EPISODE40:未知なる次元
「っ……う~ん……」
今日も陽射しが強い。窓辺で寝そべり、アルヴィーはひなたぼっこを満喫していた。
昼時の日光というのはポカポカとしていて生暖かく、その心地好さからいかなる状況でも眠気を誘う。
不思議なことにこの眠気に打ち勝つのは難しく、誰しも完全には防げないというのだ。
ガムを噛めば、ある程度は抑えられるというが果たして事実なのだろうか。
是非一度試してみたい。だが、今はそんなことは関係ない。
どうにも頭がスカッとしないのである、だから思いっきり寝てやろう。
前髪を垂らして、目の前がまったく見えなくなるくらいに。
深く眠りすぎて、目覚めたら夜になっていたくらいに。なんなら日干しになったっていい。
――そのくらい、眠っていたかった。大音量で鳴り響いた携帯電話の着信音が、アルヴィーの眠りを妨げた。
「うみゅ~~、うるさいのぅ……。いったい誰からだ? 健か……」
気だるそうに起き上がり、ケータイを開く。
電話の主が健である事を確認すると、すぐに斜めを向いた受話器のボタンを押し応答する。
「もしもし、健か」
「あ、アルヴィー!? 大変だ! 大変、大変、大変!! どうしようッ!!!!」
ハチャメチャなほど、右往左往しているのかと思わされるぐらい健は慌てているようだった。
いつも穏やかな彼が声を荒げて喋っているのを聴けば、何があったのかはなんとなく分かる。
「何か起きたのか!?」
「み、みゆきがさらわれたんだ! 浪岡にッ!」
「なに……?」
ショックを受け一瞬耳からケータイを離す。
自分にとってもこれは緊急事態だ。何とかしてやりたい――。
「そういうことだから、えっと……。とりあえず駅まできて!」
「わかった。今すぐそちらへ参ろう」
いざ行こう! と意気込んだのはよかったが、あることをすっかり忘れていた。
何を着ていくかだ。寝すぎで頭がボケてしまったのかもしれない。
とりあえず適当にワイシャツとコートを羽織り、ミニスカを履いて健のもとへ急行する。
「よォ、相変わらずセクシーだねェ。もしや、あんたも東條に呼ばれたか」
「あんた『も』、とはどういうことだ? 不破殿」
「なーに言ってんだ、カンの鋭いあんたならすぐに分かるんじゃねえか」
健のもとへダッシュで向かう、その途中でどういうわけか不破と合流した。
どうやら、彼も健に救援を頼まれたらしい。もう駅は目と鼻の先なので二人で何気ない世間話をし合いつつ、ゆっくり歩いていく。
「あっ、二人とも来てくれたんだ!」
駅前で時間を潰していると、やがて健がやってきた。拠り所をようやく見つけたかのような、今にも泣きそうなほど嬉しそうな顔をしていた。
「さっき言ってたな。浪岡が白峯さんと交換にみゆきを解放するとかって」
「はい。でもとばりさんに迷惑はかけられませんし、そのまま乗り込もうかなって」
健が二人を呼んだのには、協力を要請する以外にも理由があった。
このままセンチネルズの本部へ乗り込むべきか、とばりにも相談してから行くべきか――。
それをどうするか、二人に確認をとるためだ。あの狡猾な浪岡がそう簡単にみゆきを手離すとは思えないし、仮にとばりを連れていってみゆきを返してもらってもとばりが監禁されるだけ。頭では分かっていたのだ、浪岡が約束を守るような男には見えないと。
「まあ、迷惑かけたくねえならこのまま連中のアジトに乗り込もうや。少なくともオレならそうするぜ」
「うむ、それがいいだろう。あんな悪らつな奴との約束を守る筋合いなどないからの」
決心がついた。このまま浪岡のアジトへ乗り込んでしまおう。そうした方がとばりのためにもなる。
「……ありがとう。やっぱりそうするべきですよね。行きましょう、奈良に!」
「おうよ!」
「合点承知!」
仲間が揃い、準備は整った。幸い明日は休みだ。心置きなくセンチネルズとの決戦に臨める。
「そうと決まれば話は速い。さっそくダイヤ探すぞ!」
「待たれよ、お主ら!」
