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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第3章 ターニング・ポイント
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EPISODE54:ケジメつけたい


「くっそー! 何が何やらさっぱりわからん。オレにはちんぷんかんぷんだ!」


 その晩、不破は都内のマンションの自室で村上から受け取ったマニュアルを必死で読んでいた。

 何故に必死なのか? その理由は至極簡単なものだった。

 難解な用語や読みにくい漢字が多く、しかもフリガナ等は一切なし。

 こんな翻訳なしの古文書並に読むのが難しいものを読めというなど、実に不合理で理不尽な話だ。

 しかもそういう仕事だというのだから、なおさらタチが悪い。


「これ、マニュアルじゃなくて暗号文じゃないのか? 誰かは知らんが、こんなわけわからん用語の多いライトノベル並にハードルの高いもん発行しやがって!」


 ひとりでに逆上するとマニュアルを閉じ、ポイッ! と床に投げ捨てた。

 不破は頭を使いすぎた故にパンクしそうになり、結果としてこんなことになってしまった。こうなってしまえばもはや、読む気も起きない。

 今度からは誰でも読めるものを作って欲しいと、缶ビールを飲みながらそう思うのであった。


「ぷはぁーッ!」


 缶ビールを飲み干した不破は、溜まったものも一緒に吐き出すように豪快に息を吐く。

 唾が伴うほどの大きな息だった。鬱憤を晴らし、ベッドに入るのも面倒くさくなった彼はソファーの上で就寝しようとする。


(いや待て……)


 興奮する猛牛の如く大荒れしていたものの、ソファーの上で寝そべりながら、不破は思いとどまっていた。

 これでいいのか、読まなかったらいざというとき困るのではないか――そう考えながら。


(……今後のこと考えたら、やっぱり読んどいた方がいいよな)


 やがて熟考するうちに考えを直し、寝るのをやめて起き上がる。

 ページを曲げられたり床に捨てられたりして無残な姿になったマニュアルを拾うと、今度は冷静にまじまじと読み進めていく。

 最初はあれだけ騒ぎ立てながら読んでいたのが、頭を空っぽにしてみれば不思議なことにスラスラと頭の中へ入っていった。

 よくよく考えれば、最初から落ち着いて冷静に読めば分かることだったのだ。分からなかった為に顔を真っ赤に染めて激怒していたのがすごく恥ずかしい。


「アレがコレ、ソレがソレなのか……なんだ、意外と分かりやすいな」


 そして、読みふけってから数時間後。


「よっしゃ、覚えたぜェ」


 遂に彼は、この知恵の輪ばりに解読の難しいマニュアルを読破することが出来た。

 ところが疲れ果てた彼は、魂が抜けるようにそのまま寝転んでしまった。

 そしてソファーで毛布を被って安らかな寝顔を浮かべながら、夜を越すのであった。


 ――翌朝、警視庁――



「みんな早いなあ。こんなときは、おはようというあいさつを謹んで贈らせてもらいましょう」


 いつも無鉄砲で荒々しいところのある彼にしては、らしくないくらいに清々しい笑顔で朝のあいさつを交わした。

 今日の彼は機嫌が良いのか、まるで憑き物でもとれたように爽やかだった。


「おっ、おはようございますッ!」

「元気そうで何よりです!」

「不破さん、ステキー! あとで顔をナメナメしてあげるわぁ」


 一名やや変態チックな乙女もいたが――不破に心惹かれたか、宍戸をはじめとした婦警たちが少し紅潮しながら敬礼した。


「い、いや。君たち。そんな興奮しなくてもだな……」

「おーおー、厳しい性格ながらたまに見せる甘いマスクですぐ女の子にモテなさる……!」


 そこへ水を差すような言葉を投げかけて、村上が嫌味ったらしく振る舞いながらやってきた。

 口元を歪ませながらあからさまに嫌そうな視線を、不破は隣の彼に浴びせていた。


「うらやましい! さすがはホスト並にハンサムでリッチモンドなことはありますねぇ、不破さん!」

「おだてる時はもっと下手に出るもんだぜ、村上ェ……」


 苦笑いしながら、不破はそう言った。

 警視庁でもきっての知性派で、しかも屈指の美形であることで知られている彼が、今こうやって自分の前で自ら嫌味のある知性派キャラを崩すようにふざけまくっている。

 何とかならないものだろうか?


