EPISODE51:浪速(ナニワ)の銃狂い
「……受けて立ちます!」
大剣と盾を再度構え、申し込まれた決闘に臨む。お前に勝って名を上げる――と、
あの銃使いは言っていたが、何故だろう。ただ単に名を上げたいだけで自分に戦いを挑んだようには見えなかった。純粋に戦いを楽しみたいのか、はたまた正々堂々とした勝負がしたかっただけなのか。そんな風にも見えた。
「トロいトロい!」
転がりながら移動する、姿勢はそのままに地面をスライドしながら高速で動くなど、
人間業とは思えない動きで縦横無尽にすばやく駆け回りながら、銃使いが挑発した。
不破ほどではないものの、かなりの速さだった。目が追いつかない。
「おわっ! あぶねー……」
向けられた銃口からエネルギー弾が飛ぶ。転んで切り抜けたが、その背後で小さく爆発した。
なかなか威力がありそうだ。もしまともに受けていたら、これだけでもかなりの深手になっていただろう。
「なに動いとんねん!」
即興だが作戦を立てた。相手の武器は銃だ、撃っていればいつかは弾切れを起こす。
そうなれば相手は自ずと弾を補充するはず。だから撃たせるだけ撃たせておいて、
リロードしたところを狙って攻撃すればいい。もし弾が無尽蔵だったらこの作戦は瞬く間に意味がなくなるが、その時はその時だ。何とかするしか他はない。
「うらうら! ブッ飛べや!」
連射も連射、銃使いが超スピードで銃を連射する。
健は盾でそれを防ぐ、あるいはかわすなどして何とかやり過ごしていた。スピードでは勝てない。
だが、パワーとテクニックでなら勝てなくとも互角にまでは持ち込めそうだ。騒々しくしながら銃を乱射しているものの、この男はそのぐらい強い。
「どないした、いつになったら俺に手ェ出すんや? まさか、出方を伺っとるんとちゃうやろな……」
銃使いが乱射を止めた。まさか、こちらの狙いに気付いたのか?そんな口ぶりでこちらを睨んでいた――。
「ま、ええわ。とりあえずもらっとけや!」
再びマシンガンばりの乱射が始まる。こんなものに直撃でもしたら間違いなく蜂の巣だ。
何としてでも凌がねば。やがて乱射が途切れ、銃使いがぱっとしない顔を浮かべた。そう、弾切れだ。
「チッ、もう補充せなあかんやないかい……」
「今だ!」
「しもた! それが狙いやったんか!」
いよいよ転機だ! 剣を天に掲げ跳躍する、そして渾身の一撃を振り下ろす。
「ぬおおおおお!!」
予想外の事態に困惑する間もなく、まともに攻撃を受けた銃使いが吹っ飛ぶ。
それもただ吹っ飛んだのではなく、空中できりもみ回転しながら。喋り方からして関西人のようだし、こいつは生粋のコメディアンなのか?
自分もそうだが関西人といえばややケチでお笑い好き、故に笑いを取るためならときには全力で取り組む。
――よろしい。彼自身は浪速の銃狂いと名乗っていたが、本名が分かるまでは彼のことを謎の関西人と呼ぶことにしよう。出生も素性もまだ分からないのだから、謎をつけても誰も文句は言わないはずだ。
「やりまんなぁ……」
転倒していた謎の関西人が起き上がった。口ではそう言いながらも、まだ奴はピンピンしている。
その証拠に、余裕そうな笑みを浮かべていた。対して自分は手負いで、それにさっきギャングのリーダーと戦ったときに腕に傷を負った。
だからどこまで持つかは分からない、だが――今はやれるところまでやるしかない。それが戦いなのだから。
「いえいえ、そっちこそ」
健はそう謙遜した。ひょっとしたら、あの関西人は手加減してくれているのかも知れない。
『人の顔色を伺うな』みたいなことは言われたが、もし自分と彼の立場が逆で余裕があったら、
まずは小手調べ――として、ちょくちょく様子を見ながら攻撃に出ていただろう。
相手もこっちもはじめて戦うわけだから、普通ならそうするはず。しかしそうではないということは、あの関西人は心から真っ向勝負を望んでいるということになる。
だったら、こちらも残った力を出し切るまでだ。やられる前にやれ! 相手に攻撃させる前に、こちらから斬撃を仕掛ける。一気にケリをつけねば。
「ノーコンや、どこ見とる!」
しかし、やはり相手はすばやい。紙一重で斬撃を避けてしまった。なんとか、相手の動きを妨害できそうにはないものか?
「そもそもそんなデカイもんでワシは倒せへんのや!」
「くっ」
また挑発だ。この関西人、よほど実力に自信があるらしい。悔しいが、なかなか手が出せない。リロードするとき以外、隙もまったく見せない。
「くそ、ちょこまかと……!」
関西人が動いているときにいくら剣で切ろうが突こうが、ことごとく攻撃を回避されてしまう。やはり弾をリロードするときが狙い目なのか?
