EPISODE379:三倍という言葉の重み
京都府内のとある山中にある雑木林、そこに緑川は逃げ込んだ。幸い抜けた先には廃工場もあったので、身を隠すにはもってこいというわけだ。
追っ手の目を盗んで必死に走って逃げてきたので緑川は廃工場の近くで一休みする。
「イヤッホーイ! みぃーつっけたぁー!」
「!?」
しかし、追っ手は少しの休息も許さずにそこへ姿を現した。壁や木の間で三角飛びを繰り返しながらベルナールが迫る。ブ男のドブロクも下品に笑いながら現れた。
「くっ、貴様ら……」
「今度は逃がしゃあしねー! あんまり手間かけさせんなよ!」
「ゲヒヒヒヒヒヒ! 一緒に来てもらおう!」
逃げようとする緑川だが、ドブロクは口から強酸を吐き出して足止め。次にベルナールが頭上を飛び越え緑川の前に立ちはだかる。
「あきらめなぁ……」
「ゲヒ、ゲヒ、ゲヒ……」
退路は断たれた。しかしそのとき、稲妻が一閃しドブロクを壁までぶっ飛ばす。続けて極大のエネルギー弾と、風に乗って舞い散る鋭い花びらがベルナールに襲いかかり宙を舞わせる、しまいには青い炎が彼を焼き尽くし地面に叩きつけた!
攻撃をしかけたエスパーたちが一斉に姿を現す、ランスを手にした成人男性・不破ライに、二挺の大型銃――ブロックバスターを手にした男性・市村正史、レイピアとクリアパープルがまぶしいシールドで華の女子高生・葛城あずみ――お馴染み、東條健の仲間だ。
そして、エスパーではないが――大いなる白龍アルヴィーとその背には、彼女の親友にして上級シェイドの少女・糸居まり子が乗っていた。
「あ、あんたたちは――!?」
「元センチネルズ副官、緑川和人! 話はあとだ、下がってな!」
なぜ敵対していた不破ライが仲間と一緒に助けに来てくれたのだろう? そう考える間もなく緑川は葛城に連れられて後ろへ下がる。並び立つ正義のエスパーたちと対峙したベルナールとドブロクは、今まで前例が無かったくらいに戦慄した。
「げえェ!?」
「お、おい、ヤバくねーかベルナール……?」
「い、いやいやなにを言う。あいつらは最凶のシェイドを倒したそうだが、そんなの、ただの噂話に尾びれ背びれついただけに決まってらあ……」
「ただの噂やて?」
「ホントかどうかはこの技を受けて確かめなッ!!」
不破がランス――イクスランサーを構え、穂先にエネルギーを溜めて必殺のサンダーストライクを放つ準備に入る。すぐさまサンダーストライクが放たれ、不破はドブロクに突進!
「げばひいィィィィ〜〜〜〜ッ!」
「思い知ったか!」
「ゲヒッ! い、言ったなてめえーーッ」
「たとえ上っ面がブサイクでも中身がきれいならまだいい。だが、お前はどうだ! やることからして中身までブサイクじゃねえか!」
「こ、こんガキャあ……人が気にしてることを!」
不破の説教に腹が立ったドブロクが口から強酸を吐き出す、不破はそれをかわして一瞬でドブロクに詰め寄り、イクスランサーを突き立てひっくり返す。衝撃と威力からドブロクのエンドテクターの背中からヒビが入った。
「茨のトゲに抱かれなさい――ヴァイオレントブロッサム!!」
「ぐわっへえええええーーいっ」
ベルナールを前に葛城がレイピアをくるりと回してから地面に突き立てる。地中から突き出た無数の茨のトゲがベルナールを宙へ打ち上げ、更にアルヴィーがその巨体で薙ぎ払う! ベルナールは建物の屋根から中に落下し後頭部から地面に衝突した。
「スパークル――コンバイン!!」
「ゲッゲッゲッゲッゲゲギャア!?」
最初に放たれた電撃波がドブロクの動きを止め、不破は連続で突きや斬撃を繰り出す! その威力、ドブロクを爆発させ建物の中にぶっ飛ばすにはふさわしいものであった。
「ひ、ヒデェ……あんまりだぁ」
「ヘンッ! くたばってろマヌケェ!」
エンドテクターが砕けてすっかりのびてしまったドブロクを勝てる保証も無いのに罵倒したベルナールは、先端が角のような形となっている杖状の武器――スピンスタッブを取り出しにやつく。無論空元気だ。ほどなくして不破たち三人と、白銀色の髪の女性の姿に戻ったアルヴィーとまり子も中に入ってきた。
「お仲間がダウンしたっちゅうのにずいぶんな自信やな」
「あんなマヌケがいずとも俺には、強力な兵隊がついているのよ!」
市村に対して言い放ったベルナールは、乾電池を連想させるカプセルとひし形のカプセルを取り出して投げる。カプセルが割れて機械の兵隊――マスプロイドとそれを率いる隊長格――マスコマンダーが出現した。
いくら相手が強かろうが物量で押せばこっちのもの! 最初から俺ひとりとこいつらがいれば十分だったのだ! 愚かしくもベルナールはそう過信する。
だが、不破たちは容赦なかった。
「うりゃうりゃー! こんな有象無象なんぼのもんじゃい!」
「ギガボルトブレイク!」
「ソーラーフレア!」
「ドラゴニックブリザード!」
「ストレイントラップ!」
「!?」
