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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第4章 夢のジャムセッション
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EPISODE62:元気、湧き出る

「間に合うかなー……」


 健はいつもより10分ほど早く家を出て、早めにバイト先に向かっていた。

 何でも今日は仕事が多く、朝早くからヘルプに行かないと人手も足りないのだという。

 道中で腕時計を何度もチラチラ見ては、逐一現在の時刻を確認していた。


「おはようございまーす!」


 元気よくあいさつをすると気持ちがいいものだ。

 カバンから必要なものを全て取り出し、上着もロッカーに入れてくるとすぐ持ち場に着いた。

 今の段階でできそうな仕事がないかどうかも聞いたが、待機を命じられたので座って待つことにする。


「よいしょ、よいしょ……」

「あっ」


 やがて、見るからに重たそうな荷物を持ち運んでいるジェシーの姿が目に飛び込んできた。

 これは放っておけないと思った健は立ち上がり、彼女のもとに向かう。


「ジェシーさん、女性の細腕でそんな重たい荷物を運んじゃ腕を壊してしまいます。ここは僕に運ばせてください!」

「えっ、運んでくださるの? すごく重たいですよ……」

「いえ、平気です! やらせてください」


 ジェシーから荷物を渡され、それを健は腰に力を入れて持ち上げる。

 だが、思った以上に重量があり――いつも1メートルの鉄骨と同等の重さを持つ剣を握っている彼でも、流石にこれは堪えたようだ。


「あの〜、本当に大丈夫ですか?」

「ふ、二人で運びましょう。力もちょうど二倍になりますしね!」


 二人で協力して荷物を指定された場所まで運び、上げっぱなしだった腰をようやく下ろすことができた。


「休憩とりましょう。無理したら体を壊しますから〜」


 そう聞いた健は、足をふらつかせながら自分の席へ戻った。

 直後ぐったりと伸びたが、すぐに立ち直って次の仕事が来るまで茶でも飲んで、気長に待つことにした。


「東條くん、これ配ってきて!」

「東條さん、これワードで打ち出してください」


 その後も次から次に仕事を頼まれ、健はせわしくノルマをこなしていった。

 最初は出来ないことばかりで周囲の足を引っ張っていた彼も、今や何かと頼りにされる便利屋のような立場にいた。

 笑顔を絶やさず、何事にも真摯に取り組み、必要なことさえ教えれば何でもこなせる。そんな彼に、周囲の人々は男女問わず好意を持っていた。


「さあて、ランチにしますか」


 そして、昼休みが訪れた。

 思い切り肩の力を抜いても、昼寝をしてもいい――要するに悪さをしないのなら、何をしても許される時間だ。


「おっ、このお弁当おいしそうね。もしかして自作?」

「はいっ!」

「スゴいじゃん! あたしなんかいつもお弁当屋さんで頼んでるのよー。それに比べたら東條くん、えらいッ!」


 ちあきからそう誉められ、健が照れながら笑った。

 朝起きてから時間に余裕があるからこそ出来る芸当だ。

 たとえ昨日の夜食の残りでも、おかずにはなる。わざわざおにぎりを握らずとも、ごはんをケースに入れるだけでも良い。

 ――弁当を作るのは、そこまで難しいことではないのだ。


「も、盛り付けはまだまだですけど……いいと思いますよ!」

「はい! 盛りつけがんばります!」


 まだ荒削り、しかし叩けば伸びる――というニュアンスを含めて、みはるがそう言った。

 何事にも真剣に取り組む性分ゆえか、健もその期待に答える心づもりをしているようだ。


「ほどよい量でおなかにも優しそうですね〜。ここにも東條さんの人柄が出てると思うわ」

「いやぁ〜、それほどでも……」

「私なんかいつも定食並のボリュームだから……もう、おなかがパンパンになっちゃうんです」


 さらりと彼女は言ってのけたが、根っからの庶民である健やちあきからすれば想像を絶することだった。

 毎日の昼食が、飯屋やレストランで出される定食並に豪華で量が多いというのだから。

 ある意味うらやましくもあった、何故なら普段自分たちが食べているのは質素なもので、量もそれの半分以下。

 うらやましいと思わないほうが無理だというものだ。


(そ、そうだ、忘れてたわ……!)

