EPISODE78:模倣の達人
それから次の日――。多くの人々が行き交うオフィス街を見下ろすビルの屋上。
そこに足を踏み入れたのは――ねずみ色の髪に、蛍光ペンのような黄緑の瞳をした男。街を一望するとにやつき、「今日はにぎやかだな」と呟いた。
黄緑に発光した体は姿をモザイクの形に歪ませ――カメレオンの怪物のような姿へと変わっていく。舌を長く伸ばしてビルからビルへ飛び移り、地上に降り立って暴れだす。
「うらうら! 逃げろ逃げろ!!」
カメレオンの目から次々に放たれた光線が蛇行し、建物や人々に襲いかかる。命中した光線はビルの壁を破壊し、ガラスの破片が雨のごとく降り注ぐ。
突然現れたバケモノが暴れ始めたことにより、人々はパニックに陥り逃げ惑っていた。逃げ惑い悲鳴を上げる人々を見て、カメレオンは嘲笑い大いに喜んでいた。
彼らシェイドにとって、人が上げる悲鳴や、怒りや悲しみといった負の感情は蜜の味がする。
直接ヒトを捕食することでも彼らは飢えを満たせるが――彼のように、ヒトが上げる悲鳴を好むものも少なからず、いや――大多数存在していた。
「ひゃーっはっはっは! 絶景だなぁおい!」
そう笑っていたカメレオンの目に、逃げる男女のカップルの姿が留まった。
狙いを定め舌なめずりをすると、軽妙にすばやく動いてその二人に襲いかかる。男を殴り飛ばし、立て続けに女に掴みかかり押し倒す。そのまま女の頬を軽く踏みつける。
「へっへっへ。テメェいい顔してるな……ゾクゾクするぜぇ〜」
「い……いやあああッ」
「もっといい声で泣けやァ!」
悪辣で汚ならしい笑みと声色で女をなじり、踏みつける。それが許せない先程殴り飛ばされた男はに立ち上がり――逃げずにカメレオンへ立ち向かう!
「やめろ! やめてくれ!」
「邪魔すんな! くたばってろ!!」
「ぐあっ」
しかしカメレオンは男を突き飛ばし、再起できないよう追い討ちをかける。鬱憤を晴らすように何度か踏みつけたあと、バラバラに引き裂こうと爪を突き立てたが――どこからともなく放たれたエネルギー弾が阻んだ。
「な、なんだ!?」
動揺したところへ極大のエネルギー弾が命中し爆発、カメレオンはよろめきながら後ずさる。「誰だ!」とカメレオンが怒号を上げると、煙の中から銃撃主が現れる。
「……おい、さっきここらで暴れとったんはお前か?」
「それがどうした」と、唾を飛ばしながらカメレオンはそう答えた。銃撃主は歯ぎしりし、カメレオンに近寄るとその顔を蹴り上げる。仰向けに吹き飛んだカメレオンには目もくれず、襲われたカップルを助けに行く。
「あんたらケガとか大丈夫か?」
「はい、なんとか……」
「ほなったら早よぉ逃げや。ここ、危ないさかい」
男女ともに怪我は浅かった。逃げるように促し見送ると、苛立つカメレオンの方に振り向く。その表情はものすごい剣幕となっており、目付きを鋭くして歯を食い縛っていた。
「おい、大イグアナ! ワシが嫌いなヤツ教えたろか。人を襲って喜ぶヤツと、それから……女を泣かせるヤツやぁぁぁぁッ!!」
銃口を向けドスが利いた声でそう宣言する。そのまま歩み寄りながら銃を連射し、相手を追い詰めていく。
余裕がなくなったか、カメレオンはよろめきつつ額から汗を流していた。ひるんだ隙を突いて急所に蹴りを入れ、突き放すようにエネルギー弾を撃ち込む!
吹き飛ばされたカメレオンは硬いアスファルトで出来た地面の上を転げ、最終的に街灯に打ち付けられる。銃口から上がる白煙に息を吹き付けて消し去ると、再び銃口を突き付ける。
「なんや、大したことないのう。どうせ自分より弱いヤツばっかり狙うて喜んどったやろ? 最低なやっちゃな、お前は」
「へっ! 減らず口聞きやがって――……」
むくりと立ち上がってホコリを払うと、懐から薬品が入ったアンプルを取り出す。紫色をした如何にも怪しげな液体が中に入っていた。
「これを見てもそんなことが言えるのかァ!?」
「なんやそれェ!?」
「聞いて驚け、見て笑えッッッ!!」
アンプルを見せつけたカメレオン――三谷が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。いきなり取り出されたそれに驚愕すると同時に、銃使いの男――市村の背筋に悪寒が走った。
「これは俺様のボスから預かった……、――増強剤だァァァァ〜〜ッ!!」
アンプルの中身を飲み干した三谷が狂気じみた叫び声を上げると、三谷の周りから禍々しい紫のオーラが立ち上った。
それと同時に三谷の体がマッシブに膨れ上がり、身体中に禍々しい模様が入っていく。黒く染まった爪はより鋭くて大きくなり、腕や足は太く力強そうな印象を与える。
特徴的な大きな目は赤く光り、口を開けば鋭く巨大なキバが生え揃っていた。更にツノまで生やし、もはやカメレオンというより――小型の肉食恐竜や往年の特撮番組の怪獣のように獰猛で凶悪な姿だった。
「ひぃッひッひッひ! これで俺様のパワーは三倍だぁ!」
早速腕を振りかざし市村を襲う。何とかかわしたものの、土煙がおさまると地面がえぐられていた。どうやら三谷が言っていたことは嘘ではなさそうだ。
「何が三倍じゃ! 調子に乗んなや!!」
調子づいた口ぶりに憤り、市村は銃を乱射する。しかし何発撃っても敵には傷ひとつつかない。次第に市村は追い込まれ、どんどん不利な状況へ陥っていく。
「効かねえなぁ!」
「くそッ……!」
攻撃の手は休まるどころか、更に激しさを増していく。今は逃げ回ることしかできなかった。だが、まだチャンスがなくなったわけではない――何がなんでも逆転せねば!
