすると、ようやく電車が駅のホームに到着した。しびれを切らしていた二人は電車に乗り込むと、意外なことにそこまで混んではいなかった。

 安堵の息を吐く――前に、空いている席を見つけてすぐにそこへ座った。こういうのは早い者勝ちである。

 ただ、年寄りや妊婦さんのように優先して座らせた方がいい人が来た場合はもちろん席を譲るつもりをしていた。これは人として当たり前のことである。

 足腰の弱い老人や、お腹に身ごもった子供を大事にしなければいけない妊婦さん、それに足が不自由な人に無理をさせるわけにはいかない。

 なのに同年代や年上に限って、そういった思いやりや優しさに欠けた非常識な人物が多いことを、健は内心嘆いていた。


「大阪城はまだかのぅ?」

「まだまだだよー。こっからが本番!」


 それから紆余曲折を経て、健とアルヴィーは大阪城公園に辿り着いた。

 澄んだ水をたたえた水路や大きくて美しい噴水が、華やかに彼らを出迎えた。遠目に見える大阪城の天守閣は小さいようで大きく、何よりスケールの違いを感じられた。


「おっ、あれが大阪城か……見た感じ昔と何も変わっとらんのぅ」

「そ、その昔ってどのぐらい昔?」


 向こう側に見える天守閣を指差して懐かしんでいるアルヴィーに対して、苦笑いしながら健がそう訊ねた。彼が疑問を抱くのも無理はない、彼女は若々しい見た目に反して寿命が長いのである。

 最低でも千年以上、つまり今の健の倍以上は生きているという。更に言えば彼女を含むシェイドはみな長寿であり、一万年前には既に存在していたのだそうだ。

 そんな彼女が言う昔とは、いったいどれほど前のことを指しているのだろうか。


「そうだな。んー……豊臣秀吉が討たれる前ぐらいの時期かの」

「なんだそれ! 昔どころじゃねーっ!」

「いや、徳川幕府の時代だったか……?」

「どっちみち大昔じゃんか!」


 こんな感じでいつも通りの面白おかしいやりとりをかわしながら、二人はアルペジオのライヴが開かれる場所である大阪城ホールを目指していた。

 この広い公園を数十分歩いて散策した末に、二人はようやく大阪城ホールに辿り着く。二人には実のところ大阪城の天守閣に入りたいという気持ちもあったが、今回の目的はあくまでライヴを観に行くこと。

 天守閣には行こうと思えばいつでも行けるが、ライヴは今回限りだ。ならば断然後者を見に行った方が得をする。ときには思いきった決断も必要なのだ――と、健はひとり考えていた。



「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

「はい、そうです」

「ではチケットをお見せください」

「これですか? はいっ」


 受付の男性に(くだん)のチケットを見せて渡す。


「確かに受けとりました。Dの1番から3番付近の席にお座りください」

「わかりました! ありがとうございますー」


 心の底から嬉しそうな表情を浮かべながら健はアルヴィーと共に入場。暗い会場の中でこれからいったい何が起こるのだろうと、二人は楽しみにしていた。

 ある意味この待ち時間こそが一番、ライヴやコンサートにおける心躍る瞬間かもしれない。事実、焦らし焦らされ、焦らされた末にお目当てのアーティストが登場したときの興奮には計り知れないものがある。

 ここぞとばかりにファンからの歓声や黄色い声が一斉に上がるのだ。カラーキャンドルやデジタルカメラがあればより一層盛り上がるかもしれない。


「この辺前のほうだから特等席なんだよね。あーっ、待ち遠しい!」

「私もだ!」


 とくにこの二人は、口では待ち遠しいと言いつつも既に待ちきれぬ状態だった。アルペジオのメンバーはまだかまだか、と、その瞳を輝かせていた。


「Yeah! みんなノってるかーい?」

「イェイ!」


 やがてステージがライトアップされるとともに、『アルペジオ』のメンバーが現れた。待ちに待ったこの瞬間、会場にいる観客全員が一斉に歓声を上げる。その中にはもちろん健やアルヴィーも含まれていた。


「夢は持ってるかー!?」

「イェース!」

「俺も一度はアルペジオを抜けちゃったけど……今度はもうケンカなんかしないぜー!!」


 マイクを手にしていたのは、ギター兼ボーカルの狩谷シンジだった。ファンの前で彼が誓った言葉からは、夢に対する決意の硬さと力強さをひしひしと感じられる。彼と違ってアーティストではないものの、健はただならぬシンパシーを密かに感じていた。


「夢は生きる力をくれる。だからみんなも、でっかい夢叶えようぜーッ!!」

「オーッ!」


 集まったファンがみな握りこぶしを天に上げた。まだ演奏は始まってはいない、しかし――会場には既に熱狂の渦が発生しようとしていた。それほどファンはみな、この瞬間が来るのを待ちわびていたのだ。


