EPISODE39:火の玉飛ぶ
「えっ、記憶が?」
昼時の駅前のファーストフード店、そこの二階にて。
健とみゆきが二人用の席に座り、食べながら話をしていた。
「そうらしいんだよ。アルヴィー自身も言ってたけど、その時の記憶だけがきれいさっぱりなくなってるんだって。モグモグ」
チーズバーガーを食べかけながら、さりげなく健は語る。
昨日アルヴィーが話していたことが気がかりだった。なぜそこだけ喪失してしまったのか?
何事にも首を突っ込みがちな健が、このことを気にしないはずがなく、
原因究明を独自にやり出していた。その一環として、
まず誰かから意見を聞いてみることにしたわけだ。自分で考えられないなら誰かに聞いてみるのも、立派な知恵のひとつ。分からないことは分かるまで聞くのだ。
自分の中で出した答えに自信が持てず、人に確認をとるのとは違う。
「ま、それはひとまずおいとこうか。むしゃむしゃ」
しかし、あわてて解決しようとしたところでどうにかなるわけでもない。
それにあまり深追いするものでもない。アルヴィーもきっと無理に思い出したいとは思っていないはず。この話は一段落置き、みゆきと好きなようにおしゃべりを始める。無論、メシを食べながら。
「昨日のお昼休みね、すごく楽しかった」
「ホント? ねーねー、どんなことしたの?」
興味深そうに目をキラキラと輝かせ、みゆきがそう訊ねる。
「聞きたい?」
「うんうん、聞かせて♪」
「いいよ! 実はねー、職場の皆さんとどこへ外出したのか、発表会をしたんだ。ちょっとしたね」
清々しいくらい、聞いている方も笑顔がこぼれそうなくらい、
健は嬉しそうに言っていた。中で星が輝いているような、活き活きとした瞳がそれを物語っている。
「僕はとばりさん家の話をしたんだ。あそこ、すっごい大きかったよね!」
「でしょでしょ♪」
「何もかもビッグサイズだったよねー!」
「うんうん」
「とくにお風呂は最高だったなー。10人、少なくとも5人以上は一緒に入れそうだったよねェ」
いろいろあったとばりの豪邸だったが、
とくに大浴場としか言いようのない大きさの風呂場が健の印象に一番強く残っていた。
次点で地下室、そしてリビング。それだけ彼に思い出を残しただけでも、とばりは只者ではないといえるだろう。
店を出て、二人で川沿いの沿道を歩いている二人。
そんな彼らを、禍々しい黒ずくめの服装に身を包んだサングラスの男が植え込みから覗いていた。サングラスの下では、紫の瞳が狂気じみた鈍い輝きを放っている。「ニタァ」と、不敵に笑っていた。
――どいつもこいつも平和というぬるま湯に浸かり、薬品臭い空気に酔いしれたバカな奴らばかりだ。
東條に秘められた才能に興味を持ったが、それも興醒め。奴は力を持て余したアマちゃんだ。ゆえに己の力をすべて出し切らない。
結局はエスパーとしての力をすべて解放せず、スポイルされたまま庶民として一生を過ごしてゆくつもりなのだろう。ぬるい。ぬるすぎる。この世でもっとも優れているのは、やはり自分しかいない。
それ以外は、みなウジ虫。せっかく我ら人類が生まれ持った英知を開花させてやろうと思っていたのに、現状はこのざまだ。こんなんでは、私が錬金術を蘇らせ、進化を促したところで何も変わりはしない。ならば、愚かな虫ケラどもは皆殺しにしてやる。人員整理だ。最後に笑うのはこの私だけ。ゆくゆくはこの世界を我が手に掴み取る、この私だけだ!
「なんか、コゲ臭い……。どっかで何か焼いてるのかな?」
浪岡につけられているとも知らず、健とみゆきは仲睦まじく歩いていた。
もしかして、田舎でよく見られる畑を焼いてカラス等の害獣を追い払うアレだろうか?
