EPISODE50:廃墟バーの乱闘
数十人ものギャングが大勢で押し寄せてきた。
自分と同じエスパーやシェイドに比べれば烏合の衆のようなものだが、
さすがにこれだけの数だと圧倒されてしまいそうだ。そして、あっという間に健の周りはギャングたちに取り囲まれてしまった。
「へっへっへ。覚悟しな!」
ギャングのひとりが得意げな顔でそう言った。個々の力は大したことないくせに、
あろうことか己より遥かに強いものを相手に、周囲を取り囲んだ程度で勝った気でいた。
ここまで来ると、もはや呆れを通り越して乾いた笑いしか出ない。
「……ねぇ、こういう卑怯なことして何が楽しいの? 失業者やホームレスばかり襲って、何がおもしろいの? 自分達はそれで良いって思ってるの……?」
「ごちゃごちゃうるせー!!」
正直、悲しかった。嘆かわしかった。
表に出さずとも、これが同じ人間がやることなのか――と、
彼らの非道ぶりに心を痛め嘆いていた。
そんな彼の気持ちや痛み、その優しさゆえの辛さなど知らず、金属バットを持ったギャングが健へ飛びかかる。
「そんなの――良くないに決まってるッ!!」
剣を振りギャングを軽く吹き飛ばす。
いきり立って他のギャングも襲いかかるがもはや彼の相手ではなく、ことごとく蹴散らされてゆく。
最終的に大きく回転しながら斬りつけ、圧倒的な強さにおびえていた連中を一掃した。
残るはリーダーの鎌瀬だけ、あとはこいつを倒せばすべて終わる――。
無言で唇を噛みしめながら、キッと鎌瀬を睨み付けた。
「けっ、役に立たねえ連中だ。なにをチンタラやってんだ……」
「子分たちは皆片付けた。あとはアンタだけだ。どうするの、降参するなら今のうちだよ」
「何だよ何だよ? このおれに偉そうなクチ聞きやがって。ブッ殺されてぇか!!」
口答えした鎌瀬がその手に持った鎌で健へ斬りかかる。
当たる寸前でかけられた鎌をすばやくかわし、飛んできた追撃も盾で弾いた。
「死ねやゴルァぁぁぁ!!」
鎌瀬が大きく鎌でなぎはらうと、鋭い真空の刃が一直線に飛ばされた。
回避するも腕をかすり出血。間一髪だった、もし直撃していれば危なかったかもしれない。
「デヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! どうだぁ! 俺様の鎌鼬の切れ味は!!」
下劣な笑い声を上げ、健へゆっくりと近寄っていく。
もし彼の思惑通りに話が進むなら、健は鎌瀬に嘲笑されながらそのまま八つ裂きにされて一生を終えるだろう。
これから人生を謳歌することもなく、呆気ない最期を遂げるだろう。
――あくまでこのあとが鎌瀬の思い通りになるのなら、の話だが。
「おい、なんか言えよ!」
「……ふんっ!」
だが、鎌瀬の思い通りになどならなかった。
幸いにも健は、大してダメージを負っていなかったのだ。
剣の柄で鎌瀬の腹を突き飛ばし、そのまま跳躍しながらの斬撃を浴びせた。
地面に叩きつけられた鎌瀬が、それまでホームレスやか弱い人々に振るってきた暴力を返されたかのように苦悶の表情を浮かべ、情けないうめき声を上げていた。
彼から見て、ここまで自分を追い詰めた健はさながら暴虐の限りを尽くす悪鬼のように思えた。
自分が暴力を振りかざしてきたことなど棚に上げて、すっかり腰を抜かしていたのだ。
「な、何なんだおめえは……!?」
「ただの市役所勤めのアルバイトさ。それ以上でもそれ以下でもない」
「テメーふざけんなよ。こんなことしてただで済むと……」
憤慨しながら鎌を手にして再び立ち上がり、
「思ってんじゃねええええええええェェェ!!」
全力で鎌を振り下ろす、もはやヤケクソだった。
そうしてでも目の前の自称・バイトの男には通じず、
終いには発狂しメチャクチャに鎌を振り回す。もちろん通じず、すべて盾に弾き返されていた。
もはや、ここまで来れば負けは確実。奴の腕にかすり傷を作ったのが精一杯だった。
「な、なん……だと……?」
健ももう我慢が出来なくなっていた。やり場のない怒りが抑えきれなくなり、
その怒りは放出された。氷のオーブを装填し、その有り余ったパワーを氷の剣へと乗せていく。
「い、いったい何がどうなってんだ? こ、氷の剣? そ、そうか。あいつは俺と同じエスパー……!」
ようやく気が付いた。そうでなければ、奴が自分を窮地に陥れることなどまず出来ないからだ。
ただ、気付くのが遅すぎた。既に鎌瀬の体は、健の左手から放たれた凍てつく冷気によって凍り付いていたのだ。
