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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第3章 ターニング・ポイント
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EPISODE60:きれいな花にはトゲがある

「どれにしようかなぁ〜」


 市村と一悶着あったあと、健は夕飯の買い出しに出ていた。

 鼻唄まじりに買い物カゴへ品物を放り込んでいく姿はとても楽しそうで、シェイドと戦っているときの険しい彼とはうって変わってどこにでもいるようなごく普通の青年だった。


「あ、これいいかも。買いだね」


 鶏の唐揚げ(しょうゆ味)を手にとり、カゴへ即入れる。

 量はそれなりに多く、値段は普通よりも安めだった。どうやら広告に載っていた品だったようだ。


「これも良さそう」


 次に彼は、袋入りのコールスローサラダをカゴへ入れた。

 健康のことを考えると、バランスよく食事を摂らねばならない。

 肉だけでは栄養が偏る、だから野菜も買う。至極当たり前のことだ。


「おっといけない……」


 買うべきものを買い揃えたところで、ふと思い出したようにドリンク売り場に慌てて走っていく。


「コイツで決まりだ!」


 ゼロカロリーのサイダーをカゴへ入れると、健は今度こそレジへ向かう。

 幸いあまり混んではおらず、このスーパーマーケットに於ける最大のライバル、主婦(おばちゃん)たちと争わずに済んだ。


「ただいまー!」


 意気揚々とアパートの自室に入ると、アルヴィーがTVを見ながらせんべいをかじっていた。

 とくに何も言うことはない、いつもの光景である。手洗いうがいをすませてリビングに入り、彼女の隣に座った。


「おぅ、お帰り。ずいぶん買い込んできたようだが」

「まあねっ」

「しかしのぅ、確か今月はピンチではなかったのか? そんなに買いすぎてはあとが辛いぞ」

「それは言えてる。けど、たまには贅沢してもいいじゃない」


 気楽そうに健が言った。どこかパッとしない顔をして、アルヴィーはそんな健を見つめていた。

 垂れた眉と、それとは対照的につり上がっている目が、少し色っぽかった。


「これで当分買い物をせずにすむっ!」

「そういうことだったのか! お主、賢いの!」

「でしょでしょ〜?」

「だが……」


 ごそごそと音を立て、買い物袋から一本のペットボトルを取り出す。

 容量は500ミリリットル、ひとりで飲むにも二人で飲むのにも手頃なサイズだ。


「……私の分は無いのか?」

「え? あ、あの、それはね、えーと……そういうわけじゃないんだけどね……うーんと、あッ!」


 戸惑う健の頭の上で、豆電球が光った――ように見えた。

 恐らく迷った末の苦肉の策だろうが、何か考えが浮かんだのだろう。

 食器棚まで行ってコップをひとつ取り出すと、すぐ机へと戻る。何をする気なのであろうか。


「ちょっと貸して」

「うむ、分かった……」


 アルヴィーからペットボトルを受けとると、コップにそれをなみなみと注いでいく。


「おお、そうか。最初からこうすれば良かったのだな!」

「そういうことっ。これも節約のうちさ!」


 自慢げに笑うと、健はアルヴィーと一緒にサイダーを飲み始めた。

 口の中で炭酸が弾け、爽快感が喉を通り抜ける。サイダー以外では他に味わえない、爽やかな感触だ。


「しかしゼロカロリーか……どっちかと言えば、ゼロじゃない方が好きなんだが」

「ご、ごめんよ! また今度買ってあげるから……ね?」

「すまんな。そういうことだから頼んだぞ」


 健とアルヴィーが共同生活を始めてから、もう何日が過ぎただろうか。

 かたやありふれた高卒のアルバイター、かたや見るもおぞましく神々しい白龍。

 スケールも、覇気も、何もかも、こうして並べただけでも格の違いが分かるというものだ。

 父親からの縁がなければ今頃は生きてはいなかったし、こうしてじゃれあう事もなかった。

 本来ならばどんなことをしても釣り合わないはずのひとりと一匹。人と怪物が馴れ合い、親睦を深めることなど、普通に考えてまずありえないことなのだ。

