EPISODE58:橋上の戦い
その頃――京都ではシェイドが出現し、人々を襲っていた。
場所は、かつてあの弁慶と牛若丸が出会ったとされている五条大橋である。
「ギュイイイイイッ!!」
濃い水色を基調とした体躯に、毒々しいピンク色の目玉。
この巨大なシオカラトンボのような不気味なシェイドは、名をソルティヤンマという。
2足歩行で発達した前足は太く鋭い刃物のようになっており、
比較的がっしりとした胴体とは対照的に足は異様に細長い。
ベースとなったシオカラトンボと同様、水辺や水田地帯を主な生息地としている。
「た、助けてくれぇー!」
逃げ遅れた老人にソルティヤンマが襲いかかる。
老人の足を切りつけて転ばせると眼前に右腕の鎌をかざし、そのまま切りかかろうとする。
もはや、これまで――
「たあああッ!」
――ではなかった。
間一髪で大剣と盾を手にした男、健が横から助けに入り、老人は命を取り留めた。
「ここまで来れば安全です、速く逃げて!」
老人の肩を担ぎ、安全そうな場所まで運んで逃す。
すぐさま青いトンボが出現した橋まで戻り、相手を迎え撃つ。
「ごめん、待たせた?」
気丈にもそう言いながら、剣を両手で持って跳躍。そこから唐竹割りをソルティヤンマに命中させ、見事にダウンさせた。
すさまじい威力の前に窮地に陥ったソルティヤンマは、起き上がって飛翔し川の方へ逃亡した。
しかし、こちらへ対する戦意を失ったわけではなさそうだ。もしかすれば、また戻ってくるかもしれない。
「さあ、どっから来る……?」
眉をしかめて、緊迫した表情を浮かべながら盾を構える。
敵の不意打ちを防ぐため、先にこっちから仕掛けるか、予め防御しておくか――どちらかの行動をとる必要があった。
とくに今回は相手が機敏に動くタイプだったため、なおさら慎重に出なければならなかった。
(――来たッ)
やかましい金切り声を上げ、これまたやかましい羽音を立てて水しぶきを舞い上げながらソルティヤンマが滑空して戻ってきた。
このまま健に体当たりを仕掛けようというのだ。両手でしっかりと剣を握り、迎撃しようとするが――、足元の隙間から現れたクネクネした人型の――最下級シェイド・クリーパーによって背後から羽交い締めにされてしまう。
「がっ……は、離せぇ!!」
全身で踏ん張って振りほどこうとするが、なかなか離そうとはしてくれない。
それでももがき、抜け出そうとする。
「ゲゲャー!」
「くっ……!」
しかし、眼前にはソルティヤンマが全速力で迫ってきていた。
しかも衝突寸前だ。こうなればもはやここまで――攻撃を受けるしかない。
「大丈夫か!」
しかしそこへ、長い白髪のクールな女性――アルヴィーが、空中のソルティヤンマめがけてドロップキックを当てる。
もがき続けられて体力が持たなくなったクリーパーを振りほどいて突き放すと、
「アルヴィー、来てくれてありがとう!」
「礼などあとだ。それより今はこいつらを!」
二人は互いに背を預けあい、敵を迎え撃つ姿勢に入った。
こうやって背を預けられるのは、どちらもお互いを信じあっているから。
かけがえのないパートナーだという強い認識と、固い絆が二人の間にあったからだ。
「ギュイギュイイイイイ!!」
ことごとく行動を阻まれ怒り心頭のソルティヤンマが、耳障りな雄叫びを上げた。
怒りに燃える奴に呼び出されたか、橋の隙間という隙間から大量のクリーパーが現れてごった返す。
大袈裟だが本当に数が多く、この五条大橋を埋め尽くさんばかりの勢いだった。
「やれるか、この数?」
「わかんない。けど……」
数では圧倒的に敵の方が上だった。
不安げな表情で呟くも、すぐに険しい表情に変わり、前へ飛び出す。
「やるしかないでしょ!!」
行く手を阻むクリーパーたちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ――健は猛烈な勢いで敵を蹴散らしていく。
剣の属性を切り替えて、相手を燃やしたり凍らせて砕いたり――器用に立ち回りながら。
「健!」
「なんだい!」
ある程度片付いて向こう岸が見えるようになったところで、アルヴィーが問いかけてきた。
「そろそろ本丸を叩きに行ったらどうだ? あの最下級の連中は、そやつらより強い奴がどんどん呼び出す。三下は私に任せて、お主はあのトンボを!」
「分かった、あとよろしく!」
「うむ、任せておけ」
そう言って別々に戦うことにした。健はソルティヤンマを、アルヴィーはクリーパーたちの相手をそれぞれ引き受ける。
長いこと戦っていると体に堪える、なるべく早く終わらせねば。
跳躍して高欄に止まっていたソルティヤンマを切り裂き、川に落とす。すぐにソルティヤンマは飛び上がり、そのまま滑空。
「待て!」
たかってくる烏合の衆を切り捨てながら、健は飛んで逃げるソルティヤンマを追う。
驚きの速さだが、何度となく強力な一撃を受けてきた奴のスタミナはほとんど残っていない。
もう一度地面に落とせば、今度はもう上がれないはずだ。
「ふらついてんじゃないの!?」
動きがふらつきはじめた、すかさず飛びかかりながら切りつける。
羽を横に寸断して飛べなくすると、背中を掴んで持ち上げ切り上げる。
「うわっ」
起き上がった相手に脇腹を切られ、出血。だが、このぐらいでは健はへこたれない。