(今でこそあたしらと同じ庶民だけど、ジェシーさんは元資産家のお嬢様……!!)

(僕たちが到底かなう相手じゃなかったんだ……!)


 ジェシーを除いた三人は、その厳しい現実と高嶺の花である彼女の前に打ちひしがれていた。

 体内に何の前触れもなく高圧電流が流れ込んできたような、如何ともしがたい衝撃が走っていた。

 しかしジェシーには、何が起きたかサッパリ分からなかった。

 だいぶ庶民の生活に慣れたとはいえ、一般人とズレた感覚を持っているからだろうか?




「ふーっ」


 昼食も無事食べ終わり、気持ち良さそうに健が大きく伸びをした。

 その顔はどこか幸せそうで、充実した生活を送っている証のようだった。


「ヘイ、東條サン。チョットこっち来るネ」


 そんな彼に、係長のケニー藤野が招集をかける。

 健とは対照的にふてくされたような態度をとっており、やや機嫌が悪そうだ。


「キミ、調子乗ッテルデショ。ミーにはわかるネ」

「い、いや、そんなつもりは……」

「ユーはお城でいうなら安土キャッスルみたいなタイプ。今でコソ繁栄シテルけど、すぐに崩壊するネ。一度崩れたら最後、ユーは何もナッシングの廃墟みたいにナルヨ」

「そう……ですか。肝に銘じておきます」

「ユー自身のタメにも、あまりお調子に乗らないことデス」


 ――ただのひがみにも聞こえたが、今思えば係長は彼の事を気遣ってそう忠告してくれたのかもしれない。

 事実、身の丈にあわないほど有り余る力を手にした人間はうぬぼれてその力に溺れ、周囲に振りかざすようになるものだ。

 それが強大であればあるほどに、心が闇に染まり歪んでいく。

 まるで、己自身が人である事を捨てるように――。

 もはやこの世にいない浪岡が、そうであったようにだ。

 強すぎる力には、それ相応の代償が伴う。

 それは、捨ててはならない、背負っていかねばならない宿命なのだ。

 時には力に酔いしれる自分を罰し、戒めねばならぬこともある。

 厳しい現実に打ちのめされながらも、果敢に立ち向かわねばならぬときもある。


 ――それが、強くなるということなのだから。



「大杉さん、失礼します」


 ケニー藤野からの忠告を聞いて相談したいことが思い浮かんだ健は、事務長室に入り大杉に悩みを打ち明けようとする。


「おお、東條くん! 何やらワケありに見えるが、どうしたのかね」


 大杉は眩しいほどに明るかった。

 一点の曇りもないほどに。

 もやもやする暗雲を抱え込んだ自分とはまったく違う。

 ――これが、大人特有の『余裕』というやつなのだろうか。


「……最近、思うんです。僕はこの力をみんなを守るために使ってるんじゃなくて、意味もなく振りかざしているんじゃないか。強くなった自分に酔ってるんじゃないか、って……」

「わしは君と違ってエスパーじゃないから、なんとも言えんが……その、なんだろうね。別に力を持つってこと自体は何も悪くない。本当に正しいことだけに使えばいいんだ」


 真剣な眼差しで健を見ながら、大杉はそう語る。

 いつにないほど真剣で、厳格な表情だった。


「たとえ誰から何を言われようが、自分の意志を貫く。鉄のように硬くて揺るがん意志を持つんだ。君にはその覚悟はあるかね?」

「……いえ……」


 眉をしかめた健が、その表情を曇らせた。

 誰だって自分が正義だ。自分では正しいとは思っていても、それは間違いだと指摘されるかもしれない。

 絶対に正しいものなど、この世には存在しないのだ。

 覚悟を問われ、確固としていない健の心が、未だかつてないほどに揺れ動いていた。


「いいかね、決して一人で溜め込んじゃいかんよ。溜めたものを吐き出せずに爆発させてしまうのが、一番危険なんだ。だから、何か困ったことや悩みがあったらわしやみんなに遠慮せず言ってみなさい。みんな、君の味方だからね」

