EPISODE74:こちら激戦区
カメレオンと不破、両者はにらみ合い直立したまま一歩も動かない。お互い様子を伺っているままだ。先に動いたのは――不破だった。
先手必勝と言わんばかりに、相手が対応しきれないほど凄まじい速度で猛攻を加えていく。もちろんこのまま完封できるとは思っていないが、もし相手が打たれ弱いのならすぐに片付けられるだろう。
やや過剰すぎる節はあるものの、こういった自信があるからこそ不破は思いきった戦い方ができるのだ。
そのすばやい動きの前では、ただ力任せに武器を振るうだけではかすりもしない。事実、カメレオンの攻撃はことごとくかわされ、当たっても弾かれる有様だった。
「は、早い」
「ここじゃ狭い……外でやろうぜ!」
不破が構えたランスの穂先で稲妻が激しく弾け飛んでいた。うろたえるカメレオンを蚊ほども気にせず、そのまま勢いに乗って突撃して壁をぶち破った。
壁をぶち抜いて飛び出した先は――高架下に広がる河川敷だ。広々としており、ここならあまり被害は出ないし迷惑もかからない。つまり、戦うにはうってつけの場所だということだ。
「ぐえええっ」
先程の突進しながらのチャージ攻撃が直撃して倒れていたところへ更に追撃が加えられ、無様にも大きく吹っ飛ばされて転がっていく。
小石に体を痛め付けられ、やがて頑丈で硬い塀に叩きつけられた。容赦ない突き攻撃をかわしたかと思えば、保護色で周りの景色に溶け込んで姿を消した。
「くそっ、どこ行きやがった?」
「けーっけっけ。お前の後ろだぁ!」
「ご親切にどうもッ!」
すばやく振り向き同時に切り払う。奇声を上げながら上空へ打ち上がったカメレオンに追い討ちをかけ、地面へと叩き落とした。
その軽妙で隙のないフットワークの前では、反撃など一切許されない。つけ入るわずかな隙すらもなく、無謀にも彼に戦いを挑んでしまった相手はただ一方的に攻撃されて押されるのみだ。
次第にカメレオンは焦燥を隠しきれなくなり、ついにそれが表に出た。怒りに任せて襲いかかるもその乱雑な振り方では不破には通じず、何度切りかかっても返り討ちに遭った。
「化け物にしてはそれなりにやるようだが……よくそんなんで今までやってこれたな」
「う、うるせぇ!」
カメレオンが軽快に動きそのまま飛びかかる。
だが――それでも不破には通じない。軽くいなされ再び地面に叩きつけられた。
「おせぇよ!」
「こ、こいつ……強すぎるっ!!」
幾度となく地面を転がされ、ランスを何度も打ち付けられ――カメレオンは心身共にボロボロだった。だが、彼も負けっぱなしではなかった――!
「だ、だが……一対一では強くても多数が相手ならどうかなぁ!?」
図々しくも勝ち誇ったような金切り声を上げると、声に応じるかのように隙間から大量の最下級シェイド――クリーパーが現れた。
ざっと数えて五十匹。いや、百匹ぐらいはいた。熟練しているとはいえ、この数を相手にするのは流石の不破でも少々厳しい。
余裕のある顔つきで挑んでいた彼の表情も、さすがに張り詰めたものとなっていた。見渡す限り周りは――うねうねとひしめくシェイドの集団。
無論、このまま呑み込まれて食われるつもりはない。では、どうするか。考えるまでもなくその答えなら既に出ていた。
――力を振り絞って敵をすべて一掃するまでだ! 不破がランスをかざすと円錐形をした穂先から、激しい電撃がほとばしり最下級シェイドを蹴散らしていく。
一体、また一体。気付けば不破を取り囲んでいた最下級シェイドはほとんどいない。不破がランスで自分の周囲を回転しながら切り払ったときには既に、全員霧消していた。
「さて、どうすんだ? お前のお友達はみんないなくなったようだが」
「ギギギ……!」
頼みの綱もなで斬りにされ、もはや行き場はなくなった。恐怖に怯えたか、カメレオンの体が著しくびくついていた。
「それにお前ももうボロボロだ。こっちは部下を呼んでお前をそのまま取り押さえることだってできるんだぜ。さあ、どうすんだ?」
