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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第3章 ターニング・ポイント
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EPISODE57:俺たちの明日はどっちだ

 彼は疲れていた。

 彼は気分がすぐれないでいた。

 彼はイライラしていた。しかし、もはや怒鳴る気力すら残っていなかった。

 先日、就寝中に突然入ってきたとばりからの連絡。

 それは急用らしく、朝から彼女が住んでいる京都に来てほしいという内容だった。

 ――あえて言おう、冗談ではない。こちらは日々の激務と、嫌味で口先ばかりな同僚のどうでもいいおしゃべりに付き合わされた疲れと鬱憤がたまっているのだ。

 少しくらい休んだって、誰も文句は言わないはずだ。

 なのに何故、そんな俺に頼み事をするのか。彼女なら、白峯ならこの状況下で、宍戸以外で自分を癒してくれると信じていたのに。

 何ゆえ彼女にまで無理難題を吹っ掛けられねばならないのだ? ありえない、ありえない、ありえない! いったい俺が何をしたというのだ――。


「ついてねェー……」


 己の不幸を嘆き、これから次に我が身に起こるであろう理不尽な出来事を予想していると、今度こそ胃にギアガの大穴ばりに巨大な穴が開いて死にそうだ。

 どっかで滝にでも打たれて何事にも動じない精神力を身に付けるのと、このままアゴでこき使われ続けて過労死するのとどちらが早いのだろうか。こんな予想を立てている自分が恐ろしい。