 ことの経緯(いきさつ)を話したところで誰も信じてくれそうにないほど、これはイレギュラーな事態なのだ。

 ――もっとも、この二人にはそんなことなど微塵も関係ない話だろうが。

 あまりに仲が良すぎるため、端から見ればいちゃつく恋人同士にしか見えないが、あくまでパートナー同士だ。

 それなりに距離は置いているし、何より片方には思いを寄せている幼馴染みがいる。

 もう片方もそこまで干渉するつもりはなく、一歩退いた立場から見守っている。

 今後も彼らの関係は、こんな感じに続いていくのだろう――。



 ――翌日――


 時代劇に出てきそうな古きよき街並みの路地。

 人通りそれほど多くはなく、どこかわびさびを感じさせる。

 そこの隙間で得体の知れぬ触手のようなものが、獲物を欲しているかのように犇めきうねっていた。

 無論そのようなことが起きていようなど、この時は誰も知らなかった。道行く人々はほとんどがなんの力も持たない一般人。

 エスパーはほとんどおらず、この場にいたとしてもほんの一握りだ。故に、危険極まりない状況――。


「な、なんだこれ……ウワーッ」


 そして、危機は訪れた。

 轟音を立てて、茨のような不気味な触手が隙間からせり出し、逃げ惑う人々の手足に絡み付いては引きずり込んでいく。

 その締め付ける力は強く、誰もが抵抗したが振りほどくことは出来なかった。


「な、なんだ。一体何がどうなってるんだ……?!」


 ウロコのお守りから発せられた反応をキャッチし駆けつけた健も、その異様な光景を見て目を丸くして驚いた。

 隙間から出ている巨大な植物の根っこがひしめきあいながら、その辺の建物やオブジェを破壊しているのだ。驚かない方が不自然だというものだ。


「た、助けておくんなましぃぃぃ」


 そして今また、逃げ遅れた舞妓が悲鳴を上げながら異空間へと引きずり込まれようとしていた。

 この悪意ある根っこを放置しておくわけにはいかない、襲われた人々を助けねば――健は剣を構えて駆け出す。

 行く先々でうねる異形の根っこを断ち切りながら、舞妓のもとへ向かう。


「舞妓はん! 今助けますッ!!」


 舞妓の足首に絡み付いていた根っこを切り落とすと、舞妓を抱えて安全な場所を探す。

 根元を叩きに行くのは今抱きかかえている舞妓を避難させてからだ。

 危険に巻き込むわけには行かない。


「わざわざ助けてくれてごめんやす。ところでお兄さん、怪我とかしてない?」

「平気です。……じゃあ、行ってきます」

「え……ちょ、ちょっと。お兄さん、どこ行かはるんどすか!?」


 叫ぶ舞妓を尻目に、健は前に屈むほど必死で根っこがひしめいていた場所へ急ぐ。

 このままでは被害の拡大は確実――どこかに本体がいる。

 叩いて根絶せねば。火のオーブを装填し、炎の剣を握って捜索を始める。


「どこだ……本体はどこだ!!」


 襲来する根っこを焼きつくしながら、健は根っこの本体を探し回っていた。

 あれだけひしめいているが、本体はどこにもいない。

 この状況で何もできない自分にイライラしていると――見覚えのある白龍が、隙間からニュッと顔を出していた。言わずもがな、この龍はアルヴィーだ。


「健、こっちだ。一緒に参ろう!」

「ああ、頼む!」


 異空間へ飛び込み、彼女の背にしっかりと掴まる。

 四方八方から風が吹いている故に、少しでも気が緩めば追い風に吹き飛ばされてしまう。

 だからこの空間は非常に危険だ。しかし、今はこれしか方法がない。


「健、あの根っこを見たか?」

「うん。あんなデカいのはじめて見たよ」

「あれは、植物型のシェイドが伸ばしているものだ。その力は計り知れない――」

「早く何とかしなきゃ。どこに本体がいるか分かる?」


 目を閉じてアルヴィーが鼻を嗅いだ。やがて気配を感知し、目をカッと開く。


「わかったぞ……ここを曲がった先だ。しっかり掴まっとれよ!」

「おげーっ!」


 今の彼女は数十メートルほどはある巨体だ。

 動いただけで物凄い風圧が周囲に発生する。



「あいてて……」


 出る寸前に振り落とされた健が、痛そうに頭を掻く。