「に、逃げるが勝ちだぁっ!」
後ずさりしていくカメレオンだったが、隙を見てすたこらさっさと逃亡。
高架の真下まで追いかけるも、隙間に飛び込まれ逃げきられてしまった。
舌打ちすると不破は携帯電話を取り出し、モニタールームに連絡を入れるための番号を入力する。
「オレだ。敵を逃してしまった……すぐそちらへ帰還する」
先程壁をぶち抜いた駐車場へ戻って愛用の黒いバイクにまたがり、全速力で警視庁を目指す。
あと少しで倒せたかもしれない相手を見逃してしまったのは腑に落ちないし、自分に対して怒りたくなるが――すべては自分の甘さが原因だ。
だが、逆に言えばそれは――東條健と知り合ってから心持ち優しくなった、ということなのかもしれない。
「戻ったぞ!」
「おかえり。惜しいね不破くん、良いところまで行ったのに逃しちゃうなんてさぁ」
手元にある資料を見ながら、ふて腐れたような、呆れたような曖昧な口振りで村上が話しかけてきた。
眉を若干吊り下げながら言っており、こちらの神経を逆なでするような、嫌がらせも含まれた口調であった。メガネのブリッジを指で上げている仕草が、余計に腹立たしい。
「すまねぇ、オレが気を抜いたばっかりに……」
「この役立たず!」
急に立ち上がってなじったかと思えば、裏拳を不破の左頬に叩きつける。床に突っ伏した不破の胸ぐらを掴み上げると、威圧するような目付きで睨み付けた。
「反省するのは結構だが、わざわざ口に出さなくてもいい。ヘドが出るんだよ」
「うっ、く……」
「それに僕が失敗が嫌いだってことは、君もよーく知っているはずだ。あとはわかるよなぁ……不破?」
今にも血を吐き出しそうなうめき声を上げ、苦しそうに不破がもがく。自分の襟を掴んでいる村上の手をどけようと必死になっていた。
「なんのマネだ、離せ……離せぇッ!」
「誰に口を聞いているのかなぁ? 僕は君の『上司』なんだぞ。その上司に偉そうな口を聞くのは止してもらいたいものだが」
「ふ、二人ともやめてください!」
険悪なムードに周りも狼狽する中、ただ一人だけその渦中に飛び込んだ勇気ある人物がいた。黒髪に赤い瞳をした婦警――宍戸だ。
いつものような笑顔はたたえておらず――凛として険しい表情をしていた。そして彼女は二人の襟をつかんで勢いよく頭をぶつけ合わせ――『ごっつんこ』させた。
その衝撃で不破と村上――両雄は突っ伏した。不破は目を回しておかしな表情を浮かべたまま座り込んでおり、村上は白目をむいて舌を出していた。更に頭上には星が回っている。
「ケンカはダメです!」
「ごめんちゃい……」
村上と不破。ケンカの絶えぬ二人を止めるのは大抵が宍戸小梅の役割。はじめは気が咎めていたものの、気がつけば彼女もすっかり仲裁役が板についていた。
「うっぐ」
どこかの廃工場。送電線の鉄塔の隙間から突如としてカメレオンのような怪物が飛び出して転がってきた。
人食いの怪物どもが跋扈し人を襲うこの世では、普通なようで――普通ではない光景だった。しかもその怪物が人語を解し喋ったとしたら、なおさら『普通の光景』ではない。
「へへっ。ここまで来れば……」
モザイク状に姿を変化させ、人の姿になって廃工場の付近を歩いていく。入り組んだ地形だ。
それでいて狭いため普通に歩く分ならともかく、仮に戦うとなれば動きづらいことこの上ない。
廃工場を出て街中へ出ると、何度か見たことがある顔ぶれと出くわした。
茶髪で外ハネの青年、東條健と――その隣には長い白髪の女性、それから東條とは同年代と思われる藤色の髪をした女性。以上の三人だ。
「お前は……三谷! 何しに来た!」
「きゃっ……来ないで!」
「な、なあ――そんなこと言わずに助けてくれよ! 俺ぁ悪い奴らに追われてるんだ! あいつらとても強くて俺がかなう相手じゃねえ。だ、だが、お前と手を組めばそいつら倒せるかもしれねーんだ」
