EPISODE38:よりどりみどり
「でね、この前友達とユニバー行ってきたんだ〜。あそこって何度行っても楽しいのよね。とにかく、アトラクションがすごくてさ。あたしったらもうね、興奮しっぱなし!」
職場の昼休み、テーマパークに行ってきたことを楽しげに話す健の先輩・浅田ちあき。
彼女の話を聞いていると、何故か行きたくなってしまう。また遊びに行く計画を立てておくか、と、健は思い付いていた。何故テーマパークの話をしているのか? というのも実は、この休みにどこに行ってきたかという話をすることになっていた。それを誰から話すかをジャンケンで決め、ちあきが一番乗りしたというわけだ。ちなみにジェシーは二番目、みはるは三番目、そしてドンケツ(いちばん最後のこと)は健。
「いいなー。僕も行ってみたい。ところで、おみやげは買いましたか?」
「よくぞ聞いてくれた! そう言われるだろうと思って買ってきたわよ。ほらっ!」
「おお〜っ!」
皆が驚くのも無理はない。ちあきが土産に買ってきたのは、大胆にも40個入りのビスケットだった。ちょっと多すぎる気はするが、事務室の職員全員に配るにはこのくらい数が必要なのだ。
形はよくあるテーマパークのマスコットキャラクターを型どったもので、味はプレーンとココアの二種類。しかも人気商品らしく、それも同テーマパーク内では売り上げナンバーワンを誇っているほどだ。つまり、シンプル・イズ・ベスト。それだけ美味しいということだ。ちなみに余った場合、二周目するか自宅に持って帰って3時のおやつにするかを考えているという。
「ひゃあ、四十個入り! 浅田さん、豪快ですねー」
「このくらい買わなきゃ足りないだろうな、って思ってサ」
「もしここが少人数だったら、もっと少なくてもすんだかも知れませんね」
「ありがとうございます、あとでいただきますねぇ〜。さて、次は私の番でしたね。ちょっと待っててね……」
そう言うと、紙袋を出してその中から何かを取り出す。どうやら和菓子のようだ、それも卵のような形の。袋入りのそれは白いコーティングが施されており、その下には黒いあんこのようなものが隠れていた。
「東京に行ってきました〜。これ、おみやげのごまたまごです。どうぞお召し上がりください〜」
ジェシーから配られた『ごまたまご』。美味しそうな『ごまたまご』。生まれてはじめて味わう『ごまたまご』。一同の中でも、とくに健は興味津々だ。小袋を開け、まず一口かじる。ゴマ入りのあんこが、口の中で静かに、まったりととろけていく。
ああ、おいしい。なんというおいしさだ。食わず嫌いしていたあんこが食べられるようになって、本当によかった。もし食わず嫌いしたままだったら、この天にも昇ってしまいそうなほどの甘味を味わうことなどできなかっただろう。
「ああ、この舌先を駆け巡る甘味……素晴らしい!」
健は『ごまたまご』の味と、それを手渡したときのジェシーのエンジェル・スマイルに酔いしれていた。すっかりメロメロだ。そんな健に周囲は、とくにジェシーは困惑ぎみ。
「えっと、次に私行かせていただいても……いいですか?」
「どうぞどうぞ」
「あっ、分かりました。じゃあ遠慮なく……」
健の同僚である、今時ぐるぐるメガネをかけている女性・今井みはる。少し恐縮したようなそぶりを見せつつも、バナナのような形のお菓子を配っていく。東京バナナだ、たっぷりのバナナカスタードをふんわりとしたスポンジ生地で包んだバナナ型の菓子である。それを見た瞬間、またも健は目を輝かせた。
「あ、ありがとうございますッ! 僕、これ、大好きなんですよね~。姉が東京に遊びに行くとき、よくお土産に買ってきてくれるんですよ」
「へぇ、そうなんですか。実は私も、コレ好きなんです。お姉さんも好きなんですか?」
「はい! 家族全員が東京バナナ大好きなんです!」
「ああっ! 気が合いそう……東條さんのお姉さんにお会いしたいなぁー」
そうして、いよいよ大トリ。健の番が回ってきた。ここまで土産菓子をもらいっぱなしで喜色満面の彼だったが――彼は土産を持ってきたのだろうか? 残念ながら、持ってきていなかった。では、どうするのか。
「次、僕でしたね。えっと、皆さんからたくさんお土産いただいといてアレなんですけど~……えっとね。お土産、買ってません!」
