EPISODE77:久しぶりの模擬戦
「ふっ、くっ……!」
「がんばれ! あと1回だ!」
「ふんぬーっ! はぁっ、はぁっ……できたぁ~ッ」
その翌日、健とアルヴィーは朝からスポーツジムへ入り浸って特訓していた。
家で筋トレするだけではダメだと実感し始めたのと、もっと他にいろいろなことをしなければ強くなれないと確信した彼は、ジムに設置された様々な器具を使ったトレーニング法を思いついたのだ。
つい先程までやっていたのはベンチプレスだ。ウェイトトレーニングの中でもとくに代表的なもののひとつで、主に大胸筋や腕の筋肉を鍛えることが可能だ。
また、これを行うだけでも上半身の筋肉の60~80%を鍛えることも可能だという。
この他にも以前やったようにアルヴィーに稽古をつけってもらったり、不破がいつもやっているようにひたすらにサンドバッグを殴り続けたりもした。
しかし、何をやってもいまいちパッとしない。もしや、使えずじまいで終わってしまうのでは――そう危惧して不安になり始めた二人の前に、助け舟を差し出したものがいた。
そのものとは――そう、不破ライだ。彼だけではなく、その傍らには微笑みをたたえながら手を後ろに回して何かを持っている女性――風月みゆきもいた。
「オッスオッス! 張り切ってるみたいだなぁ、お二人さん」
「不破さん、しばらくぶりです」
「えへへ。またお弁当作ってきちゃった♪」
「みゆきまで! それってホント?」
3週間ぶり、いや――もっと経っていただろうか。とにかく、健もアルヴィーも、そしてみゆきも久々に不破と出会えた。
以前の常に怒っていたり、どこか重苦しい表情ばかりを浮かべていたりした不破と同一人物とは思えないほど豪放で、陽気になっていた。
以前までの不破が『ぶっきらぼうで近寄りがたい先輩』なら、今の彼は『よき兄貴分』というにふさわしい。
「話は白峯さんから聞いたぜ。例のオーブが使いこなせるように特訓してたんだってな?」
「はい。とにかくいろいろやってみたんですけど、あんまり効果がないような気がして」
「……そういうだろうと思った。オレが特別に訓練してやろう」
「本当ですか!?」と、健が感謝の言葉を口にした。しかし同時に、以前のように一方的にボコられ何もできない状況にされるのではないだろうか? という不安も抱いていた。
不破に誘われるまま、3人はどこかの空き地に向かう。そこはかつて健が不破と模擬戦を行った3丁目の空き地だった。
当時の嫌な思い出が蘇ったか、健は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。思えばあのときは、自分の態度にも問題があったかもしれない。
しかしそれ以上にいけなかったのは――不破の態度だ。思い出しただけでむせ返りそうである。事実、健は顔を土気色にしていた。
そんな彼の顔色を見て、アルヴィーとみゆきは「大丈夫だろうか」と心配していた。
「おい、どうしたんだよさっきから? 顔が曇ってるぞ」
「べ、別になんでもありませんよ」
「そう。大丈夫かね、そんな暗い顔で」
不破が呟いた。少し呆れた表情だ。しかし、すぐに険しい表情に変わり左手に握ったランスを突きつける。
円錐状の穂先は、しっかり、まっすぐと健に向けられていた。
「まあいい。はじめっぞ!」
「望むところッ!」
戦いの火ぶたが切って落とされた。先攻をとったのは不破だ、捉えるのが困難なほどの速度で走って健をかく乱する。
――確かに直接、肉眼で相手を視るのは少々辛いかもしれない。だが、心の目を開けば見える!
振り向きざまに一閃! だが、当たったのに当たった感覚がしなかった。感覚が矛盾している――。まさか!