何を血迷ったか、戸惑い敵意を露わにする3人をよそにそんな話を持ちかけた。とはいえ、だいたい当たってはいた。どの道このまま帰っても甲斐崎から挨拶代わりに大目玉を食らうだけ。
しかも自分は既に用済みと宣告されたクチ。人間社会で言うならば、会社の窓際に追いやられた挙句リストラを宣告されたようなものだ。
だからといってそのまま辞めてやるつもりはない。どうせ辞めるなら、自分を散々バカにしてきた連中を見返してやりたい。
口うるさいだけの上司に下剋上がしたい。そこで彼は思いついたのだ――東條健という男に協力してもらえるように持ちかけ、手を組もうと。
彼はまだ未熟ながら日々強くなりつつあるし、実際に戦ってみて分かったが新人のエスパーにしてはかなり強い。
着目した理由はそれだけではない。かつて同士であったアルビノドラグーンが――彼のパートナーとして契約を交わしていたから、というのもあった。
彼女は上級シェイドの中でも指折りの実力と地位を誇り、上手く丸め込めば強力な味方となってくれるかもしれないからだ。
現在上級シェイド――否、シェイドすべての頂点に君臨している甲斐崎も強大だが、それとタメを張れるほどアルビノドラグーンも強い。
彼女や東條健と組めば、にっくき甲斐崎を打ち倒し世界中の笑い者にすることは容易い! 自分はなんと天才的なのだろうか――そう三谷は思い込んでいた。
「俺は上の上のシェイドで、お前は超つえぇスーパールーキー。俺たちが組めば怖いもんなしだ! 一緒に悪い奴らと不破をやっつけようぜ!!」
「――そういうことか。仲間を出し抜こうと思ったが、失敗したから守って欲しいと?」
アルヴィーが胸をたくし上げるように腕を組みながら、呆れた口調で鋭く冷徹な視線を浴びせた。
「……断る」
「なぜだ。悪い話じゃないと思うんだが」
「確かにそうかもね。けど、心の底からそうは思えない。それに……不破さんは大切な仲間だ。何されたか知らないけど、その悪いヤツと一緒にするな!」
「ケッ! そうかい! じゃあ死んでもらうしかねえなぁ!」
帰ってきた答えは言わずもがな『NO』だった。そもそも三谷は彼らを何度も陰湿で卑劣な手段を用いて苦しめてきた。
ゆえに彼の要求を拒否するのは当然の事であった。にも関わらず、三谷は彼らに協力を持ちかけた。――文字通り、愚の骨頂といえよう。
舌打ちした三谷は怪物の姿に変身し、その凶刃を振りかざす。狙いは――藤色の髪をしたみゆきだった。しかし間一髪、健が盾で攻撃を弾いた。
「チィッ!」
「アルヴィー、みゆきを頼む!」
三谷を遠くへ吹き飛ばし、戦場は街中から廃工場へと移る。
複雑な地形から長引けば長引くほど不利になる。両者とも――早々にケリをつけねばと思っていた。
「うぐ……」
不破との戦いで負ったダメージが響いたか、三谷は思うように体を動かせなかった。
苦痛でよろめいている間にも健はどんどん攻め込んでいく。このままでは三谷の負けは確実。
更に健はパワーも強く、今の状態ではただ単に剣を振りかぶられただけでも致命傷になりかねないほどだ。
やがて反撃も出来ぬまま押されていき、遂には膝を突かされた。
「こ、降参だ!」
「……なに!?」
「もう悪さはしない。だからここは見逃してくれ」
「本当だな?」
――やや信じがたい。卑怯な三谷のことだ、背を見せればすぐさま切りかかってくるかもしれない。
だから迂闊に背中を向けて去ることは出来ない。だが、一度くらいは情けをかけてやってもいいかもしれない。
熟考した末、健はこの場に免じて見逃してやろうとした。
――それがいけなかったのだ。
「んなワケねぇだろバーカ!」
立ち去ろうとしたところを一気に詰め寄られ背中を切られたのだ。幸いかすり傷だったものの、体に激痛が伝わっていく。
どくどくと背中の傷口から流れ出る血がなんとも痛々しい。うめき声を上げながら、無残にも健は相手の逆転を許してしまったのだ。
(甘かった……こいつが悪いヤツだってことは分かってたのに。なんてバカなんだ……!)
