EPISODE6:雷光ほとばしる
「……行くぞ!」
健は啖呵を切ってサソリの怪物に向かっていく。こうして近付いてみると、遠くから見たときより更に大きく感じる。トンでもない大きさだ。下手をこけば踏み潰されてしまいそう。
隙を見ては斬ってかかるが、いくら斬ってもヤツの甲殻には傷ひとつ付かない。どうやらあまり通じていないようだ。アルヴィーがそう危惧していたように、こいつは手強い。
確かにさっきの最下級らしいゾンビみたいなクネクネとは、強さも大きさも桁違いだ。どうすればいい? どうすればこいつに勝てるのだろう。頭を捻る必要がありそうだ。
「むう、何もなしは通じぬか。健、属性を変えてみろ。ひょっとすれば効くかもしれんのぅ」
「わかった! じゃあ、さっきの氷で……」
アルヴィーから推奨されたように属性を変え、再び攻撃を開始する。この氷の剣が、あのデカブツに効くといいのだが。
今戦っている大サソリはその巨体のためか動きは鈍いが、攻撃は激しくて重い。故に斬りかかるにも一苦労だ。機敏に――いや、他人から見れば遅いかもしれないが、機敏に攻撃をかわしながら攻撃をくわえていった。
「ウギャー! てがあああああああああああ!!」
「手のしびれに気を取られてどうする! マジメに戦わんか、これは遊びではない。れっきとした命のやりとりなのだぞ!」
言われてみればそうだ。この状況で自分は一体何をしているのだ? 落ち着け、冷静になれ。アルヴィーが言うとおりこれは遊びなどではない、互いの命と命を懸けあった殺し合いだ。故に真剣に向き合わねばならない――。
「そ、そうだ……まじめになれ、僕っ」
ハッと健は我に返り、オーブを入れ替える。冷やしてもダメなら熱しようと思い、炎のオーブを装填。高く跳躍し、ちょうど尻尾の手前まで届いた。
「うらぁ――ッ!!」
そして、炎の剣を向かって真下に剣を突き出す。こいつで脳天に直撃だ。通じるかは分からない、繰り出したのは今が初めてだからだ。効果抜群のダメージ2倍、もしく急所に当たってダメージ2倍であってほしい。そうなれば、相手はひとたまりもないはずだから――。
「どうだ!」
しかし、大サソリはぴたりとも動じない。背中は急所だと勝手に思った自分が浅はかだった。容赦なく、尻尾による突き出しが僕を襲う。突き飛ばされて健はグロッキーになった。合掌――。
(こんなことなら訓練しとくんだった。アルヴィーも明日からビシバシ仕込んでくるんだろうなー、僕ってかっこわりぃ)
「健! 健! しっかりせいッ!」
わからないなりに突撃した挙句反撃を受けた昏倒した健。みゆきを抱えながら彼に駆け寄るアルヴィー。何度も揺り起こそうとするも、案の定健は気を失っていて目を開こうとしない。
「――困ったのぅ……」
本当なら自分が戦ってやりたい所だが、それでは彼の成長のためにはならない。それに今は彼のガールフレンドを介抱していて手が離せない。野ざらしになどしたらシェイドに食われて死んでしまう。
なるだけ自分の力でシェイドを倒させたい、しかし当の主人は絶賛気絶中だ。何か他に、手はないのか。
「誰かは知らねえが、お困りのようだな」
そんな折、音程の低い声が聴こえた。かと思えば声の主がすぐに姿を現した。髪は黄褐色で肌はこんがり焼けた小麦色。服は紺色のジャケットに白ズボン。見たところ口は悪いが、雰囲気から察するに健より年上で熟練しているのだろう。
彼は左手にランスを、右手にバックラーを装着していた。装備も整っている上、えらそうな口ぶりだがある程度熟練した雰囲気を漂わせている。
「てりゃあ!」
風のような、いや風そのもののような速さで動き回る男に、大サソリは翻弄されるばかりだ。すれ違うたびに攻撃を受け、気がつけば大サソリは傷だらけだ。ランスの男は変わらず小ばかにするように超高速で動き回り、遂にトドメを刺そうとする。
「そろそろトドメと行こうか……」
ランスを真っ直ぐに相手へ向け、稲光が穂先へと集中する。雷光のように、いや雷光そのものになって鋭いランスを突き出し、前方に衝撃波をまといながら突進して貫く。
大サソリは大爆発、木っ端微塵に弾け飛んだ。男はランスと盾をいずこへ仕舞うと、清々しく笑いながらアルヴィーの方へ歩いてきた。
「よぉー、姉ちゃん。あんたシェイドだろ。そしてこのヘボのパートナーなんだろう?」
「ああ、そうだ。そういうお主はエスパーの兄ちゃんだろう?」
「……くっ、何故わかった!?」
「簡単なことだ――。お主がヒトに化けたシェイドを気配で見抜けるように、私もエスパーとそうでないモノを気配で見分けることが出来る。たったそれだけのことよ」
得意げにアルヴィーの正体を見抜いた男だったが、それは向こうとて同じ。アルヴィーにも男がエスパーである事はお見通しであった。
そもそも、どう見てもあの超スピードとあの雷は、常人が出せるものではない。男は悔しがるように歯ぎしりしたが、一方でアルヴィーはクールに笑っていた。
「それはそうとひとつ言っておくが、こいつまともに訓練してないだろ? 背ぇばっか伸びててあとはガリガリじゃねぇか……」
「うむ、今日が始めての実戦だったからの」
「ハハッ、そうか……」
やっぱりな、と男は納得して笑った。「もちろん今の不甲斐ない男のままにしておくつもりはない」とアルヴィーは続けた。
すると男は何を思ったか、腕を組みながら少しの間思考をめぐらせる。5分ほど経つと、ようやくランスの男の頭上に電球が浮かんだ。
「……なら、オレにいい考えがある。今度の休みにそいつと模擬戦をやらせてほしいんだが、ダメだったか?」
いい考えとは模擬戦の申し出。同じエスパー同士で訓練し、腕や技を磨きあう。そうやって他のエスパーと切磋琢磨する関係を築くのも強くなる方法の一つだ。
健がエスパーとして、ヒトとして成長する事を望むアルヴィーがそれを蹴るわけがなかった。今のだらしない健のままではシェイドに殺されてあの世逝きだ。それだけは避けたい。仮に負けてもいい、健が一歩だけでも強くなれるのなら。
「――あいわかった。健が回復したらお主との事を伝えておこう。……ところでお主、名前は?」
アルヴィーからの問いに男はフッと笑うと、「不破ライってもんだ、よろしく!」と答えた。
「不破殿か。私の事はアルヴィーと呼んでくれ。気絶してる男は健、今私が介抱している女は、確か……みゆきと言ったかの? 健のガールフレンドとやららしい」
「はいはい。健にみゆきちゃん、それにアルヴィーか。よろしくな、アルヴィーちゃん」
「……やめい、照れ臭いだろうが。『さん』でいい」
頬を赤らめながら、アルヴィーはぷいっと顔を背けた。そして、不破はさっさと退却してしまった。その速さ、まさに疾風のごとく。
「……じきに夜も更けるな。このおなごもアパートに連れてって、一緒に寝させてやるか」