「……はい」

「大杉さん、失礼します~」


 話が済もうとしたところで、思いがけない来客がやってきた。

 このおっとりとした優しげな声と口調は、ジェシーだ。


「……すみません。大事な話をしていらっしゃったみたいですね」

「いや、かまわんよ。君も悩みとかないかね?」

「とくにはありません。ただ、東條さんのことが気がかりで……」


 ――大杉の言うとおりだ。

 すぐ近くにも、こうやって心配してくれているものがいる。

 親身になってつきあってくれている仲間がいる。


「ジェシーさん……」

「あなたは他人への心遣いが十分できてます。だから、今度は自分を大事にしてください。無理をしすぎて体を壊しちゃったら、そっちの方がみんなイヤですから」

「はい……わかりました!」


 沈んでいた彼にも元気が戻ろうとしていた。

 現にこうやって、憂鬱で曇っていた顔も元気で明るいものになった。


「頼りにしてますよ~。うふふ」


 その微笑みは暖かく、なんのやましい心もない。

 心の底から癒されるような、清々しい笑顔だ。

 俄然、元気も沸いてきた。


「おや、ちょうど退勤時刻だな。東條くん、また元気で来てくれるかね?」

「はいっ! もちろんです!!」

「そうだよ、それ。その笑顔だよ! 久々にいつもの東條くんを見れた気がするぞっ」

「私もそう思います~」

「そう言ってもらえてとても嬉しいです! ではまた……お先に失礼しますッ」




「癒されるのぅ~」


 健が混み合う電車の中で息を荒げながら悶絶している頃、アルヴィーは先に風呂に入ってあったまっていた。

 長い髪をタオルでまとめていたが、それでも前髪がはみ出ていた。そのうちの一本は、鼻や口に当たりそうなほど長く伸びていた。

 もしこのタオルをほどけば、浴槽は瞬く間に髪の毛で埋め尽くされることだろう。


「あやつと会ってからだいぶ経つが、本当に立派になりおった。明雄もきっと天国で泣いておろうなぁ。私も鼻が高いというものだ」


 彼女は感傷に浸っていた。

 健と初めて出会ったのは師走の風がきつい季節。その頃は肌寒く、しかも何も身に着けていない生まれたままの姿で健と出会っていた。

 どこからどう見ても変質者そのものだ。それでも彼は、彼女に服を貸してこのアパートまで案内した。

 あの親切心から来る行動も、今思えば偶然ではなく必然だったのかもしれない。

 今ではすっかり仲のいい同居人、季節もちょうど桜が咲き始める温暖な季節だ。


「……一度でいいから、水着を着て泳いでみたいのぅ」


 これからより暖かくなって肌の露出も増えてくるだろうし、海にも行ってみたい。

 そんなささやかな願望を、彼女は抱いていた。

 十分温まったところで風呂から上がり、タオルをほどいてその膝まで流麗に伸びた髪をなびかせた。

 拭き取ってもなおも残る水気が、彼女の長髪や白い肌をより美しく引き立てていた。


「アルヴィー、ただいま……ッ!?」


 運の悪いことに、そこに健が入って来た。

 別に彼に悪意はなかった。ただ単に手を洗おうと洗面所にいっただけなのだ。

 たまたまそこに風呂上りのアルヴィーがいて、しかも服をまだ着ていなかった。

 ――不運なのか、幸運なのか、すこぶる微妙なところである。


「た、健……おぬし何のマネを……」


 慌ててバスタオルを巻いた。

 だが、それでもアルヴィーの豊かな胸は収まりきらずに上半分が今にも零れ落ちそうだ。

 恥じらいを感じた彼女の白い肌が、ほのかに赤く染まっていた。


「あ、あ、えーと……ごめん、そんなつもりは」

乙女(レディ)の風呂上りをのぞくな、このどスケベがぁ~~!!」

「うぎゃぁ――――っ!!」


 いても立ってもいられなくなったアルヴィーが、健に飛びついた。

 突然のしかかたれて、健もタジタジだ。

 それでも二人は幸せそうだった。

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