市村は一旦物陰に隠れ、エネルギーの充填を行った。普通のエネルギー弾は通じなくとも、最大限までチャージしたエネルギー弾なら少しぐらいは効くはず――そう考えたからに他ならなかった。
エネルギーを十分にチャージした市村は、颯爽と飛び出て極大なエネルギー弾を発射。超カメレオンの顔面に直撃し、大爆発を起こした。
「グエェー!」
「やったか!?」
うめき声が聞こえた。思わず息を呑み喜んだが、煙の中から現れた超カメレオンはピンピンしており――、残念ながらやってはいなかった。体の細胞から戦斧を精製し、一気に接近して切りかかる!
「俺様は無敵だぁ!」
「ぐはあぁぁぁ」
切れ味は抜群だった。脇腹から血しぶきを上げながら、市村は吹っ飛ばされる。その勢いで壁に叩きつけられ、ゆっくりとずり落ちていく。
追い討ちをかけるように超カメレオンは市村をサッカーボールのように蹴飛ばした。何度も叩きつけられた衝撃で市村は吐血し、体のほうも相当ガタが来ていた。
全身――とまではいかずとも、どこかの骨が折れてしまったかもしれない。そんな状態だ。どちらにしても形勢が不利であることに変わりはない。
「――なんやねん……なんやねんお前はぁっ!」
しかし市村はあきらめない! ダメージを強引に押しきってでも疾走し、跳躍しながら頭部に集中砲火を浴びせる!
巨大な敵の弱点は大抵頭だと相場だと決まっている。そう考えてとった行動だった。しかし大して効いている様子ではなく――。超カメレオンは市村を嘲笑うようにくるりと全身を回転させて市村の体を弾き飛ばした。
「っ……ぐっ」
地面に叩きつけられ、衝撃で銃を手放してしまった。這い寄りながら手を伸ばして拾いに行こうとするが、超カメレオンが無情にも眼前で銃を踏みつけてしまう。
「こうすればお前は無力だ。もはや何もできやしねえ。立つことも戦うこともなぁ!」
「くッ」
「死ねエエエェ!!」
勢いよく左腕を上げ、超カメレオンがまさかりを振り下ろす! 市村は身を守ろうとしたが、防ぎきれる自信はないしかわしきれそうにもない。あきらめかけたその時――。
「も、もうアカン……!」
どこからともなく雄叫びが上がり――刹那、超カメレオンの左腕が凍りつく。氷の彫刻のような状態になっていて動かせない。
唐突な出来事に、両者は唖然としていた。そこへ剣と盾を持った青年が飛び込み――超カメレオンに斬りかかる。
奇声を上げて超カメレオンはぶっ飛ばされた。着地して再び身構えた彼の傍らには、白龍が空を舞っていた。
「と、東條はん。なんでここに」
青年の表情はとても険しく、凛々しかった。だが、市村に名を呼ばれて振り返ったときは穏やかに笑っていた。
悔しいが――今回ばかりはとても頼もしく、何よりカッコよく見える。今の自分にはこんなオーラは出すことも出来ない。
「強いシェイド反応がしたのと、誰かの悲鳴が聞こえたからいても立ってもいられなくなって……それより市村さん、大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかな……それよりあんた、まさかあのバケモンに挑む気か?」
市村がそう言うと、健の体は既に超カメレオンがいる方向に向いていた。盾を構えて、まるで市村を守るかのように。表情は険しく、強い意志を感じさせるものとなっていた。
「一応言うとくが、あいつなんやわけのわからん薬使うてパワーアップしよった。ワシでもかなわんかったんやぞ! あんたでも勝てるかどうか――」
「確かにそうかも……ですけど、やってみなきゃ分からないでしょ!」
超カメレオンの攻撃から市村を守りながら、健はそう語る。不安そうでやや頼りなさそうだが――その熱意に揺るぎはなかった。
「へっ! 何をゴチャゴチャと!」
二人を嘲りながら超カメレオンがジリジリと詰め寄り、腕を振り上げ切り裂こうとする。しかし眼前で白龍が咆哮を上げ、超カメレオンは足がすくんだ。
「――ほう。今度は先祖帰りでも起こして恐竜に退化したか。だが、そこからどうやって進化をするつもりだ」
そのまま白龍が挑発する。それには超カメレオン――三谷に対する皮肉がこめられていた。青筋を立てた三谷は歯ぎしりすると、すぐに目を大きくして奇声をあげる。
「なめんじゃねェ! 『模倣の達人』キャモレオン様の真の恐ろしさ、思い知らせてやる!」
三谷こと――キャモレオンがそう叫ぶと共に目から閃光が放たれ、爆発が起こった。市村をかばいながら爆風を切り抜けた健は、彼を安全なところへ避難させてからキャモレオンとの戦いに赴く。
相手はまさかりを振り回し健に襲いかかるが、動きは大振り。防ぐまでもなく健はひょいひょいとかわしていく。隙を突いて切り上げて空中へ打ち上げ、跳躍してそのまま打ち落とす!
