EPIOSDE70:友達じゃねえ!
その翌日――。健は起床すると玄関のポストに突っ込まれていた新聞をとり、リビングで目を半開きにしながら読みふけっていた。
昨晩は早めに寝て彼自身も十分に睡眠をとっていたはずなのだが、それでも目が至極眠たそうにしていた。
寝過ぎでかえって眠たくなった――ということなのかもしれない。もしくは、いま読んでいる新聞の字が細かい上に、びっしりと狭いところに並んでいたために眠気を誘発したのかもしれない。
「おはよう健……今日は早いのー」
気だるそうに喋りながらアルヴィーが起きてきた。まだまだ眠気が抜けきっておらず、閉じた片目を少しこすっていた。
この頃血圧が低いらしく、いつも寝起きはこんな調子なのだそうだ。その妖艶な肢体をくねらせながら、ふらついた足でキッチンまで水を飲みに行く。
適当なコップを洗って、浄水を入れればすぐに飲み水が手に入る。飲み干すとやはりフラフラしながら、新聞を読んでいる健の近くまで移動した。あまりに距離が近かったため、健は少し驚いた。
「ふあ〜っ」
大きなあくびを上げると、そのまま机に伏して二度寝を始めた。元々、髪が長いからというのもあるが、寝癖が一段と目立っていた。
あくびをする姿も、すやすやと寝息をたてる姿も、寝起きで気だるそうにしている姿も――不思議なことに、いずれの仕草にも一言では表せないような神秘的な色気と魅力があった。
それもあるが、何より人間味があって見ているだけで安らぎが訪れる。そういえば、アルヴィーと一緒にいると感じるこの安心感は何なのだろうか。
恋煩い――ではないとして、単に自分が彼女をパートナーとして信頼しているからこそ感じるもの――なのだろうか?
それを差し引いても彼女にはまだまだ謎が多い。そう思いながら、健はジッと眠りこけているアルヴィーを見つめていた。思わず目を引くほど可愛らしい寝顔だった。
「可愛いなぁ……あっ」
その時、健の頭の中をよからぬ考えがよぎった。
「待てよ……いいことを思いついたぞ。ムフフ」
つい淫らな性癖が表に出たか、寝ているアルヴィーの目を覚まさせないようにその体を起こし、静かに横たわらせる。
悲しいかな、真面目な彼も己の欲望には抗えなかった。本能をむき出しにして、欲望の赴くままに今にも弾け飛びそうなシャツのボタンを外していく。
まるで時限爆弾のコードを切って解体するときのような慎重さを持って。ボタンを外せば外すほど、彼女の透き通るような素肌が露になっていく。
興奮したことによるものか彼の胸の高鳴りもその都度激しくなっていき、緊迫感が段々と上がっていた。
やがて乳房がはだけるところまで外すと、指を静かに震わせながら触ろうとする。――が、その前に立ち止まって一考。
「触ってもいいよな……いいのか? いいよね……!」
自問自答した彼は欲望に駆られてそのまま、アルヴィーの胸を鷲掴みにする。やはりこれは――大きい。つかんだこっちが逆に埋まってしまいそうだ。
興奮するあまり鼻血が出てきた。にやつきながらもう片方の手でもつかみ、興奮する自分を抑えながら揉み始める。
「ん……っ」
察知されたのか、それとも寝言か? アルヴィーが喘ぐようにそう声を上げた。
健も思わず冷や汗をかき、やがてためらいが生じた。考えているうちに茫然と意識が遠のき、心の中で激しい葛藤が始まった。
