EPISODE3:共同生活!
「健ぅ~、京都に行ってからだいぶ経つけど、元気にやってるかぁ~?」
このおっとりした雰囲気の声は、健の母だ。名前は東條さとみといって、年齢を感じさせないほどの美人。しかも優しい。今でもたびたび周りからうらやましがられる。隣の芝は青く見えるというかやつだろうか。「僕って結構、恵まれていたりして――」などと、健は心の中でそう思っていた。ちなみに胸が大きいそうだ。
「うん、僕やったら元気してるで。そっちはどない?」
「綾子もお母さんも、とくに問題ないで。綾子にかわるし、ちょっと待っててやぁ~」
今綾子という名前が聴こえたが、綾子というのは健の姉だ。男勝りで少しきついところもあるが、基本的には家族思いのよき姉である。アルヴィーと性格がやや似ているが、胸はアルヴィーの圧勝だ。
あんなにボリューム満点の特盛りおっぱいは、漫画やアニメ以外では中々お目にかかれない。あれはいいものだ。まさしく『貴重なおっぱい』だ。天然記念物にも匹敵する。
「ハーイ♪ 健、元気そうやなぁ。市役所勤めの公務員なんやて? それすっごーい!」
相変わらず、姉はテンションが高い。いや、自分がしけているだけか? ジメジメしているのは嫌だ。どちらにせよ湿気は取らなければならない。テンションを姉とあわせねば。
「公務員ゆうてもバイトやけどな……」
「バイト代高いんでしょー? ま、がんばんなさい! 正式採用されたら、もっとお給料アップは間違いないやろーしな!」
「ラジャー!」
「じゃあな~、自慢の弟よ☆ お母さんと一緒に待ってるから、また大津に帰ってきぃや!」
「またねー、いつも明るい姉さん♪ そして、大好きな母さん!」
そういって健は家族間通話を終えた。今使っている携帯は〝HARDBANK〟というメーカーの製品で、なんと家族間通話とメールが無料なのだ。こいつはすごい。しかし、だからといって使いすぎはいけない。
というのも、ついつい彼は携帯でインターネットをしてしまうのだ。お陰で携帯代が高くつく。既にノートパソコンがあるのに、何をしているんだろう。自重しろと、健は自分を戒めた。
「さて、と。電話も終わったし……アルヴィー、バイト行ってくる! 留守番よろしくねー♪」
「行くのは良いがちぃと待て!」
そう言ってアパートを出ようと玄関で靴を履こうとしたら、アルヴィーが目の前に瞬間移動した。ワイシャツにブルージーンズ姿だ、ちなみにノーブラなので脱げば上半身裸だ。パンツは大家さんからお古をゆずってもらったので、下半身は大丈夫そうだ。
つくづく大家さんが女性でよかった。もし男だったら大変だっただろう。間違いない。健自身もなるべく、あられもない姿の女性は見たくない。――人前では、の話だが。
「待てといったら待つんだ。人の話はちゃんと聞かねばならんぞ」
「えっ、いや、ちょ……待てません! 通勤電車もバスも、一秒の遅れがあとで響くのっ!」
「そうは言うが、もし通勤中にシェイドが出たらどうするんだ?」
「……確かにそうだった!」
なんということだろう。彼はすっかり忘れていた――。シェイドはそこに陰や隙間があれば、どこからでも現れるということを。たとえ日中だろうが夜中だろうが、おかまいなしにだ。そんなのが突然襲って来れば――死あるのみ。何も持たざるものならそうなる。
「それに戦う準備も出来とらんだろうに。私に留守番を頼んでから先の事は考えてなかったのか? ……いま、この部屋には私ら以外誰もおらぬか?」
「え? ここには僕とアルヴィーだけだけど……何するの」
「しばし待たれよ。ふんッ……くっ!」
「ちょ、はがしたとこ赤くなって……!」
「大丈夫だ、問題ない」
「え、エルシャダイ!?」
少しばかりドキドキした。アルヴィーがおもむろに上着を脱ぐと、ウロコをはがして健に与えたのだ。ヒトと同じように赤い血が出たが、すぐに傷が塞がった。かさぶたが出来たとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗をあじわった――ウロコだけに。それにしても色っぽかった。ノーブラに裸ワイシャツで、それにくわえて局部を前髪で隠すとは規制が厳しい。だが、やはりおっぱいはいいものである。
