EPISODE5:初陣
冗談交じりで「激しい責めだった」とか寝言をほざいたら、健はアルヴィーにほっぺをつねられた。割とエロスな印象だったが、こういうところは意外と真面目なようだ――。
「……健、シェイドだ!」
それから仲良くじゃれあっていると、突如『ピタッ』とアルヴィーが何かに気付いたように真剣で鋭い眼差しになった。――どうやら、シェイドが出たらしい。
ちょうど同時刻にアルヴィーから貰ったウロコも、シェイドを感知して『ピピピ!!』と、激しい音を出していた。――懐かしの防犯ブザーそのまんまな音だった。興味本意で間違って押したら、エライことになった小学校時代を健は思い出していた。あの時は大変であった――。
「……あのさ、これ、人前で鳴ったら目立たない? マナーモードとかないの?」
「すまんな。そこまで親切な設計ではないんだ。全自動の防犯ブザーのようなものだと思ってくれんかの」
まあいいかと一人納得してアルヴィーと一緒に窓の方へ行き、ベランダから思い切り飛び降りた。とても勇気の要る行為だ、普段はこんなことできない。だが今は緊急事態、だったらやるしかないだろう。
――ただ、足があとからガクガクしてきた。これがまた相当堪えたか、感覚がシビレてまともに歩けない。一方でアルヴィーはとくに様子に変化はなく、平気そうだった。さすが人外娘、と言うべきか。それとも言わざるべきか――。とにもかくにも今はシェイドを討伐するのが先だ。反応を追って健とアルヴィーは疾走する。
「ぱ、パパ……ママ……たすけてええええええっ!!」
――駆けつけた健の目に飛び込んできたのは、寄ってたかって幼い女の子を襲っているシェイドだった。忘れもしない、あのゾンビさながらの不気味でにぶい動き。気味の悪いうめき声――。そして死を前に味わった恐怖。
「……昨日のヤツらの生き残りか!? ともかく、あの子を助けないと……」
「実戦は今回が初めてだろう? いくらエスパーになって身体能力が強化されたとは言え、素手で挑むのは無謀というものだぞ。備えあれば憂いナシ、だ。これを使え。あと、これも」
飛び出ようとした健をアルヴィーが制止した。『くいっ』と右腕を上げると、
彼女の前に長剣が現れた。見るからに重たそうだが、振り回せるだろうか? などという心配をよそに、
「お、重たっ! く……ない?」
アルヴィーからそれをトスされた。いきなりのことに戸惑いながらも受け取ると、見た目に反してその剣は意外と軽かった。
よく見ると刀身にシルバーグレイに青いラインが入っていてカッコ良さげだ。それに加え、赤と青のビー玉のようなものも2つ渡された。これはいったい何だろう? これから教えてもらえるのだろうか。
「それは長剣エーテルセイバーだ。そう私は呼んでおる」
「ふんふん、エーテルセイバーね……『大空の剣』ってとこか」
「本来1メートルの鉄骨と同じくらいの重さなのだ。私と契約する前だったら、今頃腕を壊していただろう」
「何そのヘビー級! そんなのありか!!」
彼女からそう言われたら、健の両腕に急にズシッとした感覚が襲ってきた。やはりこれは重たかった。1メートルもある鉄骨など普通は持ち上げられるわけがない。それに健はブルーカラーではない。
確かに背は高いが、工事現場でいつも汗水をたらしている屈強な男子ほどの腕力はない。まさかこれで戦えというのか? それはない、いくらなんでも酷すぎる。
「だが、今のお主なら話は別だ。バットや木刀と同じ感覚で使えるだろう!」
「……OK、分かった。とりあえず振り回してみる!」
「誤って子どもを切ってしまわぬようにな」
アルヴィーに見送られ、健はシェイドの群れへと飛び込んだ。剣術の達人じゃないから、どう振ればいいかわからない。とりあえず棒切れを持ったときのように力任せに振り回し、同じく力任せに腕をふりかぶってくるバケモノどもを片っ端から叩っ斬る。
何がなんでもあの子には近づけさせない。あの女の子は、この前の健とおなじだ。戦う力なんか持たない一般人。だからこそ、同じ目に遭わせたくない。死の淵に立たされた時の絶望感を、あの辛さを味わってほしくない。怖い目に遭わせたくない。だから守りたい。何が何でも――!