しかし、それなら煙が遠くから上がってくるはず。だが、さっきの『焦げ臭いにおい』にはそれに伴う煙がない。では何が――。そう考えにつまったところで、火の玉が飛んできた。
それも一発だけではなく、何発も。狙いはいずれも健だ。みゆきを守りながら盾で防いだが、その後も道を歩く都度定期的に襲ってきた。独りでに火の玉が飛んでくるなど、普通ならありえない。ということは、考えられることはひとつ。何者かの仕業だ。シェイドか、それとも――。
「グオオオオ!!」
今はそれを考える暇すらない。隙間からシェイドが現れ、
こちらを狙ってきたのだから。狙いは恐らく、みゆき。
もしや彼女をさらうか、または殺そうというのか。そんなことはさせない。
「みゆき、下がって!」
「う、うん!」
切れ味鋭そうな厚手の鉈、それを振り回して暴れている黒豹のようなシェイド――ラヴィッジジャガー。狡猾で自分より弱いものにしか襲わず、金目のものを略奪しようとするハイエナのような奴だ。くわえて足も速く、むやみに攻撃しても避けられてしまい一筋縄では倒せない。
「このっ!」
自慢のスピードで軽やかに攻撃をかわす、かわす。かわす。
追い付けないのが悔しい。だが、手はあるはずだ。勝てないということはない。
「うまく行けばいいんだけど……」
敵がこっちへ走ってくる。迎え撃つために腰を深く落とし、身構える。そして、敵は鉈を振りおろす。
「今だ、当たれ!」
だが、盾がそれを弾き返す! 発想の転換だ、武器は剣だけではない。
身を守り、時には人を守る盾も立派な武器となりえる。敵の攻撃を弾き、ひるませるために。
相手はよろめいている、今がチャンスだ。高く跳躍し、回転しつつ体当たりする。
相手の背後へ着地し、更にもう一発叩き込む。
元々直接的な戦闘力がそれほど高いわけではないこのシェイドは、早くもダウンしかけていた。それだけ健の攻撃が堪えていたのだ。苦し紛れに、黒豹が鉈を振り回す。健の足をかすった。
「た、健くん!」
「大丈夫、平気だよ。すぐに終わらせるから……ねっ!」
もう相手はヘロヘロだ。足が言うことを聞かず、思うように走れない。
これでは自慢のスピードも出せないというもの。もう少しだ。もう少しで倒せる。だが、そこへ思わぬ邪魔が入った。両者の間に火柱が立ち上ったのだ。
「なんだ?」
「健くん、うしろ!」
飛んできた火の玉を盾で弾くと、同時に向こうにも火の玉が放たれた。
背中に火が燃え移り、黒豹はハチャメチャに慌てながら逃げていく。
さっきの火の玉、火柱。誰の仕業だろうか?
――その答えはすぐにわかった。掌に火をくすぶらせ不敵に笑いながら、
黒ずくめの男が現れた。「ああ、こいつの仕業だな」と、健は納得がいった。
「これは失礼。シェイド退治の邪魔をしてしまったようだな」
「な、浪岡……何しにきたんだ!」
浪岡は「ニヤリ」と笑い、いきなり健へ殴りかかる。ストレートをかわすも、
身をかわした方向に突然出された炎が健を襲う。炎を切り抜け、浪岡を斬りつける。
大型剣による攻撃を、浪岡は腕ひとつで受け止めていた。
「どうした? そんなものか? ふんッ!」
腕先から炎を伴う竜巻が放たれた。至近距離で食らったために受けきれず、
健は吹っ飛ばされてしまう。それでも立ち上がり、走りながら浪岡を攻撃。
だが浪岡は健を鼻にもかけず、鳩尾を突いてダウンさせる。うめき声を上げる健を嘲笑うと、みゆきを締め上げ見下す。
「貴様にはガッカリしたぞ、小僧! いくらパートナーが強くても、契約した奴が虫ケラでは無意味!」
残り火が静かに燃え上がる中、膝を突いた健を浪岡が嘲笑う。
その手元でみゆきが苦しそうにもがいていた。
「み、みゆきを……離せ……!」
「健くんッ!」
深いダメージを負わされた。この剣を杖代わりにして立つのがやっとの状態だ。
ぐぬぬ! と歯ぎしりし、浪岡を睨んだ。浪岡の腕の中でみゆきがもがき、暴れる。
「離して!」
「ええい、この小娘が! 暴れるな!」
浪岡が腕を噛みつかれ、噛まれた腕を押さえる。不敵で不遜な笑みは、
一瞬崩れ去っていた。まだ痛みが残るものの、苦し紛れに浪岡は再び笑い出す。
「小僧、私からの最後の情けだ! 白峯博士を連れて奈良の本部まで来い! そうすれば、白峯と引き換えにこの女を解放してやる……」
「来ちゃダメ! これは罠よ!」
やかましい女だ、もう我慢ならない。健を止めようとしたみゆきの口を塞ぐと、
浪岡は炎の中へ消えていった。そこに残ったのは消えかかった炎と、己の無力さを嘆く青年だけであった。