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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第4章 夢のジャムセッション
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EPISODE72:めぐりめぐって

「はぁ……」


 来ない。


「はぁぁ……」


 誰も来ない。


「はぁ〜〜〜〜っ」


 さっぱり儲けられない。彼はいつまで経っても鳴かず飛ばずだ。募金箱を置いたのがいけなかったのか? 通行人を邪魔してしまうからか?

 気難しい顔を浮かべながら、今日も狩谷は駅前で淡々とギターを弾いていた。そのうち彼の腕前を気に入った通行人たちが、わずかながらも銭を入れていく。

 気持ちはありがたいが、しかし、これっぽっちでは満足はできないし納得できないのも事実。彼は密かに待っていた、金持ちがやってきて諭吉を三枚ほど恵んでくれるようなことを――。


「うまくいかねえなぁ」


 そのうち考えるのもギターを弾くのも面倒臭くなり、狩谷は駅前から別の場所に移動することにした。ここよりもっと、人通りが多いようなところに。静かで打ち込みに集中できるようなところに――。

 たまった金をはたいて、彼は電車で京都の隣である滋賀県へ。石山駅の広場で歌を披露して見せるも、誰も来ない。

 みんな通り過ぎていき、ふと振り向いたかと思えば彼の奏でる曲が気になっただけ。何せ時間が時間だった。

 その時はもう夜遅くで、みんな自分のことで頭がいっぱいだったので、彼自身に目を向けていられる余裕はなかったのだ。


「くっそー! ここもダメだったか……」


 その後も狩谷は各地を転々とした。すぐ近くの大阪に山科、和歌山に奈良、三重に福井、そして淡路島や神戸――本州を中心に何度もライブや弾き語りを続けたが、結果集まったのは数人だけ。

 金銭に至っては、これだけ活動したにも関わらず約5万円ほどだ。だいぶ抑えれば一応食っていけないこともないが――余裕があまりない。

 一応銀行にそれなりに貯蓄はあるが、もちろんギャンブル等の無駄なことには使えない。アルペジオを脱退してから毎日が苦しい、だから金を欲している。

 しかし現状はこのざま――このまま売れないミュージシャンとして一生を終えてしまうのだろうか? 将来そうなってしまうであろう可能性があることを予想した狩谷は、少し憂鬱になっていた。

 いきなり孤立してしまった故に相談できる相手は一人もおらず、行く宛もない。彼はとにかく心細かった、胸が張り裂けそうなくらい悩みを抱え込んでいたのだ。


「ふぅ……」


 各地を回った末にやがて東京に戻った狩谷は、芝浦ふ頭で夜景を見ながらたそがれていた。

 彼の荒んだ心も、星空や海面に映った都会のネオンを観ていれば少しは安らぐかもしれない。そして狩谷は、ため息が出るほどにうっとりしていた。


「俺って何やってんだろうなあ。みんなに文句垂れてまで独立したけど結局なんにも出来てねぇし、閑古鳥は鳴いてるし……」

「お困りのようだなぁ?」


 ジッと夜景を見つめている狩谷の肩を、何者かが叩いた。

 慌てて振り向くと、サングラスにグレーのスーツを着た見るからに怪しい男がそこにいた。ズボンのポケットに手を突っ込んでおり、見下すような目線で狩谷を見ている。


「誰だあんた……!?」

「そう警戒しなさんな。私は芸能プロの社長なんだが、同時に君のファンでもあってね……」

「へぇ、社長さん? そりゃどうも」


 至極嫌そうな顔をしながら、怪しい男に向かって皮肉混じりにそう答えた。


「確か一人でプロ目指すって言って、バンドの仲間と揉めて抜け出したんだってな? そいつは気の毒なこった」

「なんでそれを……てめえ何もんだっ!」

「そうカリカリするんじゃない」


 相手の神経を逆撫でするような嫌味ったらしい口調。

 小バカにしているような上から目線。狩谷はどうしようもないほどに苛立っていた。そのうち殴りかかろうとしたが、寸前で手を止められ


「待て待て、ちょっと待て。人の話はよく聞くもんだぞ」

「むぅ……」

「私はね、君のプロデビューを支援したいと思っているんだよ。君ほどの才能の持ち主を腐らせてしまうのはもったいない。だが、しかしだ。その為にはマネージャーと金がいるだろう? そこでだ、私の方から金を用意しよう」


 酒でも入ったような勢いで、サングラスの男が喋り出す。呆気にとられるほど早口で饒舌だった。

 しかし注目するべきは、マネージャーになってくれるという上に金を用意しようという発言をしたこと。

 こんなにうまい話があるわけがない――というのは頭では分かっていた。だが、背に腹は換えられない。それに自分は貧乏だ、プロデビューしようとなるとかなりの金額が必要となる。ほぼ間違いなく今の自分の稼ぎでは到底払いきれないだろう。