「寄ってたかって、まだ小さな女の子を――うおおおおおおおおおッ!」
「今だ、カウンターを決めてやれ!」
「てやっ!」
腕を振り下ろしてきた相手を弾き、そこから切り上げて怯ませる。更に追い討ちをかける。このゾンビのようなクネクネした奴らは、思っていた弱かったみたいだ。
気付けばもう最後の一匹だった。これもエスパーの力なのか? だとしたら、相当なパワーだ。正直、これほどの力を手にしてしまったことに驚嘆している。彼は本当に、目の前の女の子を助けたい一心だった。何も分からず、分からないなりに刃物を振り回してただけなのに。
「危ないから下がって! アルヴィー、この子を頼む」
「あいわかった!」
女の子をアルヴィーに託し、神経を尖らせて最後の一匹に集中する。あとはこいつだけだ。こいつさえ倒せば、あの子を救える。恐怖も消えてなくなる――。
「……健、よく分からぬかもしれんが一応聞いてほしい。私は炎と氷……2つの属性を持っている」
「炎と、氷……」
「2つとも相反するものだ、うまく使い分けて戦ってくれ。属性を変えるときは剣の柄の穴にオーブを入れるといい」
「お、オーブ? 6つ集めるとラーミアが復活するアレ?」
「いや、そんなに大層なものではないぞ。さっき渡したビー玉のようなヤツだ」
『OK。だいたいわかった』と親指でサインを出し、残ったバケモノの懐へ飛び込む。穴には何もはまっていない――ということは今の属性は何もなし。ならば、物は試しだ。赤く光るヤツを入れてみよう。
江に一つだけ開いた穴に赤色の『オーブ』をはめると――『ボウッ』と火がくすぶり、瞬く間に立ち昇った。刀身もそれに呼応して真紅に染まった。金色に光るラインがアクセントになっており、勇ましさを感じさせる。柄は、どぎつくも美しい猩猩色だ。紅蓮の炎を纏う刃。それに切り裂かれたバケモノの体が炎上し、如何とも表現しがたいうめき声を上げた。
「す、すごーい……」
健は思わず感心してしまった。仕方ない、こんなのははじめてだから。だが、今はそんなこと考えている場合じゃない。目と鼻の先にいるバケモノを倒さねばならないのだ!
「この青いのが氷だな? よし……!」
赤い『オーブ』を穴から取り外し、代わりに青い『オーブ』を入れた。猛々しい深紅に染まっていた剣は、瞬く間に落ち着いた青白い輝きを放つ氷の刃となった。
刀身に走るラインは爽やかなミントグリーン、柄はクールな紺色だ。さっきとは対照的な雰囲気だ。全体的に冷静で落ち着いている、そんな感じがする。それに今のこの氷の剣を握っていると何故だか気分が落ち着く。
「せええええいやあああああああああああァっっっ!!!!」
力いっぱいその氷の剣を振り下ろす。力任せに無理矢理振りかざしただけだがその威力は絶大だ。敵は大きくよろめき、あまりの冷たさに凍り付いた。これでもう身動きひとつ取れないだろう。こうなればあとはトドメを刺すのみ。
「よし、トドメだ健!」
「オッケー!!」
これもエスパーになった賜物か? 運動神経はいまいちパッとしなかったのに、自然と体がきびきび動いた。空高く跳躍していったん宙返りし、そこからジャンプ斬りを繰り出す。
「うおりゃああああ――――ッ!」
凍結、そして――粉砕。ゾンビのようなクネクネした怪物は、砕け散って粉々になった。その時豪快に飛び散った破片は、美しかった。狙ったわけではないが、どことなくカッコよい感じに決まっていた。そう、自分で言うのがおこがましいほどに――。
「さ、もう怖くないよお嬢ちゃん。パパとママのところへ帰ろう」
「ありがとう、お兄ちゃん♪」
「ふふふ。私も鼻が高いぞ」
敵は全滅。これで顔をこわばる必要はない、やっと笑顔になれる――。さっきまで泣いてた女の子は、もうすっかり泣きやんでにこやかに笑っていた。アルヴィーもまた、クールに暖かく微笑んでいた。哀しむ必要なんかない、みんな笑顔がいい。