天使のような姿の良心と、禍々しい悪魔のような姿の邪心とに別れ、両者共にせめぎあい睨み合っていた。
「もうやめてください! あなたはとてもマジメで優しい人です。それがこうしてセクハラしてるなんて知られたら、みゆきさんや周りの人は悲しみます!」
「なに言ってんだ、ふざけんな。それがいいんじゃねえか! 好きな子ほどイタズラしたくなるのが男ってもんだろーが! イケないこと、どんどんやっちまえーい!」
「でもそれはパートナーとしての『好き』であって、恋愛とは違います!」
「えっ、そうなの……?」
「そうです!」
「うるせー! んなこたぁどうでもいい。男の子ならおっぱい揉みたいだろーっ!」
「ダメです、悪魔の言うことに耳を傾けては!」
「その欲望、解放しろ! こんなチャンスもう二度とないぜーッ!」
鉄拳制裁! 勢い付いた悪魔が天使を殴り飛ばす。
「ダメなものはダメなのっ!」
天使が反撃! 鋭い飛び蹴りが炸裂し悪魔が吹っ飛ぶ。
「やれー! Youやっちまいなよ!」
「ダメ、絶対!」
「やれッ! やるなら今しかねェ!」
「悪魔のそそのかしなど聞いてはならない! 今なら間に合う! その辺でやめてください!」
「今更自重できるかってんだよー!」
天使と悪魔のぶつかりあい――良心と邪心のせめぎあいが、ますます激しさを増すばかりだ。
底知れぬ欲望と焦燥と、その他諸々が渦巻き、なんともいえないもどかしさを生み出していた。
「だあーっ! どっちもじゃかましいわあああああァァァァァ!! 僕の好きにさせろぉぉぉっおおおお!!」
「うげげー! きらーん……」
とうとう耐えきれなくなったか、憤った健は両者を吹き飛ばす。興奮のあまりためらいの鎖を解き放ち、天を仰いで雄叫びを上げた。
「もう我慢ならん。僕は! 僕を! 抑えきれないぃぃぃぃッ〜!!」
雄叫びを上げながら発狂したような勢いで胸を揉みしだく。満足が行くまで、十分に快楽を得られるまで揉み続けた。
だが、それがいけなかった。とうとうアルヴィーが目覚めてしまったのだ。おぼろ気ながらも健にエッチなことをされていたのを感じていたらしく、少し頬をピンクに染めていた。
「お主……やらかしたな」
「え、いや……これは、その、つい出来心で」
慌てて謝ったが、彼女は口元を綻ばせて笑っていた。果たして許してもらえたのだろうか。安心して一息吐いていると――。
「まあ許す……わけなかろうがぁ〜!」
「あう! へげえっ……い、痛いよぉ……ぐすん」
許してもらえず――というか、そもそも許してもらえるはずがなかった。鉄のように硬くて重いゲンコツが健の頭にクリーンヒットし、たんこぶが出来た。
しかも三段重ねだった。あまりの激痛に健は頭を抱え込み、ぴくぴくと震え上がった。その横で、アルヴィーは呆れた表情を浮かべて腕を組んでいた。ボタンは全部閉まっておらず、上の方を少しはだけていた。
「頭は冷やせたか?」
先程まであんなにあらぶっていた健は反省したのか、急に縮こまり、真剣な顔で何も言わずにかしずいていた。
「なら良い。ところで今日は休みだが……なぜ早起きしたのかの?」
「んー……いろいろ考えちゃっててさ。だからあまり寝れなかった」
健は何を考えていたのか?