宙を華麗に舞いながらの二挺銃からのビーム乱射、轟く稲妻をまとった必殺の一撃に、天井の穴から射し込んだ太陽光を掌に収束させてからの極太の太陽光線、手から放たれた輝くほど凍てついた吹雪に、しまいにはクモの巣の形に猛毒が噴出――。次々に放たれる必殺の奥義によって頼りの兵隊も蹴散らされ、ベルナールは顔が真っ青だ。マヌケ面になって汗をかきつつうろたえるしか他はなかった。
「あ……? あ……?」
「全員片付けちまったあ。あとはお前ひとりだけだ、デミスの使徒!」
不破がランスを追い詰められて逆上したベルナールは発作的に雄叫びを上げて走り出し、壁や柱を蹴って三角飛びを繰り返す。
「うるせー! 常人の脚力を三倍も上回るこの俺様が負けるわきゃなかろうがぁー!」
「ほーう。オレもなめられたもんだな!」
不破もまた超高速で走り出した。彼とベルナール、どちらが勝つかは葛城やアルヴィーたちには既に見えていた。
「ダーッハッハッハッハッ! しっぽ巻いて逃げたやがったかウスノロがあ!」
脇目も振らずに走っているベルナールには不破の姿は見えておらず、更に彼にもう勝った気でいた。もっともその慢心はすぐに打ち砕かれることとなったが――。
「なにィ!?」
「誰がウスノロだって?」
常人の三倍――と書けば聞こえはいい。だが不破の加速してからの超高速移動はそれを軽く凌駕するものでありベルナールに追い付くどころか先回りして立ち塞がることは実にたやすいことだった。ベルナールの敗北は既に決まったようなもの、彼はあまりにも相手を見くびりすぎたのだ――。
不破はうろたえるベルナールを左ストレートでぶっ飛ばすと飛び跳ねる、歯ぎしりしたベルナールは自慢の脚力を活かし大ジャンプ。不破をスピンスタッブで串刺しにしようとするも相手はランスを竹トンボかプロペラを回す要領で更に高いところへ飛び上がり、ランスを下に構え稲妻をまとうと――ベルナールの頭上めがけ落下する。
「天の怒り受けてみろ! フォーリングサンダー!」
「アババババーーッ」
稲妻と摩擦熱が合わさり、天高くからダイブする不破の急降下突きがベルナールを貫く!
エンドテクターとサポーターアイを砕かれたベルナールは地上に落下し、爆発炎上。汚いボロクズのように這いつくばった。不破は彼の手にエスパーの能力を封じる特殊手錠――アンチアビリティカフスをはめた。
「ひ、ひいいいいっ! 力が抜けるぅーっ!」
「来るんだ!」
ものすごく怯えているベルナールを引っ張りながら不破は葛城たちと合流した。
◇◆◇◆◇◆◇
廃工場周辺から更に離れた雑木林にて――オブシディアンの作戦が失敗に終わったことを察したロギアがそこに訪れていた。
「フッ、終わったなオブシディアン。エスパーですらないただの人間ひとり連れさらうだけの作戦も満足にこなせないとは……五戦騎の名が泣くぜ」
ひとり毒づいたロギアは指をパチンと鳴らし、ふたりの影を呼び寄せ膝を突かせる。十中八九、彼直属の部下であろう。
「――ウドの大木のオブシディアンがしくじった。お前たちにはヤツに代わって緑川和人を捕獲してもらう、くれぐれもダークマスター様には気付かれないように注意しろ。他の五戦騎にもだ」
ロギアから作戦の説明を受けてふたりの部下がうなずく。と、そこで唐突にブーメランが投げられた。ロギアは一瞬で得物である大鷲の翼を模した鋭利なダブルセイバー・ツインイーグルを弾き飛ばす。ブーメランは投げた持ち主のもとへ戻った。
「おいおい冗談にしては趣味が悪いんじゃねえか? ダークマスター様なら許すところだがあいにく俺はそれほど慈悲深くはない。首をはねてやるから姿を見せな」
「ヘーイ! お呼びですかい砂の王子サマッ」
凶悪な笑みを浮かべて素人ならば泡を吹いて気絶するであろう脅し文句を並べるロギア、さすればすぐにブーメランの持ち主――黒とシルバーを基調としたエンドテクターをまとう男が現れ膝を突いた。
彼はジャッカルを彷彿させる外見で、腕や肩、背面に鋭利なブーメランのようなパーツが付属している。まとっている男はボサボサの金髪でアゴヒゲを生やしており、肌が白い。片耳につけているのはもちろん、サポーターアイだ。スクリーンの色は青い。
「やはり貴様かカールトン」
「フヘヘヘ。今の作戦俺も混ぜていただけませんかねえ」
「嫌だと言ったら?」
「俺のほうからダークマスター様に告げ口しねえといけなくなりますなあ!」
「そのときは貴様をブッ殺してやるまでだ!」
「フヘヘヘ……では、行かせていただいても?」
金髪アゴヒゲの男性――カールトンが薄ら笑いしながらロギアに確認を取る。
「なにを企んでるか知らんが……好きにしろ!」
「そいつぁありがてえ!」
獲物に飢えた目付きをしながらカールトンが飛び去る。
「フン! 図に乗っていられるのも今のうちだ、欲にまみれたクソ犬が。お前たちも向かえ!」
鼻を鳴らしてロギアはふたりの部下に指示を下す。――不破たちが気付かぬところで既に新たな悪意ある罠が仕掛けられようとしていた。