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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第4章 夢のジャムセッション
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EPISODE67:東條、はじめての入院

 憂いを帯びた表情をしながら、健は爽やかな朝の景色を窓から眺めていた。入院してはや二日目、安静にしていないといつまで経っても治らないのは分かっていた。

 病室の薬品臭いニオイや、あまり美味しくない病院食に難色を示したこともあったが、もちろんそんなことは口には出せなかった。

 世話になっている以上、大きな声で不満を垂れ流しにすることなどとても出来ないからだ。バイト先の方々は、今頃自分を心配しすぎて仕事が捗っていないだろうか?

 故郷(しがけん)の母と姉は大丈夫だろうか? みゆきは自分を心配しすぎて眠れぬ夜を過ごしていないだろうか?

 アルヴィーは、また部屋で独りぼっちになって沈んでいないだろうか? ――そうやって色々なことを気にしながら、健は早く退院できることをひた向きに祈っていた。


「東條さーん」


 聞き覚えのある声と共に、見覚えのある人物が入ってきた。

 ジェシーだ、その手には見舞品の果物を持っていた。


「ジェシーさん!」

「まさか入院するなんて。最初聞いたときはビックリしましたよ〜」


 相変わらず穏やかで、その場に彼女がいるだけで、彼女の声を聴くだけで気分が癒された。

 自分がエスパーであることを知っている数少ない人物だ、他にバイト先で自分がエスパーであることを知っているのは大杉だけ。

 彼女のように気兼ねなく話せる相手を作るのはいいことだ。だが、あまり打ち明けすぎてもかえって迷惑がかかってしまう。とりわけ、今は下手にそうするよりは現状を維持したいという願いが強かったのだ。