「うわーっ! また渋滞かよ!」


 東京がある関東地方と、京都や大阪のある関西地方はかなり遠く、行くまでにもとてつもない時間がかかる。

 朝6時からバイクを飛ばして高速道路を突っ走っていた彼だが、関西まであと一歩というところで恐ろしいほどの大渋滞に巻き込まれてしまった。つくづく運のない男である。


「これは相当やべーぞ。京都に着く頃にゃ、白峯さんきっと怒るだろうなぁ……」


 角を生やし、鬼のような形相でこちらを睨みながら怒り狂う白峯の姿。

 そして白峯からボコボコにされた挙句、踏みつけられる自分――脳裏にそれを浮かべることは容易だった。謝って許してもらえたらいいのだが――。




「や、やっと……ついた。あ、あと少し」


 心身共にフラフラになりながらも、不破はようやく京都に辿り着くことができた。

 あとは白峯が住んでいる西大路に行くだけだ。

 疲弊しきった不破とは対照的に疲れ知らずのバイクを唸らせ、一気に飛ばす。あともうひとふんばりだ。


「ぜぇ……ぜぇ」


 そして、白峯の研究所兼自宅の手前にたどり着いた。

 呼吸を荒くしつつブザーを鳴らし、もはや棒になりかけている足を引きずりながら玄関へと向かう。そしてドアを開け、


「し、白峯さぁん」

「不破くん! 来てくれたの……」


 白峯がドアを開けると、そこには疲労のあまりやせ細って倒れている不破の姿があった。


「ちょっ……どうしたの!?」

「い、胃薬ください」


 変わり果てた不破を拾い上げてやると家の中へ。

 目がうつろな不破をソファーに寝かせてやり、すぐに薬や栄養ドリンクを用意する。


「これ飲んで不破くん!」


 もはや生気のない顔をしていた不破の口を無理矢理こじ開け、その口へ栄養ドリンクを注ぎ込む。


「ふがふが……おげげぇーっ」


 白峯から注がれた栄養ドリンクを飲み干す。

 一気に口に入れられてしまい、奇声を上げながらむせていた。


「お、オエップ……」


 思わず吐き戻しそうになった。しかし、その目には活気が戻り――。


「うおおおおお! パワァーッ全快ッ!! ふっかああああああつ!!」

「あらら、すんごーい。お薬いらなかったね」


 鼻息荒く、筋肉はムキムキに。やせ細っていた体に活力が戻った。

 それだけ白峯が不破に飲ませてやった栄養ドリンクの威力はすさまじく、彼女が言う通り薬などいらないぐらいだった。

 元気を取り戻しすぎたあまり、不破は鬱陶しいくらいに筋肉を『ムキッ』と強調する変人と化していた。白峯も最初は乗り気だったが、そのうち飽きてイライラしてきた。


「あなたねぇ……」


 最終的には、どこからともなく巨大なピコピコハンマーを取り出し――


「身の程をわきまえなさいッ!」


 一発、また一発。仕上げにもう一発。これだけ不破の頭を思い切り叩けば、彼ももとに戻るはずだ。

 とくに最後の一発は気合が十二分に入っており、確実に元に戻せる自信があった。



「――で、オレに用事って?」


 元に戻ると、途端に不破はシリアスな男に戻った。

 ガッシリとした腕に浅黒い肌、意志の硬そうな目つき。

 一言で言い表すなら、『細マッチョの美男子』だった。

 ――ただし、頭からでかでかと生えた大きなたんこぶを除けばの話だが。


「えーっとね。この前東條くんに、あの剣とか盾とかの話をしたでしょ。それにくっついていたオーブのことなんだけどね……」

「え? オレ、そんときは蚊帳の外だったんスけど……」

「その時は治療中だったし、仕方ないわ。でね、そのオーブを……」


 そう言いかけたところで、あえて白峯は言葉を区切った。

 簡単には教えず、ある程度焦らしてから教えようという算段だ。


「そのオーブを……?」

「さあ、どうしたでしょう? 正解したらあとでイイことしてあげる。うふふ」


 もちろんただ焦らすだけでは相手に失礼だ。

 ちゃんと報酬(ごほうび)も準備しておかねばなるまい。

 ちなみにイイことというのは――言わせるな、恥ずかしい。


「分かったぞ。レイアムランドまで行って取ってきたんでしょ!」

「ブッブー。そっちのオーブじゃありません。東條くんがビー球って呼んでた方よ」

「えーっ」


 仮にそこへ行っていたのだとしたら寒い中、やれごうけつぐまだの、やれヘルコンドルだのといった猛者を相手にしてきたのだと思われる。

 もしそうだとしたら、白峯は剛の者と呼ぶに相応しい女性だろう。それが本当の事だったならの話だが。


「じゃあなんスか。もしかして、オーブを作っちゃったとか!?」


 不破が知恵を絞って考えた質問。

 それを聞き受けた白峯はにっこりと微笑み、


「半分正解! けど、半分残念」

「はい?」

「というのはね……」


 再び白峯は言葉を区切った。

 あくまで相手を焦らして行こうという魂胆のようだ。

 知るまでを焦らされた分だけ、知ったときの快感は大きい。

 かつて幼い頃、父や母からそうされたように、

 白峯は不破を焦らしていた。


「オーブを作る方法を見つけた、正確には作れるかもしれない……ってことなの」

「ま、マジですか。本当ですか?」

「ええ、本当よ。でも今東條くんが使っているのは、炎と氷だけだから――」


 アゴに手を当てて、熟考。

 今からすぐにでも作れそうな属性が何かを、自分なりに推測していた。

 まず人間にとって身近な属性――水や電気、風辺りからはじめていこう。

 ただ、これらのものは東條が本来持っている属性とはまったく違う。

 もしかすれば、彼に負担をかけてしまうかもしれない。


「……そうねぇ」


 ――しかし、電気ならいけそうだ。

 不破を色っぽい目つきで見て、悩ましげな視線を送る。

 そして、にやりと笑った。


「『電気』なんかいいかも。ねえ、不破君」

「ま、まさかそのためにオレを? じょじょ冗談じゃない……、帰らせてもらう!」


 マッハで逃げようとする不破。

 しかし、白峯に服の襟を掴まれ――振り向かされると、眼前には白峯の顔がどアップで映っていた。


「まぁまぁ。このお返しはいつかしてあげるから……ね?」

「お返し……ハッ!」


 そ、そうだ。確かにこれから人体実験とかされたらたまったものではないが、

 それに耐え抜けばいつかあんなことやこんなことをしてもらえるはず。

 『ぱふぱふ』してもらい放題、ビールも飲み放題。

 いやいや、きっと焼肉屋でもきれいな姉ちゃん侍らせて焼肉食い放題だ。

 まさに両手に華、酒池肉林ッ!

 美枝さんには悪いが、彼女はもう天国の人だ。彼女には悪い事をしてしまうが、

 ここはひとつ――神様から与えられた試練だと思って乗り越えねばなるまい。


「……喜んで参加させていただくッ」

「うふふ、そういうことだからよろしくね~」



 ――ロクなことにならないのは分かりきっていた。

 だから彼女に協力する事を選んだ。たとえ彼女の実験でこの身が滅びようとも、だ。それに見返りが大きいのならやる価値も十分にある。


 しかし、彼は知らなかった。

 これから想像を絶するほど酷い目に遭わされるという事を、

 苦難の末に待っているのが夢にまで見たハーレムと飲み放題の食い放題でなく、

 更なる茨の道だということを――。


 ああ、なんて哀れなのだろう。

 なんと愚かなのだろう。

 元々自分があまり運が良くないのを知っておきながら、自ら地獄へ飛び込んでいくその姿。

 まるで、明かりを求めるあまり火に飛び込む蛾のようだった――。

レイアムランド、それからごうけつぐまやヘルコンドルのくだりは『ドラゴンクエスト3』のネタです。

知らない方はごめんなさい><

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