「さぁさぁ、どうしたのかなぁ。アタックしないのかい? 君たち女の子でしょ? どうせならお金持ちと結婚したいでしょおー!?」


 結婚後のことを考えると、確かに金持ちと結婚した方が資金には困らない。

 それでいて美男子(イケメン)なら尚嬉しい。

 しかしながら、たとえ貧乏で不細工でも心はダイヤモンドのように純粋で汚れなく、ひた向きな男性も中にはいる。

 金持ちで見た目もいい男か、貧乏でブスだが心のきれいな男か。

 これは性別を逆にした場合でも当てはまるが、まさに究極の選択と言えるだろう。


「この人元高給取りだからね、お金いっぱい持ってるよ。みんな、どうせならブルジョアな暮らしをしてみたいだろ〜!?」


 村上によるおだてと煽りの波状攻撃が、不破と婦警たちに襲いかかる。


「み、みんな騙されるな。コイツはウソをついてる! 金持ちで高給取りなのはメガネの方だ! 第一オレは金持ちじゃない。金ならこっちの方が貯蓄あるし、資金繰りだってこいつの方が断然うまいぞ!」


 このままでは埒があかないと思った不破が切り返し、騒然とする婦警たちの気をそらす。

 更に村上も困惑し、一石二鳥だ。


「それにこいつは頭もいいし、どうせならこいつと結婚した方があとあと助かるぜェーッ」


 やられたらやり返す。

 無理矢理左腕で肩を組んで近付けさせると、右手の人差し指で村上のしたり顔をしつこいぐらいに指差す。

 元々そうではないのだが、この時の不破は瞳孔(どうこう)を小さくして悪役っぽい笑みを浮かべていた。


「は、離せよ。気色悪いなあ!」

「しゃあねェな。誰か、こいつを婿にもらってやってくれ」


 とは言われても婦警たちにはすぐに決められそうにない。

 高給取りで頼りがいのありそうな不破か、知性派で的確なアドバイスを授けてくれそうな村上か。

 二人とも真面目で見た目もいいしで、彼女らはどちらにするべきか悩んでいた。


「ねぇ、どっちにする? あたし、ガッツのある人が好きなのー」

「私は知的な人がいいなぁ。宍戸さんは?」

「えっ、私ですか? うーんとね……」


 見事に意見が別れた。

 宍戸としてはどちらでもいいのだが、二人のうちどちらに意見を合わせたらいいのか分からなかった。

 出来るだけこの無益な争いを、平和に終わらせたいのだが――。


「審議中、か……」

「審議中だねェ。むふふ」


 肩を組んで組まれあった二人が顔をあわせてそう呟いたかと思えば、不破の方から村上を突き放す。

 そして息を大きく吸い込み、


「あーもう、まどろっこしい! やめだやめだッ! みんな、オレのために不毛な争いをするのはやめてくれ!」


 突然の大声にその場にいた全員が驚き、すくみ上がった。

 震えている宍戸と手を繋いでやると、廊下の奥の方にあるエレベーターへと進んでいく。


「じゃ、オレは宍戸と一緒に先行っとくわ。あとよろしくな」


 エレベーターに乗り込んだ二人に続こうと駆け寄るが、あと一歩のところで扉が閉まる。

 ということは、事の後始末は自分でやれということだ。

 思えば、少々おふざけが過ぎていた。

 この婦警2人をどうやって巻けばいいのだろうか。

 いっそ、二人とも自分の愛人にしてしまうしてしまおうか。

 その方がいいかもしれない。

 元はといえば、己がまいた種だ。

 芽が出てくる前に自分で取らなければなるまい。


(……やるしかないッ)


 覚悟はできた。

 眼前には、迫り来る婦警の姿が。それはどんどん大きくなっていき、

 ついには前かがみで村上を見下ろすように。


「警部補ぉ~、この落とし前どう取ってくれるんですかぁ?」

「ねえってばー!」


 村上の絶叫が警視庁全体に響いた。

 それは地下へと向かった不破と宍戸の耳にもハッキリと届いていた。


 いったい村上の身に、何が起こったのだろうか――?

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