「お忙しい中わざわざ来てくださって、ありがとうございます!」

「みんな心配してましたよ。早く元気な姿を見せてくださいね〜」

「はいっ!」

「あと、つまらないものですが……お見舞い品です」


 ジェシーから手渡されたカゴの中には、リンゴやバナナ、メロンといった果物が入っていた。

 どれも健康によく、消化に優しいものばかりだ。自分などのためにわざわざここまでしてくれるのだ、早く退院して元気な姿を見せなければ――と、健はより一層決意を固めた。


「あ、ありがとうございます〜! すっげえ美味しそう!!」

「いえいえ、こちらこそ〜。ところで、お体の方はどうですか?」

「はい、それならもう大丈夫です! 腕もこの通り……」


 左腕を曲げて力こぶを浮き上がらせようとする――が、ボキッ! ときしんだ骨が悲鳴を上げ、程なくして凄まじい形相で左腕を押さえながら本人も悲痛な叫び声を上げた。

 恐らくこれは、退院できそうとはいえまだ無理をしてはいけないということを暗示していたのだろう。健自身にとってもよい経験になったはずだ。


「あ、あの~。まだ安静にしておいた方がいいんじゃないかしら……」

「そ、そうですよね。アハハ……」

「じゃ、私……そろそろいきますね~。さようなら~」


 微笑みながら別れを告げ、ジェシーが病室をあとにした。

 さっきまでせっかく和やかな雰囲気だったのに、また孤独感が漂う寂しい病室に戻ってしまった。

 しょんぼりとしながら、健はまた誰かが来るまで寝ることにした。

 しばらくしていると、女性の看護師がやってきた。

 息を吹き返したかのように、健はバッと起き上がり看護士のほうを向いた。


「……あの、いつごろ退院できそうですか?」

「そうですね。東條さんはケガの回復が早いですから……早く見積もって今週末か来週の月曜日くらいでしょうか」


 健からそう訊かれた女性看護師が、やや信じられなさそうな目でカルテを見ながら答えた。

 彼がエスパーである事を知っているかどうかは不明だが、その回復力に若干戸惑っているような節があったのは確かだ。

 エスパーは皆に必ずしも受け入れられているわけではないのか? エスパーの中には浪岡のように差別的な発言をしているものもいた。

 もしかすれば、エスパーを同じ人間として認めない所謂レイシスト――差別主義者も中にはいるのかもしれない。

 今目の前にいるこの看護師さんは違うかもしれないが――。そう思いながら、健は看護師のそばで複雑な表情を浮かべていた。



 翌日の正午、みゆきは自宅で花に水をやっていた。

 彼女は滋賀県大津市に住んでおり、そこから電車で京都にあるファミレス『トワイライト』まで通勤しているのだ。

 毎朝電車が混んだりで大変だが、それでも彼女は今の生活を楽しんでいた。


「ふーっ。今日はいい天気ねー」

「みゆきー、ごはんにしましょうー」


 まばゆいほどの暖かい日光をしっかりと浴びた後、母に呼び出され家の中に入る。

 彼女は医者の父・雅史(まさし)と専業主婦である母の間に生まれているが、どちらかといえば母親似。

 医療に関しては応急手当の心得があるぐらいで、自分では父の後を継げそうにないと思った彼女は、ウェートレスとしてファミレスで働く道を選び現在に至る。


「今日あたしが作るねー」

「それじゃお願いねぇ」


 風月家においてキッチンに立つのは、みゆきとその母の役目だ。

 二人は変わりばんこに昼食と夜食を担当し、今日は昼をみゆきが、夜を母の紗江(さえ)がそれぞれ担当することになっていた。

 みゆきが今調理にとりかかっているのはハンバーグだ。どうやら得意らしく、ボウルで混ぜ合わせた挽肉を慣れた手つきで手早く揉み解していた。

 そしてそれを油を引いたフライパンに乗せ、焼き始める。ちょうどいいと思ったときに裏返し、焼き目をつける。これを何度も繰り返し、焦がさないように注意しながら焼いていった。


「お待たせ~。ちょっと焦がしちゃった……」

「えー、そうかしら? おいしそうだけど」


 そして完成。黒い焦げ目が少しだけついていたが、とくに支障はなさそうだ。

 口直しにとプチトマトも皿に盛り付けられていた。

 なお、父の分はラップに包んで台所に置いていた。

 これは彼女の父が忙しく、まだ帰って来れそうにないからである。


「あれ? お客さんかしら……」


 昼食を食べて一息ついていると、玄関の方からブザーが鳴る音が聴こえてきた。

 紗江と一緒に玄関へ行ってドアを開けると、そこにいたのは――。


「こんにちはーっ」


 ――なんと、健だった。まさかもう退院したのだろうか?

 だが、仮に退院したなら連絡をくれるはず。それにまだ見舞いにも行っていない。

 とりあえず家に入れることにした。

 一瞬後ろで舌なめずりしていたような気がしたが、恐らく気のせいだろう。

 そうであることを祈りたい――。



「おばさん、お久しぶりです」

「久しぶり~。健くんったらこんなに大きくなっちゃって。あたしじゃ届かないわ」

「えー、そんなことないですよ。アハハ……」


 紗江と話している彼は、いつもと変わらず元気そうだった。

 だが、少なからず違和感も感じる。現に目に生気がなく、顔は笑っていても目だけ曇っていた。

 それに会話の節々で舌なめずりをしている。少々下品でいやらしい、本当に彼なのか?

 みゆきの知る東條健という男は、舌なめずりをしょっちゅうしているような品のない男ではない。

 まったく気にしていない様子だった紗江もそのうち寒気を感じたか、少し引きはじめた。


「にしても、退院するの早いよねー」

「え? そうだっけ?」

「何言ってるの。この前大怪我して病院に……」


 彼の性格から考えて、リハビリ中に抜け出したとか、お忍びでこっそりやってきたとは考えにくい。

 むしろ病室でひっそりとしているはずだ。

 ――やはり、今ここにいる健はどこか様子がおかしい。おかしすぎる――。みゆきは健に向かって、疑うような視線を浴びせていた。

 もしかして健本人ではないのではないか、ひょっとしたら誰かが化けたニセモノなのではないか、そう疑念を抱きながら。

 台所でコップに水を入れて、のどが渇いたであろう健に飲み水を持っていく。この間みゆきはコップに目が行っていて、健は視界に入っていない。その間に健は外に出て、あろうことか――みゆきが水をやった花を踏んづけていた。