健以外、全員がずっこけた。
「す、すみません! で、ですが。土産話ならありますよ。いかが……でしょうか?」
それなら話は早い。聞かせて聞かせて、と、皆目を輝かせてそう頼んできた。健が語ったのは、この前白峯家にお邪魔して一晩泊まったときのことだ。自分のアパートより広いリビングでくつろがせてもらい、更に風呂場はホテル並の大浴場。しかも、混浴OK。本当は女性と一緒に入りたかったが、自重したなどと健は思いのままにそう語り続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「たっだいまー♪」
「おっ、帰ってきたか。えらく早いの……」
そして、帰宅。いつもの様式美をすませ、部屋に入るとアルヴィーがパッキーを口にくわえながら新聞を読み漁りそのついでにテレビも見ていた。少しつまらなそうな、淡々としたような、何か考え事をしているような、そんな顔だった。
アルヴィーによく考え事をするクセがあるのは知っている。彼女や周りの人々から何度も教わってきたが、何でもひとりでためこむべきではない。相談するなりして、発散すべきなのだ。それは彼女とて同じこと。いつも世話になっている彼女に気さくに、優しく声をかけ、何を考えているのかを訊ねる。
「……本当に、話しても良いのか?」
彼女は眉をひそめ、本当に健に話して良いのか少しためらっているようだった。切なげな瞳がそれを物語っている。「いつも愚痴とか悩みとか聞いてもらってるから」と諭し、彼女の悩みを聞いてみる。
「この前、とばり殿の家に泊めてもらっただろう」
「うんうん……」
「その時に読んだ資料の年代が気がかりでの……。最後まで聞いてくれるか」
答えはもちろん、イエスだ。断る理由がどこにある。進んで、話を聞く。
「……のう、健よ。私たちシェイドは、いつごろから存在していたと思う?」
「10年前かな? よく分かんない」
「ふふっ、もっと前だ。何せ私は、お主のひいおじい様のそのまたおじい様の先祖が生まれる前から存在していたからの。ついでにいえば、私の場合生まれてから10年程度ではまだ赤ん坊だ」
彼女らシェイドは長寿だ。誰しもいつ生まれたかはハッキリとは覚えていないが、少なくとも紀元前1万年には存在していたという。下手をすれば、地球が生まれた頃からいたかもしれないと、アルヴィーは語る。長生きしすぎが祟って、記憶が耄碌としているのだ。
「少なくとも私の場合、徳川幕府の頃にはもういたぞ?」
「すっげー。1万年近く生きている……ってことは、おばあちゃんだね!」
「そういうことになるのぅ」
普通年寄り扱いされれば怒るものだが、アルヴィーはそうではない。彼女には、自分が長生きしすぎているという自覚があった。1万年、ましてやその半分に満たない年数だけでも生きていれば余裕で年寄りの仲間入りだ。かつての同胞には悪魔や妖怪のルーツとなったものもいるし、神話や伝承に出てくる神々や妖精のルーツとなったものも存在している。
「じゃあ、肩揉んであげなきゃ……」
「お主はそれより乳を揉め」
冗談で肩を揉み解す姿勢に入った健の両腕をつかみ、自分の胸へと回す。
紅潮しながら、アルヴィーは微笑む。しきりに揉みしだく健だったが、やめられなくなったらしくストップをかけてもやめない。仕方ないので肘でどつき、健を落ち着かせた。
「揉めって言ったのそっちじゃ……!」
口答えする彼の唇をつねり黙らせる。
「……だいぶ話がズレてしまったの。あの時、とばり殿に見せてもらった伝承の資料のことなのだが、あの時代には私は確かに存在『していた』はずなのだ」
「『していた』はずって……どういうこと?」
健からそう訊ねられたアルヴィーの表情が、だんだんと曇ってゆく。答えるのを避けたかった、だが健なら聞いてくれる。ここは思い切って打ち明けねば。
「私自身もどういうことなのか、よく分からぬのだが……」
ああ、言ってしまった。だが、今更後悔したところで遅い。落ち込むな。前向きになれ。自分もこうやって彼の悩みを聞いてきたではないか。ちゃんと目の前の現実と向き合わないと――。
「……その時代の記憶だけが、ぽっかりと抜け落ちているようなのだ」
「え……?」