奈良行きの電車を探し出す健と不破だったが、そんな彼らをアルヴィーが止めた。
「な、なんだよ。ここまで来て引き返すってのか?」
「違う、違う。そういうことではない」
疑問に思う不破と、わけがわからず振り向く健。すると、アルヴィーが物陰を指差した。
腕を組みしばし考えた不破だが、何を意味するかはさっぱりわからなかった。だが、健は違った。シェイドと同じように隙間と隙間を移動することを、以前にやったことがあるからだ。一番乗りして飛び込み、そのまま隙間の先にある異空間へ赴く。
「私たちは、今からシェイドと同じようなことをして移動する。早ようせねば置いていくぞ」
「で、でもよ。それって危なくないか……?」
信じられない。こいつらはそんなことをしていたのか。
危険すぎる、少なくとも自分はこんなことしない。移動手段なら自慢のバイクで間に合っている。にわかに信じられない不破は、体が少し震えていた。無理もない、こんなことをするのははじめてだからだ。
「もしや、初体験かの?」
「お、おうよ。だが、死んだらどうするんだよ!」
「大の男がだらしないぞ。ほら、飛び込めーっ!」
「ま、待てよ……うわぁーーーーッ!!」
怯え出した不破を無理矢理隙間の先へ入れ、自身もあとから飛び込んだ。行き先はもはや言うまでもない。奈良だ。
「なんじゃこりゃああああ!!」
驚いたのも無理はない。不破の目の前に広がっていたのは、
どこぞの猫型ロボットがタイムマシンに乗っていそうな異次元空間だったからだ。あまりに異質、あまりに奇抜。じっと眺めていたら酔いそうな景色だ。
「体がふわふわ浮いてるが、いったいどうやって進むんだ!」
「そりゃ決まってるじゃないですか。空を飛ぶんですよ」
「バカかお前ェェェ! オレたちゃピーターパンじゃねーんだぞ! こんなわけのわからない空間で、I'can flyなんかできるかぁ!!」
あまりの出来事に頭がおかしくなってパニックを起こしたか、不破が暴れだす。
健が殴られながらも不破を取り押さえ、とりあえず落ち着く。
「まあ、不破殿が不安なのは分かる。しかしだがの、私はお主に直接飛べとは言っとらんぞ? のう、健」
「うん!」
「じゃあどうすんだ!?」
不安に駆られる不破。「まあ見ておけ」と、諭すように言うとアルヴィーは姿を変えた。
一度白い影のような姿になり、影の形が瞬く間に巨大な龍のような姿へ変わってゆく。
「あぐがが……す、スゲェ迫力だな……」
不破が唖然とした。顎が外れて口を閉じられない。
「そ、それにしてもでけぇ……ブルブル」
「どうした、乗らぬのか」
不破は威圧感に圧倒されて、ただただ打ち震えていた。全長だけでも10mはあるだろうか。
何から何まで自分の10倍以上はある大きさだ。しかもその巨大な龍が人語を話しているのだ。普通に考えて怖いことこの上ない。
今の彼女から見れば、不破などちっぽけな虫けらでしかないだろう。いや、ノミ程度にしか思われていないかもしれない。そんな巨大で威厳のあるこの龍の背中に、健は飄々と掴まっていた。正直、自分では無理だ。怖すぎる。
「不破さん、置いてきますよ~?」
「ま、待てよ! それはやめてくれよ! 乗せてくれ!!」
慌てて不破が飛び乗る。「しっかり掴まっていろよ」と促し、アルヴィーが全速前進する。
すさまじい風圧だ。それも、今にも振り落とされそうなほどの。ジェットコースター並みか、
それ以上のスリルを味わうことが出来た。ひっきりなしに叫びまくっていると、気がつけば異空間を脱出して奈良にたどり着いていた。なんだったのだろう、アレは。悪い夢でも見ていたのだろうか。いや、現実の光景だ。シェイドはいつもあんな風にして、人間界に進出しているのだろうか。背筋がゾッとした。エスパーになって2年以上経つが、あそこまで人懐っこいシェイドや、そのシェイドと向き合って生活しているやつは見たことがない。あいつらが異常でおれが正しいのか、おれが異常であいつらが正しいのか。よく分からなかった。