「騙されてくれた記念にプレゼントをやろう」
痛みを堪えて立ち上がると、三谷が舌で血をなめとり薄ら笑いを浮かべていた。両手でまさかりを持ち上げそのまま突撃し、眼前で振り下ろす!
自分を責めている暇はない。出し抜かれてしまったものの相手は手負い、ここから形勢逆転して畳みかければ――勝てるかもしれない。勝てなくても相打ちには追い込めるはず――。
「地獄への片道切符だぁぁぁぁぁ!!」
「デェヤアアアアア!!」
それは火事場の馬鹿力のようなものか? 勇気を出して捨て身の一撃を一太刀浴びせた。
「ぎょおおおおおお!!」
仰向けに吹き飛んだ三谷から紫色をした血液がべったりと飛び散り、地面へこびりつく。体力を大きく削った健は、剣を杖代わりにして立つのがやっとの状態になっていた。
大ダメージを受け人間体に戻った三谷は死なずにすんだものの――ひどく恐怖して情けない声を上げながら後ずさりしていた。
「こ、こいつ、バケモノか!? ひえ――っ」
騙まし討ちしてから見せた威勢は単なる虚勢でしかなかった。その恐怖にひきつった顔を見れば一目瞭然であり、彼がもはや東條健より弱いのは否定できないことであった。
そもそも三谷は直接戦闘は得意ではなく、どちらかといえばかく乱やその透明化する能力や他人の姿に化ける能力を駆使した騙まし討ちを得意としていた。
彼自身も上級シェイドとしてはまずまずの強さだったが、実力の低さをその卑怯さと狡猾さでカバーしていたといえる。
「はあっ……はぁっ……」
相打ったものの三谷を退けた健は工場を後にし、みゆきやアルヴィーのもとに戻る。背中の傷がうずき、時折苦しげな唸り声を上げていた。
「健っ!」
「健くんっ!」
「安心して。あのカメレオン野郎は、追っ払ってきたから……うっ!!」
二人に肩を持ってもらい、治療してもらうべく近くの病院へと急ぐ。二人とも苦痛に喘ぐ声を聞いていても立ってもいられなくなったのだろう。
善は急げだ、それにこのままでは健は死ぬかもしれない。時は一刻を争っていた――。
息を荒げるほど走った末、診療所に辿り着いた。メガネをかけた優しそうな顔つきの医者の男性に用件を話すと、医者は快く承諾して診察してくれた。
「――切り傷によく効く薬を塗っておきました。あとはご自宅で安静にしていれば翌朝には治るでしょう」
「かたじけない」
「本当にありがとうございます! なんとお礼を申し上げたらいいのやら……」
「いえいえ。困った時はお互い様ですからね」
焦燥に駆られていた二人の顔が満面の笑みに変わった。診察代を払い、3人は診療所を出て駅前にあるアパートへ向かった。
ここまで来れば一安心だ。途中でみゆきとも別れ、二人はアパートにある自室へと入っていった。
「浅い傷で済んでよかったな。しかし三谷のヤツ……騙まし討ちまでするとはますます許せん」
「ホントだよ。少しでも信じた僕がバカだった」
「なあに、心配するでない。次からは騙されぬように警戒心を強めれば大丈夫だ」
「そうだね!」
二人で仲良く雑談していると、突如として健の携帯電話から着信音が鳴り出した。
いつもながら激しく振動しており、音量も大きかった。
背中の傷に響かぬようそろりと静かに携帯をとり、相手と通話する。
「もしもし、東條です」
「あっ、東條くん。まだ起きてるかしら?」
「はい、白峯さん。さっき帰ってきたところです」
「そっか。実はね、あなたとアルヴィーさんに嬉しいお知らせがあるの。どんなことか聞きたい?」
「いい知らせですか? 是非!」
いい知らせがあると聞いて健は興味しんしんだ。近くにいたアルヴィーも期待に胸を膨らませてスタンバイしていた。
「はい! じゃあ、言うわよ。実はねー……このたび、新しくオーブを作っちゃったの!」
さり気無く白峯はそう言っていたが――この時、二人にただならぬ衝撃が走った。