「それでどうだ?」

「……乗った! その代わり、ちゃんと約束は果たしてくださいよ」

「ああ、約束しよう」


 こうして狩谷は、疑念を抱きながらも芸能プロダクションの社長(と名乗る男)と契約を交わした。このとき狩谷は見ていなかったが、芸能プロの社長らしき男はにやりと笑い舌なめずりをしていた。



 明け方、都内の廃ビルにて。黒装束の男とその仲間と思われる者たちが屯していた。

 仲間とトランプに勤しむもの、ソファーでふんぞり返っているもの、鉄パイプを肩に担いでいるもの――容姿・服装や行動まで多種多様であったが、全員に共通していることは、誰しも近寄りがたい雰囲気であったということだ。そして黒装束の男たちがいる部屋の中に、芸能プロダクションの社長と名乗った男が入ってきた。


「今回の作戦……お前にしてはよく考えたじゃないか、三谷?」

「ヘッ。相変わらずヤな言い方しやがりますねえ!」


 三谷――と呼ばれた男の姿がモザイク状に歪んでいく。元に戻った時、その姿はカジュアルな服装をした今時の若者になっていた。

 これが彼本来の姿だ。彼はエボシカメレオンの特徴を持つ上級シェイドであり、その能力を使って他者に化けることが出来る。

 それに加え、周囲の景色に溶け込み透明化することも可能だ。如何なるセキュリティにも引っかからないし、レーダーにも映らない――というのは、本人の弁。実際にそうなのかはまだ、その目で確かめなければ分からない。


「嫌な役目は全部俺に押し付けておいて、あんたらは遊び呆けてたってのか? それはねェよなぁ」

「おい三谷! てめえ余裕こいてる場合か?」

「あぐぅ!?」


 鉄パイプを持った男が三谷に近寄り、地面で摩擦していた鉄パイプを――思い切り叩きつける! 三谷は床に転がり、そのままの姿勢で鉄パイプの男に踏まれた。

 この男はバンダナを巻いており、細身ながらがっちりとした体格をしていた。革製のジャケットを羽織っており、見るからに粗暴で威圧的な態度が目立つ、ワイルドな風貌の男だ。


「お前、今回失敗したらもう次は許してもらえないんじゃねえか? そうですよね、社長?」


 三谷を踏みつけたまま、黒装束の男――確認をとる。鉄パイプを持った男に甲斐崎が近寄ると、冷淡とした表情のまま睨むように顔を寄せた。


「そのくらいにしておけ」


 鋭い眼光に恐れをなしたか、それとも全身から発せられている覇気に威圧されたか。

 素直に甲斐崎の言うことに従って鉄パイプの男が引き下がった。

 三谷を立たせて諭す――と思いきや、壁際に追い詰めて更に恐怖を与えんとしていた。


「いいか、三谷。もうよーく知っていると思うが、私は失敗が嫌いなんだ」

「へ、へい」

「今回もまた失敗すれば、私はお前を切り捨てるぞ。しくじれば4度目はない! ……そう肝に銘じておけッ!!」


 壁と密着している三谷の体が腰から下にずり落ちていく。彼に背を向けて歩き出し、今度はトランプでババ抜きを嗜んでいた二人に近寄る。

 その二人のうち片方はファンキーな服装に身を包んだ男で、動きが少しなよなよしていた。もう片方は顔に色あせた包帯を巻いた男でロングコートを着ており、表情が読み取れない為不気味なイメージを漂わせている。ただ、視界を確保するためか目の周辺には穴を開けていた。


「――行くぞ」

「は、はいっ!」

「ただちにッ!」


 慌てて立ち上がり、鉄パイプの男と共に甲斐崎のうしろに並んでついていく。壁際に追い詰められた三谷は、案の定置き去りだ。なよなよした男が一瞬だけ振り返り、バカにしたような表情で三谷を見ていた。


「く、くそ! みんなそろってバカにしやがって」


 甲斐崎たちが廃ビルからいなくなったあと、憤った三谷が壁に拳を叩きつける。

 周囲からことごとくコケにされ、プライドをズタズタにされてしまっては怒りたくもなるというものだ。

 せめて一度くらいはバカにした連中を見返したい。そして汚名を挽回、いや、返上したい。

 今の三谷はそのことにひたすらこだわり、狂おしいほどに固執していた。


「見てろよ……ぜってェ手柄立ててやるっ!」

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