屈せずにそのまま斜めに切り下ろして片腕を切断すると、炎のオーブを装填。
そのまま宙へ舞い上がり、その燃え上がる剣を真下へ突き出す。
「とどめだぁ――ッ!」
もはや相手は満身創痍、逃げ切れなかった。
健が地面へ激突して大爆発が起き、それに巻き込まれたソルティヤンマは木っ端微塵に砕け散った。
「おぅ、お疲れ! 早かったの」
「そっちこそ早かったね。これぐらい朝飯前だったり?」
「まあ、一応な」
「やっぱり強いなぁ!」
大剣と盾を仕舞うと、二人一緒に橋を渡る。
故意にそうしたわけではないが――端から見れば、まるでカップルのようだった。
自宅で包帯を脇腹に巻いてから出直し、二人はみゆきがバイトをしている『トワイライト』へ向かった。
何を食べるかについては、向こうに到着してから決めることにしていた。
両者とも戦いの後で、しかも激しく運動していたため腹が減っている。
腹の虫の悲痛な叫び声に悩まされつつも、二人はトワイライトへ辿り着く。
「しかし今日は残念だったのぅ。見違えるほど強くなったお主の戦いぶりをもっと近くで見てみたかったものだが……」
「しーっ、声が大きいよっ!」
とは言うものの、アルヴィーにそう注意した健の方が大声を上げており、他の客にまる聴こえであった。
よかれと思ってやったことが裏目に出てしまい、結果として彼が恥ずかしい思いをするはめになった。
悔しさを噛みしめつつも、健はメニューをとってアルヴィーに渡す。
ファミリーレストラン――略してファミレスなだけはあって、そのメニューは相も変わらず豊富であった。
「どれにしよっかなぁ。あ、アレとかおいしそうじゃね?」
「うーん、そうかの? 私はこっちの方がうまそうに思えるが……」
こう腹が空いている時に、メニューに載せられている食べ物の写真を見ると余計に腹が空いてきて迷いが生じるというもの。
現に二人とも、どれにすべきか迷ってしまっていた。別に今は急ぎの用事があるわけではないので、こういう時ぐらいは焦らずにゆっくりと決めれば済む話なのだが。
「いらっしゃいませ~、ご注文はお決まりになられましたでしょうか」
そうこうしているうちに、若いウェートレスが注文を取りにやって来た。
『ハッ』と我に返った二人は慌ててウェートレスの方を振り向くと、
「か、カツカレーで!」
「わ、私、ざるそばでっ!!」
「かしこまりました。もうしばらくお待ち下さい」
よく考えれば、別に取り乱すほどの出来事ではなかった――と、健は思った。
それはアルヴィーも同じで、かなり恥ずかしそうに顔を背けていた。
しすぎなほど反省しながら待っていると、やがて先ほどのウェートレスが注文の品を持ってやって来た。
すぐに立ち直り、受け取ったカレーとざるそばに手をつけはじめる。
――だが、その前におしぼりは欠かせない。しっかりと手についたばい菌や脂を拭き取るとスプーンや箸を持ち、改めて食べ始めた。
「かっ……辛ぁぁぁ――っ」
「おお! さっぱりしていてうまいのぅ!」
カツカレーとざるそば――どちらも味が全く違う食べ物だ。
前者は甘口もあるが基本的に辛く、食えば水が飲みたくなる。
一方で比較的早く食べられる食べ物でもあるため、時折『カレーは飲み物』と比喩されることもある。
本場であるインドでは、なんと手で食べられているという。文化の違いを感じる。
現地人ならともかく、日本人はスプーンで食べた方がお上品というものだ。
後者は後味がさっぱりしており、清涼感の漂う一品だ。
どちらかといえば夏によく食べられるが、中にはのど越しのよさを味わいたい者もおり、そういった者には季節など関係なく食べられている。
このざるそばはその名の通りざるに盛られたそばを、別の器に入ったつゆにつけてすする――という食べ方をする。
シンプルながらおいしく、上述のように愛好家も存在しているのだ。
「ハァ~~ッ、おいしかったなぁー。アルヴィーは?」
「たまにはアッサリしたものもいいのぅ。またそばが食いたくなってきおったわ……」
ホールでの仕事が忙しかったのか、結局みゆきには会えなかった。
レストランを後にし、二人はそそくさと帰路に着く。
――そんな彼らをつけまわそうとしていたものが、ひとり。
たこ焼き屋兼エスパーの市村だ。ニット帽に薄手のジャケットと、カジュアルなファッションに身を包んでいた。
誰もいない事を確認すると、レストラン前の植え込みから出て、
「なんやねん、二人してうまいモン食いおって……」
二人が見える範囲で遠くへ行った事を確認すると、市村は尾行を開始した。
「あの姉ちゃんだけでも追っかけたろやないかい!」
いったい、彼の目的は?
二人を追跡して何をしようとしているのだろうか――。
◆ソルティヤンマ
◆シオカラトンボのシェイド。濃い水色の体にどぎついピンク色の目、鋭い刃物のような両腕を持つ。
発達した複眼のお陰で視界がたいへん良く、周囲を360度見渡せるため死角がない。
しかしそれは弱点でもあり、強い光には極端に弱い。また、目の前でものを回されると目を回してしまう。
早い話、レッドヤンマの色違いである。こいつは消化液を吐かないが、その分格闘戦に特化している。
五条大橋で人々を襲って暴れていたが、駆けつけた健とアルヴィーによって倒された。