いや、何を考えているのだ。ヤツが動かないのはその時ぐらいだ、なのに何を今更焦っているのだ。冷静になれ、健。
焦燥したら負けだ。まだ経験は浅いが、これだけは身をもって知っている。仕事も戦いも、なるべく冷静に物事を運ばねば負けだ――ということを。
「なんや、エライ手こずってはりますなぁ? なんなら、ご自分のパートナーに助けてもろてもエエんやで?」
「……そろそろ本気出せよ」
「は? 今なんちゅうた?」
よし、今度は逆にこっちから挑発してやろう。
幸いこいつは挑発に乗りやすそうなタイプだ、少し煽っただけでもすぐに怒るだろうし、冷静さを欠いて攻撃の精度も低くなるだろう。
「あんた、こっちが怪我人だからって手加減するのか? こっちはあんたと違って手負いで腕をケガしてるんだ。けど、こうやって必死で戦ってる。本気も本気、大本気なんだ。でもあんたはどうだ――手を抜いてるようにしか見えないなぁ!」
「あぁ!?」
「名を上げたいんでしょ? だったら本気出すなり、大技を出すなりして一気に畳み掛けてくださいよォ!!」
こんなひねくれた言い方は柄じゃないが、敢えてここは悪びれて言ってみよう。そうした方が相手もイライラするはず。
「うっさいわ!」
謎の関西人が舌打ちし、引き金を引いた。
横に跳んで弾をかわし、次から次へ飛んでくる追撃も同じようにかわした。思った通りだ。
強さは明らかに彼の方が上だが、我慢強さではこっちの方が勝っていた。何より相手は煽りに耐性がない。
きっとインターネットでは煽られて本当は顔を真っ赤にして怒っているのに、それを隠して冷静を装った書き込みをして余計に煽られて笑われるタイプだろう。
自分もどちらかといえば我慢弱いが、大人になるにつれてその辺は粘り強くなってきた。こちとら毎日しんどいオフィスワークをこなしてきたのだ、こればっかりは譲れない。
「ナメんなやボケェ! わしゃハナから本気なんじゃあ!!」
銃口にエネルギーが集中していく。まさか、大技を出す気になったのか?
バリアを張って防げたらいいが、もしかするとあまりの威力に破られるかもしれない。
かといって、避けきれるかどうかも自信がない。では、どうするか? 答えはそう難しいものではない。
「なんじゃい、まさかビビってへんやろなぁ?!」
「さあ、どうでしょう……」
――関西人が大技を出す前に、こっちから潰せばいいだけのことだ。
炎のオーブを装填してから高く跳躍し、そこから炎をまとって真下に突き出すようにして勢いよくダイブ!
「確かにちょっと怖いかもねぇ! ……燃えろッ!!」
見事、大剣が地面に突き刺さった。着地の際に爆炎を伴い、ドーム状になって健の周囲に広がった。
「うわっちいいいいいッ!!」
ちょうど爆発の中心にいた関西人の銃使いは、火だるまになって地面を転げていた。
自分がやったとはいえ見るからに熱そうで、少しばかり痛々しい。水が入ったバケツでも探そうというのか、その場から姿を消した。
「ふぅ……」
これで終わりだろうか。いや、そう思うにはまだ早い。
油断した隙に奇襲攻撃を仕掛けてくることもありえる。いつ反撃されてもいいよう、健はしっかりと身構えた。
「しめたあああああああァ!」
後ろから叫び声が聞こえ、振り向くとヤツがいた。
危惧していた通り、どうやら背後から不意打ちするつもりだったようだ。
「この距離やったら流石のアンタも……!」
(も、もうダメだ!)
「死ねや東條ォォォォォ!!」
引き金が引かれた。こうなった以上負けは確実だ。悔しいが事実だ、認めるしかない。
「……あれ?」
「へ?」
――ところが、弾が出ない。
「おかしいのう、弾はさっき入れたはずなんやけど……」
いくら引き金を引いても弾は出なかった。今のうちに少し離れ、健は相手の様子をうかがう。
「撃てや!」
明らかに関西人の様子がおかしい。弾切れを起こしたのか、それとも弾が詰まったのか。
わけもわからず、ただひたすらに銃へ八つ当たりしていた。
「撃てや言うとるやろーが! はよ撃たんかいボケェ!!」
あきれて――いや、返す言葉が見つからない。というか、この状況は何とも言えない。
「グフェェェ!?」
そうやって関西人が銃を叩いたり蹴ったりしていると、やがて爆発を起こした。銃が暴発したのだ。
「うぐぐ、目ェやられてもうた」
「しめた!」
――この機を逃す手はない。走って近寄り、そのまま飛び上がって大剣を叩きつける。
更になで斬りして追撃を加える。とどめに切り上げて上空へ打ち上げ、跳躍して唐竹割りだ!
「ぬわあああああああッ!!」
関西人は激しく地面に叩きつけられた。その周りには、衝撃でくぼんで亀裂が入っていた。
「うっ……」
腕の傷を押してまで戦っていた健だが、もう限界だった。
激痛が腕から全身へ走っている。今日はもう、これ以上は戦えそうにない。
「へへへ、さすがは東條はんや――」
息をあらげながら謎の関西人が立ち上がり、這い上がった。
その表情は笑っていたが、かなりのダメージを負ったためか血まみれで右目を瞑っていた。
「お、思ったよりずっと――」
負傷した左腕を右腕で押さえながら、ジリジリと健に近寄っていく。
その手に握られていたのは――銃。健に追い討ちをかけようというのか。
「ゴッツイやんけ――」
しかし、彼は引き金を引かなかった。引けなかった。
健を目前に倒れ、愛用していた銃は手元から離れるように地面を滑っていった――。
戦いは終わった。クルクルと回してから鞘を剣に仕舞い、いつもよりかっこよく決めてみた。
(……どうしよう)
そしてその場を去ろうとしたが、なかなか去れない。
さっき戦った謎の関西人の安否が気になるからだ。殺していないだろうか、
まだ生きているだろうか。できれば後者であってほしい――。
「……行こう。みゆきもアルヴィーも、きっと心配してる。帰らなきゃ」
やっと決心がついたのか、そう思いながらも健はその場をあとにした。
妖しくも美しい輝きを放つ、蒼い月の光を浴びながら――。