EPISODE392:オペレーション・スキュータム PART9
「ヘッ! な、何モンだか知らねぇが、お前みたいな女の子チャンなんか、俺様の敵じゃあないもんねッ」
「いるよねー。スタンドプレーして周りの足引っ張って、誰からも見放されちゃう頭のカワイソーな人」
超硬度の糸を操る女性は蔑むような表情で、鋭い洞察力を持ってカールトンの性格を見透かしたような台詞を述べて彼を煽った。虚勢を張ってイキっているカールトンからの挑発など、まともに取り合うわけが無い。
「聞こえなかったかな~? もういっぺん言ってあげるわ。自己中で! 頭のカワイソーな人!」
「こ、このアマぁ……イギッ!?」
いきり立ったカールトンが動こうとしたら装甲が裂かれ、血が噴き出た! まんまと彼女の思惑通りとなってしまったのである。
「警視さんたちから離れなさい!」
「おわわッ!?」
糸で持ち上げられたカールトンの体はトレーラーの外へと投げ出され、壁や地面へと強烈に叩きつけられ穴を開けた! 糸がほどかれるもカールトンは瓦礫が散乱している地面でのたうち回っている。
曲がりなりにもデミスの使徒においてシルバークラスの地位についている彼をいともたやすく地に這わせ、今追撃しようと接近しているこの女性が何者かは――もはや、その名を伏せておく必要などあるまい。
「はああああ―――……っ!」
右手をかざしたコートの女性――否、糸居まり子の両目が紫色に輝き出した。その手から放たれるは、念動力の波動。それも物体を浮遊させる程度のものではなく、周囲の空間に干渉しねじ曲げてしまうほどのハイレベルなものだ。
それが今カールトンに追い打ちをかけ苦痛を与えている! ひるんだところに空間をねじ曲げるほどの念動力で攻撃を受けては全身が裂けても無理はない。あっという間に、カールトンのエンドテクターは上半身と膝当てが砕け散り、彼は悲痛な叫び声を上げた! いや、報いを受けたというべきか。
「ま、また俺様のジャッカルギアがああああああ~~~~……バケモンかっオメエはっ」
「どうする? このままくたばっちゃうか、おとなしくあなたたちのボスのもとまで帰るか? それとも、法で裁かれるか……?」
仰向けに倒れたところをまり子に踏みつけられたカールトンは彼女をなじるが当の彼女は彼の低レベルな罵倒などまるで気にしていない。逆に運命を決める三択をカールトンへと迫ったくらいだ。
じゃあ抵抗を続けるか? しかし、カールトンの装着しているエンドテクター・ジャッカルギアは既に半壊していて、この状態で抵抗などしたところで、あっさりと返り討ちに遭うことは明白。まり子の気迫に顔を引きつらせ、ギリギリまで迷って冷や汗を流した末に彼が下した決断は――。
「み、見逃してくれェ」
「命が惜しいなら二度とわたしたちに関わるな」
「おわああああああああああああああああ!? おわおわおわおわおわおわおわおわ……」
逃走だった。
カールトンから懇願されたので仕方なく足をどかし、逃がしてやる――。というそぶりを見せてから、念動力で首をつかみ上げ遥か彼方まで放り投げた。
情けない断末魔の叫びがエコーする中で、トレーラーの中にいた村上が葦原や宍戸とともに駆けつけた。
「君! もう終わったのか……?」
「ひとまず追い払ったけど殺したりなんかしてない。でもあれで懲りたら、当分はもう襲ってこないと思う」
「よかった……。女の子ひとりであんなのと戦うなんて、って心配してましたから」
「ところでさっき、償いがどうこうって言ってたのはいったいどういうことなんでしょうか」
宍戸の問いを前に少し言葉を詰まらせたが、まり子は、ここは素直に打ち明けるべきだろうと考えて話すことにした。
それがどのような結果を招くことになろうとも、彼女は話したかったのだ――。
眷属たちを想っていた気持ちと当時過ちを犯した自身を責める気持ちの板挟みとなった彼女の表情は、言葉では表せぬほど複雑なものだった。
「……わたしは去年、子グモのシェイドを産み出して人々を襲ってしまった女王グモ……」
「なんだって…………!?」
その事実を突きつけられた時、村上の肩から一瞬力が抜けた。
既にその時の嫌な思い出や感情は人の上に立つ者として処理したはずだったが、
目を見開き、ひどく動揺し出したのだ。
「それじゃあ、君があのとき僕の部下たちを!?」
「そ、そんなに悪い人には見えないけど」
「眷属を失った哀しみのあまり、あなたたちの事情も考えられずにひどいことをしてしまった。取り返しのつかないことを……!」
まり子は、罪悪感と自責の念から流した涙を見せぬように顔を背けた。
村上翔一が握りしめた拳は、ずっと震えている。
――やむにやまれぬ事情があったのはお互い様、ということか。
撃ち殺してやろうとも、ズタズタに引き裂いてやりたいとも思った。
だが、今必要なのはそんなことなのか。彼女の命を奪ったところで何が残る?
結局、胸の内が晴れないのではないのか? この状況でやるべきことは、既にわかっているはずだ。
声にならない声とともにやり場のない感情を乗せて、彼はトレーラーの壁面を力強く殴った。
「村上警視……」
彼の部下である宍戸小梅は、上司が葛藤の末に下した選択による行動を目の当たりにして、思わず声を漏らした。
その村上は、己を落ち着かせてメガネのブリッジを直すと、改めてまり子に目を向ける。
「――詳しいことはあとで聞こう。君はシェイドだから、どうせろくでもない事情なんだろう、なんてことは言わないが……。過去ばかり見ていても、らちが明かないからな。だから、こっちを見て。今はこの現状を打破するべく、互いに手を取り合っていくべきだ」
「警視さん……」
涙を拭い去ったまり子は、村上の想いに応えるように差し出された手を握った。
今起こっている最悪の事態を切り抜けて、ひとりでも多くの命を守るため。
己が犯した罪を少しでも清算するために。