「みんなが来てくれて嬉しいから、今日はいきなり新曲から行っちゃうぜ! その名も『∞ドリーム』!!」


 狩谷がそう宣言すると共に演奏がはじまった。ドラムが稲妻のごとく激しく鳴り響き、キーボードからは川の流れのように穏やかかつ激しい音が流れ行く。

 ギターも負けじと轟くような唸りを上げ、その対岸でかき鳴らされるベースとこれ以上ないほどに共鳴していた。

 やがてギター担当の狩谷の口から低音で力強いシャウトが発せられ、会場の熱気はより高まっていく。

 この熱狂の渦と揺るぎなき情熱からは――誰も逃げられない。アルペジオのジャムセッションが終わるそのときまで。



「いやー燃えたね。燃えまくった!」

「燃え尽きそうだったのぅ!」


 興奮冷めやらぬ中、アルペジオのライヴが終わった。長いようで短かったが、それでも会場にいた全員が熱狂し存分に楽しむことができた。大阪城ホールを出た二人は、散歩がてら公園に向けて歩き出す。


「あっ、東條さん! こんにちは〜」

「ヤッホー、東條くん!」

「ど、どうも〜」


 おびただしいほどの人混みの中から、健にとっては非常に馴染み深いが、アルヴィーにとっては誰だかわからない人物が三人飛び出してきた。

 ひとりは金髪碧眼の優しげな女性で、ふたりめは茶髪をくくってまとめた快活な女性。三人目は紺色の髪に眼鏡をかけたやや気弱そうな女性だった。


「ジェシーさん! 浅田さんに今井さんも!」

「もしかしてライヴ、見てました?」


 ジェシーからの問いに「はい」と答えながら頷く。


「と、東條さん達はどの辺りで見てましたか?」

「D席ですよー。前のほうです!」

「いいなぁ。私たちは三人とも後ろのほうでした……でも楽しめて良かったです〜」


 今井やジェシーとしゃべっている健の無邪気な笑顔ときたら、それはもう嬉しそうだった。しかしいきなり自分が知らぬ人物、それも三人に対して楽しく話し合っている健を見てアルヴィーは動揺する。とくに首は落ち着きがなく、何度も左右を行き来していた。


「ところでお隣の人は?」

「えっ、あ、あの、私はその……」

「もしかして……」


 何かを感じ取ったか、はたまたひとつ勘違いをしたのか――茶髪の女性・浅田がニヤリと笑う。これには健もアルヴィーも動揺してしまった。


「……恋人だったり?」

「いえ、同居人です!」

「そっか……変なこと聞いちゃったわね」


 案の定浅田がそう聞いた。これまた紅潮しながらアルヴィーは否定する。返答を聞いた浅田は少し残念そうにしていた。


「あ、あの! お名前は……」


 今井から名前を聞かれて両者の肩がビクッと浮き上がった。頭の中には即座に『アルヴィー』という言葉が浮かんだが、果たしてそう簡単に言ってしまっていいものだろうか――と、二人の中で迷いが生じていた。

 とくにアルヴィーからしてみれば、見知らぬ怪しい人物(しかも女性)に見す見す名前や個人情報を教えてしまうようなものだった。

 プライバシーは尊重しなければならないし、プライベートな情報は悪いやつらから守らなければならない。迂闊に不審者に教えるようなことをしてはいけないのだ。

 しかしよくよく考えれば、今彼女の目の前にいる三人は別に不審者でもなんでもない。その上健とは知り合いと来ている。

 それなら自己紹介しないほうが失礼ではないか? やっと頭の中で結論を出せたアルヴィーは、考える姿勢をやめて胸を張り前を向く。


「わっ、私の名前は……!」


 名を言おうとした瞬間、身の危険を感じ取ったか健がとっさに前に出た。その表情とくればそれはもう切羽詰まっており、見ただけで危機感が伝わるほどだった。そして何を思ったか、突然大声で喋り出す。


「こっ、この人シロちゃんっていうんです! 美人だし料理はうまいし、それでいてカッコいいんですよー! ねぇ、シロちゃん!」

「え…………?」


 一同、唖然とした。アルヴィーは苦笑いしながら冷や汗をかき、浅田は引き気味に笑い、ジェシーは目を丸くして驚く。

 今井にいたっては動揺するあまりあたふたしていて、落ち着きがまるでなかった。そんな光景を見て、原因を作ってしまった健も動揺し始めた。


「あ、いやシロちゃんはあだ名でして。確か本名は白石さんだったかな……」

「そ、そうなの。シロちゃんあらため白石さんね。あたしは浅田っていいます、よろしくね」


 戸惑いながら浅田が簡単に自己紹介をする。終わらせた浅田は後ろに下がっていき、あとの二人に前に出るよう催促する。


「い、今井……です」

「ジェシーです。よろしくお願いいたします〜」


 続けて二人もあいさつする。今井はまだ動揺していたが、ジェシーはもうすでに落ち着いていた。いつもの彼女らしいおっとりとした、丁寧な雰囲気を醸し出していたのだ。


「し、白石です。よ、よろしく……」


 ここまで気遣われて黙っているわけにもいかないので、想定外の事態に困惑しつつもアルヴィーはついに重たい口を開いた。いつもと違う慣れない口調でしゃべっていた。


「そ、それじゃそういうことなんで……また職場で!」

「さ、さようならー」


 あいさつが終わり健が相槌を打つと、やけに慌ただしい様子で二人はその場をあとにした。マッハで駆け抜けながら。



「……行っちゃったねー。それにしてもあの人きれいだったなぁ」

「せ、背も高いですしね」

「すごくかっこよかった。モデルの人みたいだったわ」


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