地べたに落とされたキャモレオンの周囲の地面が衝撃で少しくぼんだ。だが唸り声を上げながら這い上がり、目から蛇行する光線を放つ。しかし、健はそれを切り抜けてキャモレオンの背を飛び越す。
「逃げてもムダだ! そいつはお前をどこまでも追い続け……」
そこまで説明し終わろうとした瞬間――その光線が直撃。キャモレオンは目をやられた。いきり立ってしっぽを叩きつけ、健を吹き飛ばす。
しかし健は空中で体勢を立て直し、剣を振り下ろして反撃! キャモレオンがのけぞるほどの威力だった。力が三倍に増幅したとはいえ、やはりパワーでは健に負けるのか。
しかし、キャモレオンはしぶとく起き上がって唸りを上げる。保護色を使って健の視界から姿を消し、見失って戸惑っている健に目から光弾を放って不意打ちをしかけた。一度だけではなく――二度も三度も。
「どこに消えた……?」
「あせるな、健。ここは慎重に行こう」
相手が姿を消すことを見す見す許してしまった。こうなれば最後、どこから攻撃を受けるか分からない。出方を窺いながら、健とアルヴィーは慎重に行動を続ける。その背後で見えない何者かの目が光り――長い舌が伸びて健を絡めとる!
「! し、しまっ……」
「キエエエエエエェ!!」
そのまま地面へと強く叩きつけられ、反動で空中へ打ち上げられた。体勢を立て直し、舌が伸びた方向に回転しながら斬りかかる。
しかし、そこには既に姿を消したキャモレオンはいなかった。まさか、と、額から汗を流すと……再び背後からの不意打ちが襲いかかった。
盾で防ぐ暇もなく、まさかりで切られ仰向けに吹っ飛ばされてしまった。
「つ……強い!」
「けっけっけっ」
歯が立たずにやられっぱなしの彼を嘲笑う声が聞こえる。悔しいが、確かにこいつは強い。だが負けたくはない――しかし、勝つためにはどうすれば?
その疑問はすぐに答えが出た。ふと脳裏に浮かんだのだ――たったひとつだけ、この逆境を切り抜けて形勢逆転する方法が。
その方法を思い付いた健は――懐から黄色に光るビー玉のような物体を取り出した。
「……健、それは!」
白龍の姿をしたアルヴィーが驚きながらそう呟く。何を隠そう彼が取り出したのは雷のオーブ。
女性天才科学者の白峯とばりが、雷を操るエスパーである不破ライの協力のもとに作り出したオーブだ。力量ならびに精神力が現時点の二倍はなければ使うことはできないとされていた。
「ちゃんと使えるかどうか分からないけど――」
不安だった。強すぎる雷の力を抑え込み、自分のものにできるかどうか。それでも彼はやるしかなかった。選択肢はひとつだけ――必ず奴を倒す。そう心に決めていたのだ。
「やるしかないッ!」
意を決して立ち上がり、思いきって雷のオーブを剣の柄にある穴へセットする。
凄まじいエネルギーが激しい電流となって剣全体に走り、体にも感電による激痛が伝わっていく。
痛い、苦しい――だが、ここは耐えしのぐ。耐えなければ道は開かれない。電流が途切れるそのときまで健は叫び続けた。そして――電流は止まった。
「はあっ、はあっ」
雷の力を抑え込み、見事自分のものとした。淡い紫色のラインが入った黄金の剣を馴らし、力強く振り払う。
構えると同時に青い稲光が周囲に激しく降り注いだ。近くにいたキャモレオンは当然、その餌食となる!
「ゲゲェーーーッ! な、なんだこいつは!?」
稲妻に打たれたキャモレオンが、黒こげになりながら驚愕する。
「――次で終わらせてやる!」
雷のオーブ――果たして、その真の力とは? 戦いはますます激しさを増していく!