EPISODE63:影は動き出す
――翌日、西大路――
「うぎぎぎ」
地下の実験場で、不破は槍の穂先からの放電をもう何時間以上も続けていた。
それも朝からずっと立ちっぱなしでだ。もう足が棒になっているし、腕にいたっては既に吊ってしまっている。
髪の毛はボーボーでチリチリだ。そのうち、手足が年老いた木の枝のようにポキリと折れてしまいそうだ。
とばりから聞いた限りでは、いま眼前にあるコイルに電気を集中させ、それを凝縮してオーブを作るとの事だったが――。
一体いつ、それはできるのだろうか。それまでに耐えられる自信がない。
「半日ずっとこれだ。これじゃゲームもできないよ……」
「へぇ、そんなことしたかったんだ~。不破君って意外とだらしないのねぇ」
白峯が、とばりがいないのを見計らってふと洩らしたその言葉。
事もあろうか、とばり本人に聞かれていた。
これは諌められても当然、文句は言えない。
「疲れたでしょ。いいわよ、休憩して」
「その言葉、待っていた!」
実験場から地上一階のリビングに上がり、体が暑くなったので上着を脱いでタオルを首にかける。
ため息をついて虚ろな目付きをしている彼を見かねたとばりは、『英気を養え』と言わんばかりに栄養ドリンクとクッキーを差し入れに持ってきた。
「よかったら昼寝しててもいいわよ」
「恩に着ます!」
少し人をからかうような口振りではあったが、ちゃんとこちらを労ってくれている。
どこぞの警部補にしてシェイド対策課の課長さまとは、どう考えても器が違う。
ヤツは働かせるだけ働かせて何もくれない。何かをくれるとしても、それは嫌味だけだ。
それに比べて彼女はちゃんと差し入れを持ってきてくれるし、働いた分だけ見返りもくれる。
人としても、ひとりの女としてもよく出来ている気がする。
――そう思いながら、不破は一時の休息を心行くまで満喫していた。
「ところで白峯さん。あれってあとどのぐらいで完成しますかね?」
「うーん……そうねぇ、もうひと頑張りってトコかしら」
「本当ですか? やった!」
形はどうあれ、ようやく自分の能力を活かした仕事をやり遂げられそうだ。
不破は大いに喜び、年甲斐にもなくはしゃいだ。
無理もない、それまでの苦労がようやく報われた瞬間だったのだから。
「よし……」
午後からも不破は放電を続けた。
あともう少しと言われたからには、さっさと終わらせねばなるまい。
とばりも出来るだけ完成を急ぎたいはずだ。
「仕上げだ!」
しばらく出力を中くらいにしていたが、ここに来て一気に放出。
今日までそそぎ込んできた分も含めて、膨大な量のエネルギーが溜まっていた。
はち切れんばかりのそのエネルギーは、今にも弾けとんで爆発しそうだ。
自分の仕事はここまで、次はとばりが動く番だ。
「つ、疲れたァ」
ため息をつくと、肩を落とし千鳥足でとばりに報告しに行く。
「白峯さん、作業終わりましたよ。次はどうしたらいいッスか?」
「そうねぇ。これからあなたが電極に貯めた電気を凝縮してみるわ。作業終わるまで、休んでていいわよ」
「よっしゃあああああ!!!!」
それならお言葉に甘えて思いっきり休んでやろう、と不破は意気込んだ。
今度はガッツポーズまでとり、心底嬉しそうだった。
しかしこれがぬか喜びであることを、彼はまだ知る由もなく――。
「だけど、あなたにはまだ頼みたいことがあるから、外には出ないでちょうだい」
まるで出勤日を迎えたアルバイトやサラリーマンのように、盛り上がっていた気分が一転して不破の顔が青ざめた。
「こ、今度はなんですか……?」
「それは作業終わってからね。……さっ、お風呂入るなり寝るなり、あとは何をするのも不破くんの自由よ!」
「え、じゃあメシは?」
「うふふ。そういうだろうと思って、もう作ってあるわ。暖めてから食べるとおいしいよ〜」