 ふと辺りを見渡すと、そこは鬱蒼と林が生い茂ったどこかの参道だった。

 痛みをこらえて立ち上がり、とりあえず道なりに参道を登っていく。

 気味の悪いことに、道中では無数の複雑に絡み合ったツタが地面を埋め尽くしていた。

 やがて健は、建物などがメチャクチャに荒らされた痕跡を目にする。


「酷いなこりゃ……」

「流石に根っこの本体がいるだけはあるな。さっきの場所よりも荒れ果てておる」

「アルヴィー、いつの間に! ところでここは……?」

「うーんと――」


 腕を組み、深刻そうな表情を浮かべながらアルヴィーが熟考しはじめた。


「……確か、しみずでらといったかの?」

「ちゃうちゃうちゃう、それ言うなら清水寺(きよみずでら)やないかーい!」


 突然出たボケに、すかさず鋭いツッコミを入れる。


「そうであったな……とにかく今は急がねば!」


 シェイド反応を追い、道中で行く手を阻む根っこを切りながら二人は寺の本堂へと向かう。

 やはりというべきか、京都でも屈指の観光名所にして重要文化財である本堂はこっ酷く荒らされていた。

 一連の騒ぎの主犯へ怒りを覚えながら、二人は中へと入っていく。


「真っ暗だ……」


 中は瓦礫で光を遮られていて、ほとんど何も見えなかった。

 吐き気を催すほどに犇めいているツタや根っこに軽い嫌悪感を覚えながら、更に奥の方へと進んでいく。

 そして、更なる戦慄が二人を襲う。


「穴が開いてる……まさか、この先に?」


 そこの床には大きな穴が開けられていた。

 飛び降りれば、地下深くまで行けそうなほどの深さだ。

 もし飛び込んだ先に根っこの本体がいるとするなら、少々気が滅入るが――、降りるしかない。

 勇気を出して、二人は巨大な穴へ身を投じた。



「あいたー……」


 無事――とは言いがたいものの、着地することができた。

 一息つこうとしたが、次の瞬間アルヴィーが遅れて落下してきて――ずしん! と、背中にとてつもない衝撃がのしかかった。


「ふぅ、下にクッションがあって助かった。……うん?」


 何があるか気になったアルヴィーが下を見ると、そこにいたのは自分の下敷きになって伸びていた健。

 慌てて飛び退き彼の体を揺り起こすと、軽く謝って土埃を払う。


「すまんかった……しかし、こんな地下深くまで続いているとはのぅ」

「ホントだ、天井が高い……」


 このような空洞が清水寺の地下にあったことなど、誰が想像しただろうか?

 炎の剣をたいまつ代わりにして、更に空洞の奥深くへと足を進めていく。

 奥に行けば行くほど地面――いや、壁にもツタが繁ってきて、如何にもという不気味で寒気がする空気が辺りに漂いはじめた。

 ――やがて、つい先程落ちてきた空間と似たような場所に出た。背筋を伝う悪寒が、より一層強くなっていく。


「……アレかな」

「かもしれんのぅ……」


 薄暗くてよく見えないが、壁を茨が覆ったこの空洞の真ん中には巨大な何かがぽつんと立っていた。

 恐らく、あの犇く根っこの本体だろう。だが、いやに静かだ。

 ここまで静まり返っていると、かえって恐怖感を煽られるというもの。

 ――案の定、その不安は的中した。二人の存在を察知すると急に動き出し、閉じていた花びらを展開させる。

 大きな口にはキバが生えそろっており、その肉食植物然としたグロテスクな姿はお世辞にも美しいとは言えなかった。

 ボテッとして丸っこい球根からはその花びらだけではなく、ヒトでいう手に当たる触手も生えていた。

 絡み付けるよりは薙ぎ払ったり叩いたりする方が向いているような形だ。

 ――いずれにせよ、時間をかけてはいられない。被害を食い止める為にも、早々に倒さねばならない。


「アオオオオオオオオオオオ!!」


 花びらが咆哮を上げた。

 空洞全体に響き渡るほどの大きさで、思わず足がすくんだ。

 だが、怯えている場合ではない。この怪植物を伐採せねば!


「まるで怪獣だ……!」

「健、相手は世界にひとつだけの花だ。だからって手を抜く必要はない……いっそ刈り取ってやろうぞ!」

「ああ、そうしよう!」


 さあ――、戦いだ!

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