それはアルヴィーにも働かせようということと、彼女が働けそうな仕事についてのことである。彼なりに色々と考えを巡らせていたのだが――それが原因でなかなか寝つけなかったのだ。
「ほぉー? 私には、夜な夜なパソコンの前で激しく自慰をしていたことへの言い訳に聞こえたのだが……」
「わーっ! やめて! でかい声で下ネタはやめて、お隣に聴こえちゃう!」
慌てて健がアルヴィーの口をふさぐ。大声を出すな――とは言うものの、彼自身が大声を出して騒いでいた。これではまるで注意する意味がない。
「すまんすまん、冗談だ。で……寝る前に何を考えていたんだ?」
「えっと、僕だけで生計立てるのは大変だから、アルヴィーにもそろそろお仕事してほしいかな……って、思ってさ。頭ん中で色々シミュレーションしてたんだ」
「そうだったのか。私が働くために……さぞや手強いシミュレーションだったはず」
「うんうん、気に入ったステータスが成長するまで何度リセットを繰り返したことか。って、そのシミュレーションじゃないやい!」
すかさず健は突っ込んだ。二人で漫才でもやれば売れそうな感じはするが、これ以上言及すれば荒れる原因になると思われる。よって深追いはしないでおこう。
「……ふう。さて、アルヴィーには何が向いてるかなぁ。メイド喫茶でご主人様にご奉仕する?」
「いいのう、それ。ちょうど思っておったのだ。一度フリフリが着てみたいとのぅ」
「僕も見たいみたい! でもこの辺にメイド喫茶あったかなぁ……」
健が言った。その言葉を聞いたアルヴィーは、少し残念そうで名残惜しそうな顔をしていた。
「他にもキャバクラとか」
「うーん。キャバ嬢はちょっとなぁ……」
「じゃ、じゃあ……執事カフェ!」
「それは私に男装しろと言うことか?」
「うん」
「ムリだ。胸がデカイからすぐバレる」
「えーっ。アルヴィーって綺麗なだけじゃなくてカッコいいし、イケると思うけどなぁ」
「その考えはイケんなぁ」
割と真面目な話をしていた話をしていたはずが、気がつけばユルくて楽しそうな内容になっていた。この二人にとってはよくあること、と言ってしまえばそれまでだが。
「まあ、それはおいといて。腹が減ったのぅ」
「おいとかないで。えっと……ごはんだよね。すぐに食べられるものがいい?」
口を閉じて目をパッチリと開き、健をじっと見つめながらアルヴィーが頷いた。なんとなくその真意を理解した健は、あることを思いついた。
「コンビニのやつでもいい?」
「うむ。腹が減れば何でもご馳走になるからのぅ」
「じゃ、行ってきまーす!」
満面の笑みを贈ると、健は愛用のサブリュックと財布を持って近くのコンビニへ出掛けていった。自転車を漕いでも、歩いても、すぐに辿り着ける。つまり好きな方法でコンビニまで行けるのだ。
「いらっしゃいませー!」
コンビニの中に入ると、受付の男性店員が見ていて気持ちが良いほどの笑顔を振りまいていた。この仕事を、あるいは人生を心の中から楽しんでいるような顔だった。
実際にそう考えているかはわからないが、少なくとも健はこの店員を見てそう思っていた。シンパシーを心の中で感じていたのだ。
カゴを持って品物を見て回り、菓子や飲み物、パンや雑貨に雑誌――何か良さそうなものはないか探していく。雑誌コーナーを通りすぎたとき、見覚えがある男が彼を見ていた。その男は健を呼び止め、
「奇遇でんな、東條はん」
「い、市村さん。こんなところで何を? たこ焼き屋はどうしたんですか?」
「心配してくれてありがとさん。あいにくやけどな、まだ営業時間やあらへん。わしゃあここにメシ買いに来たんや。そういうあんたは何しに?」
「僕も朝ごはんを……」
「そうでっか。ほな一緒やな」
一見すると物騒で近寄りがたい雰囲気だが、いざ話しかけてみれば割と気さくで付き合いやすい。
敵対している――というより、相手からライバル視さえされていなければ、彼とは良い友人になれそうだった。
買うものを買って外に出て、自転車のカゴにレジ袋を乗せる。自転車のロックを外して運転席にまたがると、そのままペダルを漕いでいく。そうやって帰宅する途中、健は市村から言われた言葉を思い出していた。
「――ええか、東條はん? 俺とあんたはライバル関係。たこ焼き買いに来てくれるときはお客様として扱うから別やけどな……、基本的にあんたと馴れ合うつもりは無い。俺は有名になりたいんよ、せやからこれからもアンタを狙い続けたる。手加減はせえへん――いつ命奪られてもええように、死ぬ準備しときや。東條はん」
それは市村から叩き付けられた挑戦状だったのだろうか?
それとも、自分に倒されるまで死ぬなと言う彼からの警告だったのだろうか?
もしくは、遠回しに仲良くなりたいと言っていたのだろうか。単なる挑発かもしれないが――またいろいろな事を分からないなりに推測し考察しながら、健はペダルを漕ぎ続けていた。
真剣にエロいことしてるシーン書いててあほらしくなってきました。いい意味で(笑)