一切の身動きがとれない、氷の彫像に。
「うおおおおお――ッ!!」
鎌瀬はもう、動かなかった。動けなかった。
憤怒する健によって粉砕され、白目をむき、苦痛を訴えて叫ぶように口を開いたやつれた表情となってその場に昏倒した。
「はぁ……はぁ……」
怒りが静まると、喘ぎながらその場にうなだれた。爆発した怒りの感情が抑えられず、
それが絶大なパワーとなってあふれでた。その反動による疲労が襲ってきて、体から魂が抜けるように地面へ倒れ込んだのだ。
「まだ脈がある。よかった、死んでない……」
鎌瀬やギャングの脈を計り、まだ生きていることを確認すると、
よかった、殺すまでは到っていなかった――と、安堵の息をついた。
外を出てこの路地を去ろうとしたが直後、場の空気を濁すかのように、望んでもいない拍手が送られた。
「お見事、お見事。やりまんなぁ! 流石はセンチネルズを壊滅させた男やで。東條は〜ん!」
拍手を送った男が路地裏の暗闇からひっそりと姿を現した。
黒い革ジャンの下に白いシャツ、ベージュの長ズボンを穿き、右肩に大型の銃のような火器を担いだ水色の髪のおちゃらけた男だ。
流暢に関西弁を喋り陽気に振る舞っていたが、その言葉の裏には粗野な素性ととてつもない凶暴性が潜んでいた。
「なんで僕の名前を知ってるんですか?」
「なんでも何もあらへん。あんた、ワシらエスパーの間じゃ有名人やで」
「え……? どういうことですか」
「それにあの東條明雄の息子ゆうたら、尚更や! そーゆー人が有名にならへんわけがないんや、東條……えーっと」
自分の名を言おうとして詰まったのだろうか?
流暢に喋っていた関西弁の男が、急に頭を使って考え事をはじめた。
「なんて読むんや? 読み方分からへんねん、えーと。せや、確かあんたは……ケンちゃん!」
「ケンじゃない、健だ! ……なんで父の名前まで知ってるんですか?」
「そんなんいちいち聞くなや、まどろっこしいやっちゃなぁ〜!」
ひょっとすればわざと名前を間違えたのかも知れないが、
かといって名前を間違えられたまま覚えてもらうのもそれはそれで嫌なものだ。
反射的に訂正するよう迫り、同時になぜ父親の名を知っているのかも聞き出す。
しかし、銃の男は教えてくれそうにない。
「要するにお前さんはハリーポッター並にすごいヤツで、オトーチャンはそのハリーポッターのお父ちゃんみたいにエライ人やったっちゅーことや」
「あー、そう来たか。分かりやすいなぁ」
「せやろ?」
何を思ったか、もののたとえに堂々と稲妻のような傷を持った魔法使いの少年の名を口にした。
どうやら彼は冗談好きらしい。
「……せやけどなぁ」
――ニヤリ、と銃の男が笑った。
口調もそれまでおちゃらけたものと違い、冷静沈着ながら凶暴性を秘めたものとなっていた。
「有名なんはあんたとあんたの親父だけやない」
「えっ」
戸惑う健をよそにそう言いながら担いでいた銃を下ろし、弾を装填。銃口を健へと向けた。
「あんたも聞いたことぐらいあるやろ? 『浪速の銃狂い』って呼ばれとるエスパーの名前をなぁ」
恐らく、いやどう考えてもここはシリアスな場面。
率直に言えば相手はショックを受けるだろうし、かといって首を横に振るわけにもいかない。
空気を読むべきなのだろうが、でも、黙っているのがもどかしくなってきた。
ここは素直に白状してしまおう。
「すみませーん、実は今言ってもらうまで知りませんでした」
『がーん』と、銃の男が目を丸くした。ガックリして銃も下ろした。
「なんやねんソレ! そーゆーことは先に言うてくれや! ……とにかく! ワシは地元じゃ『浪速の銃狂い』呼ばれて有名なんや」
「ふむふむ」
「せやけど、飽くまで地元だけの話や。こっちじゃマイナーもマイナー、南京虫くらい地味らしいんよ」
「まーた微妙な例え方を……」
どうやらこの男は地元では有名なエスパーだが、京都ではあまり有名ではないらしい。
そのことで延々と愚痴をこぼし、健に半ば無理矢理聞かせては呆れさせていた。
悲しいかな、ほとほと呆れがついたか健は心の中では同情していたものの、表には乾いた笑いしか出さなかった。
「……そういうわけや、期待の新星であるあんたを倒して名を上げる!」
愚痴がやっと終わったかと思えば男は再び銃を携え、銃口を健へ突き付ける。
姿を見るだけですさまじい殺気が伝わる。今度は本当に殺す気のようだ。
「勝負や、東條はん!」