「残像だ!」
「っぐ!」
背後から大きく蹴り飛ばされ、地面を転がって行く。しかしすぐに立ち上がり、不破目掛けて走っていく。
そのまま切りかかるもかわされ、不破は「動きを乱すな!」と指摘。
「戦いってのは相手にペースを崩されたら終わりなんだ。自分のテンポを保て。相手の動きを読めば、自然と息は乱れない」
「……はいっ!」
アルヴィーもみゆきも、訓練とはいえ緊迫感漂うこの戦いを見て思わず息を呑んでいた。
危なっかしい二人のことである、いくら訓練といえども下手すればお互い殺しあうことに繋がりかねない。
だから戦いを傍観する方もそれなりに覚悟が必要だったのだ。みゆきはやや心配そうに、アルヴィーはあくまで冷静に――二人の戦いぶりを見ていた。
「ついてこれるか!」
不破が再び加速。あまりの速さに自分が遅く感じてしまう。いや、それは至極当然の事ではあるのだが――。
それを差し引いても彼は速い。しかも、完全にこちらのペースを崩そうとしている。
いつまでも相手の好きにさせてはいられない――ヘナヘナしていた健の目の色が、険しいものへと変わっていく。
その瞳の中は、熱い闘志で燃え上がっていた。
「どうした? こっちは全速力じゃないんだぜ」
不破が自信に満ちた口調でそう挑発する。だが、健は一歩も動じない。不審に思うも、これを好機と見て思い切り振りかぶる。
しかし、健はすぐさま振り向き――油断していた不破を横薙ぎに切り払った。うしろに仰け反りながら、「やるな」と不破が呟いた。
「だが――コイツはどうかな!」
「ぬっ」
不破が静かに歩き出す。かと思えば――途中で3人に分身して一気に加速をつけた。誰が分身で、誰が本物か?
一瞬では見分けが付かない。だが、心を研ぎ澄ませれば――見破れる!
「本物が誰か当ててみな!」
言われずとも分かっていた。健は剣を構えて立ち向かう。やがて彼を中心に三角形を作るような形で囲まれるが――健は剣を構えたまま微動だにしない。
業を煮やした3人の不破が一斉に襲いかかるが、待っていたと言わんばかりに健は回転しながらの斬撃を浴びせたッ
斬られたうち2人は雲散霧消し、残った一人は悶えていた。つまり他は幻で、こいつが本物だ。
「腕を上げたな」
「不破さんもね!」
剣とランスが幾度となくぶつかりあい、火花を散らす。パワー、テクニック、そしてスピード――己が持つ力すべてが問われる場面だ。
単なる武器のぶつけあいではなく――己の意志ならびに魂もぶつかりあい、弾け飛ぶのだ。
健に腕力で押し切られ、距離を空けた不破は疾走し跳躍。空中で激しくランスを振り回しながら、落下する勢いを利用して渾身の一撃を叩き込もうとする。
すさまじいスピードに加えて全体重も加算されている――。生半可な攻撃や防御では打ち破れないし防ぐこともままならない。
では、一体彼はどうやってこの場を切り抜けようというのか? ――その答えは簡単だ。少々荒っぽいが、やられる前にやってしまえばいいのだ。
今更あとには引けない、攻め切る姿勢あるのみ。健が大きくその長剣を一振りしたとき、とてつもないほどのパワーが不破の魂に刻み付けられるッ!
「ぐぇアアアアア!!」
「まだまだ行きますよ……不破さんッ!!」
宙を舞い、地面に叩きつけられた不破が立ち上がる。しかし、反撃する機会はなかった。
健は剣に炎のオーブを装填し――剣に力を溜める。
「ちょ、ちょっと。健くん、それはやりすぎじゃないの……。アルヴィーさんもなにか、あれ? いない!」
それと同時に、アルヴィーがみゆきの隣から忽然と姿を消していた。
まさか、自分が戦いに気を取られている間に――? 気付いた頃には、アルヴィーは龍の姿となって健のそばを舞っていた。
そして跳躍し――剣を斜め下へと突き出す。狙いは無論、少し息を荒げてきた不破だ。
「うおおおおおーーっ!!」
「くっ。ダメだ……防ぎきれねぇ!!」
燃え盛る赤い炎と、灼熱の青い炎――ふたつの炎を纏い、急降下しながら不破へと突撃する!