 しかも実に嬉しそうな、下品に歪んだ悪辣な笑顔を浮かべながら。みゆきに呼ばれてすぐにリビングに戻り、顔を元のあどけないものに戻す。

 二人を邪魔しないように気遣ったか、紗江は家の2階に行っていた。


「ねえ、何かおやつ食べようよ。今日ごはん食べ忘れちゃってさ」

「何かあったかな……ちょっと待ってね」


 「速く出せよ」とでも言わんばかりに健は舌打ち、露骨に不満そうな顔を浮かべていた。

 この時みゆきはキッチンの上の棚までおやつを探しに行っていたため、やはり彼女の視界には入っていない。


「お待たせ~」


 みゆきが持ってきたのはしょうゆ味のせんべいだった。定番中の定番、おやつには最適だ。

 しかし次の瞬間、何を思ったか袋を開けてせんべいを取ろうとするみゆきの手を払いのけて、あろうことか独り占め。

 彼女の制止も聞かずそのまま全部口に放り込んでしまい、水を飲むと見せ付けるように大きなゲップを上げた。


「ちょっと、どういうことよ……? こんなのいつもの健くんじゃない」

「仕方ないだろ~? 僕おなか減ってたんだしさ。君はさっき食べたばっかだろ? それなのにまだ食べんの? おまえバカじゃねーの? 親の顔が見てみたいなぁ! きっとこう、ゴリラと鯉足したようなマヌケ面してんだろうなぁ!」


 突然流暢に喋りだしたかと思えば悪口ばかり延々と喋り続け、また舌なめずりした。

 しかも言っていた事は全部陰湿で悪意のあるものばかりだ。彼らしくない。

 病院で頭をいじられたわけではないとすれば――。


「あっはっは……あ? ちょっと、何すんのさ……」


 眉をしかめ目を吊り上がらせたみゆきが、怒りのあまり健の頬にビンタを浴びせる。

 それも一発だけではない、何度も往復してだ。

 鬼気迫る表情に健らしき何かは、ひどく腰を抜かしていた。


「バカ……バカ、バカ! 健くんのバカ!」

「ひ、ひィィィィ」


 罵詈雑言を浴びせてきたおびえる健かどうかすらも怪しい男に詰め寄り、報復するかのようにとどめにきつい一発を浴びせる。

 既に何度も叩かれて晴れ上がっていた健のような何かの顔はボロボロになり、叩かれすぎで鼻血まで出る始末だった。


「ち、違うんだ。さっきのアレはつい出来心で……」

「うるさいっ!」


 もう何度目か忘れてしまったが平手打ちで顔を思い切りはたき、玄関まで追い詰める。

 そして、健とは思えない物体を閉め出し、


「出てって! もう顔も見たくない!」


 ひりひりする顔を片手で押さえながら、とぼとぼと歩いて帰っていく。

 道中で怒鳴り声を上げ、物という物に当り散らしながら。


「くそーッ! くそ、くそ、くっそーッッ! あの女アタマ軽そうで簡単に騙せると思ったのによォ……!!」


 その当り散らす様子は傍から見れば異常そのもので、公園のフェンスを何度も蹴るは空き缶を見かければ執拗なまでに踏み潰すは、自販機の横を凹むまで蹴り飛ばすは閉まっている店のフェンスに頭突きをかますは、店先の植木鉢を地面に叩きつけて破壊するは交番の窓ガラスを鉄パイプで破壊するはと尋常ではなく荒んでいた。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょおおおおおおおおおッ!!」


 憤るあまり化けの皮が剥がれ、やがてその正体が露わとなった。

 ねずみ色の髪に黄緑色の瞳をした男――三谷だ。

 頭が回らないなりに健を貶めようと思っていたのだろうか?


「ぜぇ……ぜぇ……何が頭を使えだ。えらそうにしやがって……あのしたり顔! あぁもう、思い出しただけでもムシャクシャしてきやがる!」


 その辺に落ちていた木の枝を拾い上げると、ゴミ箱に近付いてそれを振り下ろす。

 そして何度も叩きつける。そのうち枝が折れて使い物にならなくなった。


「甲斐崎のヤロォォォォォォォォッ!!!!」


 今度は叫び声を上げながらゴミ箱を力ずくで蹴り飛ばし、中身を散乱させた。その晩、三谷の雲を突き抜けるほど大きな怒号が辺りに響いたという――。

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