ちょうど腹も減っていた。これでようやく食事にありつける。
大急ぎで不破はリビングへと駆け登っていった。
「おお、これは……すばらしいっ!」
新鮮な野菜や魚に如何にもうまそうな肉類、そしてツヤツヤのお米。
完食する頃には計り知れないほどのスタミナがつきそうだ。
「このご馳走を食わないなんてもったいねえ……ありがたくいただきます!」
働かざるもの、食うべからず――。彼のケースに限らず、仕事をやり終えたあとの食事は絶品である。
たとえそれが質素な食事で、高級食材が使われていなくても、だ。
やがて豪華な夜食を馳走になると彼は健からも好評だった大浴場に向かい、ここまでにたくさん流した汗をきれいさっぱり洗い流した。
風呂に浸かれば、嫌なことも疲労もすべて吹き飛ぶ。至福のひとときだ。
思う存分体を暖めると、不破は風呂場を出た。
どうやら長く浸かりすぎてのぼせたらしく、赤くなっていて足取りも不安定になっていた。
ソファーに腰かけると、職場では絶対に出来なさそうな伸びをしてそのまま就寝。
何も上から被らずに寝れば湯冷めしてしまいそうだが、平気なのだろうか。
~翌日、早朝~
薄い霧に覆われた首都・東京。暖かい季節にはなったが、まだまだ朝は寒い。
朝焼けの美しい空が見下ろす中、徐々に人々の姿が増えて行く。
そんな首都の一角に立ったネットカフェに、こんな朝早くからネットカフェに入り浸っている一人の男の姿があった――。
その男はくすんだねずみ色の髪に黄緑色の瞳をしており、見るからにちゃらんぽらんで品性は無さそうだ。次に、緑色がメインカラーのストリートファッションに身を包んでいた。そして、大きくあくびを上げていた。
「これ、おもしれえなぁ~! オイ!」
彼はネットサーフィンの途中で目にしたブラウザゲームにどっぷりハマったらしく、歓喜の声を上げながら楽しんでいた。
しかしその割には難航していたようで、ミスをして怒ることも何度かあった。
そして飽きれば、ため息をついてまた別のモノを探す。そうやって遊んでいると、途中で映像が流れ込んで中止させられた。
「貴様、何をやっている!!」
「うわっ! か、甲斐崎か。おどかすなよ……」
「まったく……少し目を離せばこれだ。社会性のないヤツめ」
どうやらただの映像ではなくテレビ電話だったようで、画面の向こうの相手と会話が成立していた。その相手は黒髪に、ハイライトのない青緑色の瞳をしていた。
「まさか与えられたミッションを忘れて遊んでいるわけではないだろうな?」
「と、とんでもねえ。ちゃんとやるって、これから……」
「ならいいが……」
「バカな人間どもを混乱させて、あの剣持ったガキになりすましたらいいんだろ? 楽勝だってばよォ! ヒーッヒッヒッ!」
「でかい声を出すな! 周りの連中に聴かれるだろうが!!」
別にこの男は大声など出してはいない。出していたのは、スクリーンの向こうの男である。
それも、思わず耳を塞ぐほどの音量だった。
咳き込んだ男は、ズレた話を戻すように
「いいか三谷、まずはあの男と親しい人物に片っ端からイヤガラセをしろ。そして汚名を着せて陥れるんだ」
「へいへい」
「乗り気じゃないようだな……この作戦はお前の大好きなイタズラから始まるんだぞ? 今口頭で指示したのもそうだ」
「ケッ! えらそうにしやがって。悪いがあんたの指図は受けねーよ! じゃあな」
「おい、三谷……!」
パソコンの電源を切ると、三谷と呼ばれた男はネットカフェをあとにした。
肌寒い街の中を、気だるげに歩いてゆく。
催促されなくても最初から、与えられた任務を遂行するつもりではあったようだ。
ただ、彼は肝心な事を聞き忘れていた。
「……あのガキ、住所どこだっけ?」
剣を持った男の住所を――。