どんなに辛い状況でも笑顔を保てば、きっと救われると――そう健は信じている。根拠はない。けど、自信はある。小さい頃から、そうやってどんなに辛い時も乗り越えてきたからだ。ただ単に気持ち悪くヘラヘラするのとはわけが違うのだ。
「ねえ、おねえちゃん」
「お……お姉さん? わ、私のことかな」
照れ臭そうにするアルヴィーは可愛い。どちらかと言えば色っぽくてかっこいい見た目に反してたまに可愛いとこ見せるとは、健にとってはどストライクだ。元々、彼は年上が好きでスタイルのいい人も好きなのだが、こういう気風のいいお姉さんは嫌いではない。むしろ好みだ、誇ってもいいくらい。
「おねえちゃんはさっき、おにいちゃんになんて言ったの?」
「ああ、さっき言ったアレだな。お姉さんはあのお兄さんに、戦いのことを話していたんだ。君にはちょっと、難しかったかな」
――不思議だ。自分と話してるときより口調が優しい。同じ女性が相手だと優しくなるのだろうか。しかも口調だけではなく、雰囲気もどこか違う――。
まるで年下の子どもをあやすお姉さんのようだ。ますます『美女に化けた化け物』とは思えなくなってきた。化け物と呼ぶにしても人間味がありすぎて容易にそうは言えない。
それこそ失礼に値する行為だ。仮に自分が、美男美女に化けたキツネやたぬきを目にしても化け物とは言い切れないだろう。
なぜなら自分は臆病者で、思い切ってそんなことが言えるタマではないからだ。それにたぬきやキツネは好きだ。前者は置物とかそばとかで世話になっているし、後者は耳とか尻尾がとくにたまらない。和服姿ならなおさら良し。
「ありがとう。おねえちゃんもおにいちゃんも、かっこいいよ!」
「うふふ、ありがとう」
こんな風に健たちは道中楽しく笑いあい、話し合いながら女の子を家へ送り届けた。ご両親もとても嬉しそうだった。すごく気持ちが良い。これが人助けをするということか。
それから健は、戦いが終わった為ひとまず剣とビー球と盾のセットをアルヴィーに返した。するとどちらも光になって、アルヴィーの腕へと吸収されていった。なんともいえない不思議なつくりである。アルヴィーの力が具現化した――とか、そういう類のモノなのかもしれない。
「――……ッ」
だが、二人に束の間の休息などとらせないかのように――地面から振動が伝わってきた。どこからか轟音が鳴り響き、危機感を募らせる。そして、ウロコのお守りが強く反応していた。
「なんだ!」
「アルヴィー、もしかしてまたシェイドが……?」
「そのようだ。……急ぐぞ!」
こうなった以上まだ安心できない。反応を追って、二人は街中を走り抜ける。やがて、アーケード街をまっすぐに抜けたところにある大きな広場に出た。
「いやああああああ!!」
先程の幼い子供とは違う、聞き覚えのある女の子の悲鳴が耳をつんざくように響き渡る。まさか、この声は? 悲鳴が聞こえた方へ向かうと、そこにいたのは――。
「こ、来ないで! こっちに来ないで!!」
悲鳴を上げたのは健の幼馴染みのみゆきだ。どうやら彼のカンは当たっていたらしい、今の時間帯から察するにバイトからの帰りだろうか?
「みっ……みゆきッ!」
「みゆき? まさか、あのおなごがお主の……いや、今はそんなことは関係なかったな」
「た、健くん……? それに、誰……? 気をつけて、かい……ぶつ……が……」
たどたどしくそう呟くとみゆきは気を失った。彼女の体を抱えながら二人が前を振り向くと、みゆきを襲っていた巨大な影がゆっくりとその姿を現した。
「で、でか……ッ!」
「気をつけろ健……、こやつはかなり手強そうだ!」
みゆきを襲っていたシェイド、それは――巨大なサソリのような姿をしていた。体は青紫色で全身が鋼のような分厚い外殻に覆われており、何から何までデカい。推定で4メートル以上はあった。
健もアルヴィーもこの大サソリの足の上にすら届かなかった。――何から何まで圧倒的だ。勝てる気がしない。今日は初陣だ。なおさら自信がない。できれば勝ちたいが、うまくいけるだろうか。そして、みゆきを救えるだろうか。とにかく、今出来る事をやるしかない!