「我々シェイドは、契約者に体の一部を装備品として提供することが出来る。いま渡したウロコはお守りみたいなモノでの。シェイドの居場所を知らせてくれる。念のため、一応持っておいてくれ。それから、もし何かあったときは私にケータイとやらで連絡くれ」
「ありがと。でも、アルヴィーはケータイ持ってたっけ?」
「うふふ……お主のこづかいから、少しばかりネコババさせてもらった」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!11」
「止むをえなかったのだ、許してくれ……いってらっしゃーい♪ 今日も稼いできてね♪」
鬼か、この人は――。泣きたい。この前泣きまくったばかりだが。恐らく次に泣いたら、その時彼は水分が全て抜け落ちてミイラ化していることだろう。少し不安になりつつも、いつも通りにバイト先へ向かう。バスに乗り、電車に乗り、またまたバスに乗り。三回も乗り物を乗り継いだ末、ようやくバイト先の近くについた。
「おはようございまーす!」
笑顔を浮かべながら健は正面玄関を潜り抜ける。忘れずにきれいでかわいい受付嬢にあいさつをした。
「おはよう、東條くん。今日も忙しいぞぉー、十分睡眠時間はとったかね?」
「はい、夜の11時前にはもう寝ました」
「寝不足もいけないが、寝すぎもダメだぞ。うむ、個人的には10時ごろにはもう寝てしまう事をオススメする。では、持ち場につきたまえ」
この年配の男性・大杉副事務長は冗談が好きな気のいいオジサンだ。父親を亡くした健にとってはまさに父親代わりのような好人物だ。というか、この役所には――いい人しかいないのではないだろうか? こんなに恵まれた職場も、そうそうない。
「おーし、やるぞぉー」
◆◇◆◇
「腹減ったなぁ。なんか買って帰ろうかな~♪」
仕事が終わり、コンビニへ寄ろうとする健。鼻歌交じりでスキップしていると――道行く通行人にぶつかった。
「アイタタ……もおっ! ちゃんと前見て歩きなさいよ!」
「はわわわ! す、すみませんでしたッ! ……あれ?」
「何よ! ……あれ?」
健がぶつかってしまったのは見覚えがある同年代の少女。歯を食いしばり、頭を掻いて痛がっていたがすぐに立ち上がって健と向き合った。眉を吊り上げて憤慨したがすぐに表情が和らいでいった。
「……あっ! もしかして健くんじゃない? さっきはゴメンね」
「……そういう君はみゆき! みゆきじゃないか! こんなとこで会うなんて奇遇だなぁ~!」
「えーっ、そうかなー。うふふ」
彼女は、健の幼馴染みである風月みゆきだった。
優しくて笑顔の明るい、純情な性格。藤色の腰上まである髪をサイドテールでまとめており、瞳は水彩画のように鮮やかな赤紫色。そして、白くてつるつるした肌。
ただでさえ可愛らしい彼女だが、今日は満月に照らされて、また一段ときれいに見える。服は黒とグリーンのアーガイルのワンピースを着ているようだ。
そんなみゆきは年頃の女の子らしいおしゃれ好きな一面がある。その証拠に一緒に遊びに出かけるときは、いつもいろんな服装で来ていた。
更に幼稚園や小学校の頃から、クラスの中でも人気者だった。――頷ける。とても頷ける。実際、みゆきは見た目よし器量よしで、優しくて気配り上手の優等生だった。健は幼い頃からそんな彼女に自分には無いものを感じ――心奪われたのだ。
「この頃調子どう?」
「まあまあかな。みゆきはファミレスの仕事、どう? うまくいってる?」
「順調よ! ほとんどホールの仕事だけどね」
「いいなぁ……僕、なかなか調子がすぐれないんだ」
「大丈夫だって! 健くんならきっと何とか出来るわ」
歩道を歩きながら二人は世間話をする。だがもう周りは暗い。途中で腕時計を見ると、もう18時前になっていた。本当ならもっと話をしていたいが、そろそろ帰らなければ。
「……いけない! 話してたら遅くなっちゃった」
「えっ! ごめん……ちょっと、のんびりしすぎちゃったね。でも仕方ないか」
「そういうことだからそろそろ帰るね。じゃ、また!」
「バイバーイ!」
健は適当に話を切り上げ、久しぶりに会ったみゆきに手を振って別れを告げる。といっても、最後に顔を合わせてから1週間も経っていないが――。