対する不破も自然と体を動かし右手のバックラーを突き出して防御体制に入ったが――健はこともあろうか防御ごと不破を貫き、着地と同時に爆発を起こした。
吹き飛ばされた不破はボロボロになりながらも、ランスを杖代わりにして立ち上がる。苦痛にうめきながらも、少しだけ笑っていた。
「おいおい……、必殺技使うンなら使うって最初から言ってくれよ」
「すみませんでしたっ。ついいつもの勢いでやっちゃって……」
先程まで激情的になって、お互いに訓練という範疇を超えた激戦を繰り広げていた相手に――健は頭を下げた。
そんな彼を前に「やれやれ」、と不破は呆れるように返答した。
「さっきはすみませんでした」
「もういいって……アイタタ」
少々やり過ぎてしまった気がしたが、幸い不破の傷は浅かった。
彼に応急処置を施したのはみゆきだった。彼女は曲がりなりにも医者の娘である。医学にはあまり明るくないものの、応急手当の心得はあった。
それに加え、エスパーは傷の回復が常人より早い。明日か明後日になれば、もう治っているだろう。
「それより東條。お前、もう例のアレ使えるんじゃねえか?」
「えっ? でも……」
「そう謙遜しなさんな。お前さんはこのオレ様を打ち破るほどのパワーをもう持ってんじゃねえか。精神力だってとくに問題ないと思うぜ」
豪快に不破が笑い飛ばした。思わず釣られて、他の3人も笑い出す。
「ありがとうございます。明日試しに使ってみますね」
「そうだな。それがいい」
むくりと不破が立ち上がった。「まだ安静にしてないと!」とみゆきが呼び止めようとしたが、不破はにっこり笑ってサムズアップと共に「このくらい大丈夫さ!」と誇らしげに言った。
そのまま玄関で靴を履き、不破は健の自宅アパートをあとにした。3人とも呆気にとられたような表情で、同じような事を思っていた。「ずいぶんエネルギッシュだなぁ」――と。
「そうだ! お弁当まだ食べてなかった!」
「わたしもお昼まだだった!」
「そういえば私もまだだ。困ったのぅ」
「え~っ」
2人の声を聞いた健は、すぐにでもみゆきの手作り弁当を食べたいという気持ちを押さえつつ手を洗ってキッチンへ向かう。
キャベツやもやしににんじんといった野菜や豚肉、そしてそばを取り出し、手早く調理してフライパンに入れてかき混ぜていく。
こうしているうちにもアルヴィーとみゆきは腹を空かせて待っている。早く作り上げてしまわないと――。
「お待たせ~。今日はソース焼きそばだよ! 3人でわけっこしよう」
やがて完成した料理を2人の下へと持っていく。大きなお皿いっぱいに盛り付けられたソース焼きそばだ。
トッピングされた青海苔が香りと風味を引き立て、空腹をより一層加速させる。素朴な作りながらも思わずよだれが出てしまいそうな出来だ。
「もぐもぐ……おいし~!」
「野菜と肉がほどよく入っておるな! こいつはうまい!」
「そんなに大したことないよォ」
一人暮らしをしている為か、料理好きのみゆきほどではないものの健は料理が上手だった。
その腕は知り合いなら皆絶賛し、自分で弁当を作ってバイト先に持参するほどだ。
現にアルヴィーもみゆきも舌鼓を打ち、満足げな表情で焼きそばを食べていた。
ちなみになぜ健がこの場で焼きそばを炒めたのかというと――簡単な上にすぐに作れて、それでいておいしいから。
更に付け加えれば、肉も野菜も、炭水化物も全部入っていて一粒でいろいろとおいしいからである。
そんな中で健は弁当箱を包んでいたランチクロスをほどき、ふたを開けると――トリの唐揚げと白ごはんをメインに野菜やスパゲティを散りばめたちょっぴり豪華なランチが入っていた。
「いただきまーす!」
健もまた舌鼓を打ち、心の底から満面の笑みを浮かべた。
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